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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校二年生・オーディション編
186/444

十ノ序 「桜の季節」

 部屋の姿見で、何度も自分の恰好を確認した。

 お気に入りの黄色いヘアピンで前髪を留めて髪型は決まったし、制服もきっちりと着れている。中々、悪くない。

 花田北中はセーラー服だった。花田高は、紺色のブレザーだ。そんなに洒落ているデザインではないけれど、ブレザーはずっと憧れだったから、嬉しい。


 待ちに待った。今日から、ついに花田高生なのだ、とひなたは思った。吹奏楽部にも、やっと入れる。

 自分の姿をもう一度確認し、オーボエを構えている自分を想像した。


「むふ」


 早く、現実にしたい。一人笑っていると、携帯がメールの通知を報せる音を立てた。

 画面を点けて確認する。絵里から、もう待ち合わせ場所に着いたという連絡である。


「やば!」


 床に置いていた鞄を掴んで、部屋を飛び出す。


「お母さん、行ってきます!」


 母の返事を待たず、ひなたは家を飛び出した。

 近所の公園で、絵里は携帯をいじりながら待っていた。


「ごめん、絵里! お待たせ!」

「遅いー」

「せ、制服確認してたら時間見るの忘れてた」

「何回見たって、変わんないよ」

「そうなんだけど、ブレザーって初めてだし、憧れだったから」

「あっそ。良いよ、行こ」

「うん」


 並んで歩きはじめる。

 今まで歩き慣れていた道とは違う、新しい道だ。同じ花田町なのに、不思議と新鮮な気持ちがする。

 

「楽しみだね、高校生活」

「そうねえ。まあ、良い男がいれば良いけど」

「えっ? 絵里、彼氏いるじゃん」

「別れたよ」


 驚いて、奇声をあげてしまった。初耳だった。定期演奏会の日は、彼氏とデートをするから行かないと言っていたはずだ。


「な、なんで!? 一年くらい付き合ってたよね?」

「だって、あいつ高校別のとこ行ったんだもん。私についてこないから、こないだのデートで捨てた」

「す、捨てたって……絵里がついていこうとは思わなかったの?」

「勉強嫌いだし。遠いとこ嫌だし。花田以外受ける気なかったよ」

「あ、そう……」


 相変わらず、絵里は自由人だ、とひなたは思った。いつも、自分の感情を優先する。したいことをして、したくないことはしない。そういう子だ。

 わがままとは、微妙に違う。だから嫌われることは少なくて、周りには人が集まる。彼氏は気の毒だけれど、ひなたもそういう絵里に魅かれた一人だ。

 多分、絵里ならすぐに高校でも彼氏を作るのだろう。

 

「ひなたこそ、高校では彼氏できるといいねぇ」

「わ、私は良い! オーボエを真剣にやりたいの!」

「まだ言ってるの? 一緒にコンクール出たいんだけど、私」

「オーボエで出るもん!」

「難しいんだって、オーボエはさ」

「やってみないと、分かんないじゃん」

「まあ、そうだけど」


 絵里がため息をつく。誰に何と言われようと、ひなたはオーボエを選ぶつもりだ。

 花田高の定期演奏会は、最高だった。ホールに響いた『風笛』の旋律は、ひなたの心を揺さぶり、より一層オーボエを吹きたいという気持ちを強くした。


「オーボエにね、凄く上手い人がいるんだよ。しかも二人。でも、私が憧れてる人の方が、もう一人より圧倒的に上手いって、美月さんは言ってた!」

「誰?」

「駅のそばの雑貨屋の店長さん」

「ああ。一緒に定演観に行ったの?」

「そうだよ。美月さんも花田の卒業生なんだって」

「へー、そうだったんだ」

「とにかくね、あのオーボエの先輩に、色々教えてもらいたいんだ」

「上手い人って、性格キツい人も多いから。良い人だと良いね」

「え、う、うん」


 そういうことを言われると、不安になる。

 

「お、桜」


 花田高の敷地が見えてきて、絵里が言った。受験で来た時にはまだ咲いていなかった桜が、満開になっている。

 青空に、桜。新しい一年の始まりを感じさせてくれる、ひなたの好きな光景だ。


 真新しい制服に身を包んだ花田高生が、正門へと吸い込まれていく。ひなた達と同じ新入生なのだろう。

 正門の向こうは急坂になっていて、両側に植わる桜の樹から花びらが舞っている。


「綺麗だね、ひなた」

「うん。私達、ついに、高校生なんだ」

「だね。行こ」

 

 絵里が、先を歩く。すぐにひなたも後に続いた。













「一年八組は一階だって、絵里」

「ラッキー、階段上がる手間が省ける」

「でも、吹部の練習は音楽室だろうから、階段は毎日上り下りするね」

「あ、そっか。ちぇっ」

「クラスに北中の子、居るかな?」

「どーだろ。てか、ひなたと同じクラス初めてだね」

「うん、嬉しい。絵里がいるなら安心」


 生徒玄関で学校指定のサンダルに履き替え、教室へ向かう。

 八組は、生徒棟一階の東端だった。開けっ放しの扉から中へ入ると、クラスメイトであろう人達の視線が、一斉に集まってくる。その視線にも動じず、絵里は黒板へ向かった。


「うちの席どこだろ」

「私、一番後ろだ」

「あーあ。ひなたと離れてる」


 ひなたは、窓側から二列目の最後列。絵里は、廊下側の後ろから二番目である。

 

「んじゃ、また後で」

「うん」


 席も絵里と近ければ良かったのに、とひなたは思った。人付き合いは苦手ではないものの、絵里ほど誰にでも話しかけられるわけではない。周りの子と打ち解けられなかったら、一年間、絵里といる時以外は気まずい時間を過ごすことになる。出来れば、そうはなりたくない。

 

 自分の席に着いたところで、廊下から、あ、という声が聞こえた。そちらを向いて、ひなたも、あ、と声を上げた。

 二人が、勢いよく教室に入ってくる。まるで見分けのつかない、二人の顔。


「一ツ橋さん!」

「木下さん!」

 

 立ち上がった拍子に、椅子が地面と擦れて音を立てた。

 花田高吹奏楽部の定期演奏会で知り合った、双子の姉妹だ。睦美と七海、だったはずだ。

 たまたまホールで隣の座席になって、二人も花田高に入学するし吹奏楽部にも入ることは、会話が聞こえて分かった。それで、ひなたから勇気を出して声をかけたのだ。


「おんなじクラスなんだ! やったー!」


 姉妹のうちの一人が駆け寄ってきて、ひなたの両手を握った。


「やったやった! えっと、睦美ちゃん?」

「ブブー、七海でーす」

 

 舌を出して、七海が笑う。


「見分け方はねー、私がポニーテールで睦美がサイドテールだよ」

「ごめん、七海ちゃんがポニーで、睦美ちゃんがサイドね」

「そそ。あー、嬉しい、一ツ橋さんがいるなんて。知り合いがいるかどうか、不安だったんだよね」

「私もだよ。良かったぁ。あ、絵里のことも紹介する」


 絵里。呼びかけると、携帯を触っていた絵里が傍に来た。


「何」

「二人のこと紹介するね。木下睦美ちゃんと七海ちゃん。二人も吹部に入るんだよ」

「おー、よろしくね。佐藤絵里。私も吹部に入るつもり」

「ポニーテールの七海でっす」

「サイドテールの睦美です」

「吹部四人もいるのかー、ラッキー」

 

 七海が首を傾げる。


「何がラッキー?」

「クラスの覇権ゲットじゃん」

「覇権って」


 七海が笑った。


「佐藤さんは、何の楽器?」

「絵里で良いよー、七海。うちはクラ」

「え、私達もクラ!」

「クラ三人かぁ。良いね良いね。どこ中?」

「花田西。絵里ちゃんは、一ツ橋さんと友達ってことは、北中?」

「そそ。花田町の中学合同バンド、うちは参加してなかったからお互い知らなかったんかね」

「あ、私達も合同バンドには入ってなかったんだ」

「なる。番手はどこだった?」

「二人ともファーストだったけど、トップは私だったよ」


 七海が言った。


「おー、すご、即戦力なんじゃない? うちもファーストだったけど、北中弱かったからなあ」

「西中もだよ。地区大会抜けたことないし。こないだの花田高の定期演奏会がレベル高すぎたから、実はついていけるかちょっと不安なんだよね」


 ひなたは、絵里と七海の話に、ついていけていない。吹奏楽部の細かな話題になると、ファーストだのトップだの、何を話しているのかさっぱりだ。手持無沙汰に二人の話を聞いていると、睦美が袖を引っ張ってきた。


「よろしくね、一ツ橋さん」

 

 顔を赤くしながら、睦美が言った。気を遣ってくれたのか。

 嬉しくなって、つい睦美の手を握っていた。


「よろしく、睦美ちゃん! ひなたって呼んで」

「う、うん」

「知ってる人が同じクラスでほんとに良かった」

「私も……安心した」


 周りの子と打ち解けられなかったら、という不安はすっかり消えていた。双子の姉妹もいるなら、この一年は安心だ。

 やはり、定期演奏会で二人に話しかけていて良かった。付き合いやすそうな子達だし、きっと上手くやれるだろう。

 幸先の良いはじまりに、ひなたは顔が綻んだ。

 













「本を借りたい時は、カウンターの司書の先生か図書委員に言う感じ。利用者が少ないから、皆積極的に使ってね。はい、じゃあ次は音楽室に行きます」


 八組の面々でぞろぞろと図書室を抜け、そのまま四階に上がっていく。入学式の翌日で、オリエンテーションの一環で校内案内をされているところだった。


 花田高の校舎は生徒棟と職員棟に分かれていて、二つの棟を中央の渡り廊下が結んでいる。特別授業で使う教室は、職員棟の各階に散らばっているようだ。

 職員棟一階の西端には、体育館に続く外通路もあって、体育館の横には、テニスコートや武道場が併設されている。


 授業は無いらしいのにプールもあるし、生徒棟の北側には広い運動場も広がっていて、運動部にとっては恵まれた環境だろう。

 他には、花田北中には無かった自販機まで置いてあるし、昼食には購買もやって来て、弁当やパンの争奪戦が繰り広げられるのだという。

 

 見るもの全てが新鮮で、興味をそそられる。これから三年間は、ここがひなたの過ごす場所なのだ。

 四階に上がりきったところで、担任の佐原涼子が振り向いた。


「はい、左手が音楽室。右手が総合学習室です。音楽は選択科目だから、選択した子と吹部の子以外はあんまり音楽室を使うことはないかな。総合学習室は、授業では使われないから、実質吹部の練習室化してます」


 一応、中も見ようか。言って、涼子が音楽室の扉を開ける。ひなたも後に続いて入り、室内を見渡した。

 黒板に向かって、机と椅子が綺麗に角を揃えて並べられている。端には打楽器類がカバーがかかった状態でまとめて置かれており、一番後ろの壁には、額に収まった写真がいくつも飾られている。それが、吹奏楽部の写真らしいことが見てとれた。

 中学校の音楽室とは随分違う、整然とした印象である。無意識に、唾を飲み込んでいた。


「はい、じゃあ次行くよ」


 涼子が音楽室を出て行くのに続いて、クラスメイトも歩き出す。


「おーい、ひなた。さっさと行くよ」

 

 絵里に呼ばれて、はっとした。


「うん」

「何見てたの?」

「ここで練習するんだなぁって」

「当たり前じゃん」


 小さく絵里が笑って、変なの、と言った。


「花田の吹部ってさ、練習厳しいのかな」

 

 隣に来た七海が言った。後ろには睦美がついて来ている。姉は睦美だと聞いているけれど、こうしていると、七海のほうが行動力があるし睦美を引っ張っているから、姉に見えてくる。

 先に睦美が生まれたから姉、ということなのだろう。


「どうなんだろ。でも、東海金取るくらいだからね。ガッツリやるんじゃないの?」

「どんな練習するのかなあ。東海レベルの学校って」

「鬼厳しい先輩とか絶対いるって」

「ううぅ、怖いなあ」

「てか、佐原先生って、吹部の副顧問って言ってたよね。指揮するのかな」

「あー、しなさそうな感じするけど」


 絵里と七海が吹奏楽部について話しだすと、内容についていけない。

 ひなたも、早く二人の会話に混ざれるような知識を得たい。こんなことなら、先に吹奏楽部について勉強しておくべきだった、とひなたは思った。


「ひ、ひなたちゃん」


 いつのまにか横にいた睦美が、袖を引っ張ってきた。


「うん?」

「ひなたちゃんは、どうしてオーボエやりたいの? 難しい楽器なのに」

「あ、えっとね……あの音がすっごく好きになったから、かな。オーボエって、色んな表情の音が出るじゃん。それが聴いててすごく気持ち良くって。それと、定演で『風笛』吹いてた人いたでしょ。あの人の演奏聴いたら、私もあんな風に吹きたいなって思うようになった」

「そうなんだ、素敵。オーボエ、なれると良いね」


 にこりと睦美が微笑む。予想外の言葉に驚いて、ひなたは睦美を凝視した。


「やめたほうが良いって、言わないの? 皆、高校からオーボエ始めるのは無謀だって言うのに」

「わ、私は始めるのに遅いも早いも無いと思う。音楽は、高校で終わらないし」

「っ……だよね!」


 思わず、笑っていた。睦美とは仲良くなれそうだ。おどおどとしているけれど、無口なわけではないし気遣いも出来て、凄く良い子だ。


「私、頑張るんだ。それで、オーボエでコンクール出るの。私も皆とあんな風に演奏したい」

「私も、ひなたちゃんとコンクール、出たい」

「うん! 一緒に頑張ろうね、睦美ちゃん」


 にこりと、睦美が笑う。


「おーい、そこの四人、遅れてるよー」

「あ、はーい」


 涼子の呼びかけに、ひなた達は慌てて総合学習室に入った。

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