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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・コンクール編
229/444

十一ノ六 「合宿前日」

 鏡が嫌いだ。

 正確には、鏡に映る自分を見るのが、嫌いだ。

 生まれつき唇が厚かった。人より分厚いその唇のせいで、よくタラコ、タラコ、と馬鹿にされてきた。

 体格が大柄なおかげか、暴力を伴ういじめを受けたことはないが、精神的なものは生まれてからずっと受け続けてきている。


 名前は細野太郎と、どこにでもいそうな平凡さである。その名前すらも、嘲笑の道具にされた。


「太郎はそこらの石ころみてぇな目立たねぇ名前なのに、図体はデケぇから邪魔なんだよなぁ!」


 中学三年生の時、クラスで一番人気の男子に言われた。

 その場にいた他の男子も女子も、嗤っていた。

 

 自分が、嫌いだった。

 どうせならもっと小柄に生まれたかった。そうすれば、空気のように目立たない存在になれただろうし、あんな風に馬鹿にされることもなかったはずである。


 この身体が、嫌いだ。

 鏡に映る自分が、嫌いだ。






 学校の正門を抜け、急坂を上っていく。

 道の両脇に植えられた桜の樹に生い茂る枝葉が、道にちょうどいい陰を落としている。ただでさえ上るのに疲れる勾配の坂だから、真夏の太陽を遮ってくれるのはありがたい。

 

「おっ!」


 後ろで、声がした。


「太郎くーん!」


 聞き慣れた声が耳に届き、勢いよく後ろを振り向く。

 急坂の一番下から、二年生のテナーサックスの幸が上ってきていた。

 自転車を押しながら、笑顔を向けてくる。


 やった、と太郎は思った。


「おはよう、太郎君!」

 

 そばまで来て、幸が言った。


「お、おはようございます」


 並んで、歩き出す。


「今日は早いじゃん」

「たまたま早く目が覚めました」

「ん、偉い! いつもそれだと、もっと偉い!」

「す、すみません」

「え、謝るところ無かったよ~?」

「いえ、自分、いつも朝来るの遅いんで……」

「太郎君、家遠かったよね? なら仕方ないよ! 遅刻しないんだから偉い偉い」


 ぽん、と腕を叩かれて、心臓が跳ねあがる。

 幸は何かあると人の身体に触れてくる人だった。太郎は女子に触れられ慣れていないから、その度に、胸の鼓動が激しくなる。それと同時に、嬉しいという気持ちも沸き上がるのだった。

 

 幸はセクションもパートも違うのに気軽に声をかけてくれるし、太郎のような冴えない人間にも対等に接してくれる。

 可愛いとか美人とか、そんな次元を超越して、優しさに溢れた女神と言っても良い人である。

 

「いよいよ明日が合宿だねえ。太郎君はもう行く準備した?」

「しました」

「楽しみだよねえ」

「僕は、ちょっと不安です。泊まりでどこか行くのは初めてなので」

「心配ないよ。合宿は今よりももっと皆と仲良くなれるよー!」

「なれます、かね」

「なれるなれる!」


 太陽のように輝く笑顔を向けられて、そのあまりの眩しさに、太郎は目を瞑った。

 屈託のない笑顔というのは、こういう笑顔のことだろう。


「どうしたの、目瞑って」

「あ、いや、先輩が眩しすぎまして……」

「何それ」


 ぷ、と幸が噴き出す。

 くすくすと笑うその顔も、魅力的だ。朝から幸と話せるなんて、今日はなんて良い日だろう、と太郎は思った。

 幸がいつもこの時間に登校してくるのなら、自分もこれからはこの時間にしようか。そんな考えが、頭の中に浮かぶ。


「はあ、それにしてもあっついねえ」

「あ、はい、ですね」

「自転車通学って、学校来る前にもう汗だくになるから最悪だよー。太郎君はバスでしょ、良いなあ」


 ちらりと、幸の方に目をやった。

 しっとりと汗ばんだ額に前髪が少しだけ張り付き、腕には汗の雫が浮いている。


「ま、そもそも家のそばにバス停無いから、バス通学なんて無理だけどさ」


 滑らかに言葉を紡ぐ唇は薄い桃色をしていて、みずみずしい艶がある。太郎の厚ぼったくて醜い唇とは、まるで別物だ。

 喉の鳴る音がして、それが自分から聞こえたのだと、太郎はすぐに気がついた。 

 視線が、幸の唇に釘付けになる。

 この唇に触れたら、どんな感触がするのだろうか。


「さてと」


 坂を上りきったところで、幸が自転車に跨る。


「自転車置いてくるから、太郎君先行ってて良いよ」

「え、いや」

「じゃねー」

「あっ」


 太郎の言葉を待たずに、幸は走り出してしまった。遠ざかっていく後ろ姿を呆然と見ながら、ため息をつく。

 待ちます、とすぐに言えば良かったのに、言葉が出なかった。きちんと言えていたら、音楽室まで幸と一緒に行けたかもしれないのに。


 言いたいことも言えない自分を、太郎は心の中で罵った。

 思っていることは沢山あっても、いざという時に言葉に出来ない。今まで、言おうとした時にはもうその話題は終わってしまっている、ということも何度もあった。


 そんな調子だから、根が暗いとか何を考えてるのか分からない奴だとか言われてきた。当然、友人も少ないし、今まで女子と仲良くなったこともない。

 きっと、自分は一生こんな風に何かを掴みそこねながら生きていくのだろう。

 

 暑苦しく目障りな太陽を一度見上げ、それから、太郎は生徒玄関へ向かった。



 




 部の活動開始時刻は八時からで、それまでは音楽準備室で練習をするのが、太郎の日課だった。

 大体、毎朝三十分ほどは練習時間があり、そこでは正確に美しい音が出るように意識しながら、一音一音丁寧に音階を弾く練習をしている。

 

 コントラバスは吹奏楽の編成の中で、唯一の弦楽器である。

 その音は吹奏楽器に比べるとあまりにも小さく、何十本という吹奏楽器の中にたったの数本しかいないことから、コントラバスはいてもいなくても一緒だ、と言う人もいる。

 花田高の中にも、太郎と勇一の二本しかコントラバスがいない今のバンド編成で、太郎達の存在意義はあるのか、と思っている人もいるだろう。


 そもそもの音量が大きくない楽器であるうえに、音は低ければ低いほど耳に届きにくいのだから、確かに目立たない。

 それでも、コントラバスは確実にバンドの音作りに役立っているのだ。


 弦楽器にしか出せない独特の音が、サウンドに深みを与えるのである。金管・木管楽器とも鍵盤打楽器とも違う、震えるような響き。板を、弦を、床を、すべてを振動させて生み出す、無二の音。

 他の楽器では出せない音を、自分が担っている。必要だから、そこに存在している。

 自分がここに居て良い、居るべきなのだという肯定感が、コントラバスを弾いている時は感じられる。


「花田高はコントラバスが凄い」


 聴いた人に、そう言われるようになりたい。そして、もっと必要とされたい。自分とコントラバスの存在を、認められたい。

 その想いがあるから、少しでも美しく、そしてよく響く音になることを意識して、弓の持ち方や身体の動かし方を考えながら練習する。

 美しく響く音が、自分とコントラバスの存在価値を更に高めてくれるのだ。

 

 音楽準備室に、リズムを刻むメトロノームの音が響いている。

 太郎は弓をもう一度構え直し、そっと腕を動かした。

 想いに応えるかのように、コントラバスは低く地を揺るがすような音を放っている。




 

 

 

 

 












 明日から合宿だ。

 県大会を目前に控えたまとまった練習機会であり、重要な三日間である。

 

「サックスとユーフォニアムのソロ、合宿中に何としても完成させましょう」


 今日の合奏終わりに、丘が言った。

 久也の緊張をはらんだ固い返事が、耳に残っている。


 ソロをまともに吹けないよしみのせいで、久也が頑張っている。

 負担を、かけ続けている。


 バスの窓から見える外の夕暮れを眺めながら、よしみはため息をついた。

 久也は決して下手ではない。いつでも安定した演奏をする力量を持っている。

 けれどあのソロは、今の久也には荷が重いのも事実である。柔らかさの足りない久也の演奏では、フレーズの持つ雰囲気を表現しきれないのだ。

 コウキとソロの練習をしているようで、確かに日に日に上達してはいる。けれど、相応しいソロになっているかと聞かれれば、頷けない。


 ブザーの音が鳴って、車内放送が次に止まるバス停を報せる。ちょうど、よしみも降りるバス停だった。

 数分走って、バスは目当てのバス停に止まった。よしみも席を立ち、運賃を払ってバスを降りる。

 エンジン音を鳴らしながら、バスが走り去っていく。


 ユーフォニアムのピストンに塗るオイルが、切れかけていた。

 滑らかなピストン運動と楽器の状態維持に欠かせないオイルで、合宿中に無くなると嫌だから、ショッピングモールの中に入っている楽器屋に買いに来たのだ。


 バス停から、ショッピングモールはすでに見えている。

 二、三分も歩けば、もうショッピングモールの中だった。

 二階にある楽器屋へ、まっすぐに向かう。


「いらっしゃいませ」


 ちょうど店の前にポップを掲示しようとしていた店員と目が合った。

 頭を下げて店内に足を踏み入れ、ピアノが並ぶエリアを抜けて管楽器のコーナーへ向かう。

 比較的広めの店だけれど、商品の中心はギターやエレクトーン、ピアノといったメジャーな楽器で、管楽器は店の隅に申し訳程度に用意されているだけだ。

 

 それでも、この付近でその日のうちに備品などを手に入れようと思ったら、この店に来るのが一番確実である。

 吹奏楽で使われる楽器に必要な備品は、最低限は揃っているのだ。

 

 オイルなどの備品が並ぶ棚の前に立ち、ユーフォニアム用のオイルを探す。

 

「あった」


 本当はオイルによってピストンの動き具合なども変わるから、自分の好みのオイルを選ぶのが一番である。

 しかし、管楽器専門の店ならオイルの種類も豊富にあるのだろうけれど、そういう店は一番近くても名古屋や浜松にしかなく、そこまで行く余裕はよしみにはない。

 だから、この店に売っているたった一種類のオイルを使うしかないのだ。


 オイルを手に取り、立ち上がろうとした時だった。


「よーしみちゃん」


 いつの間にか、隣に女の子がいた。よしみと同じようにしゃがんで、こちらを見ている。


「み、美鈴ちゃん!」

「やっほー」


 安川高校のユーフォニアム奏者の、広瀬美鈴(ひろせみすず)だった。

 コンクールチームに所属していて、合同バンドではいつもよしみの隣で吹いている子だ。同学年で、実力もほとんど変わらないレベルにある。


「どうしてここに?」

「こっちの台詞ね、それ。よしみちゃん、わざわざ隣町から来たの?」

「あ、うん。オイル無くなりかけてたから、買いに来たの」

「わーお。私はオイルとグリスを買いに来たんだ。偶然だねえ」

「ほんとだねー」

 

 顔を見合わせて、笑いあう。


「学校に出入りの業者に頼めば、何種類かのオイルの中から選べるけど、二ヶ月に一回しか来ないんだよね、業者」


 棚に並ぶオイルとグリスを手に取って、美鈴が言った。


「今欲しいから、妥協でここに来た」

「それも同じだね」

「すぐに欲しいと思ったら、ここしかないよねえ」


 美鈴と一緒にレジへ向かい、オイルを買う。美鈴の会計も済むのを待って、二人で店を出た。


「まさか合宿前日によしみちゃんと会えるなんてねえ。何か嬉しいなあ」

「私も」


 美鈴とは学校は違っても仲が良かった。メールでも、よく連絡を取り合っている。


「ねえ、よしみちゃんはまだ時間大丈夫? せっかくだしどっかでお茶しない?」

「あ、良いねぇ。しよっか」

「私、クレープ食べたいんだよねえ」

「クレープ?」

「そ。一週間に一回は食べるくらい、クレープ好きなの」

「そんなに!?」

「だってさあ、吹部って朝から晩まで練習じゃん。そのせいで全然女子高生っぽいこと出来ないじゃん」

「え、うん、まあ」

「だから学校帰りにここに来て、クレープを食べてるの。フードコートに座ってクレープを頬張りながら友達と駄弁るのって、すごい女子高生っぽくなーい?」

「まあ確かに」

「せっかく華の女子高生なんだから、ちょっとくらいは楽しみたいじゃんね」


 美鈴の言うことに、なるほど、とよしみは思った。

 よしみは花田高に入学してから今まで、部活動が終わったら真っすぐ帰宅するのが当たり前だったから、普通の女子高生のような生活とは無縁だった。

 確かに、やってみたい。


「良いね、クレープ食べよ!」

「やった」


 にこりと、美鈴が笑う。

 

 フードコートは三階にあり、ちょうど楽器屋の真上に位置しているため、近くのエスカレーターに乗ればすぐに着いた。

 夕食を楽しむ家族連れやカップルで賑わっている。


 チェーンの有名どころが並ぶ一番隅に、クレープ屋はあった。

 店の前の列に並び、ショーウインドウのメニューを眺める。


「よしみちゃん何にする~?」

「んー、チョコバナナにしようかなあ」

「私はね~チョコイチゴバナナ生クリーム、バニラアイス乗せにする」

「うへー、贅沢にいくね」

「クレープは私の唯一の楽しみだからけちらないの、うふ」


 美鈴がしなを作って微笑む。

 数分待って、二人の番になった。それぞれ目当てのメニューを注文し、女性店員が作るところを眺めて待つ。


 女性店員の流れるような仕事ぶりに、よしみは感心した。

 常に笑顔を保ち、優雅にクレープを作り上げていく姿は、実にきらきらとしていて楽しそうだ。

 胸につけているバッジには、店舗リーダー、と書かれている。

 こうして客に見られていても、動じずに仕事を完璧にこなせるようになるには、どれくらい訓練するのだろう。


 くるくると巻き上げられたクレープが紙にくるまれる。


「お待たせいたしました。どうぞ」

「ありがとうございます」


 店員からクレープを受け取って、近くの席に着く。

 

「いやあ、これこれ。これが食べたかったのよ。いっただきまーす」


 美鈴が目を細めて、クレープにかぶりついた。

 幸せそうに、顔を揺らしている。

 よしみも、一口かじった。生クリームの甘さと生地の香ばしさが混ざり合って、美味しい。薄いのにもちもちとした食感がする生地は、噛み応えがあってよしみの好みの焼き方である。


「美味しいね、美鈴ちゃん」

「でしょでしょ! はぁ~幸せ」

「私、高校生になってから友達とこういうとこ来るの初めてだ、そういえば」

「マジ? まー、花田町からだとちょっと遠いもんね」

「うん。土日はずっと練習だったし」

「安川も同じ。休みなんて年に数えるほどだよね」

「でも花田は、今年から平日は毎週水曜日が休みになったよ。今は夏休みに入ったから関係ないけど」

「うっそ!? 何それ、羨ましい!」

「平日休みって慣れてないから、結局自主練したり家でゴロゴロしてたけどね」

「良いなぁ~。私も花田に行きたぁい。安川はもーきつくてきつくて」

「そういえば、美鈴ちゃんはどうして安川に入ったの? やっぱり吹部目当て?」


 アイスクリーム用のスプーンを口にくわえていた美鈴が、口から出して小さく振った。


「吹部目当てというより顧問目当てかな。名古屋の光陽高校ってあるじゃん。あそこと安川で迷ったんだけど、近場で学力もちょうど良かったからこっちにしたんだ」

「顧問って、鬼頭先生?」

「そう! 私、高校では鬼頭先生か光陽の王子先生のどっちかに教わりたかったんだよね。それですーっごい悩んだんだけど、やっぱり近いほうがその分練習出来るし」


 王子は、花田高吹奏楽部の前任の顧問だ。去年の合宿で、よしみも指導を受けている。

 一切怒ることがなく、それでいて不思議とバンドの音を引き出してくれる、魔法のような指導をする人だった。 

 

「鬼頭先生は、口調は強いし怖いんだけど、私達生徒を凄く大切にしてくれてるんだよね。最初の頃はくそ爺め、なんて思ってたけど、今は安川にして良かったと思ってる。まー、もうちょっと休みほしいけど」


 鬼頭には、合同バンドで指導されることもある。確かに丘や王子と違って、鬼頭の合奏は怖い。些細なミスも許されないという空気があり、緊張するのだ。


「よしみちゃんは? 何で花田高?」

「え、私?」

「うん。何か理由あるでしょ?」

「私は……」


 何でだったのだろう、とよしみは思った。

 美鈴には聞いておきながら、自分が花田を選んだ理由は思いだせない。


「覚えてない、や」

「えー、何それ」

「何か、あった気はするんだけど」

「ど忘れ?」

「……かも」


 花田北中で、よしみは死んだように生きていた。

 三年生最後のコンクールでソロを吹き忘れるという失態を犯し、地区大会で敗退した。それで部員から恨まれ、針の筵のような状態の部で、心を殺して過ごしていた。

 あの頃の自分が何を考えていたのか、全く思いだせない。


「……ま、そんなこともあるかもね」


 気を遣った美鈴の声に、よしみは小さく微笑みを返した。


 




 

 クレープを食べた後、ショッピングモールの駐輪場で美鈴と別れるところだった。

 日は完全に落ちていて、辺りは暗い。


「クレープ美味しかったね、よしみちゃん」

「ね。また一緒に行こ」

「もち! じゃ、明日からの合宿もお互い頑張ろうね、よしみちゃん」

「うん、頑張ろう」


 顔を見合わせて、笑いあう。


「あそうそう、知ってると思うけど今年のうちの曲、『海の男達の歌』でさ」


 どくん、と心臓が音を立てた。


「私、ソロ吹くんだよね」


 よしみが中学三年生のコンクールで、自由曲として吹いた曲だ。


「よしみちゃんにも、私のソロ聴いてみてほしいんだ。どっかで時間作って、一緒に練習しよ」

「え」

「嫌?」

「あ……ううん。良い、よ」

「やった、よろしく! じゃ、今日はありがとね。また明日!」

「うん、また」


 美鈴が自転車に跨り、走り出す。手を振る美鈴によしみも振り返し、その姿を見送った。

 美鈴の姿が見えなくなり、よしみは手を下ろした。


 『海の男達の歌』は、中学三年生のコンクール以来、耳にしないようにしてきた曲だった。

 よしみが部員から、県大会進出という夢を奪った。その思い出が蘇るから、聴きたくなかったのだ。

 美鈴の提案を断りづらくて了承してしまったけれど、あのソロを、よしみは聴けるのだろうか。

 聴いて、平然としていられるだろうか。


「何で良いって言っちゃったんだろ……」


 後悔が押し寄せてきて、よしみはため息をついた。

 そもそも、自分のソロの問題すら解決できていないよしみに、美鈴のソロを聴く資格などないではないか。

 

「……どうしよう」


 呟きは、夜の闇に吸い込まれて消えていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 細野太郎が一目惚れしたのは星子なのではと。登場人物紹介によると。 幸にもドキドキですか。意外に気が多いですな。 それと幸の悪い癖が。こうやってなんとも思ってない男子を勘違いさせてきたんですね…
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