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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
166/444

九ノ八 「元子のおしごと」

 せっかくの土曜日で部活動が一日練習だというのに、欠席をした。定期演奏会が近いから、あまり休みたくはなかったけれど、部の皆には、家の仕事の手伝いだと正直に伝えてある。

 どんな、とまでは聞かれていないから、問題はない。


 最近は、父親から頼まれごとをされる回数が減っていた。久しぶりで、わざわざ土曜日に部活動を休ませてまでの手伝いなら、何か大きな仕事なのかもしれない。


 ミケを膝に抱えて撫でながら、店のカウンターで読書をしていた。もうすぐ、父親が来るだろう。今は、誰かと連絡を取っているらしく、奥につながる扉の向こうから、父親の声が聞こえている。


 店の品ぞろえは、また客が来たのか、少し変わっていた。前まで天井につるされていた、透明感のある織物のようなモノが、無くなっている。買い手が現れたのだろう。

 どの品物に、どういう効果があるのかまでは、元子は聞いていない。そういうのは、もう少し学んでからだと父親に言われている。


 やはり、父親は元子に継がせる気でいるらしい。自分でもこの店を継ぎたいと思っていたから良いのだけれど、父親のように人の心が読める力は無いし、ミケとも会話を出来ない元子に、この店の主が務まるのかについては、若干の不安がある。

 それについて父親は、必要に応じて変化が生まれる、と言うだけだった。父親が言うならそうなのだろう、と今は思うしかない。


「待たせたな」


 扉を開けて、父親が出てきた。


「連絡がついた。今から私は別の仕事で出る。元子には、この地図の家に住む双子に会いに行ってもらいたい」

「双子……普通の人? ギャップの人?」

「後者だ」

「私で良いの?」

「ああ、お前にも会わせておいた方が良いだろうからな。今年、花田高を受験するらしい」

「へえ? 一個下ってことか」

「そうだ」

「男の子? 女の子?」

「女の子の双子だ。時折、互いの心が読める力がある」

「時折……なら、そんなに強くはないんだ」

「まあ、そうだな。父親が知り合いでな。たまに様子を見るよう頼まれている。まさかお前の通う花田高に来ることになるかもしれないとは思わなかったが……もしかしたら、例の引き寄せる力のある彼の影響かもしれないな」

「コウキ君の?」

「確証はないが」

「面倒そうだね。双子とコウキ君には、互いの正体は秘密で良い?」

「ああ。互いを認知しておく必要はない。もし知るとしても、それは彼らの問題だ。我々が関わる問題ではない」

「分かった」

「頼んだぞ」


 鞄を持ち、父親が店を出ようとした。


「待った待った。会って、何すれば良いの?」

「何も。顔合わせのようなものだ。彼女達も、自分達がズレたものであることは承知している。その力を、不快にも思っている。高校ではお前がいると分かれば、少しは安心するだろう。それを伝えるくらいだ」

「ふうん。分かった」

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 外に繋がる扉から、父親は足早に出て行った。


「じゃあ、私も行こうかな。ミケ、お留守番頼める?」


 膝に抱いていたミケが地面に降り、小さく鳴いた。

 











 父親に渡された地図の場所に向かった。

 双子の家は花田町内にあるらしく、一番近くの店と通じている出入口からは、自転車で十五分ほどの距離だった。

 どこにでもあるような、普通の一軒家だ。


 呼び鈴を鳴らすと、背の高い男が扉から出てきた。


「山口元子です。父の代理で来ました」

「ありがとう、待っていたよ。どうぞ、入って」


 双子の、父親だろう。案内されて、中へ入る。


「娘達の入ろうとしている高校に、山口さんの娘さんがいてよかった。安心できるよ」

「いるだけ、ですが」

「それでも、事情を知っている人がそばにいるのは、ありがたい」

「父とはどういうご関係ですか?」

「娘達の体質に悩んでいた時に、たまたま出会ったんだ。それで、時々相談に乗ってもらっている感じだね」

「そうですか」


 双子の父親の後に続いてリビングに入ると、ダイニングテーブルに双子が座っていた。


「こんにちは。山口元子です」


 頭を下げると、双子も立ち上がって、頭を下げてきた。


「こんにちは、木下七海です」

「睦美です」

「どっちが、お姉ちゃん?」

「私、です」


 睦美と名乗った方が、手を挙げた。

 四人で、ダイニングテーブルに着く。母親は、仕事で出ているらしい。


 二人を見比べる。ほとんど、瓜二つだ。

 睦美の方が、少し気弱そうな印象がある。目が合うと、すぐに逸らされた。七海は、緊張してはいるようでも、うっすらと笑顔を浮かべている。

 髪型は、睦美がサイドテールで七海がポニーテールだ。髪型と表情以外では、パッと見ただけでは違いが分からない。


「お互いの心が、読めると聞いているけど」

「たまにですけど、はい」

「どんな風に読めるの?」

「上手く言えないんですけど、急に頭の中に、自分の考えていることとは違うものが思い浮かぶんです。それが、睦美の考えていることみたいで。睦美の場合は、私の考えが」

「二人同時に、それは来るの?」


 七海が、首を横に振った。


「バラバラに来ます。同時に来たことは、今までないです」


 話すのも、七海ばかりだ。やはり、睦美は大人しい性格なのかもしれない。

 

「どれくらいの頻度で来る?」

「ごくたまにです。数ヶ月に一回とか、そういう」

「その力を、他の人に話したことはある?」

「ないです。秘密にしたほうが良い、って言われたから」


 元子の父親が言ったのだろう。

 ギャップは、普通の人間には知られないほうが良い。知られたからといって、罰のようなものがあるわけではないけれど、大抵は信じてもらえないし、信じてもらえたとしても、不気味がられたり、怖がられる。


 生物的には、全く同じ人間という種だ。けれど、特異な体質であるという点が、普通の人間とは違う。

 人は、異質な存在を嫌う。あえて、明かす必要は無い。

 

 それに、父親が言うには、ギャップに関しては世界的に秘密にする暗黙の決まりがあるのだという。

 今まで、特異体質の人間が世間に知られていないのは、こちら側のそうした決まりによって、秘密が守られているからだという。

 何度か、超能力者だとか超人だとかで、表に出ようとした人間はいる。そうした人間が時が経つと忘れ去られるのは、こちら側の働きかけによるものらしい。


 ギャップは、特異体質の人間だけではない。生物や物体、現象など、多岐にわたる。それらの存在が知れ渡れば、どういう目的で利用されるようになるか、分からない。だからこそ彼らは、互いに秘密を守りあっているのだろう。


「それで良いと思う。私も、二人のことは他人には話さないから」

「ありがとうございます」


 七海が言って、睦美が頭を下げた。


「花田高に合格したら、先輩後輩、だね。特に二人に接触するようなことはしないけど、まあ、何かあれば頼ってくれて良いよ。私に出来ることは限られるけど」

「はい! 良かったです、身近に事情を知ってくれてる人がいて」

 

 双子の父親も、同じことを言っていた。特異な体質を隠して生きるというのは、それなりに苦労もあるのだろう。

 コウキや、元子の父親もそうなのだろうか。


 父親の場合は、睦美と七海よりも強い力がある。周囲の人間の心を読めるのだから、流れ込んでくる情報量は各段に違うだろう。どうやってそれに対処しているのか、聞いたことは無いけれど、きっと苦労もしているはずだ。

 特異な体質は、本人を幸せにするとは限らない。


「元子先輩は、部活に入ってますか?」


 それまでほとんど黙っていた睦美が、遠慮がちに言った。


「ええ。吹奏楽部に」

「一緒だ!」


 七海が手を叩いた。


「私達も、吹奏楽部です!」

「あら、そうなんだ」

「何を吹いてますか?」

「バリトンサックスだよ」

「私達はクラリネットです! なぁんだ、良かった。だったら、いつもそばにいてもらえますね!」

「驚いたね。二人も吹奏楽部だなんて」


 見守る手間が、省ける。コウキ同様、そばにいる方が変化には気づきやすい。


「私達、コンクールの東海大会の演奏、聴いたんです。それで、花田高に行きたい、って思ったんです」


 睦美が、頬を紅潮させながら早口に言った。

 好きなものの話になると、少し、饒舌になるのかもしれない。


「元子先輩が吹奏楽部なんて、気がつかなくて、すみません」

「気にしてないよ、睦美ちゃん。客席から見て気づくわけないもの」

「花田の吹奏楽部って、練習厳しいですか?」


 身を乗り出し、七海が顔を寄せてくる。少し身体を逸らして、答えた。


「休みは、ほとんどないね。でも、怒鳴り声は滅多に上がらないよ。部員同士の仲も、悪くないから」


 吹奏楽部といえばギスギスとした人間関係で、顧問の怒鳴り声が飛ぶのが当たり前だと、元子も思っていた。

 花田高は、そういう部ではない。丘の指導の仕方によるものなのかもしれない。どちらが良い悪いと言うつもりはないけれど、元子は、花田高の吹奏楽部の雰囲気は好きだ。


 睦美と七海が、顔を見合わせて笑った。


「あーもう絶対合格したい! 楽しみだなあ、早く練習に参加したいですぅ」

「わ、私も」

「心強いね。うちは、来年、全国大会出場を目指してるから」

「夢みたいです、そんなの。私達、県大会にも行ったこと無いですから」

「私も、そうだったよ。花田に入って、一年目で東海大会だからね」

「練習について行くの、大変ですか?」

「そうだね。でも、上手い人が教えてくれるから。うちは、生徒同士での教え合いが基本だから、上手い人に聞けば、何でも教えてくれるよ」

「先輩じゃなくて?」

「先輩後輩っていう上下関係は、うちではあまり関係ない。そういうのはやめようって、決まったから」


 今の三年生が打ち出した方針だった。その方針が成立したのは、元子の見立てではコウキの影響が大きいとは思う。

 例え上級生がそういう方針を打ち出したとしても、下級生がそれを実行しなかったら、名目だけになる。コウキのように、本当に上下関係に縛られずに発言する人間がいるから、そういう空気が出来上がったのだ。


 そのほうが、元子の性格にも合っていた。敬意を持てない相手でも、先輩だからというだけで持ち上げるようなことは、したくない。吹奏楽部の、上下関係に厳しい所は、元子が嫌いな部分だった。


 改めて考えると、元子にとって、花田高吹奏楽部は、かなり居心地の良い場所だと言える。自分が、自分らしくいられる場所。やりたいことが、やりたいようにやれる場所。


「なんか、不思議。吹奏楽部なのに」

「本当。私も、そう思うよ。きっと、二人も気に入ると思う」


 睦美と七海が、元子にとって、最初の後輩ということになる。まだ少ししか話していないけれど、付き合いやすそうな双子だ。

 あまり後輩という存在が好きではないものの、この二人は、仕事でもあるし、気にかけてあげた方が良いだろう。


「元子さん。お昼ご飯を食べてないなら、うちで食べて行かないか? 妻が作り置きしてくれたものがあるんだ」

「あー、食べて行ってください! もっと部活の話、聞きたいです!」


 七海の言葉に、睦美が激しく頷く。

 

「では、お言葉に甘えて」


 双子の父親が満足そうに頷いて、立ち上がった。

 どうせ、今日は部には欠席すると伝えてある。店番も無いし、少しくらいは良いだろう。

 それに、ギャップの人間とじっくり接するのは、父親とコウキ以外では久しぶりだ。そちらの面でも、この二人には興味がある。


 心を読む力は、元子の父親と同質のものだ。けれど、双子同士でしか成立しないし、意図的に読むことも出来ないというのは、ギャップとしてはかなり力が弱い部類に入る。 


 力の強さは、どうやって決まっているのか。その力が、何らかの要因によって、成長する可能性はあるのか。

 父親は、昔から力の強さは変わっていないと言っていた。

 コウキの体質は、先天的なものではなく、後天的に発現したものだ。おそらくきっかけは、過去に戻る薬を飲んだからだろう。まだはっきりとは分からないけれど、話に聞いた限りでは、次第に力が強くなっている気はする。

 ギャップを引き寄せる体質が、年々強くなっていくのだとしたら、彼はこの先どう生きていくことになるのか。このまま強くなり続けるのか、それともどこかで成長は止まるのか。


 元子の父親のように、ギャップとして、こちら側で生きて行こうと決められる人間は、そう多くはないだろう。大抵の人は、たとえ特異な体質を持っていたとしても、普通の生活を望むはずだ。コウキはそうだろうし、睦美と七海もきっとそうだろう。


 ふと、元子は思った。

 睦美と七海は、双子として生まれた影響で、本来持っていた力が分散され、弱くなったのだろうか。もし一人だったとしたら、父親のように周囲の心まで読む力を得たのだろうか。

 分かりようは無いのだから、考えても仕方ないことではある。ただ、気にはなる。


 ギャップに関しては、謎が多い。こちら側に詳しい父親ですら、その存在理由については、はっきりとは知らないらしい。

 分からないことは、知りたくなる。元子の性分だ。

 

 それに、ギャップに関する謎が少しでも解明されたら、それだけ、睦美や七海のような子が、過ごしやすい世の中になるかもしれない。

 帰ったら、父親と話してみよう、と元子は思った。

 

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