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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・オーディション編
199/444

十ノ十三 「市川幸」

「急いで来てみれば……どういう状況?」


 幸の部屋に入ってきてすぐに、智美が言った。衣類が散乱した部屋を見て、顔をしかめている。


「智……助けてー!」


 幸は、衣類をかきわけて智美のそばに近寄った。そのまま、腰にすがりつく。


「服が決まらないんだよー!」

「何の?」

「コウキ君と遊ぶための」

 

 部屋の端にいた元子が言った。


「わ、元子ちゃん、いたの」

「やあ」

「えっと、コウキと……え? さっちゃんが遊ぶってこと? 何それ、デートってこと?」

「いや、他にも同期の子を誘ってる。智美ちゃんも誘われたでしょ」

「え、いや誘われてない……」


 呟いて、智美が幸を見下ろしてくる。


「どういうこと、さっちゃん?」

「さ、誘ったよ」

「ヤバイから助けて、すぐに家に来て、しか書いてなかった」


 沈黙。


「……そうだっけ?」


 舌を出して、幸は目線を逸らした。ファミレスで元子に言われて、コウキを誘ったら了承された。昼から待ち合わせになって、服を着替えた方が良いと気がついた。それから慌てていたから、智美に送ったメールの内容は、はっきりと覚えていない。

 智美が天井を仰いで、深いため息を吐き出す。


「さっちゃんの説明不足は今に始まったことじゃないから……もう、いいよ」


 腰から幸を引きはがし、智美が床に腰を下ろした。


「はあ……つまり、これから皆で遊ぶ。そこにコウキもいる。だから可愛い服を選ぶのを私に手伝って欲しい。そういうことね?」

「う、うんうん、そうそう」

「元子ちゃんがいるじゃん」

「私は、ファッションセンス別に良くないから」

「そんなことないと思うけど」

「人に教えられる程じゃないの。実際、全然決まってないし。同期で一番お洒落なのは、智美ちゃんだろうって話だったから来てもらったんだよ」

「ああ、そういえば誰が来るの、今日?」

「幸ちゃん、コウキ君、智美ちゃん、私、陸君、夕ちゃん」

「不思議な組み合わせだね」

「まあ、他の皆は何かしら用事があったみたいで。万里ちゃんとか咲ちゃんとかあの辺は……まあ一応幸ちゃんのライバル陣営だし」

「ああ」

「……一緒に服選んでくれる、智?」


 幸が言うと、智美はじろりと睨みつけてきた。


「選んであげるしかないじゃん。さっちゃんがコウキと遊ぶ機会なんて、滅多にないだろうし。私はそうとは知らずに、こんな格好で来ちゃったけど」

「だ、大丈夫。智はどんな格好でも可愛いから」

「また適当言って……で? どれで迷ってるの」

「あ、うん」


 すぐに、候補の服をかき集める。


「お気に入りの花柄のワンピースにするか、ロングスカートとゆるめのティーシャツにするか、男の子受けを狙ってニーソックスと短パンにするか、って悩んでたんだ」

「ニーソとかさっちゃん履くんだ」

「友達に買わされたやつだよ。私の趣味じゃないけど、男の子はこういうの好きって聞いたから、一応選択肢に」


 床に三つのコーディネートを広げると、智美が真剣な眼差しで見比べ始めた。


「コウキは、分かんないけど……多分露骨な受け狙いの服は嫌がると思うから、ニーソと短パンは却下」

「あ、はい」

「花柄のワンピースも気合入りすぎ。二人でデートじゃないんだから」

「うう……はい」

「ロングとティーシャツは良いけど、このスカートの色はちょっと駄目。黒は無いの?」

「あ、うん、あるよ」


 衣服の山をかきわけて、黒のロングスカートを取り出す。去年買ったものだけれど、部活動が忙しくてほとんど着られなかったから、ほとんど新品の状態だ。


「それ良いじゃん。ちょっと着てみて。ティーシャツはスカートの中に入れてね」

「分かった」


 一度部屋を出て、ティーシャツとロングスカートへ履き替える。

 着替え終わって部屋に戻ると、智美は並べていた靴を手に取って、調べているところだった。


「着替えたよ」

「お……うん、良いね、でももうちょっと裾の位置変えて……」


 智美が、幸のスカートをいじる。


「うん、可愛い。あと、今日って何するの?」

「皆で運動公園に行って、のんびり過ごそうって話になった」

「それじゃあ、身体動かすよね。ならこのスニーカーにしよう」

「凄い、どんどん決まってくね」

「後は……何かブレスレットか時計無いの?」

「革のブレスレットなら……」


 机の引き出しから取り出して、智美に渡す。


「これは、今日の恰好には合わないね。まあいいや、なら黒のヘアゴムを手首につけときなよ」

「え、ヘアゴム?」

「うん。それだけでも全然印象が違うから。それと髪型だね。座って」

「は、はい」

「そのままより、ちょっとアレンジしたほうが、いつもと印象変わって良いと思う。って言っても、さっちゃんはボブに近いからほとんどいじれないし……バンダナある?」

「ある」


 バンダナも、去年買ったものだ。棚から出して手渡すと、智美が幸の後ろに回って、髪を触りはじめた。


「これで……こうして……」


 鏡が無いから、何をされているのかは分からない。


「はい、出来上がり。化粧は……さっちゃんは可愛いし、コウキは化粧嫌いって言ってたから、スッピンで良いと思う」

「え、大丈夫かな」

「コウキが化粧嫌いなのにしたいなら、すれば良いけど」

「……やめとく」

「うん。家に姿見は無いの?」

「リビングにあるよ」

「じゃあ、見ておいで。靴も、新聞紙でも敷いて履いて。それが完成形だから」

「はーい」


 幸は立ち上がって、部屋を出た。一階に下りてリビングに入り、姿見の前でスニーカーを履く。それから姿見に目を向けた瞬間、思わず、目を見開いていた。


「うそ……可愛い」


 これが、自分なのか、と幸は思った。想像していた姿と、全く違う。スカートの位置のおかげか、すらりとして体型が良く見えるし、バンダナが良い具合に髪型に変化をつけている。こういう使い方もあったのか。ラフな格好のはずなのに、白と黒を基調にしているからか、どこか整って見える。

 すぐにスニーカーを脱いで二階へ駆け戻り、自室の扉を開けた。


「智! 凄い! 私、めっちゃ可愛い!!」

「うん、さっちゃんは元が良いから」

「どう、どう、元子ちゃん!?」

「可愛いと思うよ」

「コウキ君、気に入ってくれるかなあ!?」

「かもね」


 嬉しくなって、幸は智美に抱きついていた。


「ありがとね、智!」

「分かった、分かったから」

「智を呼んで良かったぁ」

「ほんとに、さすが智美ちゃんだね。私達とファッションセンスが違うよ」

「ね! 二人で一時間近く悩んでも、決まらなかったのに!」

「服はバランスと着こなしだよ。慣れれば簡単」

「簡単に言うね」


 肩をすくめながら、元子が言った。


「あれ、今更気づいたけど、元子ちゃん眼鏡は?」

「あれは伊達。無くても見えるの」

「あ、そうなんだ。そっちのほうが可愛いよ」

「別に、可愛く見せたい訳じゃないから」

「え、もったいない」

「そんなことより、そろそろ行こうよ。何か飲み物とか、買っていくでしょ」


 元子に言われて、幸は壁の時計を見上げた。針は十一時四十五分頃を指している。

 幸の家から運動公園までは、ニ十分ほどかかる。十二時半に集合だから、確かにもう出た方が良い。


「ほんとだね、行こっか。智は自転車で来た?」

「うん。元子ちゃんも自転車?」

「そうだよ。乗り慣れてないから嫌だったんだけど、幸ちゃんの家に来るにはそれしかなかったから」

「そういえば元子ちゃん、徒歩通学だったね」


 部屋を出て、玄関へ向かう。途中リビングに顔を出し、テレビを見ていた母親に呼びかけた。


「お母さん、じゃあ行ってくる」

「いってらっしゃい。遅くならないようにね」

「はーい」

「お邪魔しましたー」


 三人で、外へ出る。

 途端に眩しい日差しが降り注いできたけれど、幸は、それどころではなかった。

 

「ドキドキする」


 胸の辺りを抑えて、呟く。

 コウキは、幸を見て何と言うだろう。

 可愛いと、褒めてくれるだろうか。言ってくれたら良いのに。


「大丈夫だよ。コウキも絶対驚く」


 智美が笑って言った。コウキと一番親しいのは、智美だ。その智美に言われると、少しだけほっとする。

 

「……大丈夫」


 自分でも口に出してみる。

 口にすると、少しだけ不安感は和らいだような気がした。

 そして、幸は足を踏み出した。


 

 

 


 

 






 花田町運動公園には、名前の通り運動場があるだけでなく、テニスコートも併設されているし、芝生や桜といった植物が植わっている広場もあって、町民の憩いの場として人気だという。

 いつもこうなのか、それともゴールデンウィークだからなのか、広場には人の姿が多い。寝転がっている老人、犬の散歩をする女性、フリスビーで遊んでいる家族。皆、思い思いにしたいことをしている。

 幸、智美、元子、夕は、木陰に広げたレジャーシートに座って、コウキと陸を待っていた。


「駐輪場着いたって。もう来ると思う」

 

 携帯を見ながら、智美が言った。幸はそれを聞いた途端、緊張感が増してきて、胸の辺りがつかえたような感覚を覚えた。


「幸、顔が固い。コウキ君はそういうの勘づいちゃうよ」


 夕が、肩に触れてくる。


「う、うん、分かってるんだけど」

「ガチガチだね」

「だって……」


 コウキの反応を考えると、怖いのだ。何も言われないだけならまだ良い。微妙な反応をされたら、死にたくなるかもしれない。

 今まで出会ってきた男の子からは、どう見られるかなど気にしたことも無かった。自分は自分の好きなように過ごす。それで良いと思っていた。こんなにも自分を良く見せたいと思ってしまうのは、コウキだけだ。

 どんな顔をして、会えば良いのか。考えれば考えるほど、意識してしまう。


「まあ、私らもフォローしてあげるし、頑張ろ」

「……ありがと、夕」

「お、来たよ」


 心臓が、音を立てた。目を向けると、コウキと陸が手を振りながら近づいてきていた。鼓動が、早くなる。

 

「お待たせ皆、ちょっと遅れたな、ごめん」

「もー皆ほんとごめんー! うちがテンション上がり過ぎて、お菓子買うのに悩んで時間使っちゃったんだぁ。でも、お菓子いっぱい買ってきたから!」 


 言って、陸がシートの上に菓子を広げた。

 チョコレートにクッキー、ポテトチップス。大袋に入った菓子がいくつもある。


「わー、ありがとね陸君。後で割り勘しよ。私達も飲み物買ってきたよ」

「あ、私お茶飲みたい」

「うちもー!」


 わいわいと盛り上がる五人。だが、幸はその輪に入れずにいた。

 コウキがそばにいる。まだ、何も言われていない。

 スカートの裾を握りしめる。心臓が、痛い。


「市川さん、おはよ」


 呼びかけられて、身体が跳ねた。


「元気ないの?」


 コウキが隣に腰を下ろして、覗き込んでくる。


「そ、そんなことないよ」


 そう口にするだけで、精いっぱいだった。


「なら良いけど。てかさ、今日髪型違うじゃん。それ、凄い良いね」


 褒められた、と幸は思った。飛び上がりたいほどの嬉しさが、胸の内から湧き出してくる。


「あ、ありがと」

「可愛いね」

「ぅえっ!?」

「バンダナだよな、それ。そういう使い方もあるんだ」

「あ! ば、バンダナね、うん、そう!」


 てっきり、自分のことを可愛いと言われたのかと思ってしまった。

 心臓が爆発しそうだ。絶対に顔が赤くなっている。

 呼吸の乱れをさとられたくなくて、必死で抑える。


「市川さん、お洒落なんだな」


 ああ。駄目だ、これ以上は。もう、充分だ。それくらいにしてほしい。嬉しすぎて、心臓が持たない。逃げ出そう。そうしよう。

 幸が心の中で決めて、立ち上がりかけた瞬間、智美が口を開いた。


「ちょっとコウキ、さっちゃんばっか褒めてないでよ」

「え?」

「よく見なさい。他にも女の子が三人いるんだよ? 普通、全員褒めるもんでしょ」

「あ」

「そういうところ、コウキは気が回らないんだから」

「いや、ごめん。皆も普通に可愛いと思ってた」


 コウキが言うと、茶を飲んでいた夕が、紙コップ越しに盛大に噴き散らかした。


「やっ、大丈夫、夕ちゃん!?」


 陸が夕の背中をさする。

 しばらく咳き込んでいた夕は、口から垂れる茶を拭いながら、コウキを指さした。


「こ、こいつ……さりげなく凄いこと言ったよ今」

「え!?」

「うん、さすがに私も引いたよ、コウキ君」

「元子さん!? なんでだよ!」

「息を吐くように女の子に可愛いと言えちゃう男の子って、控えめに言って怖い」

「な」

「ほんとにね。私もコウキの将来が心配。っていつも言ってるんだけど」

「智美まで……」

「この、ナンパ野郎」


 夕の一言で、コウキが固まり、崩れ落ちた。褒めたのに、と呟いて涙目になっている。その様子を見て、幸は笑いがこみあげてきた。

 智美達のおかげで、緊張が少しだけ和らいだ。何となく、普通に話しかけられそうだ、と幸は思った。


「私は、そうは思わないよ、コウキ君」


 思ったら、声をかけていた。


「市川さん……!」

「褒めてくれてありがとね、嬉しい」

「どうしよう、市川さんが女神に見えるわ」

「何それ、私らは?」

「俺を惑わす悪魔の使い?」


 間髪入れず、夕の拳がコウキの脇腹をえぐった。

 うめき声をあげるコウキを見て、幸は、また笑っていた。

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