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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・オーディション編
191/444

十ノ五 「楽器発表」

 一年生でアルトサックスを希望する人間が、五人いた。

 経験者は三人で、そのうち、少なくとも一人は別の楽器に回されるだろう。花田高の部員数でアルトサックスに三人も入れたら、全体のバランスがおかしくなってしまう。

 

 経験者が三人もいる時点で、初心者は別の楽器に回されるはずだ。それは初心者も理解するだろうけれど、問題は経験者である。


 竹本浩子は、中学からずっとアルトサックスを吹いてきた。今更、他の楽器に変わる気は無い。けれど技術的に考えて、長谷川奈美は確実にアルトサックスに決定になる。

 浩子と奈美と、もう一人の森ののか。経験者三人の中で一番上手いのが奈美であり、わざわざ奈美を別の楽器に回すメリットが無い。だから、正直なところ、かなり厳しい状況にある。

 

 丘は、もう一人アルトサックスに回してくれるのか。回してくれるとしたら、浩子とののか、どちらになるのか。

 技術的には二人にそれほどの差は無い、と浩子は見ている。


 面談とテストの反応からでは、丘がどう思っているのかは分からなかったし、尋ねるのも気が引けた。もう、明日が楽器発表の日だ。


「海は、絶対ホルンだよね」


 部活動を終えて家に帰るため、一緒に歩いていた海に声をかける。

 海は、髪を手で後ろに流して笑った。


「当然でしょ。経験者が私しかいないし」


 海とは、花田南中で仲間だった。中学時代は海が部長を務め、浩子が副部長として補佐していた。決して成績が優れた部ではなかったし、最後には色々あったけれど、二人で協力して部員をまとめることで、部は回っていた。


 海は、いつも自信に満ち溢れていた。顧問や上級生にもはっきりと物を言うし、楽器の技量も高く、それが浩子には憧れだった。海のそばにいると、浩子まで同じようになれる気がしていた。


 一緒に花田高に進学することになって、高校でも、二人で部をひっぱろうと約束した。 


「浩子は、微妙だね。長谷川さんが飛び抜けて上手いし」

「うん……サックス以外、やりたくないのに」

「まだ、別の楽器になると決まったわけじゃないでしょ? 弱気だと、本当にそうなるよ」

「そう、だよね」

「自分を信じないと」

「うん」

「南中は、私達だけだもん。一緒に頑張らなきゃ」

「ありがと、海」


 海は、決して優しい人間ではない。自分に厳しいのは当然として、下手な子にも厳しいし、敵対する人間には容赦がない。それゆえ敵を作りやすいけれど、仲間と認めた子に対しては心を開き、どこまでも信頼を寄せてくれる。

 海に頼られるのが、浩子にとっては喜びだった。

 

「はーあ、それにしても中央中の丸井さんがいるのは予想外だった」


 海が言った。


「何か、すでに先輩達にもてはやされてたよね、丸井さん」

「うん。まあ、悔しいけど上手いもん、丸井さんは。でも、リーダーとしてのセンスなら、私は負けてない」

「私もそう思う」

「私は、花田高でも絶対に部長になる。丸井さんには負けない」

「手伝うから」

「うん、よろしくね、浩子」


 海が、手を握ってくる。

 嬉しくなって、浩子は頬が緩むのを感じた。




















 ノートを眺めながら、コウキはゆっくりと息を吐きだした。

 もう一時間ほど、自室の机に向かっている。明後日から始まる初心者指導のための練習内容について、ずっと考えているのだ。


 今日の活動後の報告時に、丘から新入生の配属先を聞いた。明日発表されるまで、丘と学生指導者以外は知り得ない極秘の情報である。


 初心者は、十二人。その内、楽器転向者が、一人。

 去年、桃子がトロンボーンからホルンに転向して、荒れていた時期があった。今では桃子もホルンを好きになっているが、一歩間違えば退部していただろう。

 望まない楽器転向は、奏者にとって大きな衝撃なのだ。


 ノートに書かれた転向者の名前を眺め、コウキはため息をついた。

 部活動で楽器の転向が起きるのは、仕方がないことである。吹奏楽は編成が重要で、一つの楽器の人数に偏りがあれば、全体の音のバランスが崩れてしまう。どうしても、全員が希望の楽器に所属することは出来ないのだ。


 人数が多い部であれば可能かもしれないが、中途半端に多いと、今度はレギュラーメンバーとそれ以外という構造が、常に生まれることにも繋がる。

 楽器決めは、吹奏楽部の悩みの種と言っても過言ではないだろう。


 自分で望んで転向する子なら良いが、この転向者の場合はサックス経験者で、希望もサックスだ。配属先は、クラリネットである。

 かなり、落ち込むだろう。しかも上級生と経験者組はフレッシュコンクールに向けた練習があるため、丘の合奏中はフォローが出来なくなる。

 落ち込んでいる時期に上級生から放置されれば、部から気持ちが離れてしまいかねない。


 だからこそ、一人自由に動けるコウキが、フォローをする必要がある。去年の桃子は、同期でクラスメイトという条件だったから常にフォローが出来たが、今度は学年が違う。桃子と同じようにはいかない。


「どうするべきか」

 

 姿勢を変えた拍子に、椅子が軋んで音を立てる。

 問題は、転向者だけではない。他の初心者でも、希望の楽器になれなかった子達がいる。そういう子達に、楽器を好きになってもらわなくてはならない。


 今、部の目標は全国大会出場だが、吹奏楽部が存在する意味はそれだけではない、とコウキは思っている。

 活動を通して、音楽は魅力的で自由なものなのだと知り、部員同士の関わりによって人生の楽しさを知り、成長する。それこそが、吹奏楽部が存在する最大の意味のはずだ。


 初心者指導を引き受けたのは、技術を教え、使える人間にするのが目的ではない。

 コウキが以前の時間軸の高校三年間で得た人生観。それが、今に繋がっている。後輩達にも、それを感じてほしい。だから、志願したのだ。


 携帯の着信音が鳴ったのに気がつき、画面を開いた。

 洋子からのメールだった。


『コウキ君、こんばんは

 今日、新入部員が二十人入ったよ

 私達もオーディションがあると思う』


 東中は、四月の中旬に入部が始まる。二、三年生を合わせて四十人近くいたはずだから、今は六十人くらいか。

 洋子に送る文面を、携帯に打ち込んでいく。


『こんばんは

 メンバーから外れた子のフォローが大切になる

 頑張って』


 すぐに、返事が来た。


『うん

 山田先生、なんかやる気が凄いよ

 本当に上の大会に行けるかも』


 丘に聞いた話だが、山田は、丘や鬼頭に楽曲分析の仕方や指導法について、質問してくることが増えたらしい。

 生徒の熱量にあてられて、山田も真剣になっているのだろう。生徒も顧問も一丸となって勢いのある部は、上の大会に行ける可能性が上がる。


『良かったな!

 また会えた時、ゆっくり話を聞かせて』


『うん、楽しみにしてる

 おやすみなさい、コウキ君』


 携帯の画面を消し、脇に置く。

 来週の土曜日が合同バンドの練習日だ。新入生の入団日でもある。そこで、洋子とは会えるだろう。合同バンド自体が楽しみではあるが、洋子と月に一度必ず会えるようになったことも、コウキにとっての楽しみの一つだった。

  

「よし、もう少しやるか」


 日付はもうすぐで変わるが、初心者ひとり一人に対しての接し方や助言を考えなくてはならない。

 明日は、寝不足だろう、とコウキは思った。






 



 

 









 

 入部説明会の時以上に、ひなたは緊張していた。

 今日で、三年間オーボエを吹くことができるかどうかが決まるのだから、緊張しないほうがおかしい。

何度も、深呼吸をする。それでも心臓の鼓動は強いままで、喉の奥がつっかえたような不安感が続いている。


「はあ……オーボエになれますように……!」


 顔の前で手を合わせ、呟く。


「なるようにしかならんよ」


 総合学習室で、隣に座る絵里が言った。


「どの楽器だって楽しいからさ、オーボエになれなくても辞めないでよ、ひなた」

「それは、辞めたりはしないけど」

「ひなたちゃんは、オーボエになりたいんだ」


 後ろに座っていたかおるが声をかけてきた。同じ花田北中出身で、一年生の時に同じクラスだった子だ。


「そう、私、オーボエやりたくて吹奏楽部に入ったんだ」

「へぇ~あれ、音綺麗だもんねー」


 へらり、とかおるが笑う。

 かおるの話し方はいつものんびりとしていて、表情も柔らかい。緩くてふわふわしているからゆるふわ系、と絵里が評すくらい、かおるは優しいオーラが出ている子である。


「もうやりたい楽器が決まってるなんて、凄いねぇ。私はイメージでフルート選んじゃった。ね、メイちゃん」


 かおるの隣に座っていたメイが、ぎこちなく頷く。


「二岡さんって、フルート希望だよね」

「そうだよ、一ツ橋さん」

「じゃあ、希望楽器になれたら、私達三人、同じパートだね」


 花田高ではフルートとオーボエは同じパートとして動くらしい。

 

「そうだね」


 また、ぎこちなくメイが頷く。

 何となく、メイとの間に壁を感じる。打ち解けるには時間がかかりそうだ、とひなたは思った。


「あ、先生来た」


 絵里が言った。

 丘と摩耶が、黒板の前に向かっている。

 騒がしかった総合学習室は、いつのまにか静かになっていた。


「大変お待たせしました。皆さんお待ちかねの、楽器発表の時間です」


 丘が言った。

 

「本来なら皆さんには、第一希望の楽器を担当させてあげたいのですが、吹奏楽には編成があり、バランスを考えた楽器選びが必要になります。また、その人に向いている楽器向いていない楽器もあるため、希望通りの配属にならない人もいます」


 上級生からも、聞かされていたことだ。


「私の方できちんと適性を見て選ばせていただきましたので、そこは理解していただきたい。はじめは納得できないかもしれませんが、きっとこれから担当する楽器を好きになっていただけると信じていますので、腐らず、続けて欲しい。では、発表します」


 丘が紙を挟んだバインダーを摩耶から受け取り、パート毎に名前を読み上げていく。

 打楽器が四人、トランペットが三人、トロンボーンが三人、ホルンが二人、ユーフォニアムが一人、チューバが二人、コントラバスが一人。

 次々と楽器が決まっていく。

 やっと木管楽器に入り、クラリネットが呼ばれだした。


「佐藤絵里さん」

「はい」


 隣で、絵里が小さく拳を握る。


「木下睦美さん」

「はい」

「木下七海さん」

「は、はい」

「西名ゆあさん」

「はい」

「森ののかさん」


 ののかの名が呼ばれた瞬間、場が一瞬ざわついた。


「森ののかさん、クラリネットです」

「……はい」


 返事をした子が、顔面を蒼白にして身体を震わせている。思わず、ひなたは絵里に顔を寄せた。


「あの子、どうしたの?」

「アルトサックス経験者で、第一希望アルトだった子だよ。楽器転向ってこと」


 ささやき声で、絵里が言った。


「駄目、なの?」

「好きな楽器がもう吹けないんだから、そりゃ悲しいでしょ」

「あ……そ、っか」


 ののかの方を見る。俯いて、唇を噛んでいる。


「……一ツ橋さん、聞いていますか」

「っ!? はい!?」

「オーボエです」

「えっ!」


 思わず、大声を出してしまって、慌てて口を手で抑えた。

 丘が首を傾げる。


「あ、いえ、はい! ありがとうございます!」

「次、ファゴット……」


 絵里の顔を見る。肩をすくませて、絵里が小さく笑った。

 正直、飛び上がりたいほど嬉しい。念願のオーボエが、やっと自由に吹けるのだ。ただ、すぐに思い直して、緩みそうになった頬を引き締めた。


 また、ののかを見る。変わらず、唇を噛みしめたまま震えている。第一希望になれなかったののかの気持ちを考えると、ここで大げさに喜ぶのは、ののかに悪い気がした。


「名前を呼ばれていない人はいませんね。皆さん、これから三年間、配属されたパートで頑張ってください」

「では、この後のことは部長の私から説明します。まずはパート練習です。顔合わせとか、部の決まりごとの説明などをパート内でしておいてください。使う楽器を決めるのも、パート練習の間に済ませてください。そして、終了三十分前には音楽室に集まって、丘先生の合奏です。良いですか?」

「はい」

「では別れてください」


 一斉に、部員が立ち上がって移動を始める。


「んじゃ、ひなた、また後で」

「あ、うん」


 絵里が手をあげ、クラリネットパートの元へ向かった。


「一ツ橋さん、二岡さん、谷地さん」

「あ、溝口先輩」


 フルートの牧絵が傍に立っていた。


「パート練習に行こっか。これからよろしくね」


 にこりと微笑みかけられる。


「ついてきて」

「はーい」


 かおるとメイが、牧絵の後に続いていく。ひなたも歩き出そうとして、一度後ろを振り返った。

 ののかは、まだ椅子に座ったまま、俯いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 森ののかちゃん他アルトサックス希望者はついてないですね。 去年だったらやる気満々の初心者智美が中途入部するまで、やる気の無い初心者の井口真だけだったのに。 コウキの学年にアルトサックスの経験…
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