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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
161/444

九ノ三 「風笛」

 受験勉強は、息が詰まる。元々勉強など大嫌いで、ずっとしていると、悶えたくなってくる性質だ。けれど親からは、花田高にすら受からなかったら中卒で働け、と脅されている。

 花田高にすらというのは、花田高の人に失礼だろうとは思ったものの、両親にそんなことを言えば、余計に怒らせるだけだ。

 はい、と頷いて、嫌々でも勉強するしかなかった。


 それでも、とうとう気が滅入って、一ツ橋ひなたは家を飛び出してきた。気分転換をしないと、病気になりそうだった。

 クラスメイト達は、一日何時間勉強しただとか、塾がどうのとか、別世界の住人のような話を毎日している。ひなたには、絶対出来ないことだ。勉強するくらいなら、お気に入りの少女漫画を読んだり、友達と遊んでいるほうが良い。

 

 自転車を、走らせていた。花田駅のそばには、ひなたのお気に入りの雑貨屋がある。小さいけれど、女の子向けのアクセサリーやインテリアの小物が所狭しと並んでいて、目移りするような洒落た店だ。

 田舎町の花田町には似つかわしくない店なのに、ひなたが小学三年生くらいの頃から、ずっと営業している。ひなたのように熱心なファンが多いのだろう。


 そこへ到着して、自転車を店の脇に止めた。外観は木の板壁に、煙突の突き出た高い三角の赤屋根で、ヨーロッパの小屋のような洒落た見た目をしている。

 中へ入ろうとしたところで、扉にチラシが貼ってあるのに気がついて、足を止めた。受験先の花田高の吹奏楽部がやる、定期演奏会のチラシらしい。

 

「ルパン三世やるんだ」

 

 テレビで放送されたのを観たことがある。確か、トランペットが格好いい曲だ。


「へ~……ミュージカル」


 音楽の授業で、サウンド・オブ・ミュージックというミュージカル映画を観た。話している最中に急に歌い、踊りだすのに、登場人物の誰もそれを気にしようとしない、不思議な映画だった。普通に話せよ、と突っ込んでしまったことを思い出す。


 吹奏楽部の演奏は、文化祭くらいでしか聴いたことがない。吹奏楽部がミュージカルをするのは、当たり前なのだろうか。偏見かもしれないけれど、文化部の吹奏楽部員が、機敏に踊ったり出来るとは思えない。


 ひなたは、中学三年間の部活動は新体操部だった。新体操部でも、音楽に合わせて演技をしていた。身体の動きの正確性、音に動きをはめるリズム感、演技内容の意味の理解。数分の演技の中に、求められることは山ほどあった。

 音楽に合わせて踊るのは、簡単そうに見えて、難しい。それを吹奏楽部がやるのか。


 何となくチラシが気になって、友達の佐藤絵里にメールを送った。絵里は、同じ花田北中で吹奏楽部だった。花田高の吹奏楽部について、少しは知っているかもしれない。

 すぐに、携帯が音を立てた。


『どしたの急に

 花田高はこの辺だと二番目に凄い学校だョ

 演奏めっちゃ上手いからっ』


 絵文字もびっしりで、絵里らしいメールだ。


『定期演奏会が三月二十五日にあるみたいなんだけど、絵里は行く?』

『その日は彼氏とデートだから行かないョ

 それに、どうせ入部するからわざわざ観な~い』


 もし絵里が行くのなら誘おうと思ったけれど、仕方がない。返事をしてから携帯を仕舞って、雑貨屋に入った。


「ひなたちゃん、いらっしゃ~い」


 店主が手を振ってくる。何度も通っているうちに、名前を覚えてもらえるようになっていた。


「こんにちは」

「お、うちで買ったヘアピンつけてくれてるじゃん」

「はい、気に入ったので」


 前に、ここで黄色の可愛らしいヘアピンを購入した。それで、前髪を横に流して留めている。気づいてもらいたくて、わざわざつけてきたのだった。


「ありがとね。ところで、入口のチラシ見てたけど、気になったの~?」

「あ、はい。花田高の吹奏楽部、演奏会やるんですね」

「そうそう。学生さんが来てね、うちもパンフレットに広告載せてもらうよ。その時チラシも貰ったから、せっかくならと思って貼ってみた」

「店長さん、観に行ったことありますか?」

「あるよーん。私、毎年観に行ってる」

「えっ、そうなんだ」

「面白いよ~。ひなたちゃんも興味あるの?」

「あ、何か、ミュージカルやるって書いてあったから……吹奏楽部の人が、踊れるのかなぁって」

 

 店員が笑った。


「ひなたちゃんの新体操みたいにガチに踊るわけじゃないし。でも、花田高のミュージカルは面白いよ。絵本チックな世界観で」

「へー……」

「興味あるなら、一緒に見に行く? 隣町だし、車出してあげるよ」

「えっ、いや、あの、とりあえず考えておきます」

「そう? 行きたくなったら言ってね」

「ありがとうございます」


 結局、その後は雑貨屋の中を見て回ったものの、定期演奏会のことが妙に頭に残っていて、集中出来なかった。何も買わず、店主に挨拶だけして、帰宅した。

 吹奏楽部に興味を持ったことなど、今まで一度もない。何故、こんなに気になるのか、自分でも不思議だった。


 帰宅してからも、絵里とメールは続けていた。くだらない話でも、絵里とならいくらでも続けられる。一度も同じクラスになったことはない。部活動も違った。性格も、真逆だろう。ひなたは男の子は得意ではないが、絵里は誰にでも笑顔を向けて、常に人がそばにいるし、彼氏が途切れたことが無い。

 似たところはあまりないのに、不思議と絵里とは仲が良かった。


 メールの途中で、花田高にはホームページがあるという話を絵里が教えてくれたため、父親のパソコンを使わせてもらった。


「変なサイトに行くなよ」

「はーい」

 

 キーボードで、一文字ずつ打ち込んでいく。パソコンはほとんど使う機会がない。かなり時間をかけて、ようやく文字を打ち終えた。マウスをクリックすると、サイトの一覧が表示される。一番上に、それらしいサイトがある。

 表示された花田高吹奏楽部のホームページは、丁寧に作りこまれていた。活動日誌のところに、写真つきで毎日の出来事などが細かく書かれている。


「何だ、吹奏楽に興味があるのか?」


 横で本を読んでいた父親が、画面をのぞき込んでくる。


「あ、うん。今日、定期演奏会のチラシ見かけたから、どんな部なのかなあって」

「お父さんも、高校の時は吹奏楽部だったぞ」

「えっ、そうなの!? 何吹いてたの?」

「フルートだ」


 フルートというと、あの横笛だろう。父親が吹いている姿を想像して、ひなたは笑った。


「何で笑う」

「何か、お父さんがあれ吹いてるの想像したら、面白くて」

「これでも上手かったんだぞ」

「へー、お父さんが? フルートを? ふーん」

「信じてないな」

「そんなことないよ」

 

 まだおかしくて、くすくすと笑いが漏れてしまう。


「あ、お母さんは?」

「母さんも吹奏楽部だ。オーボエだった。同じ高校の吹奏楽部だったんだ」

「えーっ!? そうなんだ!」


 父親も母親も吹奏楽部だったとは、初めて知った。それなら、もしかしたら自分にも楽器の才能はあるかもしれない、とひなたは思った。

 第一志望の花田高には新体操部が無いから、合格したら新体操は続けられない。

 何か、新しいことを始めようとは思っていた。吹奏楽部には絵里がいる。どうせ始めるのなら、友達がいた方が良い気はする。


 ホームページを見ていくと、動画投稿サイトへ投稿していると書かれていた。


「お父さーん、この動画サイトって、どうやって行くの?」

「ん」


 父親がマウスを取って、操作する。さすがに慣れた手つきだ。マウスの動きが速すぎて、カーソルを目で追えない。

 すぐに、父親が花田高の吹奏楽部の動画を画面に表示してくれた。


「ミニコンサートの映像らしいな」

「へー、ありがと」


 拡大された画面に、目を凝らす。指揮者の男が、カメラ側を向いて、頭を下げた。顧問だろうか。拍手の割れた音が鳴って、男が手をあげる。カメラに収まり切っていないため、男の向こうに生徒が何人いるのかは分からない。

 男の手が振り下ろされた瞬間、スピーカーから、音が飛び出してきた。聴いたことのある軽快な曲だ。


「この曲、何だっけ」

「『イン・ザ・ムード』だな」

「映画で聴いたかも」


 女子高生だか中学生が、ジャズをやる映画だった。


「上手いな、この吹奏楽部」

「そうなの?」

「ああ。ちゃんとジャズになってるよ」


 ひなたより、父親のほうが聞き入っている。でも、確かに楽しそうだ、とひなたは思った。ジャズがどんなものかは知らないけれど、授業で聴くクラシックの曲より、聞いていて楽しい。

 金色の金管楽器を持った男の人と女の人が、前に出てくる。二人で、交互に演奏している。


「この楽器何ていう名前だっけ?」

「サックスという木管楽器だ」

「え、これ木で出来てるの?」

「いや、金属だよ。だけど、分類は木管だ。フルートも金属だけど木管楽器だ」

「何で?」

「いや、それは、分からん。自分で調べなさい」

「ちぇっ」


 『イン・ザ・ムード』が終わって、今度は別の楽器を持った女の人が前に出てきた。


「この楽器は?」

「これがオーボエ。お母さんが吹いてたやつだ」

「へー」


 黒くて細くて真っすぐで、綺麗な楽器だ。とても繊細で儚そうな見た目をしている。

 女の人が、指揮者と目を合わせて、構えた。鳴らされた音に、ひなたはうっとりとした。


「綺麗……」


 何と表現して良いのか、分からない。ただ、美しい、と思った。オーボエが主役の曲らしい。ずっと女の人が前に出ていて、メロディを吹き続けている。


 不意に、空の情景が思い浮かんだ。オーボエの音色が、ひなたを空へと連れて行く。まるで、ふわりと浮かびあがって、空を流れるような。雲を追い越して、どこまでも飛んでいくような感覚。

 音楽が、これ程までに強烈なイメージを感じさせるのは、初めてだった。

 静かに、オーボエの音色が、消えていった。


「凄い綺麗だったね、お父さん」


 口に手を当てていた父親が、大きく頷く。


「ああ……ちょっと驚いたな。こんなに上手いオーボエを聴いたのは初めてだ」

「お母さんより?」

「うーん、お母さんには内緒だぞ。かなり、この子のほうが上だ」


 そんなにか。


「この曲、凄い良かった。何て曲だろう」

「『風笛』っていう、昔流行ったドラマのテーマソングだな」


 覚えておこう、とひなたは思った。

 動画は、ここまでだった。


「オーボエの音、私好きかも」

「良い音だったな」


 母親も吹いていた楽器。見た目通り、繊細で、心をぎゅっと掴むような音。サックスやトランペットよりも、オーボエの方が、好きな音だ。

 悲しげであったり、華やかであったり、あの女の人の出す音は、多彩な色をしていた。


「定期演奏会、観に行こうかなぁ」

「いいんじゃないか。でも、その前に勉強だぞ」

「……分かってるよぉ……」

 

 父親は、一言余計だ。

 せっかくうっとりとした気分だったのに。呟いて、ひなたは立ち上がった。


「部屋に戻る」

「ん」


 オーボエ。『風笛』。定期演奏会。三月二十五日。

 覚えておこう。あの人も、定期演奏会には出るのだろうか。もう一度、あの曲を吹いてくれないだろうか。

 

 雑貨屋の店主に頼んで、連れて行ってもらうのが良いだろう。また、挨拶に行こう、とひなたは思った。 

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