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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
255/444

十一ノ三十二 「恋」

 学校に登校してくるのは、久しぶりだった。絵はどこでも描けるから、夏休みの間、美術部員はわざわざ学校に描きに来たりはしないのだ。

 誠も、家の中で描いたり、外に模写や資料集めに出たり、やりたいことをしながら過ごしていた。

 

 学校は、あまり好きではない。誠の絵を笑う人は居なくなったとはいえ、特段楽しいこともないし、来なくて良いなら、来たくない場所である。登校日などというものは、無くなってしまえば良いのに。


 憂鬱な気持ちを胸の中で愚痴りながら、教室に入ると、先に来ていたクラスメイト達の会話が聞こえてきた。


「おーっす」

「お前焼けたなあ」

「夏休みどっか行ったー?」

「行くわけないし~」

「俺、ひたすら寝てたわ」

「俺ゲーム二本クリアしたぜ」


 他愛も無い会話を聞き流しながら、自分の席に腰を下ろす。誠には、挨拶や会話をするような相手はいない。昔から、そうだった。幼稚園の頃から、人と上手く接することが出来ず、友達は少なかった。小学生になってもそのままで、周りに馴染めず、教室でじっと机を眺めてばかりだった。

 そのうち、暇を持て余して、ノートに絵を描きだした。それから、いつも絵を描いていた。風景を描くのも、人物を描くのも好きだった。自分の手で、現実世界が絵になっていく。想像の世界を描くことも出来る。絵だけが、誠を嫌なことから忘れさせてくれた。

 

 隣の席の椅子が引かれ、音を立てる。鞄が机の上に置かれて、音を立てた。誠は、ちらりと横を見た。


「おはよ、山田」


 智美だった。


「……おはよう」

「久しぶり」


 椅子に座りながら、智美が言った。


「うん」

「元気してた?」

「……まあ」

「相変わらず肌白いね。外出たの?」

「時々は」


 智美が、いた。教室で、唯一誠に話しかけてくれる人。


「あれ、髪切った?」

「あ、うん」

「へえ。良いじゃん、さっぱりしたね」


 誠は微笑みかけられて、思わず顔を逸らしてしまった。

 一学期に、友達になろうと智美から言われた。そんな風に人から言われたのは初めてで、上手く答えられなかったが、悪い気はしなかった。他人と、初めてメールアドレスを交換した。智美からは、時折メールが届く。まだ、誠から返したことはない。


「夏休み全然見かけなかったけど、部活は?」

「なかった……今日は、あるけど」

「そうなんだ。私ら今図書室使ってるんだよ。良いでしょ」

「なんで図書室?」

「冷房があるから。特例で使わせてもらってるんだよ」


 吹奏楽部が花田高の中で特別視されているのは、教師達や学校に流れる雰囲気からも感じていた。羨ましい話だ。美術部は、日陰の存在である。別にそれで困ったことはないが、教師が生徒を上下に分けているようで、良い気持ちはしない。

 誠は返事をせず、机を眺めつづけた。








 登校日の日程が終わって、誠は美術室で絵を描いていた。といっても、あまり進んではいない。窓を開けっぱなしにしても暑さが逃げないせいで、だらけてしまうのだ。

 一学期の終わりに、今日は部活動の日だと聞いていたのに、部員は誰も来ていない。もう解散してから一時間は経っているのに来ないということは、全員忘れて帰ったか、サボったのだろう。


 別に人がいなければ出来ない部活動ではないから、静かなのは絵を描くのに好都合かもしれないが、何となく、良い気はしない。文化祭の展示なども、そろそろ詰めていかなければならないのに、のんびりしていて良いのだろうか。誠は自分の分は家で進めているが、他の部員はきちんとやっているのか、疑問だ。

 

 急に、大音量の蝉の鳴き声が聞こえてきた。校舎の外壁にでも止まったのか、やかましさが、余計に暑さを感じさせる。目を向けると、窓の向こうに、大きな入道雲が浮かんでいるのが見えた。

 修は、手に持っていた鉛筆を机に置いて、息を吐き出した。喉の渇きを感じて、足元の鞄を探り、水筒を取り出す。


「あ……」


 中は、空だった。茶が飲みたい。自販機に、ペットボトル茶が売っていたはずだ、と誠は思った。

 鞄から財布を取り出し、中を見る。硬貨が数百円分と、千円札が一枚。今月は画材を買いすぎたから、来月の小遣いを貰うまで、これだけで乗り越えなければならないことを思いだし、また息を吐き出した。

 茶に百円近く出すのは、勿体ない。結局、自販機の横にあるウォーターサーバーで済ませることに決め、美術室を出た。


 東階段を下りる途中、三階の廊下で、吹奏楽部の合奏の音が聞こえてきた。智美は、図書室で練習していると言っていた。閉め切っているから、美術室まで聞こえなかったのだろう。

 再び階段を下り、中央の渡り廊下のウォーターサーバーまで向かう。到着して、足元のペダルを踏むと、飲み口から細く水が噴き出した。口を近づけて、水を飲み込んでいく。よく冷やされた水が、喉を通って、身体の中を冷やしていく。

 

「はあ」


 口元を拭い、顔を上げる。渡り廊下の一階はコンクリートの打ちっぱなしになっていて、窓はいつも全て開けられている。中庭に続く部分は扉もないため、ほぼ外のようなものだ。

 窓から吹き込んでくる風が、気持ちいい。これで蝉の大合唱がなければ、もう少し涼しさも感じられるものだが、今はうるさすぎてたまらない。


「あれ、山田じゃん」


 びくりとして、声のした方を見た。


「中村さん」

「やっほー。部活してたの?」


 手を振りながら、智美が近づいてくる。


「う、うん。中村さんこそ、さっき図書室で吹いてなかった?」

「聞こえた?」

「階段下りる時に」

「なる。ちょうど今休憩になったの。水が切れたから、買いに来たんだ」


 智美はそう言って、自販機に硬貨を投入した。水のボタンを押すと、音を立てて、ペットボトルが落ちてくる。


「冷えてる~」


 取り出し口から出したペットボトルのキャップを開け、一口呷る。満足そうに息を吐き出す智美を横目で見ると、首に黒いストラップを着けていることに気がついた。吹奏楽部員で、たまに見かけるものだ。全員が着けているわけではないから、一部の楽器で使うのだろうか。


「ん、何?」

「あ、別に」

「何、気になるじゃん」

「いや……その……首のそれ、何かなって」

「これ?」


 ストラップに触れて、見せてくる。


「そう」

「サックスに着ける道具だよ。手だけで構えると安定しないし疲れるから、ストラップで支えるの。音にも結構影響するし」

「へえ……」

「吹奏楽、興味あるの?」

「いや、そういう訳じゃないけど」

「うちら、東海大会まで進んでるんだよ」


 智美が言った。


「メールで聞いた」

「そうだっけ。二十六日にあるんだ」

「結構、すぐだね」

「でしょ。浜松市って知ってる? 静岡県の。そこでやるんだ」


 誠は、愛知県から出たことはない。徳川家康が城を構えていたのが、浜松市だった気はする。浜名湖という湖もあったはずだ。知っているのはそれくらいである。


「全国大会に行くにはさ、東海大会も抜けなきゃいけなくて」

「うん」

「オーディション、またあるんだよね」

「オーディション?」

「そう。部員全員では出られないからさ、メンバーを決めるテストがあるんだ。県大会の時もやったんだけどね」

「中村さんは……県大会には、出たの?」

「出たよ。でも、次は分かんないなあ」


 ペットボトルの水を、智美がまた飲んだ。白く細い喉が、小さく動く。


「出られると、良いね」


 誠が言うと、智美は笑って頷いた。


「戻らなきゃ」

「頑張って」

「次会えるのは、始業式かな」

「そうだね」

「じゃあ、またね、山田」

「うん」


 智美がこちらに背を向け、歩きだす。その後ろ姿は、背筋がすっと伸びていて、自信に満ちた歩き方だ。何となく、目を惹きつけられた。


「あ」


 智美が、振り向いた。スカートが、ふわりと広がる。


「山田、暇だったらコンクール観に来てよ」

「え」

「二十六日。チケット、要るなら用意するから!」

「で、でも」

「来てくれたら、良い演奏出来るかも」


 腰の辺りで後ろ手を組んで、智美が照れた笑顔を見せた。

 眩しい、笑顔だった。

 今までにない感情が、誠の胸の中で弾けて生まれた。

大変長らくお待たせいたしました。

本日から、スローペースですが更新を再開していきます。

また、楽しみに読んでいただければと思います!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 再開でめでたい。いやかなり待ち遠しかったです。 [一言] 予想通り山田が智美を好きになっちゃいますか。 これだから異性を助けるのは難しい。恐らくコウキも何度も経験してるはず。 里保と喜美子…
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