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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
163/444

九ノ五 「由紀と柚子」

「なあ、コウキ」

「ん?」


 放課で、次の授業の教科書を用意していた。クラスメイトの林が隣に座ってくる。


「俺も彼女欲しいわ」

「作れば?」

「作れば、で出来たら苦労しないって」


 林の視線は、ストーブの前にいる桃子と橋田に注がれている。あの二人は、文化祭で急速に仲が深まり、年明け前には交際を始めていた。

 もともと桃子は奏馬が好きだったが、橋田の熱心なアプローチに魅かれたらしい。


 コウキが見ていた感じでは、桃子の奏馬に対する想いは、純粋な好意というより、先輩への憧れという面が強かった気はする。

 奏馬には都と岬という強力なライバルがいるし、橋田は良い奴だ。真剣に想いを寄せられたら、橋田に気持ちが傾くのは自然なことだろう。


「好きな人はいないの?」

「好きな人……可愛い子ならだれでも」

「アホだろ」

「何でだよ。可愛い方が良いじゃん」

「馬鹿じゃないの、林」


 前に座っていた智美が、呆れたように言った。

 

「女子の前で平気でそういうこと言ってるから、彼女出来ないんだよ」

「二人して、アホだの馬鹿だの言うなよなぁ」

「うーん、でも智美の言う通りだと思うけど」

「何で!?」

「相手を、顔でしか判断しないってことじゃん」


 これくらいの年齢だと、そういう価値観を持ちやすいとは思う。コウキ自身も、かつてはそういう人間だった。だが、いかにそれが愚かか、今はよく分かる。


「性格とか人としてどうかとか、そういう所も大事じゃん」

「そういうもんかぁ。可愛くて胸がある方が良いんだけど」

「最っ低」


 鋭い視線を送られて、林が首をすくめている。


「そのくだらない理想をさっさと捨てな」


 吐き捨てて、智美は離れていった。


「ちぇ……キツイの」

「アドバイスくれただけ、智美は優しいだろ」


 普通なら、嫌悪されて終わりだ。


「あーあ、どうせお前は明日大量にチョコレート貰うんだろうなあ。羨ましいぜ」


 明日は、バレンタインデーだ。


「分かんないだろ、そんなの」

「いや、分かるね。コウキに告白してきた奴らは、絶対諦めてないだろうから、くれるだろ?」

「さあ」

「俺、チョコ貰ったことねえんだよなあ」

「橋田も無いって言ってたぞ」

「あいつは前田から貰うだろ」

「まあな」

「俺も一度で良いから、何人もからチョコレート貰いたいわ」


 林の呟きに、良いものじゃないぞ、と言いかけてやめた。コウキが言うと、嫌味になる。

 この時間軸に来てから、チョコレートを多く貰うようになった。それは、普通なら嬉しいものだろう。

 かつてはコウキも、大量にチョコレートを貰う男は、さぞ気分が良いのだろう、と思っていた。実際は、違う。辛いだけだ。


 友情や義理で貰うチョコは、まだいい。

 本当の想いを込めたチョコレートを貰った場合は、同時に、その想いに応えなくてはならない。チョコレートそのものを拒否するのは、言葉を介さずに、相手の想いを拒絶することになる。相手は言葉で断る時よりも生々しい拒絶を受けるのだから、大きく傷つく。


 だから、チョコレートは一度は貰う。そこで想いを告げられたら、断るために話す。その時に、返して欲しいと言われたら、返す。まだ返せと言われたことは無いが、そういうつもりでいた。

 断ると、泣く子もいれば、諦めた笑い方をする子もいたり、様々だ。だが、共通するのは、深い悲しみを感じるということだった。


 当たり前だ。想いが通じないのに、良い気分であるわけがない。そうさせてしまっているのが自分なのだと思うと、やりきれない思いで満たされる。だから、バレンタインデーは憂鬱だ。 

  

 予鈴が鳴って、クラスメイトが席に着き始めた。


「次何だっけ?」


 戻ってきた智美が、聞いてきた。


「数学」

「ありがと」


 三学期になって席替えがあり、コウキの前の席は智美だった。智美とは縁があるのか、三回の席替えで、一度も離れなかった。二回目の時は教室の最前列になってしまったが、今回は、また窓際である。


 クラスメイトは全員仲が良く、誰と誰が近くなっても遠くなっても、大きな問題は起きなかった。一年間、共に過ごすクラスメイトぐらいは、互いに気持ちよく過ごせる関係であってほしいから、そういう関係性が出来るように動いた。


 コウキは、学校中の全ての人を、仲良くさせたいとまでは考えてはいない。誰にでも、合う人合わない人がいるからだ。ただ、せめてクラス内くらいは良い雰囲気にしていたかった。

 いじめや仲違いなど、無意味だ。互いに分かり合おうとすれば、合わない部分はあったとしても、尊重しあえる。


 智美がクラスにいてくれたことも、大きいだろう。コウキの考えに共感してくれていて、女子側にもそういう空気が生まれるように手伝ってくれた。

 今、一年四組の空気は、穏やかで落ち着いたものだ。


 このクラスも、あとひと月弱で終わる。毎年終業式が近づくと、何とも言えない気持ちが大きくなってくる。

 この中の何人と、また同じクラスになれるのか。今のクラスメイトの中には、他人と接するのが苦手な子もいる。その子達が別のクラスになった後、浮いたりせずに、楽しく学校生活を送ってくれるのか。その心配がある。


 気にかけていても、違うクラスになってしまえば目は行き届かなくなる。

 学校全体でいじめを無くすのは、一生徒であるコウキには困難だ。少しでも減って欲しいと思いながら、どうにも出来ない現実があり、この時期はその想いが強くなってやるせない気分になる。


 自分に出来るのは、一人でも多くの人と関わって、互いを尊重しあうという価値観を伝えることだけだ。その価値観を、他の子が良いと思うかどうかは分からない。ただ、伝えておくだけでも、ふとした時に、誰かの心の中で思い出されるかもしれない。

 そうやって、小さくてもやっていくしかない。


 教室の扉が開かれ、教師が入ってきた。


「起立」

 

 橋田の声で、全員が立ち上がった。礼をして、座る。

 教師の声を聞きながら、コウキは窓の外に目をやった。ストーブの熱を逃がさないよう閉め切られた窓の向こうには、冬の澄んだ空が広がっている。

 ふと、今年はまだ雪が降っていないことを思い出した。












 清水由紀は、以前まで吹奏楽が特別好きなわけではなかった。成り行きで続けているだけだった。

 別に、珍しくはないだろう。運動部は嫌いで、文化部で目立って活動しているのは吹奏楽部くらい、となれば、それなりの部活動に入りたい文化部系の子は、吹奏楽部を選ぶ。由紀も、その口だった。

 

 といっても、中学時代の吹奏楽部は、由紀が所属していた三年間で、一度も県大会には行かなかった。

 別に、強く行きたいとも思っていなかった分、悔しさや悲しさはあまり感じはしなかった。


 そもそも、本当はホルンが吹きたかったのだ。幼稚園の頃から仲の良い矢作柚子がホルンになったから、一緒に吹きたかった。なのに、チューバにさせられた。それも、今一つ熱中できない理由だった。


 中学一年生の頃の由紀は、少し太っていた。楽器決めで、顧問からお前はチューバが合っていると言われて、配属された。初心者の由紀とチューバの相性など、分かるわけがないだろう。由紀には、体型で相性を決められたと感じられて、屈辱だった。


 痩せて、ホルンにしてもらおうとした。一度決めた楽器は変えられない、と顧問は言った。

 チューバが好きなわけではなかったから、部を辞めようとしたけれど、柚子に止められた。ずるずると残るうちに、結局、花田中央中では、三年間吹奏楽部を続けた。


 花田高では、柚子と一緒に進学したのを機に、楽器を変えてもらおうと思った。けれど丘は、絶対にチューバを吹くべきだと言って、由紀にチューバを任せた。

 他に経験者がいなかったというのも、理由かもしれない。


 結局、またチューバだった。柚子がいたから、高校も辞めずに続けたようなものだ。練習は厳しく、気乗りはしなかったが、さぼるような芸当も出来ず、優良部員を演じていた。

 そんな調子だったから、他の部員のように、コンクールに向けて真剣にやっていたわけではない。

 

 本気で部に打ち込むようになったのは、東海大会の前くらいからだった。

 入部してから、日が経つにつれて、部がどんどん一つにまとまっていった。同時に、音も変わっていった。自分の音がバンドの中に溶け込んで、気持ち良かった。

 音楽が楽しい、と思うようになった。それで、真剣になっていた。


 けれど、のめりこむのが遅かった。東海大会で代表に選ばれなかった時、初めてコンクールの結果に泣いた。もっと早く打ち込むようになっていたら。チューバを嫌々吹かずに真面目に吹いていたら。後悔が、胸に押し寄せてきた。

 最後のコンクールとなってしまった太に、申し訳ないとも思った。


 それからは、リーダー達が言うように、来年の全国大会出場を目標にしてきた。本気で、この部の一員として、動きたいと思った。

 自分が、そんな気持ちになる日がくるとは、思いもよらなかった。ただ、今はチューバをもっと上手く吹きたいと思っている。迷惑をかけないようになりたい、とも。


 四月からチューバは、由紀一人だ。太は卒業して、低音の核は由紀になる。つまり、責任ものしかかってくる。日に日に、その不安が大きくなっている。


 今までは、太がいた。隣で堂々と吹き鳴らす太に音を合わせ、練習は太についていけば、安心していられた。太がいなくなったら、チューバは由紀が一番上になる。


 コントラバスの勇一がいるから、低音パートのリーダーは彼に任せればいいだろう。けれど、チューバの後輩が入ってきたら、由紀が世話をしなくてはならない。

 そういうことは、中学生の時も、同級生に任せてきた。自分が、人にものを教えられる気がしない。

 低音の要になるのも、バンドの土台になるのも、自信がない。


「最近、ため息が多いね、由紀」

 

 向かいあって弁当を食べていた柚子が、首を傾げて言った。


「悩み?」


 まだ、他の人にこの悩みを打ち明けたことは無かった。


「チューバ、もうすぐ私一人になっちゃうのが、不安で」

「何が不安なの?」

「後輩の面倒を見れるかなあとか、私の音だけで支えられるかな、とか」


 弁当箱の中の唐揚げをつつきながら、言った。冷凍の唐揚げは好きじゃないと何度も言ったのに、母親は頻繁にこれを弁当に詰め込む。そのうちに、諦めた。


「由紀はちゃんと音が鳴ってるから、大丈夫だと思うけど」

「チューバが一人の経験は、今まで無いから」

「んー、でも一人の期間なんて後輩が入ってくるまでの数週間じゃない?」

「そうだけど、後輩が入ったら入ったで、今度はその子達を見なきゃいけないし。初心者が入ってきたら教えられる気がしないし」


 経験者が入ってきて、生意気な後輩だったらどうしよう、という不安もある。


「チューバって、男子も多いし」


 男子は、苦手だった。中学一年生までは、体型をよくからかわれた。痩せた後は無くなったけれど、男子への苦手意識は続いている。


「そしたら、コウキ君を頼れば?」

「コウキ君とは、あんまり話したことないし……」

「何で? 嫌いなの?」

「そうじゃないけど、男子だし……」

「コウキ君は、大丈夫じゃない?」

「……うーん」


 確かに、コウキは他の男子とは違うだろう。けれど、男子は男子に違いなくて、苦手なのは変わらない。

 

「コウキ君がダメなら、セクションリーダーの理絵先輩とかは?」

「あの人も怖いから、ちょっと無理」

「えー」


 箸を振って、柚子が顔をしかめた。柚子は、武夫や奏馬とも平気で話している。そんなに男子が苦手ではないのだろう。

 由紀が話せるのは、太だけだった。マスコットキャラクターのような安心感が、太にはある。勇一は、同じパートだから仕方なく話すだけだ。


「うーん。まー、すぐ慣れるんじゃない? まだどんな後輩が入ってくるか分かんないし、今悩んでも仕方ないよ」

「分かってる、けど」

「今は定期演奏会だよ! 頑張らなきゃ、曲も多いし、振り付けとかも覚えるの大変だし」

「うん」


 柚子は、由紀よりも明るい性格をしている。由紀の本当の悩みは分からないだろう。

 幼稚園の頃からの仲でも、二人の性格は違う。ずっと、柚子の明るさに由紀が隠れる、という形だった。

 どうしようもない時に柚子が助けてくれた経験は、一度や二度ではない。だから本当に頼れるのは柚子だけだという気持ちはあるけれど、こういう時、柚子の明るさが少し嫌味に感じる。


「落ちこんだ顔してると、音にでるよ!」

「……うん」


 無理やりに笑ったけれど、不細工な顔になっているかもしれない、と由紀は思った。

活動報告でもお知らせさせていただきましたが、五章五ノ十六までの修正作業のため、新話の更新頻度が遅くなっており、ご迷惑おかけします。

より面白い作品になるよう頑張りますので、ご理解いただけると嬉しいです。


せんこう

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素早い対応 作者のやる気の高さが毎度素晴らしい。 [一言] 確かに重複はしてたが、完全一致では無かったから どう突っ込もうと迷いながら読んでたが 私以外にもコアな読者が素早く反応してたみた…
[気になる点] >文化祭をきっかけにして、橋田と桃子は交際を始めた。橋田の熱烈なアプローチに、桃子が落ちたのだ。 >元々、桃子は奏馬を好きだった。だが、コウキが見ていた感じでは、純粋な好意というよりは…
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