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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・オーディション編
189/444

十ノ三 「新入生歓迎コンサートなのに」

「はあ、ほんと幸先輩って上手ですね、憧れます」


 中西美知留に褒められて、幸は手を振った。


「全然。まだまだだよ、私なんて」

「えー、そんなことないです。私と比べたら、もう、天と地の差!」


 おおげさに振る舞う美知留を見て、幸はくすりと笑った。

 部活動体験の初日から来ている子だった。意欲的で、すでに入部の意志は決まっているし、新入生歓迎コンサートにも出演することになっている。中学校でもテナーサックスをやっていたというだけあって、未熟ながらもそれなりに吹ける、即戦力の子だ。


「どうやったら幸先輩みたいに上手く吹けるんですか?」

「え、分かんない……私、教えるの上手くないし」

「私も、もっと上手くなりたいですぅ」

「この部活にいたら、自然と上手くなるんじゃないかなあ。二年生は皆、去年より上手くなったし」

「ほんとですか?」

「うん。私も前より上手くなったもん」

「じゃあ、私一生懸命頑張ります。幸先輩くらい吹けるようになりたいです!」


 顔を見合わせて、笑った。幸も、去年まで、岬のように吹けるようになりたいと思っていた。岬は、ジャズが得意だった。ジャズを吹く時の岬は、多分部で一番、らしさのある演奏になっていただろう。幸は、あのレベルにはまだ達していない。


 後輩は、先輩を目標にすると伸びる。幸も、美知留に目標にされ続ける先輩でありたい。


 教室の一角からはしゃぐ声が聞こえてきて、幸はそちらに目を向けた。総合学習室には、サックスを希望する見学の新入生が集まっていて、元子と幸で対応している。その内の一人が、音が出て喜んだようだった。

 

 吹奏楽部で人気の楽器といえば、サックス、フルート、トランペットだ。サックスの中では、やはりアルトサックスが一番人気が高い。喜んでいる女の子が吹いたのも、アルトサックスだった。

 

「ところで幸先輩。私、先輩のこと見てて、一つ気づいちゃったんです」

「え?」


 美知留が、すっと身体を寄せてくる。


「幸先輩、トランペットのコウキ先輩のこと、好きですよね?」

「なっ!?」

 

 慌てて、美知留の顔を見る。


「やっぱり。見てて丸わかりです」

「な、何で分かったの!?」

「だって、コウキ先輩がそばを通ると、いつも目で追ってるんですもん」


 自分では、そんなことをしているつもりはなかった。急に恥ずかしさが湧き出てきて、幸は俯いた。


「いやいや、大丈夫です。気持ちは分かりますよ。何せ、あのコウキ先輩ですから」

「……え? 美知留ちゃん、コウキ君のこと知ってるの?」

「はい! 私、コウキ先輩と同じ東中だったので」

「ああ」


 それなら納得だ、と幸は思った。


「私、コウキ先輩のファンクラブに入ってましたから。もう毎日穴が空くほどコウキ先輩のこと眺めてましたよ」


 東中にはコウキのファンクラブがあるという話は、去年東中と合同練習があった時に話題になっていた。

 ファンクラブなど、まるでアイドルではないか。確かにコウキなら、出来てもおかしくない気はするが、こうして本当にファンクラブの会員の存在を目の当たりにすると、何とも言えない気持ちになる。

 それだけ、コウキを好きな女の子が多いということだ。


「あ、でも安心してください。コウキ先輩はラブの対象じゃありませんから。純粋に眺める対象です。私、イケメンは見てる方が好きなので。だから幸先輩のこと応援します!」

「コウキ君が誰かと付き合って、嫌じゃないの?」

「はい、全然。幸先輩なら、オールオッケーです!」

「あ、ありがとう」

 

 気持ちは嬉しいけれど、新年度になってからコウキとはあまり話せていないから、応援されても、応えられるか分からない。相変わらず、コウキのそばには月音がいて、近づきにくいのだ。


 コウキが月音のアプローチをどう思っているのかは、見ているだけでは分からない。けれど、そこに幸まで加わったら、きっとうるさくてコウキに迷惑だろう。そう考えると、近づけなくなる。

 あんなに、気軽に話せる仲になったはずだったのに。


 ため息をついていると、他の新入生の相手をしていた元子が呼びかけてきた。

 

「手が足りない。新入生の案内お願いして良い?」

「あ、うんっ。美知留ちゃん、しばらく一人で吹いててくれる?」

「はい!」


 楽器体験の期間は、一人の後輩につきっきりになることは出来ない。新入生が次から次へと体験にやってくるからだ。

 サックスパートは四階が元子と幸の担当で、生徒玄関前が栞と智美の担当として、二手に分かれている。


 正孝がリーダーとして全体を見る係を務めている関係で、各場所に二人ずつしかいないのに、サックスは人気楽器で新入生が集まるから、常に人手不足となっていた。


「どうすればいい、元子ちゃん?」

「次の子案内して」

「分かった」


 今は、コウキのことを考えている場合ではない。この体験期間は、今後一年間の吹奏楽部の未来が決まると言っても過言ではない、重要な時期なのだ。

 頭の中を切り替えて、幸は並んでいた新入生に声をかけた。


 














 

 楽器体験の期間はあっという間に過ぎて、もう新入生歓迎コンサートの日になっていた。チューニングをする楽器の音で、音楽室は騒々しい。

 音出しをしている上級生に混じって、ちらほらと新入生の姿がある。


 新入生を歓迎するコンサートなのに、何故新入生が奏者として出るのだ。そんな疑問が、頭に浮かぶ。


 元から入部するつもりだった経験者からすれば、一日でも早く練習したいし、二、三年生からすれば有力な子を確実に抱え込みたい、という思いがあるのだろう。

 両者の思惑が一致するからこそ、成り立っているのだとは理解している。


 ただ、心菜は別に歓迎コンサートに出たいとは思っていなかったし、早く吹きたいとも思っていなかった。千奈と真二に、無理やり参加させられたのだ。


「心菜ちゃん、譜読み出来た?」


 三年生の逸乃が話しかけてくる。逸乃は、同じ花田中央中だったから顔見知りだ。当時も髪が長かったけれど、あの時よりさらに伸びて、肩甲骨の下辺りまである。染めていないのだろうけど、微妙に茶色がかった髪色をしていて、羨ましい。

 心菜は、完全な黒髪だ。


「あ、えっと、微妙です」

「今日は吹けるところだけでも良いから、楽しんで吹いてね」

「はい」


 三日前から合奏に参加しだしたばかりだから、ほとんど吹けなくて当然である。しかも、半年ぶりに楽器を再開したのにそれでも良いから出ろとは、無茶な話だ。

 どうせ、歓迎コンサートに出る一年生の演奏など、当てにされていないだろう。


 心の中でぼやいていると、隣から、はっとするような滑らかな旋律が聞こえてきた。

 思わず、そちらに目がいく。


「莉子ちゃん、そこ吹けるんだ。譜読み力あるなあ」


 同じ一年生の、沖田莉子の音だった。二年生のコウキが、感心したように頷く。莉子が吹いたのは、コンサートの最後に吹く曲の、早い連符がある旋律だった。心菜は、吹けないから吹き真似で済まそうとしていたところだ。


「吹きづらいとこを中心に練習しました」

「うん、良い選択だ」


 ちぇ。口の中で呟いて、心菜は口を尖らせた。

 莉子は、海原中出身らしい。この地区の吹奏楽に関わる人間で知らない者はいない、という位に有名な中学校だ。吹奏楽コンクールで全国大会出場は当たり前。定期演奏会のチケットは販売開始後に即売り切れになる、超強豪校。


 そこでトランペットを吹いていたのだから、莉子は上手くて当たり前だ。

 こんな上手い子の隣で吹かされるのは、比べられる感じがして良い気がしない。


 不意に、とんとん、と肩を叩かれた。振り向くと、二年生の万里が立っていた。


「心菜ちゃん、歓迎コンサート、出てくれてありがとね」

「あ、いえ」

「久しぶりなのに三日しか練習できなくて、大変だと思うけど……一緒のパート、頑張ろうね」


 にこりと笑いかけられて、心菜は曖昧に頷いた。

 万里はきりっとした目つきをしていて、黙っていると少し怖い印象を受ける。けれど話してみたら、そうでもなかった。むしろ、やわらかく笑う。

 今も、こうして心菜を気遣って話しかけてくれる。良い人なのだろう。


 トランペットの上級生は、四人らしい。万里は高校から始めたらしいけれど、後の三人は経験者組で、上手さが段違いだ。

 定期演奏会でも、三人がミュージカルのオーケストラを担当していた。正直、莉子の技術力でも三人と比べると霞んでしまう。


 心菜など、論外だ。

 花田中央中ではファーストを任されていたから、それなりに自信はあった。けれど、三人には全く及ばないし、同期の莉子と比べても、一段落ちる。

 正直やりづらい。心菜が、経験者の中で一番下手ということなのだ。


「心菜ちゃん、緊張してる?」

「あ、いえ、それは大丈夫です、万里先輩」

「そう? 気になることがあったら、言ってね」

「はい」


 手を叩く破裂音がして、音楽室が静まった。

 前方に、背の高い男の人が立っている。アルトサックスの緒川正孝だ。学生指導者という、コウキと同じ役職に就いている三年生である。


「そろそろ、歓迎コンサートです。時間ないので、ロングトーンだけします。吹きながら、音程とかもろもろを合わせてください」

「はい」

 

 二、三年生の素早くはっきりとした返事。三日経っても、未だに慣れない。花田高の吹奏楽部は、かなり挨拶に厳しいようだ。

 

「じゃあ、構えて」


 正孝が、B♭の音をハーモニーディレクターから流す。


「いくよー。イチ、ニ、サン、シ」


 トランペットに息を吹き込み、音を出す。

 今のトランペットパートのトップ奏者は、逸乃だ。だから、他の五人は逸乃に音を合わせる。心菜も耳をすませて合わせようとするものの、感覚が戻っておらず、まだ上手く吹けない。


 莉子も久しぶりに再開したという条件は同じはずなのに、そうと感じさせない良い音をしている。

 心菜は、莉子との技術力の差に、眉をしかめずにはいられなかった。

 


  

















 活動時間が終わって最終下校時刻の少し前になると、部長の摩耶と智美が報告に来て、その数分後には学生指導者の正孝とコウキも来る。

 それぞれ、一日の振り返りや明日以降の予定について丘と相談するためだ。

 

 基本的には練習予定や進行は生徒に任せているため、丘は報告を聞いて、気になることに口を出すくらいである。

 丘自身が担任や授業の準備、部の運営や曲の準備に関することまで、仕事が多いためにそうしている。

 生徒の自主性を育むため、というのも理由だ。


 以前は、どうしても生徒中心では詰めの甘さが出ていて、丘が口を出す回数が多かった。

 去年から、ようやくこの方式が上手く回りだすようになっている。


「今、部長達と歓迎コンサートについて話していたところです。緒川はどう思いましたか?」

「成功だったんじゃないでしょうか。観に来てた新入生も五十人ですし。去年より二十人も多かったです」

「それは私も驚きました。正直、予想以上です」

「演奏も、新入生が入ってたとはいえ、悪くなかったと思います。一番驚いたのは、一年生の丸井さんのスネアですかね。吹きなれた『アルセナール』の安定感が段違いでした。あれだけきっちりテンポがぶれずに叩ける子は、滅多にいません」

「ええ。相当な実力でしたね。三木は、どう思いましたか?」

「正孝先輩にほぼ同意です。良いコンサートになったと思います。明後日の入部説明会で何人入るか、楽しみですね」

「三十人は欲しいところです」

「はい」

「星野。今現在、確実に入りそうな子は何人ですか?」


 摩耶が手に持っていたノートを開いた。


「経験者は、今のところ十五人は入りそうです。部活動体験期間の間に、経験者は全員見学に来てくれてます。だけど、二十人中五人は一回来たきりで、歓迎コンサートにも来てなかったので、入ってくれるかはわかりません」

「初心者では?」

「今のところ入部希望の意志を見せてくれてるのは十人前後、ですね。今日の歓迎コンサートでどれくらい響いたか、という感じです」

「合わせて二十五人、ですか。やや少ない」

「はい」

「明日明後日で、迷っているような新入生がいそうだったら、フォローしてください」

「そのつもりです」

「任せましたよ。では、部長はこれで」

「ありがとうございました。失礼します」

「失礼します」


 摩耶と智美が頭を下げて、職員室を出て行った。


「丘先生、明日以降の練習メニューについてなんですが」

「決まりましたか、緒川?」

「はい。とりあえずは五月のフレッシュコンクールと、合同バンドで出るさわやかフェスティバルに向けた練習を中心に、初心者対応のメニューは別で組みました」


 渡されたノートに目を通す。

 丘が不在であったり、顔を出せない日も事前に知らせてあるため、合奏が可能な回数を元に効率的な練習日程が組まれている。

 正孝の言う通り、直近の演奏機会であるフレッシュコンクールとさわやかフェスティバルが重要だろう。


 フレッシュコンクールでは、この地区の中学校高校吹奏楽部が集まって、その年の課題曲を競う。審査員からの個別指導も受けられる貴重な機会で、経験者組の新入生にとっては最初の舞台となるのだ。

 

 さわやかフェスティバルは、毎年五月の中旬に隣町の中心街で開かれる祭りで、当日は道路を封鎖して出店などが出て賑わう。

 合同バンド初となるイベント出演であり、四曲ほどのステージを披露する予定となっている。合同バンドに所属すれば、初心者組の初舞台はここになるだろう。


「良いでしょう。これで進めましょう」

「はい」

「三木、初心者指導は一人で大丈夫なのですか?」

「何人入るかにもよるんですが、まあ十人前後であれば一人でも行けます。十五人超えたら、もう一人くらい志願者がいてくれたら助かりますけど、無理は言えません」

「明後日次第、ですね」

「はい」

「そういえば、古谷と山口が今日の歓迎コンサートのあなたのソロを褒めていましたよ」

「逸乃先輩と月音さんが?」


 丘は頷いた後、机の上のマグカップを持ちあげ、なみなみと注がれたコーヒーを口に運んだ。独特の焙煎香が、鼻に抜けていく。

 

「貴方に追いつかれないようにしないと、と笑っていました」

「じゃあ、追い抜くつもりで頑張ります」

「ええ。貴方は、この一年で良く伸びています。良い調子ですよ」

「月音さんが、色々と教えてくれるからですかね」

「それはあるかもしれませんね。ところで、三木はプロのレッスンを受ける気はないのですか。受ければ、もっと成長できるかもしれませんよ」


 うーん、と三木が唸った。

 正孝は、音楽大学の受験を目指しているし、元からプロの音楽家のレッスンを受けている。奏馬もそうだった。

 学生指導者は、大抵自分で個人レッスンをプロに依頼していて、コウキのように自ら伸びていく生徒は珍しい。


「受けたいんですけど、先生は慎重に選ばないとなぁと思ってて、悩んでるうちに一年経っちゃいました。相性の悪い人に頼むと、マイナス面も大きいと思うので。あ、でも月音さんに教わってるだけでも、俺は充分ですけど」

「貴方がそれで良いのなら、良いですが」

「でも、俺個人というよりは、金管セクションでプロのレッスンが欲しいなとは思います。木管セクションの蜂谷先生みたいにまとめて見てくださる人が」

「それは私も思っていました。少し当てはあって、今、相談中です。もしかしたら夏までには金管セクションのレッスンも開始できるかもしれません」


 やった、と言ってコウキが笑った。


「細かいことは、また話しましょう。さて、そろそろ帰りなさい」

「はい、ありがとうございました、丘先生」

「失礼します」


 二人が頭を下げて職員室を出て行くと、途端に静寂に包まれた。この時間になると、職員室に残っているのは丘くらいだ。副顧問の涼子も、すでに帰宅している。


 またコーヒーを飲んで、ほ、と息を吐き出した。

 新入生が入部すれば、いよいよ本格的に新年度の練習が始まる。コンクールの課題曲はすでに決まっているが、まだ自由曲が決まっていない。遅くとも五月前半には決めてしまわなくては、練習が間に合わないだろう。

 

 いくつか候補はあるが、編成と力量、前年までの全国大会の傾向なども材料にして、今年の生徒達に合う曲を選ぶ必要がある。選曲が結果に大きく影響するだけに、慎重にならざるを得ない。


「ですが、時間はあまりないですね」


 暗くなった外に目をやりながら、丘は呟いた。

 

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