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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
233/444

十一ノ十 「部長の器」

 摩耶が意図的にこの三人で部屋を組んだのであろうということは、部屋割表を見た時に、すぐに智美には分かった。

 三人部屋で、ベッドが三つ並んでいる。智美は中央のベッドで、窓際が摩耶、入り口側が千奈だ。


 ちらりと、千奈に目を向けた。

 ベッドに仰向けに寝転がって、携帯をいじっている。指が高速で動いているところを見ると、メールでもしているのかもしれない。


「ねえ、千奈ちゃん」


 摩耶が言った。


「はい」

「まだ起きてる?」

「しばらくは。携帯の音、うるさかったですか?」

「あ、そうじゃないよ。ちょっと話したいなと思って」


 携帯をいじるのをやめて、千奈が身体を起こす。

 智美は二人の視界の間に入らないように、ベッドの端に移動した。

 就寝時間は過ぎてもう電気も消しているため、それぞれの枕元の小さな明かりが三つ、部屋をわずかに照らしているだけだ。


「千奈ちゃんはさ、どうして花田を選んだんだっけ?」

「それは、単純に近かったからですね。心菜も花田を選んでましたし」

「そういえば徒歩通学だったね、千奈ちゃん」

「はい。近い方が楽ですから」

「どう、花田は。中央中の頃とは勝手が違うと思うけど、楽しい?」


 んー、と千奈が唸る。


「楽しい、ですよ。上下関係がそれほど厳しくないのは、私には合ってるかなって思います」


 それは、智美も同感だった。元々智美は、陸上部で上下関係の厳しさに反発して退部したのだ。

 コウキに誘われて入った吹奏楽部は、智美の価値観に合っていた。


「うちは誰でも意見が言えるからね。そのための、全学年にリーダーを複数立てる制度になってるし」

「あ、それ、不思議だったんですよね。なんでリーダーが十人もいるんだろうって。多すぎませんか?」

「そう?」

「だって、六十人の部ですよ。もうちょっと少なくても良いんじゃないのかなあって」

 

 摩耶がちょっと身じろぎして、かけていた眼鏡を外した。枕もとに置いていた眼鏡ケースから布を取り出し、眼鏡を拭きだす。

 

「昔は、部長と副部長だけだったんだよ」


 摩耶が言った。


「そうなんですか?」

「うん。丘先生が花田高生だった時は、まだそうだったって聞いてる。今の体制に変わったのは、丘先生が卒業してから数年経った頃だって」

「なんで変わったんですか?」


 眼鏡を拭き終えた摩耶が、再びかけ、軽く髪を流した。

 摩耶は、眼鏡が似合う人だ。外している時も整った顔立ちで人目を引くけれど、眼鏡をかけるとより一層美しさが引き立つ。知的な雰囲気が足されて、まさに人の前に立つに相応しい人間という雰囲気になるのだ。

 普段はポニーテールが基本だけれど、今は就寝前ということで髪を下ろしている。ストレートの黒髪が、ポニーテールの時よりもさらに摩耶の美しさを引き出している印象を受ける。


「花田が昔、全国に二度出場してるのは知ってるよね」

「はい。丘先生が一年生の時と二年生の時ですよね」

「そう。その当時部長だった進藤先輩が、凄い人だったらしいの。進藤先輩が皆を引っ張ることで、花田は全国へ行った。でも」


 摩耶が、丘が聞かせてくれた当時の話を、千奈に聞かせた。

 丘の前任の顧問であった王子が導き出した結論だ。

 いつ現れるとも知れない、進藤のような柱となり得る人物。その人物が現れないかぎり全国大会へは行けず、仮に再び現れて全国大会へ行けたとしても、その人物がいなくなればまた届かなくなる。

 花田の体制は、一人の人間に頼りすぎて、全部員の力を常に引き出せる体制ではなかった。

 だから一人に頼らず、部員同士が支え合って高みを目指せる今の体制に変わった。


「そういう歴史が、あったんですね」


 食い入るように話を聞いていた千奈が、何度も首を縦に振っている。


「確かにリーダーが多いと感じるかもしれないけど、一年生の頃から務めるってことは、それだけ長くリーダーとして自分がどうあるべきなのかを考えられるとも言えるんだよ」

「へえ?」

「これは私の勝手な考えだけど」


 前置きをして、摩耶が姿勢を変えた。

 寝間着の短パンから伸びた白くほっそりとした足が、摩耶のスタイルの良さを表している。


「人は与えられた立場に応じた自分になっていく、と私は思ってる。だから、部長に選ばれた子は、自然と部長っぽさが出てきたりする。他の学校の吹部を見ててもさ、あ、あの子が部長だろうなって何となく雰囲気で分かる時ってない?」

「あ、分かります。ありますよね、そういうの」

「でしょ、千奈ちゃん。でも、多くの学校はリーダーを務めるのは三年生になってからなの。そこからコンクールまで数ヶ月。元々の素質が無いと、たった数ヶ月で部員をまとめ上げるのは大変だと思うんだよね」

「確かに、そうですね」

「その点花田は、一年生の頃からリーダーとしての自分を見つめられる。どんな人間になれば良いのか、明確な目標になる先輩が常に前にいてくれる。でも先輩に頼りきりじゃなくて、一人で考えることも求められる」

「素質が多少不足していても、じっくり成長できて、与えられた立場に応じた人間になれる、ってことですか」


 満足そうに、摩耶が頷いた。


「そういうこと。だから私は、リーダーが多いのはむしろ良いことだと思ってる」

「うん……お話を聞いたら、なんだか納得できました。ありがとうございます」


 話題の区切りがついたところで、智美は横から口を挟むことにした。


「ところでさ」


 摩耶が会話を始めた意図は分かっている。


「千奈ちゃんが中学で部長をやっていたのは、どうしてなの?」


 千奈と目が合う。


「立候補?」

「そうです、智美先輩」

「やっぱり」

「私は別にやるつもりは無かったですよ。他にやれる子がいなかった、ってだけです。心菜でも良かったと思いますけど、心菜は支える方が得意な子だったので、副部長になって」

「部にとって最善なのが、千奈ちゃんが部長になることだった?」

「そういうことですね」


 やはり千奈は前に立つ素質があるのだ、と智美は思った。

 部にとって何が一番良いのかが、見えている。そして、それを実行する責任感もある。

 求めても簡単に手に入る力ではない。


「千奈ちゃんは、摩耶先輩に似たタイプだね」

「摩耶先輩に?」

「うん。人の前に立つ器、っていうのかな」

「そんな大層な人間じゃないですよ」

「謙遜だね~」

「事実です。なら、智美先輩は? 先輩はどうして部長になったんですか?」


 聞き返されて、思わず自分を指さした。


「私?」

「はい。摩耶先輩は分かります。どう見ても部長をやる人だから」

「何それ」

「ほんとですよ、摩耶先輩。それこそさっき言ってた、部長っぽさが摩耶先輩にはあるんです。でも、智美先輩はなんでなんだろうなって」

「私は」


 問われて、智美はコウキと小川の堤防で話した時のことを思いだした。

 去年の夏に、コウキと二人で部について語り合った。

 智美は、コウキの語る想いに共感したのだ。力になりたい、と思った。


「コウキと約束したから、だね」

「コウキ先輩と?」

「うん。一年生の頃にね。コウキが部長か学生指導者になるなら、私がもう一つをやる、って」

「それは、私も知らなかった」

「多分、誰にも言ったことないですね、摩耶先輩」

「どうして、その約束を?」


 問いかけられて、智美は部屋の壁に目を向けた。白い壁に、明かりで作られた影が浮かび上がっている。


「コウキはこの部をもっと良くしたいと思っていました。そのためにはリーダーになる必要があったんです。そして、コウキの理想を叶えるには理解者の協力も必要だった。たまたま私は、他の人よりコウキを理解してた。だから、コウキの支えになるって決めたんです」

「……へえ」

「それって、智美先輩はコウキ先輩が好きってことですか?」

「違うよ、千奈ちゃん。コウキは……確かに私にとって大切な人だけど、好きとかじゃなくて。どっちかっていうと親友、かな。私は、コウキの考えに賛同してるんだ」

「それで部長までやっちゃうって、凄いですねえ」

「ああ、でも、晴子先輩も部長に智美ちゃんを推薦しようとしてたよ」


 摩耶が言った。


「晴子先輩が?」

「うん。丘先生と三人で話してた時にも、真っ先にリーダーとして名が挙がったのはコウキ君だった。そのコウキ君と協力しあえる子として、晴子先輩が智美ちゃんを挙げてた」


 晴子から、そんな話を聞かされたことはなかった。

 

「智美ちゃんが立候補したから、推薦することはなかったみたいだけどね」

「じゃあ結局、摩耶先輩も智美先輩も、なるべくして部長になった、ってことなんですね」


 言って、千奈が笑った。


「さすが部長のお二人です」


 智美は、まだ自分が部長として部の全員に認められたと思ったことはない。未だに、智美が部長であることに懐疑的な部員もいるはずだ。

 晴子も摩耶も、部長として相応しかった。

 智美は、まだだ。まだ、半人前なのだ。

 

 会話が途切れ、部屋に束の間の静寂が訪れる。

 先ほどまで時折バイブの音を立てていた千奈の携帯も、今は通知を報せる光が点滅しているだけで、静かだ。


「……千奈ちゃんさ」


 しばらくして、摩耶が口を開いた。


「花田でも部長をやる気はない?」

「えっ?」

 

 千奈が少しだけ目を見開いて、固まった。


「私ね、この数ヶ月、一年生を見続けてきたんだ。それで、一番部長として立つに相応しいのは千奈ちゃんかなって思った。秋には一年生のリーダー決めがある。千奈ちゃん、部長にならない?」

「私がですか」

「うん。さっき話した通り、花田は複数のリーダーで成り立つ部だよ。だけど、それでもやっぱり部長と学生指導者の存在は重要なんだ。相応しい子がやらないとリーダーをまとめられないし、部員もついてこない。千奈ちゃんなら、部長に相応しい。千奈ちゃんが部長になってくれたら、私は安心できる」


 千奈がちょっと顔を下げて、自分の手元に目を落とした。

 予想通り、本題はこれだった。 

 智美も一年生で部長になるのなら千奈だろう、と思っていた。


 下を向いていた千奈はゆっくりと顔をあげ、摩耶をまっすぐに見た。


「北川さんがいますよ。北川さんも、中学で部長でした。やる気もありますし、良いんじゃないですか?」


 海は確かに部長をやりたいと公言していたけれど、性格的に不安があった。

 千奈なら申し分が無いどころか、きっと満場一致で認められるだろうと思える。

 二人の器量の差は大きい、と智美は感じている。


「この場にいない子のことをあれこれと言いたくはないんだけど」


 摩耶が目を伏せながら言った。


「海ちゃんには、今のままじゃ部長は任せられない。あの子がリーダー決めまでに変われたら分からないけど、少なくともこのままなら私は海ちゃんを認めない」

「でも、成長を期待するために、一年生からリーダーにさせるんですよね」

「そうだけど、それだけで海ちゃんを部長にするのはリスクが大きい。私は……部の将来も考えないといけないから。最善の方法を選びたい」

「それが、私が部長になることですか」

「うん」

 

 再び俯いた千奈を見て、今何を思っているのだろう、と智美は思った。

 千奈も摩耶と同じで、部にとっての最善を考えられる子だ。そして、それを選ぼうとする。千奈なら、断ることはないはずだ。


「……少し、考えてみます」


 告げられた千奈の答えは、意外なものだった。


「迷ってるの、千奈ちゃん?」

「というより、争いたくないというのが本音ですね、摩耶先輩。私が部長になるってことは、北川さんと二派に分かれるってことです。それは、一番面倒だから」


 なぜか海が千奈を嫌っていることは、部内ではすでに周知の事実だった。

 海本人から、その理由が語られたことはない。浩子なら知っている可能性はあるけれど、浩子の口も堅く、決して話しそうにはなかった。


「もう、良いでしょうか? 眠くなっちゃいました」

「……うん。ごめんね、遅くまで」

「いえ、楽しかったです。おやすみなさい、摩耶先輩、智美先輩」

「おやすみ」


 頷いて、千奈は枕元の明かりを消した。

 智美達に背を向けて横になった千奈は、布団をかぶり、そのまま静かになった。


 摩耶と顔を見合わせ、首を振る。

 今は、ここまでだろう。

 無理強いをすれば、千奈の心もかたくなになってしまいかねない。

 智美も摩耶も明かりを消して、布団にもぐりこんだ。

 

 千奈と海。

 二人の間に、何があったのだろう。

 なぜ、海は千奈を敵視するのか。


 リーダー決めは、先のようでもうすぐだ。東海大会から全国大会の間くらいには、行われる。

 コンクールで忙しい日々が続くけれど、リーダー決めについても少しずつ動き始めなければならないのだ、と智美は思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 以前の登場人物紹介を見てて思ったんですけど。 奏馬が学生指導者と金管SLを、理絵が副部長と金管SLサブを兼任(月音が代わるまで)してたのは、 上級生との軋轢が原因で大量離脱した人達の中に金管…
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