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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・オーディション編
190/444

十ノ四 「オーディション実施宣言」

 開け放たれた窓から、爽やかな風が吹き込んでくる。

 その風に乗って、グラウンドの運動部の掛け声が聞こえてきた。


 どこの部も、今日が入部説明会の日だ。

 早いところは、すでに説明会が済んで練習に移っているらしい。


 音楽室に集められた一年生の中で、ひなたはそわそわとしていた。

 想像していた以上に、入部希望者が多い。それとなく数えてみたら、ひなたも含めて二十九人だ。

 二、三年生が合わせて三十三人らしいから、全部員の約半数は一年生ということになる。


 体験期間中に聞いたところによると、オーボエは大抵各学年で一人しか配属されないという。

 これだけの人数だ。もし、この中にオーボエの経験者や希望者がいたら。

 

「うう」


 思わず呻いてしまって、絵里が心配そうに覗き込んできた。


「体調悪いの、ひなた?」

「あ、ううん。緊張してるだけ」

「分かる」


 絵里が背後に目をやって、すぐに前を向いた。

 椅子に座らされた一年生の後ろには、二、三年生が立って整列している。その威圧感によって、一年生は皆緊張しているのだ。


「いつ始まるの?」

「分かんない。もう時間過ぎてるけど……あ」

 

 音楽室の扉が、開かれた。教師が二人、入ってくる。


「立ってください」


 黒板の前にいた部長の摩耶が言って、一年生が立ち上がる。


「入部説明会を始めます、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 二、三年生のぴたりと揃った返事。ひなたは、まごついて上手く言えなかった。


「部長の星野摩耶です。まずは新入生の皆さん、沢山ある部の中から吹奏楽部を選んでくれて、ありがとうございます。私達は、今年の夏の吹奏楽コンクールで全国大会出場を目標にしています。練習も本番も多くて大変ですが、充実した三年間をこの部で過ごしてほしいです。一緒に頑張りましょうね」


 沈黙。

 摩耶が、困ったような顔をした。 


「返事は、話している人に分かりましたと意志を伝えるためのものです。返事が無いと、話している人は先に進んで良いのか判断がつきません。積極的に、元気よく挨拶してくださいね」

「はい」


 にこりと、摩耶が笑う。美人の笑顔は、同性のひなたですらどきりとする。

 部活動体験に一週間参加して思ったのは、吹奏楽部には可愛い人や美人が多いという事実だ。

 摩耶がそうだし、ホルンの園未や、サックスの智美、トロンボーンの咲。挙げればきりがない。


 普通の人の代表のようなひなたは、彼女達に話しかけるだけでも緊張してしまう。元々人と関わるのが得意な方でもないから、なおさらである。

 

「それでは、顧問の丘先生からお話をいただきます」


 促されて、丘が前に出てきた。

 定期演奏会で指揮を振っていた人だ、とひなたは思った。

 きゅっと結ばれた口に、鋭い目つき。雑貨屋の店主である美月が言っていた通り、堅苦しそうな人という印象である。


「皆さん、こんにちは。吹奏楽部正顧問の、丘金雄です。そして、ようこそ花田高校吹奏楽部へ。二十九人の入部希望者とは、驚きました。我が部の全盛期の入部希望者数に迫る人数です。これだけの生徒が吹奏楽部を選んでくれたことを、嬉しく思います」


 印象通りの話し方をする。


「我が部は花田高の部活動の中で最も期待されている部であり、先ほど部長の星野が宣言したように、コンクールの全国大会出場を目指しています。日本全国の高校吹奏楽部が競う、最大規模の大会です」


 千を超える高校吹奏楽部が、たった三十足らずの枠を取り合って競うと聞いている。地区大会、県大会、支部大会と進む毎に強豪同士がぶつかり合うことになり、上の大会へ進むことが難しくなっていくらしい。


「我が校は十数年前に、全国大会に二回連続で出場したことがありますが、それ以来一度もたどり着いていません。この地区では強豪校と呼べるレベルでも簡単には出場できないほど、全国大会への壁は高いのです」


 定期演奏会の演奏は、ひなたの心を揺さぶった。あの演奏でも、駄目なのだ。


「ですが、今年こそは行けると、私は確信しています」


 力強く、丘が言った。


「それだけの力を今の二、三年生は持っている。そこにあなたがた一年生が加われば、きっと届く。吹奏楽は個の音楽ではなく、集団の音楽です。部員が一つとなって音楽を奏でることによって、聴衆が感動する演奏が生まれ、全国大会へと繋がるのです。あなたがたには、大いに期待しています。共に頑張りましょう」

「はい!」

「良い返事ですね。次に、あの横断幕を見てください」


 言われて、ひなたは壁の上に掲げられた幕に目を向けた。

 金に縁取りされた紺色の地に、白い字が描かれている。


「調和。我が部の部訓です。音楽だけでなく人としての生き方も学んで行こうという意味を込めて、創部以来この部訓になっています。皆さんには、この部訓の意味を常に考えていただきたい。部訓は掲げているだけでは無意味であり、皆さんの心に刻み、血肉にして初めて意味を為すものです。安易に上級生に答えを聞かず、自らの頭で考えなさい」

「はい!」

「最後に」


 丘が、一度目を伏せた。

 数秒の、沈黙。

 再び目を上げた丘の表情は、険しかった。


「皆さんが入部することで部員数は六十二人になりますが、吹奏楽コンクールの出場人数は、五十五人です。つまり……全部員で出場することは出来ません」


 一年生の何人かが、ざわついた。多分、初心者の子だろう。ひなたは事前に聞かされていたから知っているが、初めて聞いた時は驚いた。

 音楽室に広がった衝撃を、丘が手をあげて制す。


「そこで、夏のコンクールが始まる前にオーディションを開催し、その結果によってメンバーを選びます。初心者も経験者も関係ありません。その時ベストのメンバーになるよう、厳正に審査します」


 喉が鳴る音がして、それが自分の喉から聞こえたのだ、とひなたは気がついた。

 一年生だけでなく、背後から伝わってくる二、三年生の気配も、緊張感を増したように感じる。


「最後の年だから三年生を選ぶ、ということもしません。全部員が平等です。皆さんには辛く悩ましい問題となることと思いますが、メンバーに選ばれるとしても、選ばれないとしても、その結果に向き合い、自分に出来ることを考えてほしい。私からは、以上です」


 返事をする人はいなかった。

 オーディション。それが、どんな意味を持つのか、今のひなたには完全には理解できていない。けれど、きっと重大な問題なのだろう。ちらりと見た二、三年生の表情が、それを物語っている。


 丘に代わり、摩耶が前に立った。


「では、今後の説明をしていきます。この後の予定としては、まず皆さんに希望楽器を選んでいただくために、楽器説明会を行います」


 摩耶が、紙を一年生に配り始めた。

 前から回ってきたそれを眺める。第一から第三まで、希望する楽器を書く欄が用意されている。


「各楽器の先輩達が、ちょっとした演奏と自分の楽器の紹介をしてくれます。どんな楽器があるか分からないという子もいると思うので、それを聞いて、何となくで良いので自分がやってみたいなと思った楽器を書いてください。経験者の子はこの機会に別の楽器を希望するのもありですが、中学時代に経験した楽器名は必ず書いてください。マイ楽器を持っている子はそれも」

「ひなた」


 絵里に二の腕をつつかれた。


「どうせ第一はオーボエにするんだろうけど、第二はクラにしといてよ。一緒にやりたいし」


 言われて、ひなたはにやりと笑った。そして、配られていた用紙を絵里に見せる。


「もう書いた」


 絵里が用紙を眺め、げ、と言った。


「全部オーボエじゃん」

「オーボエ以外、やりたくないもん」


 絵里の盛大なため息。

 第一から第三までオーボエにしておけば、丘もひなたの熱意を理解してくれるはずだ。多分オーボエ希望の子が他にいたとしても、ひなたの熱意を優先してくれるだろう。

 計画は、完璧である。

 自分でも驚く名案に、ひなたは笑いをこらえずにはいられなかった。















 上級生の男女が、人目もはばからず絡み合っている。

 女が一方的に絡んでいるようにも見えるが、男も嫌がる素振りは見せていない。名前は分からないけれど、確かトランペットパートの二人だった気がする。


 不快な気分が胸の中で生まれ、二岡メイは舌打ちをした。部内恋愛は、メイが一番嫌いな行為だった。

 女の様子からして、恐らく男に好意がある。二人を悔しそうに見つめている別の上級生もいるし、あの男は部内に一人はいる、何故かモテる類の男なのだろう。


 男の素性をほとんど知らないけれど、きっとはっきりした態度を見せないせいで、女が期待を持つのだ。ああいう男が最も厄介で、部内に女同士の争いをもたらす。


「キモ……」


 思わず呟いていた。


「え、私?」


 隣に座っている子に驚かれてしまった。


「え、あ、いや、違う」

「ほんと? 急にキモいって言われてびっくりした」

「ごめん」

「ううん、良いけど。あ、私、谷地かおる」

「二岡メイ」

「メイちゃん、どこ中出身?」

「いや私、関西から引っ越してきたんだ」

「えっそうなんだ! あれ、でも標準語だね」

「あ、うん。親の仕事でちっちゃい頃は関西から関東に移ってたから、そのせいだと思う」

「へえ、そうなんだあ。じゃあ、今回も親の仕事の関係で引っ越してきたの?」

「うん、そう。ほんとは、ずっと関西が良かったんだけど」

「そっかあ。でもいろんな土地に行けるって良いねぇ」


 へらりと笑いかけられて、メイはぎこちなく笑みを返した。

 丸みを帯びたボブスタイルの黒髪が、印象的な子だ。


「ねえ、メイちゃんは何の楽器希望?」

「私はフルート。ずっとフルートやってきたし、楽器も持ってるから」

「え、私もフルート第一希望にしたよ! 初心者だけど」

「そうなんだ。よろしくね」

「うん! なんかさ、フルートってお嬢様っぽくない?」

「……そう、かな?」

「そうだよ! あの横向きに吹く感じ、何かすごいはかなげで、乙女を二割増しで可愛く見せる気がする~」

「……それが希望理由?」

「うん。だって、どの楽器も違いが良く分かんなくて」


 恥ずかしそうに、かおるが笑う。


「駄目かな」

「ううん。まあ、最初の希望理由なんて皆そんなものかもね」

「ほんと? 良かったぁ」

 

 メイがフルートを始めたのは、親が楽器を持っていたからという理由だ。十歳くらいの頃に、興味本位で吹き出した。

 両親が共働きで家に居ないことが多くて、家ですることがなく、ひたすらフルートを吹いていた。 

 曲を吹いていると寂しさが紛れるし、心の隙間が埋まっていく気がしたからかもしれない。いつの間にか、好きになっていた。

 ただ、長く吹いていても別に上手くはない。


「フルートって、難しいのかなあ?」

「簡単ではない、かな。初心者のうちは、息の音が混じってノイズになっちゃうの。それが無くなるまでが結構苦労する」

「へえ、そうなんだあ」


 感心したように、かおるが首を縦に振る。


「谷地さんは」

「かおるで良いよ」

「……かおるちゃん、は何で吹奏楽部に入ろうと思ったの?」

「部活動説明会を見てかな~。帰宅部にするつもりだったんだけど、初心者でも上手くなれるんなら、私もやってみようかなって」

「そっか」


 部活動説明会で披露されたアンサンブルは、二年生の初心者組七人で構成されていた。メイが聴いても、明かされるまで初心者だとは気がつかなかったくらいには、演奏の出来は悪くなかった。一年間であのレベルまで成長するのを見せられたら、初心者でも入りたいと思うだろう。


「谷地さん、次どうぞー」


 副部長の理絵が、総合学習室に顔を覗かせて言った。

 のんびりと、かおるが立ち上がる。


「行ってくるね、メイちゃん」

「頑張って」


 手を振られ、振り返す。

 丘の面談は、すでにメイは終わらせている。多分、フルートに配属されるだろう。楽器を持っている人間が別の楽器になることはまず無いと、丘の反応的に感じた。

 

 フルートは今、二、三年生に一人ずつである。メイが入れば三人になるけれど、もう一人くらいは入る余地はあるかもしれない。

 かおるは、話しやすそうな子だ。一緒のパートだと良い、とメイは思った。


 部内の一年生には、すでにある程度のグループが出来ている。花田町には四つの中学校があり、そこから進学してくる子が多いらしいから、同じ中学校出身の子同士で固まりやすいのだろう。

 

 メイのように外から来た人間で、人付き合いが得意でないと、一人になってしまいやすい。だから、かおるのように話しかけてくれる子は、素直に嬉しい。


 一人になって、メイは椅子から立ち上がった。机に置いていたフルートを持ち上げ、そっと口に近づける。そのままゆっくりと、息を管に吹き込んだ。

 金属楽器特有の、金気が含まれつつも優しい音が、フルートから発せられる。


 フルートは、分類は木管楽器になるけれど、管は金属で出来ている。音の出る仕組みによって金管か木管かが決まる、と昔誰かに教わった気がするけれど、はっきりとしたことは分からない。それに、どちらに属すかなど、音を出すことに関係はない。


「それ、君のマイ楽器?」


 びくりとして、楽器を吹くのを止めて顔を横に向けた。先ほどまでいちゃついていた男が、そばに立っていた。

 目を逸らして、メイは頷く。


「……はい」

「じゃあ、ほぼフルートに決定だ。俺、二年のトランペットの三木コウキ。名前聞いても良い?」

「二岡メイ、です」

「メイさん、よろしくな。牧絵先輩から聞いたけど、関西出身なんだって?」

「あ、はい」

「大阪?」

「です」

「俺、昔大阪行ったことがあるんだよ。やっぱ大阪のたこ焼きって美味いよなあ。こっちにもたこ焼き屋はあるけど、なんか物足りなくてさ」


 それは、メイも同感だ。愛知に引っ越してきて、美味しいたこ焼きもお好み焼きも見つけられていない。


「けどお好み焼きなら俺の家の近所に美味い店があるんだ。今度部の皆で食べに行こうよ。大阪の人の感想も聞きたいんだよね」

「……はあ」

「ま、覚えておいて。じゃあまた」


 コウキは軽く手を挙げると、メイから離れていった。今度は、総合学習室に入ってきた別の一年生に話しかけている。

 結局、何の用だったのだ。


「ただ、雑談したかっただけ?」


 変な男だ、とメイは思った。軽薄そうだし、メイとは相容れないだろう。

 誰が、一緒にご飯に行くものか。頭の中で、コウキの後ろ姿に向かって舌を出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 金原みかとは真逆の印象をコウキに抱いた二岡メイちゃん、いいですね。 コウキに関わる女子が全員好意を抱くのもアレですから、こういう子もいたほうが自然です。 ここから見直すようになっていくのか…
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