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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・冬編
159/444

九ノ一 「定期演奏会に向けて」

 年が明けたと思えば、もう二月になっている。

 花田高吹奏楽部の冬は、早い。アンサンブルコンテストやソロコンテストの練習と並行して、定期演奏会の準備と練習が始まるからだ。日々の練習に追われているうちに、あっという間に時間が過ぎていく。


 月に最低一回は行うと決めたミニコンサートは、一月までで一度休止に入った。二月と三月は、定期演奏会に全力を注ぐためである。花田高にとって、最も重要な演奏会だからこそ、集中して取り掛かる。


 全国の高校吹奏楽部の定期演奏会は、三月か、もしくは新年度の四月から六月の間に行われる事が多い。花田高は、三月の第四日曜日に必ず開催していて、毎年、その年の定期演奏会が終わるとほぼ同時に、翌年の会場を予約して確保する。

 今年で第二十三回だから、それを、もう二十二年繰り返してきた事になる。


 定期演奏会で、同じ事を、同じようにこなすのではなく、来てくれる人に楽しんでもらえるような工夫を凝らして開催する。言葉にすれば簡単でも、実際にそうするのは、困難が伴う。


 去年はこうだった。一昨年はこうだった。だから、こうする。

 そんな風に、過去のやり方を真似するだけでは、何年も続けて観に来てくれている人にとっては、変わり映えのしない演奏会に感じるようになる。

 それは、花田高吹奏楽部のファンを失う原因となる。


 晴子が率いる総括班の仕事は、過去の定期演奏会の焼き直しではなく、より良いものにするため、部員をまとめて演奏会の一切を取り仕切る事だ。

 必ず、部長三人が総括班を務める。前年の部長から晴子に総括班としての知識と経験が引き継がれた。それを、今度は摩耶と智美に伝えていく。


 部員同士で、積み重ねてきた歴史を受け継ぎ、未来の後輩達へ伝える。花田高吹奏楽部の定期演奏会は、そうして作られてきた。


「大道具の進捗はどう?」


 英語室で、修に声をかけた。


「ちょっと、遅れ気味かな。設計図にミスがあって、作り直してるものがある」

「間に合うよね?」

「ちゃんと遅れは取り戻す」


 修の後ろに、木材が積み上げられている。

 この時期、総合学習室と英語室は、定期演奏会で使う物の制作や保管のため、机と椅子を隅にどけて作業している。授業で使われない空き教室で、吹奏楽部に功績があるから許されている特例だ。


 二月になると、三年生は授業が無くなり、登校する必要が無くなる。だから、職員棟の四階から見える、向かいの三年生の教室に人影はない。

 しかし、吹奏楽部の三年生は変わらず登校してきて、一、二年生が授業を受けている間も定期演奏会の準備を進めていた。そうやって少しずつ進めないと、間に合わなくなる危険があるからだ。


 人数が多かった頃は、こんな事をしなくても余裕だったのだろう。今の部は、人数が少ない分、作業の進みも遅い。だから、こうして出てくる。ただ、それぞれ受験勉強や自動車学校などの予定がある子もいて、常に全員が揃っているわけではない。


 三年生にとっては、定期演奏会の成功と同時に、進路も重要なのだ。両立させるため、互いに協力し合って出来る事をする。

 晴子は就職希望で、すでに内定も決まっている。だから身軽で、進学組より多く動いていた。修、まこ、岬、瑠美も就職組で、内定しているため、ほとんどの日に登校してきている。


「修、まだ一人で大丈夫だよね?」

「大丈夫」


 修は、三年間、舞台班だ。大工仕事も、慣れた手つきで進めている。進捗だけ確認しておけば、任せて良いだろう。

 英語室を出て、部室に戻った。


 元々置かれていた教員用の机では都が、中央に置かれた長机では未来が作業をしている。新たに設置された長机と椅子のせいで、ただでさえ狭い部室が、さらに窮屈になる。ただ、外に出せない書類や情報を扱うためには、部室でやるしかないため、この時期は毎年こうだった。


 奥に進み、自分の使っている椅子に腰を下ろす。

 部屋の隅に、小さなストーブが一つ。それだけでも、小さい部屋のため、十分暖かい。


「結構、酷い、未来?」


 隣で裁縫をしている、未来の手元に目をやる。灰色とも茶色ともつかないような色合いの衣装を抱えて、糸を通している。


「うん。ずっと仕舞ったままだったから、ところどころ。でも、間に合うと思う」


 花田高の定期演奏会は三部制で、一部が吹奏楽ステージ、二部がミュージカルステージ、三部がポップスステージという構成を取っていて、それぞれ演奏する曲が違う。

 制作中の大道具や衣装は、二部のミュージカルで使用するものだ。


 今年披露するミュージカルは、数年前に、丘が友人の絵本作家に頼んで書いてもらった話を、別の友人の作曲家に頼んでミュージカル形式にしてもらったという作品である。

 初演がその時で、今回が二回目となる。当時使った衣装は、ずっと部室の棚で眠っていたために、中には傷んでいるものもいくつかあった。

 それを、衣装班が補修したり、作り直している。


「人数は、足りてる?」

「うん、けどミシンがもう一個あると助かる」

「そうだね。丘先生にも、相談してみる」


 ミシン追加、丘へ確認、と手持ちのノートに書き記す。

 今衣装班で使っているものは、部員が家から持ってきてくれたものだ。家庭科室のミシンを借りられたら、作業が捗る。

 衣装を膝に置いて、未来が伸びをした。脱力した拍子に、吐息が漏れる。


「お疲れ?」

「慣れないことするとね」


 ミシンを使えない作業は、手縫いになる。部員に裁縫が大得意という子は、一人もいなかった。それで未来は、慣れない手縫いを懸命にやっている。

 ミュージカルでは歌いながら踊るから、ほつれや破れがあると、そこから広がって、使い物にならなくなる危険がある。だから、傷みは丁寧に補修しなくてはならない。


 晴子は立ち上がって未来の後ろにまわり、その肩を軽く揉んだ。凝っているのか、随分硬い。ほぐすように揉むと、未来が気持ちよさそうに息を吐きだした。


「都は? 調子どう?」

「んー、うん」


 先ほどから、都がパソコンの画面にかじりついて、ずっと操作を続けているのが気になっていた。

 部室内に、マウスのクリック音やキーボードを打つ音が響いている。


「良くないの?」

「んー」

「どっち?」

「んー」


 未来と顔を見合わせる。無意識に反応しているのだろうか。背中を見せたまま、都は何も言わない。


 今年から、吹奏楽部のホームページを開設した。都は広報班として、ホームページの管理や、動画の編集をしているのだ。

 開設には、去年退部した、一年生の井口真が関わってくれた。機械に詳しい真が、都、理絵、勇一の副部長三人に、ホームページの作り方と管理の仕方を叩き込んだため、パソコン作業は三人が担当している。そのついでで、人数の要らない広報班も任せた。


 定期演奏会の班には様々なものがあるが、中でも修の率いる舞台班と、太と瑠美が率いる美術班が、一番人手が必要になる。必然的に、その他の班は人数が少なめになってしまうのだ。部員が増えれば解決する問題ではあるものの、現状ではどうしようもない。

 広報班の仕事は、実質、日中に都がほとんどこなしてくれている。受験勉強もあるのに、優先して進めてくれていることには、感謝しかない。


「また間違えた」


 都が呟いた。


「もう、何なのこれ」


 ぶつぶつと、独り言と唸り声が繰り返される。後ろから覗くと、動画の編集をしているところだった。


 ホームページの立ち上げと同時に、近年ネットで話題になりつつあるという動画投稿サイトへの投稿も、部として始めた。これは、コウキの案だった。


 ホームページだけでなく、ぱっと見て伝わりやすい動画でも宣伝をする。再生数が伸びれば、それだけ花田高への注目度も高まり、定期演奏会の客数の増加につながるはずだ、という。


 手始めに、十二月と一月に開催したミニコンサートを動画に撮影して、投稿した。都達の話によると、ホームページも動画も、少しずつだが閲覧数が伸びているらしい。

 晴子はパソコンに関しては全く無知だ。動画投稿サイトも、この話をされて初めて存在を知ったくらいで、見ようと思いながら、まだ見れていない。


 また、都が唸った。定期演奏会の集客に関しては、広報班の仕事が重要になる。集中している今は、声をかけないほうが良いだろう。

 

 都の作業音とストーブの稼働音だけが、狭い部室に満ちている。

 授業があった頃は、この時間は勉学に励んでいた。それが今は、同じ学校にいながら別のことをしている。まるで、学校のある日に休んで家で過ごしている時のような、浮ついた感覚だ。


 だから気楽、というわけでもない。総括班の仕事は、山のようにある。一昨年も去年も総括班として動いたけれど、一昨年はほとんど見ているだけで、たまに振られる仕事をこなす、というくらいだった。去年は、先輩につきっきりで、仕事の全てを叩き込まれた。


 今年は、晴子が一番上の責任者である。進捗の管理を間違えば、定期演奏会に間に合わなくなる。それを埋め合わせようと作業に時間を使えば、練習に影響してくる。だから、計画的に進んでいるか、見落としをしないように気を張っている必要があるし、同時に、来年摩耶が一人立ちできるよう、適度に仕事をさせる必要もある。

 想像以上に、重い仕事だ。

 

 ため息をついて、腕時計を見る。もうすぐ、チャイムが鳴ろうかという時間だった。


「そろそろ、お昼ご飯にする、未来?」


 未来が頷く。


「そだね」

「じゃあ、他の子呼んでくる」

「うん」


 二月になってから三年生は、その日登校してきている全員で集まって、昼食を食べている。食べながら、互いの仕事の情報を共有するのだ。話している中で、問題が見つかることもある。

 仕事を兼ねると同時に、三年生九人が集まる残り少ない期間を、少しでも一緒にいたいという想いから、晴子が提案したものだった。


 部室の扉に手をかけ、開けると、廊下の冷たい空気が流れ込んできて、晴子の身体を震わせた。

 今日は、まこと奏馬以外の七人だ、と晴子は思った。




 




 






 

 


 授業が終わると、すぐに桃子と智美と一緒に部室へ向かうのが、コウキにとって当たり前になっていた。

 一、二年生が授業を受けている間、三年生が部室や総合学習室で定期演奏会の仕事をしている。そのついでに、音楽室を合奏の状態へ整える準備も済ませてくれているおかげで、普段のように部活動前の作業が必要ない。だから、早く行って、練習が始まるまでの間、三年生の仕事を手伝うのだ。


 少しでも三年生の負担を減らしたくて、三人のうちの誰が言い始めた訳でもなく、そうするようになっていた。

 職員棟の四階に着くと、すぐにコウキは部室にいるまこの元に向かった。


「こんにちは、まこ先輩」

「ああ、ちょうどよかった、コウキ君」

「どうしました?」

「私もさっき車校から帰ってきたんだけど、これから広告料を貰いに行くの。一緒に来てくれる?」

「どこまでですか?」

「前話した建設会社」

「ああ、おっけーです」

「電話があったらしくて、この後なら社長さんがいるらしいから」

「分かりました」

「じゃあ、晴子、私とコウキ君、行ってくるから」


 中央に置かれた机で作業をしていた晴子が、頷いた。


「気を付けてね」

「行ってきます」

 

 まこと二人で学校を出て、自転車で建設会社へ向かう。まこの出した地図によると、建設会社の住所は、学校からはバス通りを駅と反対方向に走って、十分ほどはかかりそうな場所にある。

 一列になって、走った。


 これから貰いに行く広告料は、定期演奏会にかかる費用に充てられるものだ。開催にはそれなりの金が必要になり、部費だけでは到底足りない。そのため、毎年、プログラムに広告を掲載するという形で、地域の企業や店から広告料を貰っている。

 

 一軒一軒、部員で回って挨拶をし、趣旨を説明して、広告料を貰う。地道な作業だが、何十軒とそれをして、どうにか開催に必要な費用を手に入れる。

 オーナーや社長といった一番上の人に話をする必要があり、忙しい人だと中々会ってもらえない。向こうから連絡を貰えたら、何よりも優先して伺いに行くのが絶対だった。


 広告料を貰いに行くのは部員全員で行うもので、特定の係があるわけではないが、十二月に部員で一斉に営業に出た時、コウキとまこで組んで回った企業や店の広告取得率が高かった。それで、単発で発生した時には、二人で行くことが多くなった。

 前の時間軸で会社員時代、営業に出た時もあったため、それなりに心得があり、それが活きている。


「車校はどうでした?」

 

 前を走るまこに、声をかける。


「明日が卒検。一発で受かりたい」

「マニュアルで取ってるんでしたっけ」

「そう。難しすぎるよ、マニュアル。さすがにエンストはしなくなったけど」


 コウキも、以前はMTで取得した。運転していたのはAT車だったから、今MT車を運転しろと言われてすぐ出来るかは、怪しい。

 

「免許手に入れたら、車買うんですか?」

「親が、古いの譲ってくれるかもって言ってるから、それに期待かなあ」

「遠くまで行けるようになりますね」

「うん。ドライブ旅行、してみたかったんだよね」

「いつか、俺達後輩も乗せてくださいよ」

「ふふ、気が向いたらね」

「期待しておきます」

 

 バス通りを十分ほど走ったところで右に曲がって、路地に入ると目的の建設会社は見えた。二階建てのこじんまりとした建物だ。

 入口の脇に自転車を止め、二人で建物の中へ入る。すぐに、受付の女性が応対に出てきた。


「こんにちは。花田高等学校吹奏楽部の者です。ご連絡を頂いて、お伺いしました」

「おかけになってお待ちください」


 頭を下げて、ソファに腰を下ろす。

 この会社は、毎年一番額の高い広告を出してくれるため、一軒で最小サイズの広告六、七軒分になる。それだけに、部内でも重要視されていた。

 

 ほとんど待つこともなく、奥から体格の良い男が現れ、社長を名乗った。

 立ち上がって、二人で頭を下げる。


「お待たせしてすまんね。奥へどうぞ」


 案内されて、応接室で向かい合うように座る。


「今年もこの時期が来たんだね」

「いつも、お世話になっております。花田高等学校吹奏楽部の三木コウキです」

「杉浦まこです」 

「おう、おう。今年の子は丁寧だ」


 上機嫌な様子で、男が笑い声をあげた。

 少し世間話をした後、まこと二人で、広告についての趣旨を説明しはじめる。説明の間、男は口を挟まず、耳を傾けていた。

 

 一斉営業の時に、部で毎年使われる会話マニュアルは伝えられていた。ただ、コウキとまこはそれを使わず、自分達なりの言葉に変えて話すようにしていた。

 マニュアルで話せば、営業を腐るほど相手にしている人の心には響かない。生の言葉で高校生が伝えるからこそ、大人の心が動き、高い金を出してくれるのだ。

 毎年広告を出してくれるからといって、今年も出してくれるとは限らない。また出したい、と思ってもらえるような会話をしなくてはならない。

 

 実際、そうしたおかげで、他のペアよりもコウキとまこの広告取得率は高かった。

 社長は話を聞き終わると、ニ、三言交わし、広告料を手渡してきた。


「応援してるから、頑張って」

「ありがとうございます。よろしければ、こちらのチラシもご覧ください」


 マニュアルには無かった演奏会のチラシを手渡す。社長の顔がほころんだ。


「行けたら、行くから」

「ありがとうございます、お待ちしています!」


 広告料をまこが鞄に仕舞ったのを見届けて、二人で建設会社を後にした。来た道を、同じように走る。しばらくして、信号で止まった時、まこが嬉しそうに振り向いて笑った。


「貰えて良かった」

「ですね」

「コウキ君のおかげだよ」

「説明はほとんどまこ先輩がしたじゃないですか」

「それは、ある程度の会話の筋は、コウキ君が決めておいてくれたからだし」


 信号が青になり、再び一列になって走り出した。


「コウキ君、営業の才能あるのかもね」

「そうですか?」

「就職希望だっけ、進学?」

「まだ決めてないけど、多分就職です」

「なら、営業マンが良いんじゃない」


 まこが笑い声をあげた。

 この時間軸では、営業職に就くつもりは無い。営業は、神経を使うからもうやりたくはない。

 企業を訪ね、広告をすんなりその日のうちに貰えるのは、高校生と言う立場だからだ。こどもを応援しようという気持ちが、財布の紐を緩くする。会社の営業ではこうはいかない。時には罵倒を浴びることもある。


「考えてみますよ」

 

 答えると、まこが親指を立てて見せてきた。

 ふと、まこはどこに就職が決まったのだろう、とコウキは思った。まだ、聞いていない。前の時間軸では、自動車関係の工場に就職したはずだ。また、同じところを選んだのだろうか。

 聞いてみよう。

 まこの背中を見ながら、コウキは口を開いた。

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