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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
236/444

十一ノ十三 「コウキと月音」

 安川高校とのバーベキューが終わった後は入浴で、それも済ませて、コウキは談話室にいた。

 周りには寝間着を身にまとった花田高生が大勢いて、ソファや椅子に座ってくつろいでいる。

 つい先ほどまでは、部屋の一角を陣取って、リーダーで会議をしていたところだ。


 安川高校の部員の姿がないのは、ちょうど入浴時間だからだろう。

 もう少しすると、彼らもやってきて談話室は人で溢れかえる。そうなればくつろぐどころではないし、早めに部屋に戻ろうか、とコウキは思っていた。


「ん?」


 不意に、ポケットに入れていた携帯が、メールの受信を報せる音を立てた。

 携帯を取り出して画面を開くと、差出人は、月音だった。


『コウキ君、今談話室?』


 ボタンを押して、返事を打っていく。


『そうですよ』


 周りを見回しても月音の姿は無い。リーダー会議の後、部屋に戻ったのかもしれない。

 また、メールが届いた。


『今時間あるなら、上に来てくれない?

 話したいことあるんだ~』

『分かりました』


 携帯を仕舞い、立ち上がる。


「どっか行くのか?」


 隣に座っていた勇一が言った。


「ああ、ちょっと上行くよ」

「うーい」

 

 席を立ち、談話室を出る。

 中央の階段を上って三階に着くと、階段の踊り場で、月音が待っていた。


「やっほー、コウキ君」

「お疲れ様です」

「忙しくなかった?」

「大丈夫ですよ、雑談してただけですし」

「良かった。今日全然話せなかったからさぁ、二人で話したかったんだ」

「いつでも話せるじゃないですか」

「そんなことないよ。私だって、少しは遠慮してるもん」

「何を?」

「ほんとはね、部活中はずっとコウキ君のそばにいたいけど、それじゃ邪魔になるでしょ? 今日のバーベキューだって、コウキ君、安川の人達と話し込んでたし」


 東中時代の同期の陽介と、部長の畑中修斗と話していたのだ。


「だから、私がそばにいちゃ駄目かなって。ちゃんとコウキ君のタイミングが良い時以外、そばにいないようにしてるんだよ」

「……それは、知ってますけど」


 はたから見ると、月音はいつもコウキのそばにいるように見えるだろう。だが実際は、コウキが忙しい時は決してそばに来ない。

 それが、月音なりの気の使い方なのだということは分かっていた。


「だから、こういう時くらいゆっくり話したいの」


 上目遣いに微笑みかけられて、頬が熱くなる。


「……まあ、分かりました」

「へへ、やった」

「でさー」


 廊下から、扉が開閉する音と話し声が聞こえてきた。

 足音がこちらへ向かってくる。


「……だから恋愛嫌いなんだって、メイちゃん」

「へー、でもそれは、嫌いになっても仕方ないね」


 姿を現したのは、一年生の双子の睦美と七海だった。

 こちらに気づき、二人が足を止める。


「あっ、こんばんは」

「こんばんは」


 頭を下げられて、軽く手をあげて答える。

 睦美と七海は、ぱっと見では瓜二つだ。いつもは髪型や雰囲気で判断しているが、今は二人とも髪を下ろしているため、一瞬どちらがどちらか、分からなかった。

 確か、睦美が姉で七海が妹だったはずだ。性格的には七海のほうが行動的で睦美を引っ張っている印象だが、こういう時にきちんと挨拶をするのは睦美の方だ。七海は睦美に合わせて頭を下げるだけである。

 ならば、先に頭を下げたのが睦美だろう。

 

 顔を上げた時、七海が好奇の目を見せたことに、コウキは気がついた。それは一瞬のことで、二人はそのまま無言で通り過ぎ、階段を下りていく。

 二人の足音が完全に聞こえなくなるまで、何となくコウキも月音も黙っていた。


「……なんか、嫌な目」


 月音も、気づいていたらしい。


「まあ、こんなとこで二人で話してたら仕方ないでしょ」


 月音の頬が膨らむ。


「邪魔されずに落ち着いて話したいから、あっち行こ、コウキ君」


 手を掴まれ、歩きだす。廊下は静かで、時々各部屋の扉の向こうから、くぐもったような話し声が聞こえてくる程度だ。

 三一二号室の前で、月音は止まった。扉の取っ手に手をかけ、開けようとする。


「ちょちょ、ここ月音さんの部屋じゃん」

「そうだよ?」

「駄目でしょ、入ったら」

「なんで?」

「女の子の部屋に男が入るのは、まずいって」

「まだ就寝時間じゃないから、大丈夫だよ」

「そういう問題じゃなくて」

「でも他に二人で話せる場所ないもん」

「てか、中に誰もいないんですか?」

「うん。元子ちゃんとみかちゃんは談話室。いいから入って。二人が戻ってくるまでに出ていけば良いじゃん」

「いや……」

「お願い、コウキ君」


 月音が、腕に身体を密着させてくる。柔らかな感触とねだるような瞳に、コウキは喉を詰まらせた。


「少しだけで良いから」


 そう言って、月音が扉を開ける。くん、と絶妙な力で腕を引っ張られ、部屋に引き込まれる。それを、コウキは拒めなかった。

 部屋の中は、女の子特有の甘い香りが、かすかに漂っている。明かりは、窓の外から入る月の光だけだ。


 月音が扉の鍵をかけた音で、はっとした。

 警告が、頭に流れる。


「やっぱ駄目だ。ここ、元子さんとみかちゃんも使ってるんだから、俺が入ってちゃまずい」


 言って、扉の鍵に手をかけようとする。その手を、月音の両手が抑えた。


「分かってる。分かってるけど、コウキ君といたいから」

 

 心臓が、早鐘を打つように鳴り続けている。

 良くないことをしている。早く、ここから出なくては。

 他に誰もいない密室で、月音と二人。その状況も、危険だ。

 頭の中では、警告が繰り返されている。


「お願い、見つかったら私が無理やり連れ込んだことにするから。ここにいて」


 月音の潤んだ瞳と、風呂あがりの水気を含んだような鼻をくすぐる香り。それに、柔らかな手の感触。

 流されそうになる心に喝を入れて、もう一度扉の鍵に手を伸ばした、その時だった。

 扉の取っ手が勝手に動き、音を立てた。


「あれ、鍵がかかってる」


 元子の声だ。

 

「やばい……!」


 月音があわあわと慌てだす。


「もう戻ってきたの……!?」


 扉を叩く音。


「月音先輩、中にいますか?」

「どうしよう……!?」


 月音が目を丸くしている。


「っ……布団に隠れる……!」

「わ、私のベッド、一番奥……!」


 すかさず、コウキはカーテンを閉めて部屋を暗くし、月音の布団にもぐりこんだ。

 膨らみでばれないように、なるべく身体を平らにする。

 

「ごめんね、今開ける」

 

 月音の声が聞こえて、鍵を開ける音がした。

 扉が開き、足音が中へ入ってくる。


「真っ暗だ。寝てたんですか、月音先輩」


 みかの声だ。


「う、うん、ちょっと疲れて」

「起こしちゃいました? すみません」

「良いよ。私も鍵かけちゃってた、ごめんね。それより、もう談話室には行かないの?」

「安川の人が増えてきたんで、落ち着けなくて」


 元子が言った。

 隣のベッドが軋む音がした。みかか、元子か。

 

「電気点けて良いですか?」

「あ、ご、ごめん、眩しいとちょっと」

「なら、離れてるみかちゃんのベッドの明かりだけならどうですか?」

「う、うん。それくらいなら」

「じゃあ、みかちゃん、点けてくれる?」

「はーい」


 話の内容的に、元子が中央のベッドで、みかが入り口側を使っているのだろう。

 部屋を出ていくには、二人の前を通らなければならない。二人が起きているうちは、ここに留まるしかないのか。

 息をひそめていると、突然、布団がまくられた。

 

「よいしょ」


 月音だった。素早く、布団の中に身体を滑り込ませてくる。

 コウキは、平らにしていた身体を動かし、月音が入れる隙間を作った。


 元子とみかの反応はない。気づかれては、いないらしい。

 見つかったのかと思ったではないか。緊張で、心臓が痛い。

 あまり身体を動かすわけにもいかず、自然と月音の身体と密着していた。


「でね、みかちゃん。私的には、蜀よりも呉が熱いの。親子三代で国の礎を築いたところとか、壮大な物語性を感じない?」

「えー、やっぱり蜀ですよ! 諸葛亮の天才ぶりで一大国家になるのがイイんじゃないですかぁ!」

「……ミーハーだね、みかちゃん」


 三国志の話か。そういえば、元子は三国志の大ファンだった、とコウキは思った。

 わずかに、月音が身じろぎをする。


「あ、うるさいですか、月音先輩」

「う、ううん、そんなことないよ。気にせず話してて」

「すみません」

「私は寝るね。見回り来たら対応お願いしても良い?」

「分かりました、おやすみなさい」

「おやすみ」


 それで、元子とみかは、会話に戻った。二人とも、三国志の話に夢中になっている。

 このまま、就寝まで気づかれなければ何とかなるが、見回りの時にコウキがいなかったら、部屋の子達が探し始めるかもしれない。そうなれば、終わりだ。

 

 コウキは慎重に身体を動かして、ポケットから携帯を取り出した。

 部屋員の陸に、誤魔化してもらえるようにメールを打つ。


『ごめん、ちょっと用事があって見回りまでに戻れないかも。口裏合わせてもらえない?』


 すぐに、陸から返事が返ってくる。


『誰かと隠れて会うの?』


 鋭い、とコウキは思った。


『そういうんじゃないけど、お願い』

『ま、コウキ君の頼みなら何でも聞くよ

 任せて

 その代わり後で事情を教えてね』


 礼のメールを打ち、携帯を仕舞う。

 もし陸が同室ではなかったら、詰んでいただろう。陸は、何だかんだといってもコウキの味方をしてくれる子だ。

 安堵して息を吐いていると、月音が寝返りを打ってこちらを向いた。胸の辺りが顔の正面に来て、鼓動が更に早くなる。

 不意に、頭に触れられて、コウキは身を固くした。

 月音の手が、優しく、髪を撫でてくる。

 

 なぜこんなことになったのか。部屋に招かれた時に、もっとはっきりと断るべきだった。こうなる可能性は予想出来たはずなのに、足を踏み入れてしまった。

 もし、こんなところを部員に見られたら、話はすぐに広まって、部の雰囲気は最悪になるだろう。そうなれば、コンクールにも影響する。

 軽率な行動をした自分を、コウキは心の中で罵った。


 相変わらず、月音はコウキの頭を撫でている。

 やがて、その手が下に移動し、頬をそっとさすられた。その感触に、ぞくり、と全身が震える。

 布団から顔を覗かせると、月音が、今まで見たこともないような艶めかしい表情をしていた。薄暗くてはっきりとは分からないが、平静さを失っている顔だ、とコウキは思った。


 しかし、コウキ自身も、本当はどうにかなりそうだった。女の子と長い時間密着し続けるのは、生まれてはじめてのことなのだ。

 布団の中は蒸れてしまって暑く、コウキも月音も汗をかきはじめている。触れ合う肌は、濡れてぴたりと張りつくし、滑らかな月音の肌とわずかでも擦れる度に、意識がそちらへ持っていかれる。

 月音の甘い香りと汗ばんだ香りも、脳を刺激してくる。


 気を紛らわそうと、懸命に余所事を頭に思い浮かべた。

 月音とコウキの精神年齢の差は、十以上もあるのだ。ここで自分が抑えなければ、人として駄目だ。良いように惑わされている場合ではない。

 だが、そんなコウキの想いとは反対に、月音はますます大胆になりだしている。元子とみかが話に夢中になっているせいも、あるのかもしれない。

 熱さを感じる月音の指先が、耳の下を抜けて、首を撫でる。そこは、コウキの弱い箇所だった。電気のようなものが全身を駆け抜けて、声が出そうになる。

 暗い布団の中にいるせいか、視覚以外の神経が、研ぎ澄まされている。


 いくら自分を抑えようとしても、月音がそれを許さない。

 このままでは、限界を超えてしまいそうだった。


 突然、部屋の扉が叩かれた。

 びくりと、月音の手が止まる。


「見回りです」

 

 摩耶の声だ。

 扉が開く音がした。


「あれ、元子ちゃん」

「月音先輩、疲れて寝ちゃいました」

「そうなんだ。三人とも揃ってる?」

「はい」

「じゃあ、もうすぐ就寝時間だから、おやすみね」

「おやすみなさい、摩耶先輩」


 静かに扉が閉まる。

 摩耶の部屋は、廊下の一番北だ。そこから順番に見回りに来るはずで、南側にあるこの部屋まで来たということは、コウキの部屋も確認済みだろう。

 陸は、きちんと口裏を合わせてくれたらしい。


「それで、結局みかちゃんは誰が一番好きなの? 諸葛亮?」

「いえ、趙雲です! あの強さはたまらないですっ」

「強さで言うなら、孫策でしょ」

「孫策はすぐ死んじゃったじゃないですか。趙雲は強いだけじゃなくて、忠義に厚いところもかっこいいんです」

「ふーん。みかちゃんとはとことん意見が合わないね」

「元子先輩も『真・三国乱舞Ⅴ』やれば、絶対趙雲好きになりますよ。もはや趙雲が主人公みたいな扱いなんですから!」

「うち、ゲーム機ないし」

「なら今度遊びに来てください! お兄ちゃんが持ってるんで、一緒にやりましょうよ!」

「孫策は? 孫策は出てこないの?」

「出てくるし、キャラクターとして使えますよ!」

「へえ……なら、一回くらいは……」

 

 元子とみかの話は止まらない。普段はあまり人と会話しない元子も、三国志の話をする時は、饒舌になるらしい。

 意識を二人の会話に向けて、気を紛らわせようとする。

 頼むから、早く寝てくれ、とコウキは心の中で願い続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] コウキ君、モゲるかも。 やさしさと毅然の境目難しいですね。 月音さん、メンヘラ度が怖い。 次の展開期待してます。
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