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青春ユニゾン  作者: せんこう
番外・美奈編
220/444

六 「二人のコウキ」

 目の前に広がっている光景が夢なのだと、美奈にはすぐに分かった。

 笑顔のコウキが立っていて、その隣には、険しい表情のコウキもいる。

 コウキが二人いるなど、夢でしかあり得ないだろう。


 笑顔のコウキは、背筋も伸びて、柔らかな表情だ。 

 もう一人のコウキは、猫背気味で、顔に影が差している。

 二人は同じ姿形をしているのに、まるで雰囲気が違う。

 

 そうか、と美奈は思った。

 笑顔のコウキは、美奈の記憶の中のコウキなのだ。いつも優しくて、心地良い時間を与えてくれた、美奈が恋をしたコウキだ。

 もう一人のコウキは、それ以前のコウキだろう。


「何で、変わったの?」


 美奈は言った。


「さあ」


 笑顔のコウキが答えた。


「いつ、変わったの?」

「さあ」


 険しい表情のコウキが答えた。

 

「……同じだな」


 二人のコウキが、口を揃えて言った。


「何が、同じ?」

「俺と、君が」

「……どういう意味?」


 問いかけて、実際に自分が口にしたのだ、と美奈は認識した。

 目が覚めていた。

 薄暗い自分の部屋だ。

 

 枕もとで、規則正しく音を立てている時計に目をやる。うっすらと見える時計の針は、零時頃を指している。

 ほんの一瞬の夢だと思っていたのに、眠ってからかなり時間が経っていた。


 美奈は時計から目を離し、枕に頭を戻した。

 息を吐いて、天井を見上げる。


 小学六年生の夏休みに入るまで、コウキは笑顔を浮かべることが少なかった。

 よく他の男の子に馬鹿にされると、激怒して喧嘩をしていた。怒るコウキを面白がって、男の子達がコウキを挑発していたのだ。

 それは、軽いいじめのようなものではあっただろう。

 

 だが、コウキは自分がいじめられていながら、一方で他者をいじめてもいた。相手は、クラスメイトの喜美子だ。

 喜美子は、同じ服を何日も着てくるとか、汚れが目立つとか、そういうことが多い子だった。

 それで、男の子も女の子も喜美子を避け、陰で嗤っていた。コウキもその一人で、喜美子はクラスで一人ぼっちだった。


 美奈は、それを見て見ぬ振りをしていた。自分もいじめられるかもしれない不安もあって、助けられなかったのだ。

 今思えば、美奈もいじめに加担していたようなものである。


 そんな喜美子に救いの手を差し伸べたのは、コウキだった。

 夏休みが明けて始業式の日、コウキが喜美子に謝罪をしているところを目撃した。コウキは、喜美子にいじめをなくすことを誓い、その約束の通りに、クラス内からいじめをなくした。

 同時に周りに好かれるようになり、コウキは、クラスの中心人物になっていった。


 夏休み前と夏休み後で、コウキは変わった。

 昨日の夏祭りで会ったコウキは、まだ変わる前だったということだ。

 つまり、あと二週間程の間にコウキに何かがあって、まるで正反対の性格になるのだ。


 一体、コウキに何が起きるのだろう、と美奈は思った。

 

 不思議な店の主である元子は、この時間軸は以前の時間軸と似ていて、美奈の行動次第で未来が変わっていくと言っていた。

 ならば、このまま始業式までコウキと接触せず、未来に大きな変化が起きないように気をつけていれば、コウキはかつてと同じように何らかの経験をして、性格が大きく変わるのではないか。

 

 すでに、かつてとかなり違う行動をとっているし、夏祭りでコウキとも会ってしまったから、確実にその何らかの出来事が起きるかは分からない。

 それでも、あの優しかったコウキに、もう一度会ってみたい気はある。

 

 もし二学期から、またあの優しいコウキに会えるのだとしたら。

 かつて叶わなかった恋も、やり直せるのではないか。


「……なんて」


 呟いて、自嘲の笑みを浮かべた。

 相手は小学六年生で、美奈は二十八歳である。


 たとえコウキがかつて好きだった男の子だとしても、今の美奈からすればこどもだ。

 前と同じようにまた恋をするなど、無理だろう。


「寝よう」


 呟いて、美奈は目を閉じた。


 中学三年生の時、美奈はコウキに別れを告げた。あの時、美奈の恋は終わったのだ。最初で最後の恋だった。

 もう、美奈が誰かに恋をすることなど起きないだろう。


 母親と友人がそばにいる。

 今は、それで良いのだ。

 

 眠りについた美奈が次に見た夢には、コウキは出てこなかった。















 学校の図書室は、夏休みの間は週に一度だけ開かれて、自由に貸し出しが可能になる。プール開放に比べて利用者は少ないが、それでも一人二人はこどもの姿がある。

 美奈も家での暇つぶし用に、いくつか借りようと思って訪れていた。


 ゆっくりとした足取りで、棚を眺めていく。

 図書室といっても、あまり本は多くない。小説、伝記、雑学。ジャンルごとに分けられているが、どれも児童向けだ。

 めぼしい本は、以前の時間軸で読んでしまっているから、あまり借りられそうなものは無い。


「あてが外れたなあ」


 適当に一冊手に取り、本の中から貸出カードを取り出す。

 昔はこうやって本の中に貸出カードが入っていて、これと図書室に用意されている自分専用のカードに名前を書いて借りていたものだ。

 公共の図書館などはバーコード式が普及して廃れていったから、懐かしい仕組みである。


「あれ」


 貸出欄を眺めると、一番上にコウキの名前があった。というよりも、コウキの名前しか書かれていない。


「コウキ君も、これ借りたんだ」


 小さな男の子が、自分の前に現れた妖精と一緒に、不思議な異世界へ飛ばされて冒険をする話だ。

 シリーズ化されていて四巻ほど出ているが、それほど有名な作品ではないから、コウキも読んでいるのが意外だった。

 

 そういえば、と美奈は思った。

 コウキは本をよく読む子だった。以前の時間軸では、二学期以降、仲良くなったコウキと、よく図書室で会っていた。

 二人だけの時間で、それが美奈とっては、一番楽しい時間だった。


「懐かしいな」


 貸出カードを眺めて、くすりと笑う。

 受付へ持って行って、貸出カードと自分用のカードに名前を書いていく。書き終えたそれをクリップでまとめて、受付に置かれている箱の中へと入れた。

 

 読み終えたら、コウキにこの本の話を振ってみようか。もしコウキがあの優しいコウキに変わっていたら。きっと楽しく話せるだろう。

 そんなことを考えながら、美奈は出入口へ向かい、扉に手をかけようとした。だが、その瞬間、勝手に扉が開いた。

 廊下側から、誰かが開けたのだった。


 下半身が目に映り、男の子だと瞬時に悟る。目線を上げ、相手の顔を見た瞬間、美奈は小さく声を上げた。


「……コウキ君」

「あ」


 こちらに気づいたコウキが、目を逸らす。

 

 しまった、と美奈は思った。

 始業式までは、もうコウキと接触しない方が良いと思っていたのに、早速会ってしまった。

 すぐに立ち去らなくては。

 

「ご、ごめんね。どくよ」


 コウキの脇を抜けて、図書室を出る。

 通り過ぎる時、コウキの目線が美奈の手元に向いた。


「あれ……その本」


 コウキが指を指す。

 

「あ、うん。今借りた」

「……面白いぞ、それ」

「そうなんだ」

「俺以外に読む人、いたんだ」

「あんまり、有名な作品じゃないよね」

「俺は好きだけどな」

「そっか。また読んだら感想言うね」

「え……あ、ああ」

「ごめん、私もう行くね」

「ああ」

「またね」

 

 ちょっと手を振って、図書室を離れる。


 油断していた。まさかコウキも図書室に来るとは思いもしていなかった。

 少し会話してしまったが、未来に影響はあったのだろうか。


 出来れば、コウキには、あの優しいコウキになってほしい。

 何がきっかけで、コウキが変わることになるのか分からない。美奈の行動が、その邪魔になる可能性が無いとは言い切れない以上、夏休みが明けるまで、もう学校へは来ないほうが良いかもしれない。


 歩きながら、手に持った本を眺める。

 コウキの表情は、夏祭りで会った時と同じく険しかった。本を見て自分から話しかけてきてくれたが、やはり、どこか雰囲気が違った。

 話し方まで、記憶の中のコウキとは違う気がする。


「あと二週間、か」


 生徒玄関から外へ出る。

 運動場を突っ切る時、一度振り向いて校舎を見上げた。二階の端の、図書室。

 開かれた窓からは、本棚を見上げているコウキの姿が見えた。

仕事の激務でばててました。

遅くなってしまい、申し訳ありません。

また更新頑張っていきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続きがすごく気になります。番外美奈編が予想以上におもしろい。 変わったコウキと会うところまではこの章で見たいところですけど… [一言] お互いに精神年齢も同じだと知った時の美奈とコウキの反…
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