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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
168/444

九ノ十 「武夫と園未」

 定期演奏会の二部で演じるミュージカルは、絵本風の世界観が特徴だ。 

 森に住む野ネズミの兄弟ルウとマルが主人公で、臆病な弟のマルは、兄のルウにいつもついて回っている。

 ある日、兄のルウが自由を求め、狭くて暗い森から大草原への一人旅に出てしまい、残された弟のマルは、悲しみに暮れる。

 住処に引きこもってしまっていた弟のマルだったが、森の仲間達に励まされ、勇気を出して住処の外へと飛び出す。そこには、今まで出会ったこともない獣や虫がたくさんいた。

 外には、自分の知らない世界と素敵な出会いが広がっていて、兄のルウは、だからこそ新たな出会いを求めて旅に出たのだと弟のマルは気づく。

 そして、自分も臆病な性格を直して、いつか兄のルウを追いかけることを決意する。


 話としては、弟のマルが周りに支えられて成長する、という単純なものだ。登場するのは野ネズミの兄弟と家族、弟のマルに助言をする小鳥、旅に出たルウを襲う危険なヘビの女王、住処の外で出会う動物達、という具合で、歌は全部で九曲ある。


 武夫は、主役の野ネズミの弟マルを演じる。他に適した役者がいたはずだが、何故か武夫が選ばれた。女子部員がマルを演じても良かったはずなのに、丘は、武夫が合う、と言った。兄のルウ役は、奏馬だった。


「もう一回いくよ。イチ、ニィ、サン」


 手拍子を叩きながら、卒部生が合図をする。舞台の最後に、ミュージカルメンバー全員で歌う箇所を、動きも合わせながら歌っていく。

 主役の武夫と奏馬、小鳥役の修、ヘビの女王役の理絵は、前に出て踊る。本番ではピンマイクも点けるため、四人は目立つ存在だ。

 

 人よりも前に出るのが、得意なわけではない。役にも、自信はない。その自信の無さが、演技にも出るのだろう。卒部生からは、何度も駄目だしをくらっていた。


「武夫っち、もっと声張ろうよ。聞こえないって」

「すみません」

「動物の子達は、バックで踊るからって適当に踊れば良いもんじゃないんだよ。指は伸びてる? 腕を上げる高さ揃えてる? 笑顔になってる? リズムだけ合わせてても、ばらけて見えるの。ぴっしり揃えよう」

「はい!」

「演じてるのは、動物や虫だよ。それぞれのイメージにあった演技も、大切なの。自分の中の役のイメージを、もっと皆持とう。特に主役の四人は、それ大事だよ」


 卒部生の指導は厳しい。話の内容的には、こども向けの絵本だ。それを、そこまで細かく言うのか、と言いたくなるくらい、詰めてくる。

 必要なのは、分かっている。こども向けだからと言って、適当にやれば良いわけではない。卒部生の指導は、間違ってはいないとは思う。


 できれば、武夫はオーケストラメンバーとして出たかった。奏馬は、自分達だけで吹く経験を積ませるためにと、ホルンのオーケストラメンバーに園未と柚子を選んだ。


「ちょっと休憩してから、もう一回やるよ。各自振り返りしておいてね」


 前に立つ卒部生は、今大学生だったはずだ。時折、授業やバイトの合間にやって来て、指導をしてくれる。

 現役生だけでなく、卒部生も大勢関わって一緒に作り上げるのが、花田高の定期演奏会なのだ。彼女以外にも、舞台の一切を取り仕切るステージマネージャーや丘の補佐、会場の受付などでは、卒部生が活躍する。


 部員が多ければ部員だけでやるのだろうが、近年の花田高は部員数が少ないし、演技指導やステージマネージャーなどの重要な仕事は、経験の豊富な卒部生がやった方が良い場合もある。

 

 二個上の代とは、一年生の頃、馬が合わなかった。あの代にはあまり来ないで欲しいとは思う。だが、それより上の代については、歓迎する気持ちはある。何だかんだ言っても、卒部生がいるから定期演奏会は回るのだ。


「武夫っち」

 

 演技指導の卒部生が、傍に来る。本人も踊ったり歌うため、汗をかいている。


「あなた、主役の自覚ある?」

「あ、はい」

「あ、はい。じゃなくてさ。あるなら、もっとちゃんとやろうよ? 目立つ役なんだよ。もっと野ネズミらしく、主役らしくやってよ」

「すみません」


 野ネズミらしく、とはどういうことか。主役らしくと言われても、ぴんと来ない。

 卒部生の指導は、ありがたい。だが、武夫は腑に落ちる助言は貰えていない。奏馬の方は、卒部生からも丘からも大きな駄目だしは出ていない。演奏だけでなく、演技でも奏馬は優秀だ。


 自分は、なんなのだろう、と武夫は思った。

 才能が無い。主役だって、やりたくないのにやらされている。武夫の演じるマルに不満があるなら、オーケストラメンバーとミュージカルメンバーを入れ替えて、コウキや正孝にやらせればいい。あの二人なら、もっと良い演技をするはずだ。幸や智美のように溌剌とした女の子が演じても、良い弟役になる気がする。

 性根の暗い自分が、マルを演じる意味が分からない。

 

 卒部生はなおも小言を漏らし続けていたが、武夫の反応に諦めたのか、ため息をついて離れていった。

 椅子に座って、総合学習室を見回す。美術班のとりかかっている幕は、畳んで端に寄せてあり、空いたスペースで演技練習をしている。

 

 一年生の女の子達が、キャッキャッと騒ぎながら振り付けを踊っている。よく、ああも楽しく踊れるものだ。人前で踊るのが、恥ずかしくないのだろうか。演技の声を作るのも、武夫には苦痛でしかない。


「武夫」


 はっとして顔を上げると、園未が立っていた。いつの間に来たのだろう。

 長めの前髪の隙間から、両目が透けて見える。園未は、オーケストラメンバーだ。あちらも休憩に入ったのか。

 不意に、頭に手を置かれて、撫でられた。


「頑張ってるね」

「……そんなことない。さっきも、先輩に怒られた」

「武夫なら、出来るよ」

「気休め言うなよな。俺には、無理だよ」

「ううん、出来る」


 静かで、しかし、力強い言葉。見上げると、園未がかすかに笑っている。


「マルは、武夫に合ってる」


 園未も、丘と同じことを言うのか。

 どこが。聞こうとして、言葉にはならなかった。
















 三時間目と四時間目の間の放課には、図書室へ行くことが多い。昼放課は昼練をしているし、授業後はすぐに部室に行くため、行けるのは十分間の放課だけだからだ。

 いつも、借りた本の返却か新しい本を借りるために、前の授業が終わったらすぐに行く。

  

 今は、元子に熱く薦められた三国志の小説を読んでいた。

 コウキは、中国の小説なら水滸伝のほうが好きで、三国志は漫画と短い小説しか読んだことが無かった。学校の図書館にあったから借りて読んでみたら、勧められた作者の三国志は、そのどちらよりも面白かった。


「こんにちは」


 司書の教師に挨拶をして、本を返す。


「もう十巻。早いわね」

「面白くて」

「次の本も借りる?」

「はい、取ってきます」


 カウンターから離れ、歴史小説の棚へ向かう。


「あ」


 角を曲がると、園未が立っていた。こちらに気づいて、かすかに口元を緩めた。手には、歴史関係の本が収まっている。


「コウキ君」

「園未先輩、こんにちは。珍しいですね」

「それは、そっち。私は、よくここにいる」

「そうなんですか? 気がつかなかった」

「お昼にいることが、多い」

「ああ。昼だと、俺は練習してます」

「聞こえてる」


 図書室は、部室と総合学習室の下だ。音も聞こえるだろう。


「頑張ってるよね」

「人より練習しないと、俺はまだまだですから」

「コウキ君は、上手いよ」

「どうも」


 園未とは、気軽に話す仲ではあるものの、他の部員に比べたら会話量は少ない。園未がホルンパート以外の部員と積極的に話す姿もあまり見ない。大人しいわけではないと思うが、無駄話をしない人だ。目が隠れそうなくらい前髪が長いのが特徴で、どことなく、陰のある雰囲気をしている。


「何、借りるの?」

「あ、三国志を。元子さんに薦められて」

「これ?」


 園未が指した棚には、三国志の本がある。


「そうです。十一巻」

 

 園未が本を棚から取り出し、手渡してくる。白く、滑らかな肌をしている。


「ありがとうございます」

「コウキ君」

「はい?」

「武夫のマル、どう思う?」

「武夫先輩のですか?」


 ミュージカルで、武夫は主役の一人である弟の野ネズミを演じている。兄の野ネズミが奏馬だ。

 質問の意図が分からず、束の間返答に困った。園未は、黙ってこちらを向いている。


「……合ってると思いますよ」


 にこりと、園未が微笑んだ。


「だよね」

「何でですか?」

「武夫は、自分が向いてないと思ってる」

「ああ」


 武夫の性格なら、そうだろう。あまり人前に出るのが得意な性格でもないはずだ。


「私、うまく、アドバイス出来ない。どう言ったら、武夫が自信持てるのか、分からない」

「助言がしたいんですか?」

「ううん。武夫に、自信を持ってほしいだけ。私じゃなくても良い。何か……ない?」

「……そうですね……」


 口に手をあてて、考える。

 武夫がマルに合っていると思ったのは、本心だ。適任だろう。例えば、他のミュージカルメンバーなら、智美や幸は意外とマルに合うかもしれない。だが、マルはオスのネズミだ。できれば、男子が演じた方が良いだろう。そうなると、修は小鳥の老人役だし、久也と陸はマルには向いていない気がするから、ミュージカルメンバーの男子でマルになれそうなのは、武夫ということになる。

 

「武夫先輩は、まんまマルだと思いますけど」

「まんまる……?」

「いや、まんま、マル、です。臆病で家の外から出られないマル。自分に自信が無くて上手く演じられない武夫先輩。似てますよね。でも、マルは勇気を出して外に出る。そして、外にはもっと大きな世界が広がっていて、自分はそこにいても良いんだ、って気づく。武夫先輩も、勇気を出して演じてみたら、きっと見えなかった世界とミュージカルの良さが分かって、武夫先輩が演じるマルで良いんだって思えると思います」

「……そうかな」

「多分、ね。武夫先輩自身が、役をどう思ってるのか、もっと聞いてみると良いかもしれないですね」

「……伝えてみる。ありがとう、コウキ君」

「いえ、役だったかどうか」

「立ったよ」


 園未と武夫は、昔から仲が良いという。それだけに、武夫が心配なのだろう。以前から二人の間には、強い信頼関係があるように感じていた。

 武夫は、自信を持てばもっと伸びるはずだ。助言しようと思ったこともあるが、年下のコウキから何かを言われるのは好きではないかもと思い、実際にしたことはない。園未が武夫の助けになれば、状況は変わるかもしれない。

 話し込んでいるうちに、予鈴が鳴ってしまった。


「行きます」

「ばいばい」

 

 カウンターで三国志を借りて、足早に図書室を出た。

 園未が出てくる様子は、無かった。 

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