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青春ユニゾン  作者: せんこう
中学二年生・洋子編
18/448

二ノ四 「初めての、そして再会」

「コウキ君!」


 待ち合わせ場所の校庭に現れた洋子が、コウキを見つけて駆け寄ってきた。手を振って応える。

 小学校の校庭は、休みでも開放されているので、待ち合わせに最適だ。今日は集まって遊びに出かけるために、ここで待ち合わせをしていた。


「ごめんね、お待たせ!」


 洋子はそばまで来ると、弾んだ息を整えながら笑いかけてきた。


「ううん、おはよう」

「おはよっ」


 挨拶を済ませると、走ってきたからだろう、服の中の熱気を逃がすためにスタジャンのチャックを開け、中のパーカーをぱたぱたとあおぎだした。


「今日もお洒落だな」

「え、そ、そう?」


 洋子は慌てて自分の服装を見てから、照れてもじもじした。


「うん。シンプルだし、良いと思う」


 洋子はスタジャンからパーカーのフードを出し、ジーンズ素材の短パンにタイツとブーツという恰好をしている。完全にカジュアル寄りの服装でも、洋子に良く似合っている。

 この時代に、こういう着こなしをする子は見たことがなかったと思う。もう少し同年代の子達はモサッとしていたというか、芋感があったというか。


 洋子は背は低すぎず体型もすらっとしていて、服のセンスも良い。おまけに顔も可愛いと思う。

 女の子たちの話題についていくために、自分でもティーン誌も読んでいるが、そこに載っているモデルの子達に負けず劣らずハイスペックではないだろうか。


 お洒落なのはファッション業界に勤める母親の影響もあるのだろう。服はすべて自分で好きなものを選んでいると言っていた。雑誌に載るようなワンポイント個性を出してとかトレンドを取り入れて、というものよりシンプルな恰好のほうが多かったが、日常で着るには、その方がむしろ良いと思う。

 褒められたのが恥ずかしいのか、洋子はフードを被って顔を隠し黙り込んでいる。


 コウキもファッションは嫌いではない。いろいろと着たい服はあるのだが、この時代ではまだ流行っていない服だったり中学生向けの店では置いてなかったりして、なかなか良い服がない。

 仕方が無いので、白シャツに紺色のセーターを着て、下は細めのジーンズにスニーカーという恰好で無難にまとめていた。


「……そういや、拓也遅くない?」

「えっ、あ、拓也君今日は来れないって」

「えっ、なんで?」


 聞いていない。


「えっと、なんか風邪ひいたとかなんとか……」


 洋子がもごもごと口にしてから、視線を泳がせている。怪しい。


「……ほんとに?」

「た、ぶん」


 コウキは携帯を持っていないので洋子に連絡したのだろう。


 詮索しても良かったが、どうしても拓也がいなくてはならないというわけでもないし、来ないものは仕方がない。


「まあ……いっか。なら二人で行こ」


 洋子がこくこくと何度も頷く。頬を少し赤らめながら、嬉しそうな表情をしている。


「……どしたの?」

「えっ!? あ、えっと、二人で遊ぶの初めてだなって思って」

「あぁ……そういえばそうだ」


 確かに、洋子と遊ぶときはいつも拓也もいて、三人で集まるのが絶対だった。小学校の頃なら図書室で二人で過ごす事はあったが、こうして遊びに出るのは初めてだ。


 今日は電車に乗って、市の中心に移転した図書館へ行く事になっている。新しくなった図書館に、洋子が行きたがったからだ。だが拓也はコウキと洋子ほど本好きではないし、どうせ行ってもそう長くは耐えられなかっただろう。

 そう考えると二人だけのほうが、じっくり図書館を楽しめるかもしれない。


「じゃ、せっかくだから楽しまないとな」

「うんっ」


 満面の笑みを浮かべて、コウキの腕に両腕を絡めてくる。


 今日の洋子はやけに上機嫌だ。コンクールの後から夏休みの間、しばらく元気のない様子が続いていたのだが、もう問題は解決したのだろうか。

 理由は教えてもらっていなかったので、気になっていたのだが、もしそうなら一安心だ。


 にこにこしている洋子が可愛く思えて、その頭を撫でた。


「えへへ」


 洋子が嬉しそうに目を細めている。


 相変わらずさらさらとして綺麗な髪をしている。伸ばし始めたのに毛先まで荒れた様子はない。まるで赤ん坊の髪のように透明感のある髪質で、ずっと触れていたくなる。


「落ち着く~」


 甘えた声を出しながら頭をこつん、とコウキの腕にもたれかけてくる。


 夏の間、家に遊びに行っても、離れて座っている事が多かったので、こうして洋子にくっつかれるのもずいぶん久しぶりな気がする。

 やはり洋子とは、こうしてそばにいるのが落ち着く。拓也と三人でいても、いつも右隣はだいたい洋子なので、もはやここは洋子の定位置のような感じだ。この状態が、しっくりくる。


 出会って二年とちょっとだが、洋子はそばにいても全く不快ではない。まるで本物の妹のように可愛くて、ずっと離れたくないとすら感じてしまう。

 いや、実際の妹はうっとうしいものだとも聞く。そうなると妹のように、という表現はおかしいのだろうか。

 ともかく、洋子がまたくっついてくれるようになって良かった、とコウキは思った。


「それじゃ、行こっか」

「はーい」


 並んで駅に向かって歩き出す。

 図書館の開館時間に間に合うようにと、早めの集合にしていたので、歩いて向かっても、電車の時間には余裕で間に合うだろう。
















 乗り込んだ電車は、身動きできないほどに人が乗り込んでいて、最悪の空間となっていた。

 祝日で、しかも乗客の多い時間帯を選んでしまったせいで、見事に満員電車に当たってしまったのだ。


 一本ずらそうかと話していたところで、人の波にのまれてしまい、流されるがまま車内へと吸い込まれてしまった。こどものコウキ達では、大人の圧力に勝てず、大きい尻に挟まれてサンドイッチの具のように押し潰されたまま、揺れる電車を耐える事になっていた。


 これだから電車は嫌いなのだ、とコウキは思った。

 会社員の時も電車通勤だったが、満員電車に乗るのが嫌で、いつも少し早い電車を選んだりして、最混雑を避ける努力をしていたのだが、久しぶりの電車ですっかり忘れていた。


 離れてしまった洋子は大丈夫だろうかと気になって、何とか人垣の隙間から見てみると、扉のそばに押しやられぐったりとした表情をしていた。大人と扉に挟まれて脱力している。もはや自分で立つ事も諦めたらしい。


 満員電車での移動は迷惑極まりないが、意を決して大人達の尻をかき分け洋子のそばまで進んだ。誰かに舌打ちをされたが、構わず押しのけていく。


「大丈夫?」


 目の前まで寄って小声でささやきかけると、洋子は力なく笑った。


「うん……」


 心配をかけまいとしているのだろう、明らかにやせ我慢をしているといった様子だ。


 洋子を押し潰していた大人を押しのけて、無理やり割り込む。

 そのまま、また押し潰されないよう踏ん張って耐え、洋子が落ち着けるスペースを確保した。頭の上から、今押しのけた男性の舌打ちが降りかかってくる。


「あと数分だから頑張って」


 励ますと、洋子は小さくうなずいた。


「……ありがと」


 ぽつりとつぶやいてからコウキの腰に手を回し、少しだけ力を込めて抱き着いてきた。その拍子に、洋子の髪から石けんの優しい香りが漂ってくる。


 その状態のまま電車は進み、十五分もすると、無事に目的の駅に着いた。反対側の扉が開いて、どっと人が降り出す。コウキ達もその流れに乗って電車を降り、改札まで抜けた。

 ようやく人ごみから解放され、ぐっと身体を伸ばす。


「は~、きつかったなあ」


 腕を回したり腰を回して身体をほぐす。踏ん張っていたので、ただ電車に乗っているよりも疲れてしまった。

 大人達は、少しでも自分のスペースを確保しようと、容赦なく押し合う。こどもの事も考えてほしいものだ。


 洋子を見ると、顔を真っ赤にしてうつむいたまま、ぼーっとしている。


「疲れちゃった?」


 顔を覗き込むと、はっとして洋子は首を振った。


「大丈夫だよ!」

「そう?」

「うん、行こっ」


 腕を引っ張られたので、そのまま歩き出す。図書館は駅から十分ほどでついた。

 移転した図書館は、大人になってからは何度か利用した事があったが、オープンしたてに来るのは初めてだ。建物は真新しく、周辺の植栽も植えられたばかりといった感じで、若々しく枝を伸ばしている。出来立ての施設特有の新鮮な雰囲気が漂う、気持ちの良い場所だ。


「おっきいね~」


 洋子が建物を見上げながら感嘆した声をあげた。


「だなあ」


 移転前の図書館は、小さくてこじんまりとした作りだった。蔵書数も少なく、あまり市民に人気とは言えないような図書館だったのが、正直なところだろう。

 それに比べると、三倍か四倍はありそうな大きさだ。すでに開館時間は過ぎていて、次から次へと人が入っていく。さすがオープンしたてだけあって、すごい人だ。コウキと洋子も、中へと入る。


「うわ~」


 さっきから洋子は、驚いたような声ばかりあげて、口をぽかんとあけっぴろげている。移転前の図書館を知っているだけに、この差に驚くのは無理もないだろう。


 新しい図書館は二階建てで、中央は吹き抜けになっている。取り付けられた天窓から日が差し込んでいて、開放的で明るい空間だ。中央の通路を挟んで、両側には高さのある本棚がずらりと奥まで並んでいる。二階にも同様に本棚が並んでいて、ぱっと見でも、ものすごい本の数が収められている。


「早速本探そうよ。洋子ちゃんは何読む?」

「私絵本が良い!」

「じゃあ、そっちから探そ」


 児童向けのコーナーへ向かう。新しくなった図書館の目玉の一つが、地域でもここだけにしかそろっていないという、珍しい絵本などだ。

 近隣の学校図書室などにも置いてないような、海外のものや国内の個人作家の絵本も集めているとの事で、絵本の数も豊富だった。


 洋子は興奮した様子で本棚に駆け寄ると、コウキの存在を忘れてしまったかのように、夢中で絵本を探し出した。しばらくは放っておいても絵本を探しているだろう。その間にコウキも、自分の本を持ってくる事にした。


 好きな作家の作品が、中学校の図書館には置いていなかった。ずっと読みたかったのだ。日本人作家のコーナーへ行き、作者名で探していく。ほどなくして目的の小説は見つかった。

 他にも読んでみたかった作品がずらりと揃っている。

 あとで借りて帰ろう、とコウキは思った。


 小説を持って児童向けのコーナーへ戻ると、すでに絵本を選び終えた洋子が、座って読んでいた。隣に腰かけても、洋子は絵本に夢中で気づかない。

 キラキラと目を輝かせながら絵本を読む洋子の姿に、思わず微笑んでしまう。


 洋子は普通の本も読むが、絵本のほうが好きらしい。出会いのきっかけも、四年生で低学年向けの絵本室の作品を読んでいる事を、男の子達に馬鹿にされていたのをたまたま見かけたからだった。

 男の子達からかばって、それから洋子がいじめられないようにと、コウキも絵本室で一緒に過ごすようになって、仲良くなった。


 コウキ自身は積極的に絵本を読む人間ではなかったので、作品について全く詳しくなかったのだが、洋子に様々な面白い作品を見せてもらううちに、絵本の面白さを知るようになった。

 絵本には、小さなこどもが読むような単純なものだけではなく、大人でも面白いと思わされる作品もたくさんある。洋子はそうした本も、よく知っていた。


 夢中になっている洋子に話しかけて邪魔をする事もないので、コウキも自分の持ってきた小説に集中する事にした。

















 

 図書館の中央に備え付けられた大時計が、正午の報せを告げていた。

 本に集中していたら、三時間近く経っていたらしい。


 やはりこの本は正解だった。

 偽札づくりがバレて逮捕された二人組が、刑務所を脱走するため囚人と協力して行動し脱出するのだが、警察に加えて、彼らの偽札の技術を求めてヤクザや裏組織まで追ってくるというドタバタサスペンスコメディだ。

 すらすら読めてしまって、もう三分の二近く進めていた。


 隣を見ると、洋子はまだ夢中で絵本を読んでいる。さっきと絵本が変わっている。


「洋子ちゃん」


 そっと肩に触れ優しく話しかけると、はっとして洋子が顔を上げた。


「えっ?」

「お昼だよ。ご飯行く?」


 大時計を見て時間に気づいた洋子は、慌てた様子で両手を合わせて謝ってきた。


「ごめんなさい! 夢中になっちゃった!」

「いや、俺もだ」


 顔を見合わせて、笑いあった。

 やはり二人でよかったかもしれない。拓也は三時間もじっと本を読めなかっただろうから、暇を持て余す結果になっただろう。


 本をそれぞれ元の場所に戻すと、洋子と連れだって出入口へと向かった。

 図書館の近くには何軒か飲食店もある。そのひとつの、有名な和菓子屋に行きたいと洋子が言っていたので、そこで軽く食べるつもりでいた。


 同じような考えで昼食に出るのであろう利用者達が、出入り口を次々に抜けていく。


「あれ、コウキ君?」


 不意に後ろから声をかけられて、振り返った。そして、相手を見て、思わず息を呑んだ。

 そこには、美奈が立っていた。


「あ……」


 何か言おうなどと考える余裕もなく、言葉が全く出なかった。

 不意の再会で、思考が完全に止まってしまい、ぼんやりと美奈の顔を見てしまった。


「やっぱり。久しぶり」


 美奈が、大人びた微笑みを投げかけてくる。


「久し、ぶり」


 美奈は、随分変わっていた。もちろん良い意味でだ。

 最後に見たのは小学校の卒業式の日だ。あれから一年半ほど経っている。そのたった一年半で、美奈は成長して随分と大人びている。

 同年代とは思えないほど、可愛さと美しさとを兼ね備えた、華やかで愛らしい見た目になっている。さらりとした美しい黒髪も、あの頃から随分と伸びている。


「偶然、だね」

「そう、だね。ごめん、急で驚いちゃって」

「ん、私も驚いた」


 久しぶりに聞いた美奈の声は、胸が温かくなるような懐かしさを感じさせた。


「一人?」

「あ、うん。久しぶりに予定が無かったから。ここ、来てみたかったんだ」

「そっか。俺たちもだ」

「広いよね」

「うん、本の数も凄い」


 話に夢中になりそうになったが、ぐいっと服の袖を引っ張られて会話を中断した。そちらを見る。

 洋子が不安そうな不満そうな、何とも言えない表情をしながら、コウキの後ろに半分隠れるような形で立っていた。


「あ、洋子ちゃん、だよね? 久しぶり。私の事覚えてる?」


 美奈が優し気な口調で洋子に話しかける。彼女がにこりと微笑むと、洋子はたじろぎながらも小さくうなずいた。

 小学校の頃に一、二度だけ、洋子と美奈は面識がある。


「良かった。洋子ちゃんすっごく可愛くなったね!」


 褒められて、洋子は顔を赤くしながら完全にコウキの後ろに隠れてしまった。

 再び美奈と目が合い、くすりと笑いあう。


「美奈ちゃん、元気そうだね」


 美奈はちょっと目を逸らした後、再びこちらを見てうなずいた。


「うん。コウキ君も」


 そのままお互い黙り込み、じっと見つめ合った。

 会いたいと、思っていた。話したい事も、あった。だが、実際に会うと、思うようにはいかない。緊張しているわけではないのだが、形容しがたい気持ちで胸が一杯になってしまって、普通にしていられない。

 言葉が、出てこない。


 再びぐいっと袖を引っ張られ、それではっとした。出入口のそばで立ち止まっていたので、行き交う人達が邪魔そうにこちらを見ていることに気づいた。


「あ、じゃあ……俺たち、お昼だから行く、ね」

「え、あ……うん」


 名残惜しかったが、手を軽くあげて美奈に背を向け歩き出す。


「っ……コウキ君!」


 少し歩いたところで、また美奈が声をかけてきた。

 振り返ると、着ていたワンピースの裾をぎゅっと握りしめながら、美奈が緊張した様子で唇を噛んでいた。

 言葉を待つ。

 意を決したように顔を上げ、美奈がまっすぐこちらを見据えてくる。


「良かったらっ……一緒にご飯食べない?」


 美奈からの思わぬ提案に、心臓が跳ねた。

 まさに、コウキもそうできたらと思っていた。友達になら、そんな提案は平気で出来るのに、美奈には、自分から言う事ができなかった。


「えっ……と、良い、よね?」


 洋子のほうをちらりと見る。

 その瞬間、洋子が悲しそうな顔した気がした。だが、すぐにうつむいてしまい、表情は見えなくなった。そして、無言で頷いた。


「良かった、じゃあ、一緒に食べよう」

「ほんと!? 嬉しい!」  


 美奈の顔がぱっと輝く。

 その表情に、またどきりとした。

 やはり、美奈は成長していてもあの頃と同じ、魅力的なままだとコウキは思った。





 








 久しぶりに美奈に出会えた事、一緒に食事ができる事。それらが嬉しくて、舞い上がっていたのだと思う。

 いつもならすぐに違和感に気づけたはずなのに、この時に限って、コウキは周りに気を配る事ができていなかった。

 

 いつの間にかコウキと美奈が並んで歩き、後ろを洋子がついてくる形になっていた。

 三人で歩くときにこの形は、最悪だ。後ろを歩く人は疎外感で辛くなる。

 普段なら、絶対に、たとえ誰であってもそういう歩き方はさせないように気を付けていたのに、その事も忘れて、コウキは美奈との会話に夢中になってしまっていた。


 いつもの定位置、自分の右隣に洋子がいない事。

 後ろを歩く洋子が悲しそうで、寂しそうで、辛そうで、今すぐにでも逃げ出したいとでもいうかのような表情をしてコウキ達を見ていること。

 それらに、まったく気がつかなかった。


 コウキは、この時、自分の事しか考えない、以前のような最低の人間に戻っていたのだろう。

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