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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学二年生・洋子編
19/444

ニノ五 「やり直した理由」

 和菓子屋は大繁盛していた。

 地元で超有名な人気店だけあって、昼時でも次から次へと客がやってきて、団子や餅、どら焼きなどの和菓子を購入していく。

 店内で食べることも出来るので、コウキは美奈と洋子と共に、中で食べる事にした。


「すごい種類たくさんだね」


 ショーケースの商品を眺めながら、美奈が感嘆の声をあげる。

 この店は、饅頭やおはぎ、どら焼きなどの庶民的な和菓子がメインの店だ。あんこは自家製で、絶妙な甘さ加減で人気なのだという。

 昔一度来たことがあったが、随分前の事だ。もう、味は覚えていない。コウキも、ここへ来るのが今日の楽しみの一つだった。


「洋子ちゃん、何食べるの?」


 美奈と洋子が話している。


「どら焼きと……きなこおはぎ」

「どら焼き良いねぇ。私も食べようかな。豆大福も好きなんだよね!」


 二人が自分の食べたい和菓子を選び、どんどん伝えていくと、店員がショーケースから手際よく和菓子を取り出し、盆の上に並べていく。

 普通に話しているように見えるが、洋子が少し不機嫌そうな表情をしているのが気になる。


「コウキ君は?」


 声をかけられて、はっとした。考えを隅に仕舞い、ショーケースを覗き込む。

 色々と並んでいて、目移りする。コウキは、おはぎとみたらし団子が好きだ。しかし、みたらし団子は売り切れている。


「おはぎと、どら焼きと、栗羊羹で」


 和菓子屋の栗羊羹は、基本棒状で売られていて高い。滅多に食べられない和菓子だが、ここは小分けしたものも置いてあった。そうとなれば、選ぶしかない。

 今は時期的にも栗は外せない。


「あっ……私も栗羊羹食べる」


 店員が盆に載せた栗羊羹を見て、洋子も追加で注文した。

 それぞれ好みの和菓子を注文し終えて、会計を済まし、和菓子が並んだ盆を受けとって席につく。

 洋子と並ぶように座り、対面に美奈が座った。


「いただきます!」


 コウキがこの時間軸に戻ってくる前の頃は、グルメ写真を撮影して、ネットにアップするのが大流行していた。小学生や中学生ですら、スマホを持って撮影するのが当たり前だったが、この時代ではまだスマホなど存在しないし、料理を写真に撮ってアップするなどという事も、誰もしない。

 当然二人もそんな事はせず、すぐに食べだしている。


 懐かしい、と思った。

 店で誰も彼も写真を撮りまくるのが落ち着かなくて、以前から好きではなかった。この感じが、健全に思えてくる。


 自分の購入したおはぎを手に取り、口に運んぶ。ほのかに塩気が効いた、甘すぎないあんこ。炊き加減が絶妙だ。粒が粗く残る仕上がりになっていて、食感がアクセントになっている。もちもちとした米の柔らかさと相まって、美味い。


「美味しいな、これ」


 洋子もおはぎを食べていたので声をかけたが、ちょっと頷いただけで、こちらも見ずに黙々とおはぎを食べている。

 やはりさっきから少し不機嫌そうだ。思い当たる節がなかった。

 どうしたのだろうか。

 もう一度声をかけようかと思ったところで、美奈に話しかけられた。


「コウキ君、中学はどう?」

「楽しいよ。同じ学校だった子はクラスがバラバラだけど、新しい子達とも仲良くなったし」

「コウキ君なら間違いないね。皆と仲良くなってそう」


 美奈が笑いかけてくる。


「いやあ……やっぱ中学生になると皆複雑になるっていうか、小学校の時みたいに単純にみんな仲良くとはいかないよ。上手くいかない時もある」

「うーん……そうだよね。うちもそんな感じ」

「美奈ちゃんはどう? 楽しい?」


 和菓子を食べる手を止めて、美奈は複雑そうな笑みを浮かべた。


「楽しい、って言えるのかなあ。嫌じゃないし、友達もできたけど……勉強ばっかり」


 美奈が進学した私立は受験第一の進学校のようなところだ。


「私が選んだ学校だから、後悔はしてないけどね」


 美奈の父親は、美奈が小さい頃に亡くなっている。母親は、美奈に苦労をさせたくないから、勉強をさせようとしている。


「部活は、何に入った?」

「私は、入ってないんだ。塾とかで忙しいから。コウキ君は?」

「俺は、吹奏楽部」

「そっか、金管バンドに入ってたもんね」

「塾って……毎日?」

「ううん、家庭教師の日もあるから、毎日じゃないよ」

「どっちにしろ、勉強なんだ」

「……うん」

「今日は?」

「あ、今日は久々の祝日だから、予定無かったんだ。だから、図書館に来てみたかったの」


 息抜きの時間は、美奈にはあるのだろうか。


「卒業してから、小学校の皆とは会ってなくて、寂しかったんだ。まさか今日、コウキ君と洋子ちゃんに会えるなんて思わなかった。家、結構近いのにね」

「うん、ほんと」


 学校が違い、生活スタイルが違えば、驚くほど会う可能性は低くなる。家が隣同士でも、滅多に会わない事も珍しくない。

 コウキは部活ばかりだったし、美奈は勉強ばかり。会えなくて当然だ。

 

「四組の皆とも、また会いたいなぁ」


 遠くを見るような目で、美奈がぽつりと呟く。

 美奈にとって、あのクラスは良いものだったようだ。コウキも、この時代に戻ってきた最初が、六年四組で良かったと思う。あのクラスだったから、今の自分があると言える。中学校から始まっていたら、人間関係が複雑になっていて、今ほど周囲と馴染めてなかったかもしれない。


 あの半年で、コウキ自身も人との接し方が上手くなったし、四組の皆も変わった事で、中学ではコウキ一人が動き回るのではなく、時には四組だった子が助け舟を出してくれたりする事が何度もあった。それで上手くいった場面は、一度や二度ではない。


 素直なこどもである小学生時代だったからこそ、皆も変わってくれたのだと思う。あのクラスでの思い出は、今もコウキにとって、大切な財産だ。


「俺も、たまに美奈ちゃんの事は思い出してたよ」

「えっ?」

「やっぱ、同学年で一番一緒にいて楽しかったのは、美奈ちゃんだったしね。中学でも友達は出来たけど、深い仲になった子はいない。拓也って覚えてる? あいつともクラスが離れてて、なかなか学校じゃ会えないし」

「そっか……。私も、コウキ君の事、よく思い出してたよ。楽しかったもんね」

「うん」


 美奈と過ごした時間は、特別だった。拓也や洋子といる時とも違う。気持ちが温かくなるようで、ふわふわとした感じがしていた。甘い時間だった。

 中学生になってから、そんな時間を誰かと経験した事はない。


「まだ二年だけど、もう進路とか決めた?」


 和菓子を食べ終えた美奈が、両手で包むように持った湯飲みを、ぼんやりと見つめながら尋ねてきた。 湯飲みから、ゆらゆらと薄く湯気が立ち上っている。


「うん。隣の花田町の、花田高校に行くつもりだよ」

「えっ? でもあそこは、そんなに成績良くないところだよね。コウキ君結構頭良くなかった?」

「そうなんだけど、あの高校の吹奏楽部に入りたくてさ」


 前の人生では成績が良くなかったので、必然的にあの高校しか選べなかったようなものだった。だが、そのおかげであそこの吹奏楽部に出会えたともいえる。

 花田高の吹奏楽部で得た経験が、今のコウキを作っている。だから、この人生でも、またあの吹奏楽部に入りたいと思っている。

 勉強や成績や大学進学よりも、自分のやりたい事をやれる人生を送りたい。それでこそ人生だと思っている。そして、その最善の進学先が、花田高校だ。


「有名な部活?」

「ってわけでもないけど、ちょっと思い出があって。行くなら絶対あそこだって決めてるんだ」

「そうなんだ。私も、部活してみたいなぁ」

「高校では?」

「お母さんは、一番良いところに入れたら、高校では部活しても良いって言ってくれてるよ。だから、そのためにも今は勉強頑張ってるって感じかな」


 美奈も、目標に向かって頑張っているようだ。一人だけ私立へ進学するという彼女の決断は、彼女にとって良いものとなるのか心配していたのだが、思っていたよりも顔色は良くて安心した。


「頑張ってね」

「ありがと」


 盆の上の和菓子はすでに全部食べ終えて、三人ともお茶を楽しんでいた。

 あんこ特有の重さがなくて、あっさりとした美味しい和菓子ばかりだった。人気店になるのも頷ける。


「この後は、予定あるの?」


 尋ねると、美奈はちらっと壁にかけられた時計に目をやった。


「もう少し図書館で過ごそうかなって思ってるよ。せっかくの休みだからね。家に居ると、勉強だし」


 肩をすくめながら苦笑している。


「じゃあ……この後も一緒に行かない?」

「えっ、良いの?」 

 

 美奈の顔がぱっと明るくなる。

 勿論、と言おうとした、その瞬間だった。突然、洋子が大きな声を上げた。


「嫌!」


 コウキも美奈も、びくりとして固まった。店内の空気も、一瞬にして凍り付いた。

 その場にいた全員の視線が、洋子に注がれる。静まり返った店内に、ブラウン管のテレビから発せられる芸能人の笑い声が、空しく響く。


「え……駄目?」


 恐る恐る尋ねると、洋子はテーブルに目を落としたまま、ぶすっとした表情をしていた。


「……今日、二人で遊ぶって言ったじゃんっ。私、さっきから放っておかれてて……つまんないよ!」


 ばんっと大きな音を立ててテーブルを叩くと、洋子は勢いよく立ち上がった。視線はテーブルに向けたまま、ふるふると身体を震わしている。

 その目がみるみるうちに潤んできて、たまった涙がぽたりと落ちた。


「帰るっ」


 洋子はこちらに背を向け、足早に店を出て行こうとする。呆然として、それを見送ってしまっていた。急な展開に、思考がついていかなかった。洋子の姿が店から消えたところで、はっとして、慌てて追いかけた。

 店の外へ出る。洋子は、すでに店から大分離れていた。

 追いついて、呼び止める。


「どうしたの、洋子ちゃん!」


 手を握って立ち止まらせる。しかし、すぐに勢いよく振り払われた。こちらを向き、鋭い目つきで睨んでくる。今まで見た事のない洋子の表情に、心臓が大きく音を立てる。


「コウキ君、美奈さんの事好きなんでしょ。じゃあ、美奈さんと一緒にいたら良いじゃん。ほっといてよ」


 涙が、じわりと浮き上がる。それは、洋子の頬を筋になって伝った。

 溢れる涙を拭う事もせず、洋子は泣き続けている。その表情には、明らかに怒りや悲しみといった、様々な感情が入り混じっている。


「ほっとけないよ」


 一歩近づこうとした。しかし、洋子は一歩下がってコウキを寄せ付けない。


「優しくしないでよ! もう嫌い!」


 洋子は吐き捨てるように言って、猛然と走り出してしまった。すぐに角を曲がって、その姿は見えなくなった。

 嫌い。その言葉に衝撃を受けて、追いかける事が出来なかった。


「コウキ君……」


 横に、美奈が立っていた。


「ごめんなさい、コウキ君と話すのばっかりに夢中になっちゃって……」

「いや……俺も……」


 さっきまでの浮かれた気分は消え去って、急に冷静になった。

 これまでの事を、順番に思い返す。

 美奈と図書館で偶然出会ってから、ほとんど洋子を放置していた。多少話しかけたりはしていたが、ここに来る道中も洋子を一人にしていたし、和菓子屋でも美奈とばかり話していた。


 洋子は今日、コウキと二人で遊ぶ事を、楽しみだと言ってくれていた。それなのに、美奈と会えて、浮かれていた。洋子の事を、見ていなかった。

 もしコウキが洋子の立場だったら。一緒にいても、ただそこにいるだけという、孤立した寂しさを味わったら。


「俺のせいだ」

「えっ?」


 美奈が首を傾げる。

 美奈とはまだ話したい。今別れたら、またずっと会えなくなるだろう。もしかしたら、もうそのまま会う事もないかもしれない。

 やはり美奈が好きだ、とコウキは思った。もっと、彼女と一緒にいたい。

 だが、洋子を一人にもしておけない。


 夏から今までの洋子とのやりとりを全て思い返して、気づいた。

 洋子の様子が変わったのも。今日の事も。さっきの洋子の涙も。

 多分、洋子はコウキを好きになってくれていたのだ。


 妹のようにしか見ていなかったから、気づかなかった。甘えてきているだけだと思っていた。だが、そう考えてこれまでの洋子を思い返せば、思い当たる節があれこれと浮かんでくる。

 洋子からすれば、自分の好きな人が、別の女の子と楽しそうに話しているのを見せつけられた事になる。それで平気でいられるわけがない。


 洋子の気持ちに気づいて、それでも追いかけるのか。追いかけて、洋子の気持ちに応えられるのか。

 美奈を、諦められるのか。諦めないのだとしたら、洋子を追いかける事は、彼女に余計に辛い思いをさせる事になるだけではないのか。


「だ、大丈夫……コウキ君?」


 ひどい顔をしていたらしい。美奈が心配そうにのぞき込んでくる。

 その顔をじっと見つめる。

 美奈を選んだところで、美奈も俺を選んでくれるとは限らない。そのうえ、大切な洋子も失う事になるかもしれない。

 だからといって、それは嫌だから洋子を選ぶとか、そんな軽い気持ちで選ばれても、洋子は決して喜ばないだろう。


 思わず舌打ちをしてしまった。

 こうやって、他人の気持ちを想像して勝手に推し量る自分の癖も、打算的な考えが浮かぶところも、厭らしくて大嫌いだった。だが、癖のようになっていて、つい考えてしまう。この自分の醜さが、嫌なのだ。

 自分にとって、洋子は、美奈は、どんな存在だったか。


 冷静に、考える。

 ここで間違えたら、きっと、全てが駄目になる。

 考えて、考えて、答えを出した。


「美奈ちゃん、ごめん。洋子ちゃんを一人にはしておけないから……行くよ」


 美奈は眼を見開いて、それから俯いた。前髪で顔が隠れ、表情は読めない。

 次に顔を上げた時、彼女は笑顔を浮かべていた。


「……うん。今日はありがと。楽しかった」

「もっと、美奈ちゃんといたかった。これは本当。でも……ごめん」


 頭を下げる。


「気にしないで。また、会えたら良いね」

「うん」


 美奈が、軽く手を振ってくる。振り返して、そのまま駆けだした。


 自分が、人生をやり直すと決めた理由の一つ。

 そばにいる人を大切にする事。真剣に向き合う事。

 それを考えたら、答えは決まっていた。


 洋子を、追いかける。まだ、間に合うはずだ、とコウキは思った。

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