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青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
221/444

七 「変わりたい」

「皆さん、良い夏休みを過ごせましたか。私はこの夏……」


 校長の話が始まって、美奈は、思わずあくびをした。

 今まで通った、どの学校の校長も話が長かったが、彼は特別そうだった記憶がある。

 教師が大勢の前で話をする機会など、そうそうあるものではない。人に聞かせる話術を、身に着ける機会を得ないまま昇進してしまうから、そうなるのだろう。

 

 眠りかけているのか、斜め前に立つ女の子の頭が不規則に揺れている。今にもがくんと体勢を崩しそうだ。

 他にも、ちらほらとそういう様子の子が見える。

 壇上から見ていて、校長は気がつかないのだろうか、と美奈は思った。


 夏休みが明け、始業式だった。

 この時間軸に渡ってきてから、ひと月以上が経つ。

 今までで、一番楽しい夏休みだったと言えるだろう。以前は休みだろうと関係なく勉強に費やしていたから、誰かと心行くまで遊んだ経験は、初めてのことだった。


 二学期からも、密かに楽しみにしている。

 また小学生の授業を受けるのは、退屈極まりないが、前の時間軸で出来なかったことを、全力で楽しむ良い機会でもある。

 

 それに、コウキはどうなったのかも、気になっていた。

 今朝登校してきた時、すでに教室にいたコウキの様子を観察した。

 コウキは自分の席に座って考えごとをしていたから、観察しているだけでは、変わったのか変わっていないのか、よく分からなかった。

 

 前の時間軸では、終礼の後に、解散した教室で喜美子に謝罪していた。この時間軸でもそれが起きるなら、終礼の後のはずだ。

 できれば、それを確かめたい。


 もし、コウキが前の時間軸のように変わっていたら。

 それで、自分はどうしたいのだろう。


 斜め前に立っていた女の子が、ついに体勢を崩して倒れかける。

 慌てて姿勢を正した彼女を見て、周りの子はくすくすと笑っていた。

 





 始業式の後、教室に戻ってきた四組は、担任の遠藤から明日以降の予定などの説明を受けた。

 遠藤の話は、校長に比べて短くて助かる。おかげでチャイムが鳴ると同時に、四組は解散になった。


「美奈ちゃーん、ばいばーい」


 クラスメイトの奈々と亜衣が、美奈の前を通り過ぎていく。


「ばいばい」

 

 二人に手を振り、美奈もランドセルを背負った。


 ちらりと、教室の隅に目を向ける。喜美子が、自分の席に座ったまま、うつむいている。

 喜美子は、いつも誰よりも遅くに教室を出る。目立つ行動をして、クラスメイトから何かされるのを避けるためだろう。


 まだ、コウキも教室内にいる。

 もし前の時間軸と同じことが起きるのだとすれば、コウキと喜美子が二人になる必要がある。

 

 二人から視線を外し、美奈は教室を出た。廊下の離れたところで、四組の教室からクラスメイトが全員出てくるのを待つ。

 最後の一人が出たのを確認して、四組の前に戻った。

 中から、話し声が聞こえてくる。


「……ただ、福田さんをいじめていたのは、間違いだったと気づいたんだ。もう俺、福田さんをいじめたくないし、福田さんとも普通に接したい。だから、謝りたくて。本当にごめん」

 

 どくん、と心臓が音を立てた。

 扉に身を隠しながら、そっと教室を覗く。

 コウキが、喜美子の前に立って、頭を下げていた。


 前と同じだ、と美奈は思った。

 

「……三木君が謝ってきても、他の人は私をいじめるから、変わらないよ」


 喜美子が言った。


「俺がいる前で、そういう奴がいたら、止める」

「出来ないよ……そんなの」

「いや、やるよ。いじめとか、もう嫌なんだ。俺がするのだけじゃなくて、他の子がするのを黙って見てるのも。そんなことで、許してもらえるとは思ってない。けど、俺がしたいからする。それだけ、伝えたかった。じゃあ、また」


 はっとした。

 コウキが出てくる。


 慌てて、隣の三組の教室に入って、扉の裏に隠れた。

 コウキが、廊下を歩く音が聞こえてくる。


「何してんの、大むっ」


 怪訝そうな顔をしながら近づいてきた友達の口を、咄嗟に塞ぐ。気づかれてしまっただろうか。

 そっと、廊下に目をやる。

 コウキは、こちらを振り向くことはなく、そのまま階段の方へと姿を消した。


 息を吐き、友達の口から手を離す。


「もう、急に何ー?」

「ごめんね」

「何、なんか隠れてたの、大村さん」

「あ、うん、ちょっと」

「三木?」

「あ、えーと、そういうわけじゃ」


 友達が首を傾げる。


 前の時間軸でも、こうして隠れたのだ、と美奈は思った。 

 冷静に考えれば、隠れる必要などないのに、何故かそうしてしまった。


「邪魔しちゃってごめんね」

「いや、良いけど」

「もう帰る。ばいばい」

「え、うん」

 

 友達に手を振り、三組の教室を出て、階段へ向かう。

 手すりから身を乗り出して下を覗いたが、もうコウキの姿は見えない。


 美奈は手すりを握る手に、力を込めた。

 心臓が、激しく音を立てている。

 やはり、この二週間でコウキに何かあったのだ。それで、コウキは変わった。


 だから、何がどうということもない。

 ただ言い表しようのない感情が、美奈の胸の中にはあった。


 











 翌日から始まった授業に、美奈はうんざりした。

 国語の授業は教科書にひらがなが多く読みづらいし、算数の授業は基礎の基礎過ぎるし、これから半年間、こういう授業が続くのだという事実に、ため息をつかずにはいられなかった。


 覚悟していたことではあるが、想像以上につまらない。といって、授業中に別のことをするのも良くない。

 結局、ノートの端に落書きをしながら、時間が過ぎるのを耐えるしかなかった。

 

 放課になって、引き出しの道具箱に教科書をしまおうとして、借りていた図書室の本に目がいった。

 取り出して、表紙を眺める。

 返却期限は今日だ。


 男の子と妖精の冒険譚で、児童向けの本特有の読みづらさはあったが、意外に面白かった。四巻までは図書室にあったから、返却のついでに、二巻を借りても良いかもしれない。

 コウキには、読んだ感想を伝える約束もしている。後で、機会をみて話しかけてもみようか、と美奈は思った。


 時計に目をやる。 

 次は理科の授業で、理科室に移動だから、今から図書室へ行く時間は無い。昼放課に行くしかないだろう。


「美奈ちゃん、教室移動しよー」


 そばに来たクラスメイトが言った。


「うん」


 道具箱に本を仕舞い、理科の用具を持って席を立つ。

 理科室は職員棟にあるから、移動に時間がかかる。チャイムが鳴るまでに席に着いていないと怒られるため、ほとんどのクラスメイトが、すでに移動を開始している。

 美奈もクラスメイトと一緒に、理科室へと向かった。


 その後、理科室で行われた授業は、国語や算数、社会といった授業に比べれば、まだまともなほうだった。

 理科では実験をするから、多少は楽しめる。やっている内容はこども向けにしても、黒板の内容を書き写すだけの授業より、ずっと良い。

 実験を繰り返しているうちに、もうチャイムが鳴って、授業が終わった。

 小学校の授業は、四十五分間と短めなのは助かる。

 

 次は給食だ。

 美奈が進学した中学校では昼食は弁当制だったから、給食を食べるのは十六年ぶりとなる。


 実は、密かに楽しみにしていたことの一つでもある。

 今日の献立は、あらかじめメニュー表を見て確かめてあった。カレー、うどん、いちごクレープ。小学生が飛びあがって喜ぶ、人気メニューの日だ。

 

 立ち上がろうとして、扉の方に目をやると、一斉に理科室を出て行こうとするクラスメイト達で、出入口が詰まっていた。

 少し間を置いて、人が減るのを待った方が良いか。


 椅子に再び座り、視線をさ迷わせる。すると、コウキも同じように席に座って、入り口の混雑を避けていることに、気がついた。

 一人で、窓の外をぼんやりと眺めている。


 話しかける良い機会だ、と美奈は思った。

 立ち上がってコウキに近づき、そっと肩に触れる。

 振り返ったコウキが、にこりと笑いかけてくる。


「大村さん。どうした?」

「あの本、読んだよ、コウキ君」

「あの本?」

「少年マモルと妖精ベリー」

「うわっ、懐かしい題名!」 

「懐かしい?」

「あ、いや何でも。ごめん、それであの本がどうしたの?」

「え、読んだら感想言うねって約束してたから」

「約束……?」


 コウキが考え込むような顔になる。

 まさか、忘れたのだろうか、と美奈は思った。

 数秒してから、はっとした表情をコウキが見せた。


「ああ、図書室でした約束ね」

「そう。良かった、忘れたのかと思った」

「ごめん、ちょっと混乱してた」

 

 頬をかきながら、コウキが曖昧な笑いを浮かべる。


「どうだった? 面白かったでしょ?」

「うん、こども向けのわりに、意外と楽しめた」

「こども向けって、俺らもこどもじゃん」

「あ、うん、まあそうなんだけど」

「何巻まで読んだ?」

「一巻まで。昼放課に二巻を借りに行こうかなって」

「マジ? 俺も昼放課に図書室行こうと思ってたから、なら一緒に行く?」

「え」

「授業が退屈だからさ、何か本でも読んで時間潰そうかと思って、借りに行くんだ。あ、一緒に行くの、嫌なら良いけど」


 美奈は慌てて首を振った。


「行く」

「そか。じゃあ、給食の後の掃除が終わったら、声かける」

「うん」

「てかさ、一学期まで大村さんとこんなに話したことないよね」

「あ、そう、だね……確かに」

「なんか、俺の思ってた大村さんのイメージと違うな」


 どきりとした。

 怪しまれたのだろうか。


「……変?」

「いや、変じゃないけど、大村さんから話しかけてくれたの、記憶の中だと初めてかなって」

「ああ……そう、かも」

「意外と話しやすい子だね、大村さん」

「それは」


 中身が、大人の美奈だからだ。

 以前の美奈なら、自分から仲良くない男の子に話しかけたり出来なかったし、今のように、平然と会話をすることも出来なかった。

 

「てか、俺のこと下の名前で呼んでくれるなら、俺も美奈ちゃんって呼んで良い?」

「えっ!?」

「駄目?」

「あ、いや、駄目じゃない、よ」

「ほんと。ならこれから美奈ちゃんで」


 に、とコウキが笑った。

 眩しい笑顔だ。

 美奈も、小さく微笑み返した。


「コウキ君、夏祭りの時より話しやすくなったね」

「夏祭り……あ、ああ、夏祭りね。そう、かな?」

「うん。あれから、何かあった? 雰囲気、がらっと変わった」

「あー、まあ色々と……」


 気まずそうに、コウキが目を逸らす。

 聞かれたくないことなのだろうか、と美奈は思った。

 前の時間軸でも、詳しく事情を教えてもらってはいなかった。


「……あのさ、コウキ君」

「うん?」

「……昨日、喜美子ちゃんに謝ってた、よね」

「え」


 コウキの目が見開かれる。


「見てたの?」

「……うん」


 沈黙。

 言わないほうが、良かっただろうか。

 しばらくしてから、コウキが口を開いた。


「まあ……そう、謝ってた。いじめも無くすって伝えたくて」

「凄い……よね。ちゃんと謝れるって」

「いや……そんなことないよ。そもそも、いじめをしてたこと自体、最低なんだし」

「それは……」

「俺がしてたのは、謝って許されることじゃない。凄くなんかない」


 扉の方に目をやると、喜美子が、最後尾で理科室を出て行くところだった。

 うつむきがちに歩いている。


 前の時間軸で、もし美奈が勇気を出して、もっと早くに喜美子に声をかけていたら。

 そうしたら、喜美子はああして一人でいることはなかったのではないか、と美奈は思った。


 自分の保身のために、美奈は、喜美子を見捨てていた。他の子のように直接いじめたりはしなくても、間接的には喜美子を傷つけていた、と言える。


 コウキが助けなかったら、喜美子はきっと卒業するまで、いじめられ続けていただろう。

 

「私は」


 美奈は呟いた。


「私は、それでも凄いと思う。だって、私も同じだから。喜美子ちゃんがいじめられてるのを、見ない振りをしてた。私もいじめの対象になりたくなくて、逃げてた」

「美奈ちゃん」

「私も……いじめに加担してたようなものだよ。でも、そんな自分を変えられなかった。だから、自分の間違いを認めてやり直そうとしてるコウキ君は、私は凄い、と思う」


 コウキが見つめてくる。美奈も、じっと見つめ返した。


「……ありがとう。そういう風に言ってもらえると、嬉しいよ」


 コウキが立ちあがる。


「教室、戻ろうか」

「……うん」

「美奈ちゃん、さっき俺のことを変わったって言ったけど、美奈ちゃんこそ変わった気がする」

「え」

「夏休み、何かあった?」


 聞かれて、返事に困った。本当のことは、言えるわけがない。

 しばらく黙り込んでいると、コウキが小さく笑った。


「言いたくないことは言わなくて良いよ。行こう。今日カレーだぜ」


 歩き出したコウキの後についていく。


「……コウキ君」

「ん?」

「喜美子ちゃんのいじめをなくす、って言ってたよね」

「ああ」

「それ、私も手伝って良いかな?」

「え」

「私も、変わりたい。いじめを見ない振りをする、卑怯な人間のままでいたくない」

「美奈ちゃん」

「駄目、かな。私一人じゃ……どうやっていじめを無くせば良いのかも、喜美子ちゃんを助ければ良いのかも分からない。だから、コウキ君のを手伝わせてほしい」


 かつて、コウキは、一人で喜美子へのいじめを無くしてみせた。喜美子だけではない。他のクラスでいじめられていた子も、コウキは助けていた。

 周りを巻き込んで、一人ずつ味方にしていった。


 一度は大人を経験した美奈でも、あの頃のコウキのように、上手く動ける気はしない。所詮、美奈は人と大して関わらないまま生きてきた人間だ。

 だが、コウキの手助けをすることくらいなら、出来る。


 この時間軸に渡ってきて、母や祖母、智美のことを大切にすると決めた。それが、美奈にとっては重要だった。

 だが、それだけでは駄目な気もしていた。


 美奈は、未来の出来事を知っているのだ。その力を、誰かを助けることに使うべきではないか、とも考えていた。

 コウキに力を貸せば、少しは役に立てるのではないか。

 

「俺だって、上手くやれるか分かんないよ?」

「大丈夫、コウキ君は、上手くやれるから」

「言い切るね」

「私は信じてるもん」

「信じてる、か」


 コウキが、やわらかく笑った。


「じゃあ、手伝ってもらおうかな。正直、ありがたいよ。味方がいたほうが動きやすくなると思ってたから。それが女の子なら、なおさらね」

「! うん」

「手伝ってもらうからには、失敗して美奈ちゃんまでいじめられるようなことにならないよう、気を付けるから」


 何故だろう。

 コウキは、十六歳も年下のこどものはずなのに、話していると、まるでそんな気がしない。

 コウキが大人びているからなのか、それとも美奈自身が、この身体の持ち主だった、こどもの美奈の感覚に引きずられているからなのか。

 不思議な感覚だ。

    

 廊下を歩いていると、給食室からの良い匂いが漂ってきた。

 懐かしいカレーの匂いだ、と美奈は思った。

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