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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
244/444

十一ノ二十一 「県大会前日 一」

 ベッドの脇に置いていた目覚まし時計が、甲高い音を立てはじめた。騒がしさに睡眠を邪魔され、唸る。

 手探りで時計を掴んで止め、重い瞼をゆっくりと開けると、室内はまだ薄暗くてよく見えない。

 目を細めて時計を眺める。針は四時半を指している。

 どうやら今日も起きれたようだ、と久也は思った。


 身体を起こして立ち上がり、物が散乱している床を踏みしめて、部屋を出る。

 家族はまだ誰も起きていないのだろう。家の中は、しんと静まり返っている。

 脱衣所へ行って服を脱ぎ、浴室で簡単にシャワーを浴びて寝汗を流した。

 

 今までは、朝風呂の習慣はなかった。寝汗など気にも留めていなかったし、寝癖もそのままで学校に登校していた。だが、何となく神社の祭りの後からは、それらが周りの人にはだらしなく感じられるのではないか、と気になりだした。

 それで昨日も今日も、朝風呂だ。


 浴室から出た後は身体を拭いて部屋に戻り、制服を着た。

 窓へ近づき、カーテンを開ける。日が昇ったようで、辺りが明るくなりだしている。一度大きく伸びをし、息を吐いた。


 居間で作り置きされていた握り飯を食べ、テレビで天気予報と占いを確認する。

 

「おひつじ座の貴方の運勢はばっちり! 恋愛運は最高です。意中の人から話しかけられるかも? 金運は……」


 占いも全く興味がなかったのに、ここ二日で見るようになっている。昨日は運勢は今一つだったが、今日はどうやら良いらしい。


 キャスターの解説を聞きながら、頭の中には咲の顔が思い浮かんでいた。

 祭りの日以来、どうにも咲のことが気になっている。つい、目で追うようになってしまった。

 我ながら単純だ、と久也は思った。

 

「……行くか」


 食べ終えた握り飯の皿を流しに置き、玄関へ向かう。履き慣れた靴に足を通し、家を出た。


 県大会は二日に分けて行われる。今日が一日目で、明日が二日目。花田高の出番は、明日の七番だ。

 早い時間帯というわけでもないが、身体を万全の覚醒状態にして本番を迎えるためには、普段の起床時間では少し心もとない。

 最高の演奏をするために、部員全員で早朝練習を開始しようということで、昨日から練習開始時刻が繰り上げられた。


 今までの練習開始が八時だったのが、六時半からである。遠方の部員は悲鳴を上げていたが、久也は賛成だった。

 身体が目覚めきっていない状態で本番を迎えれば、余計なミスや緊張を生む。少しでもその可能性を減らすためには、良い選択だ。明日、本番前に学校で練習する時間も、多く取れる。


 久也の家から花田高は目と鼻の先で、数分も歩けば、もう正門に着いた。急坂を上がって、生徒玄関でサンダルに履き替え、音楽室へ向かう。

 職員棟の階段を上がっているうちに、トランペットの音が聞こえてきた。コウキだろう。

 やはり、一番はコウキか、と久也は思った。


 久也は、普段はそれほど早く登校する方ではないから、人から聞いた話だが、部内で必ず一番に登校してきているのが、コウキなのだという。もう一人は、智美だ。

 あの二人は、毎日欠かさずに早朝練習をしているらしい。その熱意は、ちょっと久也とは次元が違う。

 

 部室の扉を開けると、トランペットを吹いていたコウキと、アルトサックスの組み立てをしていた智美が、一斉に振り向いた。


「お、モッチー。おはよう」

「おはよう。やっぱり二人は早いな」

「へへ、早起きはもう癖だよねー、コウキ」

「そうだな」


 ユーフォニアムの棚に向かい、楽器をケースから取り出す。マウスピースをはめ、軽く息を吹き入れた。

 蝉の鳴き声がうるさくなるまでは、近所迷惑にならないように窓を閉めて吹け、と指示が出されている。


 ごく小さい音量で、真っすぐ音を伸ばす。発音や息の流れが滑らかであるように意識しながら、一音ずつ上がっていく。集中を、切らさない。数分かけて、二オクターブ分のロングトーンを吹き終わると、一度楽器を下ろした。


 今日は唇の調子が良い。この調子が明日も続けば、最高の状態で吹けそうだ、と久也は思った。

 

「あれ、モッチー」


 アルトサックスを吹いていた智美が手を止め、声をかけてくる。


「寝癖直すようになったんだね」

「ん、あー、うん」

「良いじゃん。今まで寝癖凄かったもんねぇ。その方がかっこいいよ」

「……そう?」

「好きな子でも出来たか、モッチー」


 コウキに言われて、久也は身体が固くなるのを感じた。


「別に」

「その反応は、図星だな?」


 にやりとコウキが笑う。


「へー! モッチー、そうなの?」

「そんなんじゃないよ」

「ふーむ」


 トランペットの構えを解いて、コウキがそばへ来る。まじまじと顔を見られ、思わず久也は顔を背けた。

 

「咲さん?」


 耳元で言われて、顔が熱くなった。


「ち、違う!」

「ん、そうか。応援するぞ、モッチー!」

「違うって言ってるだろ!? 何ニヤついてるんだ!?」

「何々、誰なの?」

「智美には内緒」

「はぁっ、なんで!?」

「こういうのは男同士の秘密だ」

「何それぇ、むかつく!」

「モッチーもついにかぁ。俺は嬉しいなあ」


 からからと笑うコウキ。全く、人の話を聞いていない。


「手伝えることがあったら相談してくれよ、モッチー。服選びとかデートプランとか、色々相談乗るぜ!」


 コウキは、面白がっているだけだろう。明日が県大会当日だというのに、全く緊張感のない男だ。

 これ以上ここにいると、コウキのせいで智美にまで勘づかれかねない。

 コウキには答えず、久也は楽器と譜面を持って、部室を飛び出した。


 

 

 



 













 午前練習が終わって職員室に戻ってきたところで、県大会の会場に行っている副顧問の涼子から、連絡があった。

 安川高校の指揮者が、副顧問の斎藤に変更されているらしい。

 その報せに、丘は驚いた。本来なら、コンクールでは鬼頭が指揮するはずで、副顧問に任せるはずがない。

 何かあったのかと思い、鬼頭に電話をしてみたら、夫人が出た。


 鬼頭は今朝、自宅で倒れたのだという。それで、今は病院にいるとのことだった。

 横になっているが意識ははっきりとしていて、危険な状態ではないらしい。

 ただ、安静にしていなければならず、会場へ駆けつけることは出来なかった。それで、副顧問の斎藤が代わりに指揮をすることになったようだ。


 夫人との通話を終えて、丘は携帯を机に置き、息を吐き出した。

 以前から、鬼頭は胸の辺りに違和感があると言っていた。それはごく一部の親しい人間にしか明かしていなかったようで、ほとんどの人は、部員すらも知らなかったという。


 コンクール直前ともなれば、指導に熱が入る。それだけ、無理をしていたのかもしれない。

 危険な状態ではないというのが救いだ、と丘は思った。 

 

「斎藤先生が指揮、ですか……」


 誰も居ない職員室で、ぽつりと呟いた。

 安川高校の副顧問は三人いて、その中でも斎藤は、コンクールチームの補佐をする立場にある人間だ。指揮の覚えもあり、指導力もある。別の学校なら、正顧問の地位にいてもおかしくない人物ではある。

 だが、本番当日にいきなり大舞台での指揮となると、相当な重圧があったに違いない。


 生徒も、突然のことで混乱しただろう。その状態で、どれほどの演奏が出来たのか。

 涼子が結果発表まで残って連絡してくれることになっているから、あと数時間もすれば、結果は分かる。

 安川高校とは、共に励んできた仲だ。できれば、共に上の大会へ進みたい。


 ただ、と丘は思った。

 鬼頭は今後も指揮を振れるのか。もしかしたら、医者から止められるのではないか。

 そうなったら、ずっと斎藤が指揮を続けるのか。

 それで、安川高校は全国大会へ届くのか。


「……いや」

 

 丘は首を振った。

 今考えても、仕方のないことである。それに、鬼頭自身が、一番そのことについて考えているだろう。


 丘は丘で、自分のことを考えなくてはならない。

 花田高校も、明日には県大会なのだ。

 今日は最後の練習である。


 残された時間で出来ることを、やりきるしかない。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで最大の懸案は解決したけど、全国に行くにはまだ不安要素がいくつかありますね。 去年のように相手の良いところを言い合うってのは浩子が変わってない以上、時期尚早だろうし。 海は歩み寄りを見せ…
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