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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
152/444

番外十一 「全国大会、出場」

 東中吹奏楽部は三年生が引退して、新体制となった。華が部長で、洋子が副部長。各パートリーダーには、全て二年生が就いた。今は、アンサンブルコンテストに向けての練習が中心となっている。

 次の演奏会が三月開催のスプリングコンサートまでないことと、新体制になったばかりの混乱とで、何となく練習がだれる時期でもあり、華は、それを危惧していた。


 しかし、洋子はその悩みを聞かされても、良い答えを返せずにいる。この時期に部がだれるというのは、去年、洋子も感じたことだった。

 新しいリーダーが決まったといっても、未経験の子ばかりである。二年生からすれば、何をどう動かしていけばいいのか分からないし、一年生は、二年生をどう頼れば良いのか分からない。これまでの自分の立ち位置からいきなり変わって、すぐに相応しい行動が取れる子は、そうはいないだろう。

 洋子も、副部長とパートリーダーの兼任は、想像以上に難しいものだった。


 副部長として部全体に目を向けるといっても、実際に何をすれば良いのかは分からない。一人一人の様子を観察して、悩んでいそうな子に声をかける、くらいのことしか出来ていない。引き受けたものの、やはり、自分は一奏者としているほうが相応しいのではないのか、と思ってしまう。


 部活動が終わって、寒空の下を、華と二人で歩いていた。今までは、クラリネットの三年生で、家の方向が同じ茜と三人で帰っていた。茜が引退して、華と二人で帰ることが増えた。


「今の時期にだれるのは、絶対に来年度からの活動に響いてくる」


 華が言った。


「今成長しないと、来年のコンクールだって、また去年と今年の繰り返しになっちゃう」

「他の学校は、だれたりしないのかな?」

「どうなんだろう。海原中とか、二年連続で吹奏楽コンクールの全国大会でしょ。どうやったら、そうなるんだろう」


 海原中の話は、合同バンドで一緒になった打楽器パートの子から聞いていた。海原中は吹奏楽コンクールが最後の本番で、そこで三年生が引退するのだという。今年は全国大会まで出場したから、十月の後半に新体制になったらしい。東中と、ほとんど変わらない時期だ。


「やっぱり目標、とかかな?」

「皆で団結する目標を立てる、ってこと?」

「そう。こないだの合同練習で行った安川高校にさ、掟ってあったでしょ」


 合同バンドの練習会場が、安川高校だった。講堂に、六つの掟という内容が記された横断幕が掲げられていた。安川高校の吹奏楽部は、あの掟を守って活動しているのだという。百人を超す大人数の安川高校だからこそ、というような内容が多く、あれが、安川高校の上手さの秘訣なのかもしれない、と洋子は思った。

 

「ああいうの、うちにもあったらどうかなって」

「花田高の部訓みたいなのとか?」

「そうそう。調和、だったよね」


 高校生ともなると、そういう目標や決まりごとが、自然と心に沁みつくのだろうか。


「うちって、そういえば部訓ないよね」

「え、いやいや、あるよ、洋子ちゃん知らないの?」

「え、え、そうだっけ?」

「一音入魂って、入部説明会の時に山田先生が言ってたよ」

「うそ……覚えてない……音楽室のどこにも飾られていないし、話に出なかったし」

「まあね……てか、全然入魂できてないよね、私達」

「……うん」


 部訓の話は、部員の間で話題に上がったことすらない。よく華は覚えていたものだ。

 

「そもそも、部訓って誰が考えたんだろう。山田先生?」

「さあ……今の部訓って、あってないようなものだし、必要、なのかな」

「役立ってないよね」

「もっと、実用的な目標のほうが良い気がするんだけど」

「っていうと?」

「全国大会出場! とか」


 思わず、洋子は笑っていた。


「まんまだね」

「それぐらいのほうが、分かりやすいじゃん!」


 華が両手を振った。サイズの大きすぎるウインドブレーカーから、ちらりと細い指が覗いている。冬になると、学校指定のウインドブレーカーを着る生徒が増える。洋子は、デザインがあまり好みではないため、着ようとは思わなかった。


「でも、私達に全国大会なんて。県大会すら進めないのに」

「なんて、って言ってたら、絶対進めない。進む意思があって、初めて進む可能性が生まれるんだよ」


 急に真顔になって、華が言った。コウキのようなことを言う、と洋子は思った。

 華は、コウキとメールも頻繁にやり取りしているらしいし、音楽の話になると、コウキのことを話題に上げる回数も多かった。影響を、強く受けているのかもしれない。


「今までの私達って、コンクールに挑む時も、どこまで目指すかって決めてなかったじゃん」

「確かに、そうだね」

「例えば、県大会出場が目標なら、そこを目指した練習方法になるし、全国大会出場なら、それよりもっと厳しい練習になると思う。ゴールが見えないから、どう進めば良いのかが分からないんじゃないかな」


 華の話には、一理ある気もする。明確な目標がある方が、頑張りやすいというのはあるだろう。


「山田先生にも、言ってみる?」

「そうだね。明日、話してみる。洋子ちゃんも来てくれる?」

「うん。私は、喋れないと思うけど……」

「一緒にいてくれるだけで良いから」


 そう言って、華が手を繋いでくる。微笑みかけられて、洋子も笑い返していた。

 翌日の朝一番に、音楽教諭室にいる山田を訪れた。


「どうした、部長と副部長が揃って」


 華が、昨日二人で話した内容を、山田に伝えた。


「……なるほどな。確かに、今までそういう目標は立ててこなかったな。部訓も、あえて掲げてはいなかった」

「今の私達には、必要だと思うんです。それも、皆で決めた目標が。一致する気持ちがあれば、もっと団結出来ると思います」

「なら、お前達が中心になって、ミーティングで話し合ってみなさい」

「良いんですか?」

「ああ。新しいリーダーになって、最初の仕事だな。今日の練習の後にするか。上手くやれよ」

「っ……はい!」


 二人で頭を下げて、音楽教諭室を出た。扉の前で、大きな声を出さないよう、喜び合った。

 東中吹奏楽部で生徒主体のミーティングが行われることは、滅多にない。基本的には山田が部の全てを仕切っているから、あえてミーティングを開くような機会が無いのだ。少なくとも、三年生がいた頃は、一度も開かれなかった。


「話す内容は、私が考えておく」

「分かった、華ちゃん」


 華に任せておけば、何も心配はいらない。どのみち、洋子は役に立たないだろう。前で話すなど、無理だ。







 練習の後、ミーティングを開始した。洋子は、華の隣に立っているだけだ。山田は、音楽室の隅に座って目を閉じている。

 音楽室に集められた部員達の中には、ミーティングをしている暇があるならアンサンブルの練習がしたい、とでも言いたげな表情の人も何人かいた。


「ちょっと確認したいんだけど、うちの部訓を覚えてる人、いますか? 手を挙げて」


 華が言うと、ぱらぱらと挙がった。十人程度だ。全体の四分の一位しか、覚えていなかったことになる。


「だよね……。今、私達って、どういう目標で、何を大切にして、吹奏楽をやってるんだろう」


 華が言った。部員は、ぴんと来ていないような表情をしている。


「部訓も知らないし、明確な目標も立ててなくて。毎日、何のために基礎練習をして、合奏をしてるんだろう、って、洋子ちゃんと話してて思ったの」

「上手くなるため、じゃないの?」


 一番前に座るクラリネットの同期のかなが言った。頷いて、華が答える。


「それは勿論ある。でも、じゃあ、何のために上手くなろうとしてるんだろう?」


 その問いには、誰も答えなかった。


「これは私個人の話だけど、私は、自分が奏でたい音楽があって、それが吹けるようになるのが楽しいから、トランペットを吹いてる。練習も、自分のしたいことがあって、それが現状出来てないから、出来るようになるためにしてる。だから上手くなると嬉しいし、もっと楽しくなる。でも、この部活には、そういうものが無い」


 何人かが、考え込むような仕草をした。

 前に立っていると、向かい合う部員達の様子がよく見える、と洋子は思った。今は華が話しているおかげで、洋子に視線が向けられていない。それで、あまり緊張もなく、部員を見ていられた。


「皆も、一人一人何かしらの目標はあると思う。でも、部全体で見たときにはそれがないから、何となく集まって、何となく吹いてるだけになってる。去年もこの時期って、演奏会もないしメインはアンサンブルだから、合奏がだらけてたと思うんだけど、皆も覚えてる?」

「言われてみれば、そうかも」

「そういえば、合奏するくらいならアンサンブルしたい~みたいな気持ちだったなあ」

「だよね。コンクールや文化祭があれば、とりあえずはそれにむかって曲を練習する、っていう小さな目標は生まれる。だから、練習する。でも、今みたいな時期は、そういうものが無くなって、練習の質が落ちる。一年間を通して大きな目標があったら、そうはならないと思うの」


 隣で聞いていて、洋子は思わず華に感心していた。華の話は、分かりやすい。言われている内容が、耳に入ってくる。朝に山田からミーティングの許可を貰って、半日でこれだけの内容を考えてきたということだ。

 人前で話す才能も、華にはあるのかもしれない。


「だから今日は、皆で一致する目標を立てたい。それを目指して、私達は今後一年間、活動していこう」


 部員がざわめきだした。しばらく、華はそれに任せていた。やがて、手を挙げて場を静めた。


「部訓を作るのも考えた。でも、今までだって部訓はあったけど、知らない子のほうが多かった。ただ掲げるだけじゃ、意味が無いと思う。もっと具体的で実用的な目標が、今の私達には合ってると思う」

「例えば?」


 部員の質問に、華が頷いた。


「全国大会、出場」


 また、部員がざわめいた。

 黙って隅に座っていた山田も、目を見開いて腰を浮かしかけたのを、洋子は見逃さなかった。


「私は、本気だよ。東中は、下手ってわけじゃない。ただ、目標が無いからそれに沿った練習が出来なくて、なあなあになってただけだと思う。進む方向が分かってれば、私達なら不可能じゃない」

「いくらなんでも全国は」

「せめて県大会とか」

「そうだよ。ここ数年、一度も県に行けてないんだよ」


 ひとしきり部員達の言葉が出尽くすのを待って、華はまた口を開いた。


「県大会を目標にして、もし行けたとして、じゃあ地区大会が終わったら、私達はもう東海大会は目指さないで県大会出場で満足するの?」


 部員が、はっとした顔を見せた。


「そこから改めて東海大会を目指しても、遅いと思う。目標は、もっと先を見据えないと、到達した時、私達は止まっちゃう。それに、東海大会を目指して初めて、県大会に出場できるかどうか、じゃない? この地区は、強豪校が多い。半端な目標じゃ、もっと上の目標を持ってる学校を超えられない」


 華の、言う通りだ。


「言ってることは分かるけど、全国なんて、想像がつかない」

「私も。どうすれば行けるの?」

「無理だよ、さすがに全国は。せめて東海とか」

「だからぁ、私達県大会ですら行けてないじゃん」

「無理って思ったら、その瞬間、無理になる」


 華の言葉に、口々に話し合っていた部員が黙った。


「出来る、やれる、行ける。そう思うようにして、初めて、そこへ進める可能性が生まれるの。可能性が生まれたら、無理じゃない。目指せば、私達ならやれるよ」


 一昨日、洋子に向かって華が放った言葉だった。


「確かに、どうやって県大会より上に行けば良いのか、今は分からない。でも、合同バンドがある。合同バンドには、安川高校や花田高校、海原中の人達もいる。その人達から吸収すれば良い。私達に行けなくて、あの人達に行ける理由を見つけて、それをクリアすれば良い。私達の前にはもう答えがあるんだよ。だから、大丈夫」


 華の言葉を受けて、部員の顔が少しずつ変わりだしているのを洋子は感じた。華の言葉には説得力があり、思わず聞き入ってしまう。ただ、まだ部員の中に、迷いを感じる。


「このメンバーで、全国大会を目指そう。私達なら、出来る。私が、皆を引っ張り上げる。だから、一緒に行こう」


 沈黙。互いの顔を窺うように、部員達が顔を見合わせている。華は、部員の言葉を待っている。


「……私は、賛成」


 音楽室の後方から、声が上がった。部員の視線が集まる。

 トランペットパートの二年生の、真紀だった。


「華が言うなら、私はついてくよ」

「真紀」

「最後のコンクールくらい、上の大会に行ってみたい。それに、今年は華がいるし、今の一、二年の技術力だって、悪くないと思う。私は、目指してみたい」


 真紀のその言葉が皮きりになって、次々と同意する部員が現れだした。流れが変わった、と洋子は思った。

 

「じゃあ……多数決を、取りたい。今後の私達の目標を、全国大会出場にする事に賛成の人は、手を挙げて」


 洋子は、迷うことなく手を挙げた。部員からも、手が挙がっていく。

 全員が、挙げていた。


「ありがとう、皆」


 華が、頭を下げた。顔を上げた時、華の顔は笑顔に満ちていた。


「約束する。私が、皆を連れて行く」


 華なら、本当にそうしてくれるような気が、洋子はした。同時に、問題が残っている、とも思った。

 山田がどう思っているのか。

 山田抜きにして、全国大会は不可能だ。隅で固まっている山田を、洋子はちらりと見た。その表情からは、内心をうかがい知ることは出来なかった。

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