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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
180/444

九ノ二十二 「定期演奏会 二」

「一部最後の曲は、『アルメニアンダンス・パートⅠ』です。この曲は、アルメニアに伝わる五つの民謡を一つにまとめた曲で、作曲者のアルフレッド・リードは――」


 副顧問の涼子が、舞台袖に立って司会を務めている。

 聴衆の目と耳が涼子に向いている間に、部員は席の移動を済ませておく。コウキは、トランペットパートの一番右端の席に座った。


 『アルメニアンダンス・パートⅠ』では、パート譜が五つに分かれている。トランペットのファーストからサードまでと、コルネットのファーストとセカンドだ。

 月音がコルネットのファーストで、コウキがセカンドを担当する。通常の並びではファーストから順に左から座っていくし、トランペットの右側にコルネットが座るから、コウキが一番右端になるのだ。


 コルネットとは、トランペットを一回り小さくしたような見た目の楽器で、より柔らかで丸い音が特徴の楽器である。トランペットと似ているといっても、全く同じ楽器ではないため慣れが必要だし、中にはコルネットを吹くことでトランペットが上手く吹けなくなるという人もいる。

 逸乃や修がそのタイプで、まこは別の楽器の練習があるし、万里はトランペットに集中したほうが良いという結論になって、月音とコウキが選ばれた。

 二人の音色が似ているというのも、理由の一つだろう。この曲ではコルネットが非常に重要な動きをしている箇所がいくつかあり、かなり目立つ。


「それではお聴きください」

 

 司会を終えた涼子が、頭を下げて舞台袖からはけた。観客の意識が、こちらに戻った。丘が客席に向かって礼をして、拍手が巻き起こる。


 指揮台に上がった丘に、コウキは目を向けた。静かに、佇んでいる。やがて、その両手がゆっくりと持ち上げられる。

 行きますよ。口だけで、丘が伝えてくる。

 そして、曲が始まった。


 冒頭、一音目から、輝くような音が金管セクションによって放たれた。『アルメニアンダンス・パートⅠ』は最初にファンファーレがあり、これがどれだけ美しく決まるかで、曲の出来が決まると言っても言い過ぎではない。


 美しく調和のとれた響きだ、とコウキは思った。堂々としたファンファーレが消え、フルートを中心とした楽器群が静かに旋律をつむぎ始める。自然で、違和感の無い流れである。

 サックスへと受け継がれた旋律は、再び金管セクションのファンファーレを呼び起こす布石となり、壮大な音がホールに満ちる。 

 客席の様子から、完全に聴衆の心を掴んだ、とコウキは確信した。


 司会の涼子が語ったように、この曲は五つの民謡を繋ぎ合わせて作られていて、一つ目の曲と二つ目の曲の繋ぎとなる旋律を、星子のオーボエが担う。哀愁を感じさせるような、しっとりとした歌い方で奏でられる星子のソロだ。


 そこからがらりと、麗らかな春を思わせるような明るい曲調へと変わった。元となった民謡は、ヤマウズラという鳥が可愛らしく歩く姿を表現していると言われている。

 クラリネットやオーボエ、フルートやサックスが二小節ごとの旋律を繰り返してゆく。波が寄せては引いていくような、華やかで希望を感じさせる旋律。


 それを受けて、月音のコルネットが柔らかくうっとりとするソロを奏でる。たった二小節のソロなのに、ほれぼれするような美しさだ。

 『アルメニアンダンス・パートⅠ』は、各楽器のソロが多い事でも有名である。最後を奏馬のホルンが締め、三つ目の曲へと移った。


 三つ目は、ある若者が恋人へと贈る愛の歌であり、打楽器群が五拍子のリズムを軽やかに刻む。『アルメニアンダンス・パートⅠ』の中で最も難関と言われる部分だが、原曲では六拍子であるところを、作曲者のアルフレッド・リードが五拍子へと変更したことによって、リズムに活力が生まれている。


 正孝の情熱的なソロから旋律が始まり、星子がそれを受け取り、クラリネットへ繋げる。金管セクションが明快な音で割って入ると、再び正孝のソロへと戻る。次々に各楽器へと受け渡されていく旋律は、次第に緊張をはらんでいき、全員での総奏へと展開する。

 

 躍動感を失うことなく曲は静まり、四つ目の民謡へと切り替わった。 『アルメニアンダンス・パートⅠ』において、聴かせ所となる部分である。アルメニアに存在する雄大な山を彷彿とさせるひと繋ぎの旋律は、この曲の中で、最も美しい。


 トランペットとユーフォニアムがたっぷりと歌い上げ、木管セクションへと引き継ぐ。合奏練習で、何度もハーモニーと表現を丘から指摘されてきた場所だ。

 今までで、一番美しい、とコウキは思った。 魂を揺さぶるような、心に迫ってくる音をしている。


 今奏でられているこの素晴らしい演奏は、もう一度やれと言われても、絶対に再現できないだろう。

 どんな優れた奏者でも、二度、同じ演奏をすることは不可能である。だから、一音一音を丁寧に、心を込めて吹くのである。常に、最善を目指して。


 もっと、聴いていたい。演奏する立場でありながら、そんな想いを抱かされる音だ、とコウキは思った。

 だが、曲は進んで行く。最後である五曲目の民謡に入った瞬間、再び素早い曲調が戻ってきた。三曲目の五拍子のリズムとは違い、二拍子のシンプルなリズムだ。民謡の原題は『行け、行け』である。その名の通り、陽気で祭りのように楽しげな音で、全ての楽器が騒ぎ立てる。


 気持ちを駆り立てられるような、疾走感に満ちた曲調。終わりへ向かって、突き進んでゆく。丘が、文字通り指揮台の上で跳ねた。指揮棒が、鋭く拍を刻んでゆく。奏者を煽るような指揮である。丘の熱量に呼応して、演奏の熱も自然と高まっていく。


 まるで、全員で全力疾走をしているかのようにリズムが跳ね、飛び回る。それでも、丘が全身でもっとだ、と語ってくる。

 まだ、まだ、もっと行けと。勢いは増し、そのまま、怒涛のごとく駆け抜けて、最後の一音が鳴らされた。


 音の残響が、ホールを包み込んだ。そして、それが消えるか消えぬかのうちに、観客の嵐のような拍手が巻き起こった。

 丘の合図で、一斉に立ち上がる。観客に向けて丘が深く礼をし、舞台裏へとはけていく中、なおも拍手は打ち鳴らされ続けている。

 緞帳が、ゆっくりと下りてきて、完全に下りたところで、定期演奏会の第一部の終了を知らせるアナウンスが会場内に流れた。


 部員の緊張感が、解かれる。


「……凄くなかったですか?」

 

 舞台上なのに、隣の月音に思わず話しかけていた。月音も、興奮した様子をしている。


「凄いっていうか、もうやばかった。最高だったね」


 にっ、と笑いかけてくる。コウキと月音だけではない。舞台上に立つ全員が、昂った表情だった。

 















 ぽっかりと、口を開け広げていた。

 途中からは、何が起きているのかも分からないほどの音の奔流に巻き込まれ、呆然としてしまった。ただ、凄い、としか言えない。


「どうだい、ひなたちゃ~ん。凄いだろぉ?」

 

 自分が演奏したわけでもないのに、美月が勝ち誇ったような顔を見せつけてくる。返事をしようと思ったところで、隣から話し声が聞こえてきた。


「ううぅぅ、凄すぎぃ~やばいよ睦美ぃ、うちらが演奏したアルメニアンと全然違ったぁ」

「うん……次元が、違う……」

「入ってやっていけるかなあ」

「で、でも、元子先輩にはもう入るって言ったし……それに、私、やりたいよ」

「そりゃ私もだけど。何か、うちらのレベルでレギュラーになれるのかなあ」

「クラのトップの人、別格だったね……」

「あのレベルになれる気がしない」


 ひなたの隣に座る二人の女の子が、周りも気にせず話し込んでいる。声がそっくりなことに気がついて横を見ると、二人は顔まで、まるで同じだった。双子だろうか。ぱっと見では、全く見分けがつかない。


「どしたん、ひなたちゃん」


 肩を叩かれ、顔を戻した。美月が、不思議そうに首を傾げている。


「あ、いえ。何か、凄かったです、はい」

「でしょでしょ。で、お目当てのオーボエの子は、あのソロを吹いてた子?」

「いえ、違いました。その隣の人です」

「ふむ、あっちか。あっちの子はヤバイよ。マジで上手い。去年の定期演奏会も、度肝抜かれたね」

「動画では、『風笛』を吹いてたんです。今日も、三部でやるみたいです」

「楽しみだねぇ。と言っても、正直去年のあっちの子より、さっきのアルメニアンのソロ吹いた女の子の方が上手かったけどね」

「そうなんですか?」

「うん。まあ、一年経ってどうなってるかだねぇ」


 ひなたには、その辺りはまだ分からない。ただ、動画で『風笛』を吹いていた彼女は、それこそ次元が違うという表現がぴったりだったような気がする。

 演奏会が終わった後、美月に感想を聞こう、とひなたは思った。


「七海、トイレ行こ」

「いいよ」

 

 隣の双子が、席を立った。話の内容からすると、あの二人も花田高に入学して、吹奏楽部にも入るのだろう。だとしたら、同期になるのだし、話しかけてみても良いかもしれない。今のうちから友達が出来ていると、新生活の不安も和らぎそうだ。


「さて、ちょっと私は煙草吸ってくるよ」

「あ、はい」


 立ち上がって、美月がホールの外へと去って行った。

 ホールの中は、ざわめきで満ちている。一人になったひなたは、手に持っていたパンフレットを開き、曲目一覧に目をやった。


 一部の曲は、初めて聴くものばかりだった。どれも難しくて寝そうになったけれど、何とか耐えられた。

 生で聴くと、音の圧力が違う。音楽のことは全くの無知ではあるが、最後の『アルメニアンダンス・パートⅠ』の後半に流れた優雅な旋律は、思わず身体が震えた。それほど、美しいと思った。


 あんな演奏を、自分も出来るようになるのだろうか。しかも、何十人という奏者がいる中で、オーボエは二人しかいなかった。

 たった、二人。一学年に一人いるかいないかということだ。ひなたは、その一人に入れるのか。

 部でオーボエは二人までと決まっていたら、ひなたはオーボエになることが出来ないかもしれない。


 それは、嫌だ。何としても、オーボエを吹きたい。あの女の人の隣で、吹きたい。頼み込めば、オーボエにしてもらえるだろうか。


 パンフレットをめくって、後ろの頁を開く。部員の名前が記されていて、オーボエの欄には、佐方ひまり、紺野星子、と書かれていた。

 どちらが、あの女の人なのだろう、とひなたは思った。なんとなく、ひなたとひまりは名前が似ている。どちらも、太陽を想像させる名前である。


「こっちの人だと良いな」


 名前を指でなぞり、呟いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人物紹介の最後に載ってた双子がついに登場。 すっかり忘れてたけど、ひなたと同じ学年ということで見返してみたら。 高校でオーボエ希望の初心者なんてあまりいないだろうから、そこは心配してもしょ…
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