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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
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九ノ二 「未来のように」

 高校生の部活動は、こんなにも大きな動きをするのか。定期演奏会に向けての作業が始まって、夕が抱いた感想は、それだった。


 これまでの月一回のミニコンサートとは、規模が違う。開催のための資金集めまで自分達でしたし、十曲以上に及ぶ選曲から大道具や幕の制作、卒部生も来てのミュージカルの演技指導、全部員に割り振られた仕事等、一つの演奏会を作り上げるために、複雑な動きが為されている。

 これだけの規模の演奏会を、部員が主体となって作り上げるということが、夕には信じられなかった。


 参考にと、全部員で過去の定期演奏会のDVDも観た。二時間に及ぶ長大な演奏会。見事な演奏や劇。

 あの先輩達と同じことを、自分達も為すのか。為せるのか。

 

 どう、動いていいかも分からない。ただ言われるがまま、指示された作業をこなすだけで、夕には精いっぱいだった。全体像の把握など、無理だ。

 晴子が、この複雑な準備の一切を取り仕切っているのかと思うと、同じ高校生とは思えない。


「三年生って、凄いんですね」


 思わず、呟いていた。くすりと、未来の笑いが返ってくる。


「なあに、急に」

「だって私、こうやって未来先輩に言われた作業をするだけでいっぱいいっぱいですもん。お金の管理とか、スケジュールの管理とか、出来る気がしないです」

「そう思ってても、一回二回と経験するうちに、出来るようになるんだよ」

「未来先輩も?」

「勿論。私も一年の時は何にも分かんなかった」


 定期演奏会の作業は、練習時間を削るわけにはいかないから、活動時間の後に行われる。今も、未来と共に、衣装の補修をしていた。

 他の衣装班のひまり、ホルンの同期の矢作柚子、チューバの同期の清水由紀の三人は、ようやくデザインし終えたばかりの、ミュージカルの新しい衣装に合う材料の買い出しに出ている。前回の衣装で使いまわせないものがいくつかあり、新調する為だった。

 

「先輩が後輩に教えて、後輩が次の後輩に教えて。そうやって、定期演奏会は続けられてきたの」

「なんだか、凄いことを経験してる気がします」

「そうだね。普通、経験出来ないもんね」

「他の学校も、こうなんですか?」

「多少の差はあっても、きっとそうだと思うよ。安川高校だと、二日続けて昼と夜の四公演するらしいし、うちよりもっと大変だと思う」

「四公演」

 

 そんなの、無理だ、と夕は思った。

 昼の一公演で、これだけ大掛かりなのだ。四公演など、想像もつかない。


「まあ、花田はまず、お客さんを満員にするほうが先だね。安川は、全公演満席が当たり前だから」

「うちの定期演奏会は、満員にならないんですか?」


 未来が、困ったような笑みを浮かべた。


「去年も一昨年も、千五百人入るホールが、千人くらいだったかな。それでも多いんだけど、やっぱり、満員にしたいよね」


 音楽の祭典で使ったホールで、あの時がほぼ満席だった。あれだけの客が、花田高の演奏だけを聴くためにやって来る。そう考えると、満席にするのがいかに難しいかが、何となく理解できる。

 音楽の祭典は、安川高校や海原中などの強豪校も集まるイベントだった。花田高も強豪校の一つだとは思うけれど、吹奏楽コンクールで全国大会へは行っていない。


「ホームページと動画の効果は、あるんですかね?」

「どうだろう。あると、良いよね。都が頑張ってくれてるし」

「毎日、更新されてますね」


 夕も、自宅で部のホームページと動画投稿サイトを見てみた。副部長三人が、ホームページ上に毎日活動日誌を上げている。それも、一記事書くだけでも二、三十分はかかりそうな量だ。

 活動中にカメラで撮影した写真もアップされていたりして、観ていて面白い。動画も、わずかながら再生数が伸びていた。


「受験勉強の時間を削ってでも、都は作業してくれてるの。だから、効果あって欲しいな」


 それは、未来も同じだった。三年生は授業が無いのに、日中も学校に来て作業をしてくれている。都も未来も、進学希望だから受験勉強もあるのに、だ。特に、未来は難関の大学を受けるのだという。

 少しでも、未来の負担を軽くしてあげたい。


「なんでも、言ってください、未来先輩。私、動きますから!」

「ふふ、ありがと、夕ちゃん」


 未来の笑顔が、夕には嬉しかった。晴子も、好きだ。梨奈も、好きだ。けれど、未来が一番好きだ。夕にとって、憧れの存在だ。奏者としても、リーダーとしても、人としても、未来は眩しい。

 最初の頃は、苦手意識も少しあった。それが無くなって、未来を仰ぎ見るようになった。自分が三年生になった時、未来のようになれるだろうか。後輩から、自分もああなりたい、と思ってもらえる人間に。

 

「夕ちゃんが、リーダーになってくれて良かった」


 未来が言った。


「部のために頑張ってくれて、嬉しいよ」

 

 違う、未来のためだ。言おうと思ったけれど、気恥ずかしくて、言えなかった。


「梨奈ちゃんも、夕ちゃんも、きっと良い木管セクションリーダーになる」

「未来先輩みたいに、なれますか?」

「私? 私より、もっと凄くなれるよ」


 そうだろうか。そうで、ありたい。

 未来に、凄いと褒めてもらえる人間に、なりたい。


 未来は、話しながらも指を動かし続けている。自分の手が止まっていることに気がついて、頭を振り、夕は裁縫を再開した。








 












 受験と卒業について、考えたくなかった。高校生活が終わるという事実が、都には耐えがたいことだった。逃げるように、広報班の仕事に打ち込んだ。


 去年までは、ポスターやチラシの作成と印刷、配布程度しか仕事がなく、広報班としての活動よりも、舞台班や美術班の手伝いの方が大きかった。 

 今年はホームページの管理と動画投稿が始まったことで、広報班の仕事は劇的に変わっている。ホームページ上での活動日誌の更新は勿論、カメラで活動風景を撮影したり、動画の撮影をしたり、仕事は山ほどある。


 元吹奏楽部員の井口真が、パソコンの使い方を全て教えてくれた。ようやく、少しずつ慣れ始めているところだった。それでも、まだ訳が分からない状態になる時もあり、一時間も二時間もパソコンと格闘することも度々である。


 けれど、仕事をしていると、受験も卒業も忘れられる。だから、嫌だと思ったことはない。


「都先輩、撮ってきました」


 理絵が部室に入ってきて、カメラを机に置いた。部費で購入したデジタルカメラだ。


「お疲れ様」

「先輩も。お茶、飲みますか?」

「貰おうかな」

 

 部室には、電気ポットが置いてある。三年生の誰かが持ってきた茶葉があり、部員は、いつのまにかそれを好き勝手に飲むようになっていた。

 

 急須で淹れた茶を、理絵が差し出してくる。湯気が立つそれを、すすった。日中は部室のストーブを使っているが、活動時間中はつけていない。だから、部室は少し寒く、温かい茶がありがたかった。


 最初は、ホームページも動画投稿サイトも不要だと思っていた。全国の吹奏楽部は、自分達のホームページを持っていることも多い。そこには掲示板が設置されていて、定期演奏会の時期になると、他校の吹奏楽部が開催の報せを投稿しにくる。けれど、掲示板は普段からほとんど使われていないから、古い定期演奏会の報せで埋まっていたりする。


 誰も見ていない場所に投稿をするのが、広報班の仕事とは思えなかった。ホームページを持ったところで、花田高もそういう無意味な場を作るだけだろう、とも思った。けれど、ホームページの目的はそうではなく、花田高の活動をもっと公に知らせるためのものだった。


 日々の出来事を記す活動日誌は勿論、年間のイベントの告知ページや、他校との合同練習や演奏会の依頼を受け付ける問い合わせフォームなどが用意されている。


 定期演奏会に客が行こうと思うかどうかは、吹奏楽コンクールなどの大会での成績が大きい。優れた実績を残している学校であれば、何もしなくてもある程度の集客が見込める。全国大会出場校という価値が、客を呼ぶのだ。


 そういう実績が無い場合は、あの手この手で客を呼び込まなくてはならないが、街に掲示するポスターなどで集まる客の数は、たかが知れている。客からすると、ポスターからでは、満足できる演奏会なのかどうかが、はっきりしないからだ。


 部活動は、学校という閉じられた空間で行われている。故に、外部からはその実態が見えにくい。強烈に行きたいと思える何かがなければ、足を運ぼうとは思わない。


 花田高吹奏楽部は、地域ではそれなりの実力がある。だから、それなりの広報でも、毎年演奏会には千人規模の客が来る。ただ、ホールが満席になったことはない。つまり、その程度、ということだ。


 もっと多くの人が、花田高の演奏を聴きたいと思うようにならなければ、これ以上の集客は望めない。そのためには、もっと部について知ってもらう必要がある。だからこそ、ホームページと動画投稿だった。

 

 どちらも、少しずつ閲覧数が伸びている。

 二つを始めるにあたって、丘も交えて部員で決めたことは、情報を多く発信するという点だった。観る人が、何を知りたいと思うかを考え、それについて、詳細に書く。


 例えば、中学生の閲覧者であれば、どういう部なのかとか、自分が入りたいと思える部なのか、を知りたいだろう。だから、普段の活動風景や部員同士の関わり方などを活動日誌で伝える。


 演奏会の情報が知りたい閲覧者であれば、各演奏会でどのような曲を吹くのか、何時間くらいの演奏会なのか、交通情報は、といった内容が知りたくなる。通常ならメインとなる数曲だけ記して、残りは来てのお楽しみ、とするのが普通だが、あえて演奏するほとんどの曲を掲載している。曲目当てで来る客も、少なからずいるからだ。

 

 また、東海大会金賞という実績を知り、指導の仕方や練習方法を知りたいと思う閲覧者もいるかもしれない。そういう人に向けての、丘の指導法や、取り入れてる練習方法の解説などを書く。


 直接、定期演奏会に関わる内容ばかりではない。けれど、そうして日々の情報を発信することが、結果的に定期演奏会の集客へと繋がるのではないか、という意見でまとまった。


「少しは休んでくださいよ、都先輩。副部長の仕事もあるし」

「そっちは、理絵ちゃんに任せるよ。もう、四月からは理絵ちゃんが副部長なんだから」

「だけど……都先輩、働きすぎですよ」

「最初が肝心だもん。日記とかってさ、少し手を抜くと、どんどん楽をするようになるじゃん。そうして、気づいたら無意味な短文の日記になってたりして。ホームページもそうなりそうな気がして……それじゃあ、何の意味もないから」

「受験勉強は、良いんですか?」

「それは、言わないで! 考えたくないよ~」


 理絵がくすりと笑った。


「人生に関わることですよ?」

「ずっと高校生が良い!」


 本気だった。大学生になど、なりたくない。大人にも、なりたくない。この生ぬるい時間を、ずっと味わっていたい。

 こどもにだけ許される、何か一つに集中していられる時。この時から、離れたくない。きっと、大学生になったら、それは出来なくなる。


「こどもみたい、都先輩」

「こどもじゃん、私達」

「まあ、それは」


 理絵が隣の椅子に腰を下ろす。パソコン画面をのぞき込んで来て、ため息をついた。


「どんどん充実していってますね。私、そこまで更新頑張れるかなあ」

「私は、今時間があるからやってるだけだから。理絵ちゃんは勇一君と協力して分担すれば良いし、別に副部長だけが管理するものでもないと思うから、パソコン作業が得意な子がいたら係を作っても良いと思うよ」

「それも、そうですね」

「大事なのは誰が管理するかじゃなくて、ちゃんと更新されるか、だから」

「部の皆のサイトですもんね」


 頷いた。今、都が更新に力を入れているのは、後々管理をするようになった子達が、見本に出来るようにという想いからだ。

 都もパソコン作業が得意だったわけではない。考えに考えて、こうしてみているだけだ。これが、本当に効果があるかは、まだ分からない。駄目だったら、変えれば良い。


「勇一から連絡ありました。ポスターの掲示、全部終わったそうです」

 

 携帯を見ていた理絵が言った。本来は携帯の使用は禁止になっているけれど、定期演奏会に関わる仕事の連絡に関しては、部室内でのみ許可されている。


 広告料を頂いた店や、人の出入りが多い店を中心に、ポスターの掲示を依頼していた。中々責任者に会えない店も何軒かあって、今日まで依頼できずにいた。勇一が、活動時間の後、その数軒に行ってくれたのだ。


「なら、広報の仕事は、ほとんど終わりだね」

「ホームページの管理だけ、ですか」


 動画は、そう頻繁に上げられるものではない。練習風景もいくつか投稿したものの、そればかり上げてもつまらないだろう。できれば、演奏会の様子の方が良い。

 

「舞台や美術でも、仕事は山ほどあるから」

「そうですね」


 パソコンの電源を落として、大きく伸びをした。理絵と話しながら作業をしているうちに、淹れてくれた茶は、ぬるくなっていた。

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