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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
149/444

番外八 「もっと早く出会えてたら」

 洋子は一年生の頃から華と同じクラスだった。昼放課になると二人でベランダに出て、陽にあたりながら景色を眺めるのを日課にしていた。二年生になっても、それは続いている。

 華は空を眺めるのが好きだ。話しながらも、ぼんやりと空を眺めている。洋子はグラウンドを眺めたり、町並みを見渡したり、あちこちに視線を移す。


「今日のカレー、美味しかったねー、洋子ちゃん」

「うん、給食でカレーの日って、テンション上がるよね」

「分かるぅ。それといちごクレープがついてきたら、最高。誰か休まないかなって思っちゃうよ」

「華ちゃんが、休んだ人の分を貰うってこと?」

「そう! 休んだ人の分ってじゃんけんで貰う人決めるじゃん。小学生の頃って、ほとんど負けなくて、いつも私が貰ってたんだよねー」

「今は?」

「最近はー……負けることが増えた。なんでだろ?」

「そういえば、コウキ君はじゃんけん強かったなあ」


 昔から、じゃんけんであいこになると、洋子はほぼ確実にコウキに負けていた。何故そんなに強いのか、と聞いたら、こつがある、とコウキは言っていた。


「コツってなんだろ」

「秘密って言われた」

「まあ、全員がコツを知ってたらコツにならないもんね」

「ふふ、だね」


 他愛も無い話でも、華としていると楽しかった。一番の親友、というやつなのだろう。華がどう思っているかは分からないけれど、コウキと拓也以外でここまで親しくなれたのは、華が初めてだ。

 誰にでも気さくに接する華の性格のおかげ、というのもあるかもしれない。二年続けて同じクラスになれたのも、幸運だった。


「次の授業何だっけ、洋子ちゃん」

「英語だよ」

「英語かぁ、めんどくさいなぁ」

「私も、あんま好きじゃない。音読が苦手」

「洋子ちゃん、声に出すこと全般嫌いだよね」

「うん、あんまり、声に自信ないから」

「可愛い声してるのに」

「そんなことないよ」


 洋子は、小学四年生まではいじめられていた。背が低く、声も小さいし、思ったことを口に出来ないから、そうしたところを男子に馬鹿にされていたのだ。

 コウキが助けてくれてから、少しずつ変わることが出来て、いじめられることも無くなった。けれど、いじめられた記憶は無くなってはいない。いまだに、声に関しては、馬鹿にされるのではないか、という苦手意識がある。


「よしよし」


 不意に、華が頭を撫でてきた。


「ど、どうしたの?」

「撫でて欲しそうだったから。先輩の代わり」

「な、なんでここでコウキ君が出るのっ」

「事実でしょ?」


 洋子は、言い返せなかった。に、と華が笑いかけてくる。


「無理することないよ。誰にだって得意不得意はあるんだから。洋子ちゃんには、ドラムがあるじゃん」

「……うん」


 コウキと拓也が卒業した時、洋子は不安だった。洋子を守ってくれる人が、いなくなったからだ。

 去年の文化祭の後から、洋子に言い寄ってくる男子が急激に増えた。今でもそれは続いていて、相手をするのは、気が重く、時折ストレスで押し潰されそうになっていた。そういう時に、華が助けてくれたことが何度もある。

 今は華の存在と、コウキと智美が残してくれた司書室という秘密の場所があるおかげで、耐えていられる。もし一人だったら、洋子は学校に来られなくなっていたかもしれない。


 吹奏楽部は、好きだ。けれど学校自体は、辛いことの方が多い。コウキと拓也が居ない空間で、見知らぬ男子に言い寄られる恐怖が、洋子の心と身体を疲弊させる。


「おーい、洋子」


 窓から、クラスメイトの男子が顔を覗かせた。


「なんか、六組の大林が用事だってよ」


 どくん、と心臓が音を立てた。知らない名前の男子だ、と思った。ちらりと、窓から中を覗く。教室の出入り口に、背の高い男子が立っている。


「洋子ちゃん、大丈夫? ついていこうか」

 

 華が言った。無言で、頷く。

 近づくと、大林という男子が、首元に手をあてながら言った。


「あ、あのさ、急にごめん。ちょっと話したいから、あっち来て欲しいんだけど」


 嫌な音が、心臓から鳴り続けている。頷くことしか、洋子には出来なかった。


「私も行く」

「あ、ごめん、出来れば二人にしてほしい」

「なんで。心配だから行く」

「頼むよ」


 華が唸った。それから、そっと洋子に触れてくる。


「ひとりで……大丈夫、洋子ちゃん?」


 また、洋子は無言で頷くことしか出来なかった。本当は、ついて来てほしい。けれど、きっと華を連れて行くことは許してもらえない。

 華に見送られて、洋子は大林の後をついて歩いた。階段を下り、渡り廊下から中庭に出る。生徒棟の教室から死角になっている辺りで、大林は足を止めて振り向いた。


「あのさ、急に呼び出してごめんな」


 また、首元に手をあてている。癖、なのだろうか。


「あ、俺、大林。サッカー部で、キャプテンになった」

「そう、なんだ」

「よろしく」

「あ、はい」

「それで、あの、俺、洋子ちゃんのこと、前から気になってて」


 やはり、そうか、と洋子は思った。胸が、無性に痛くなってきた。喉も、苦しい。

 胸の辺りを、ぎゅっと掴む。それでも、まだ痛い。


「あの、良かったら、今度デートしてほしいんだけど」


 やめて。心の中で、洋子は叫んだ。しかしそれは、言葉にはならなかった。


「洋子ちゃん?」


 大林が、顔を覗き込んでくる。驚いて、洋子は一歩下がった。


「あ、ごめん、びっくりさせたな」


 もう、これで何人目だろう。知らない男子から、いきなり声をかけられる。好きだとか、気になる、と言われる。それに応えなくてはいけない。嫌だと言えば、悲しい顔をされる。中には、罵倒してくる男子もいた。

 断るのは、苦痛だ。けれど、言わなくては洋子が肯定したと思われる。だから、言うしかない。


「す、吹奏楽部が忙しいので、ごめんなさい」

「あ……そ、か。うん、わかった。あ、じゃあ、メアドの交換くらいはどう? 友達から、始めたいんだけど」


 頭が、どうにかなりそうだった。これ以上、この場にいることに、耐えられなかった。


「ご、ごめんなさいっ」


 気づいたときには、駆けていた。生徒棟に入り、階段を上がって、二階の図書室に飛び込んだ。司書の先生が、驚いた顔をしている。


「どうした」

 

 呼吸が荒くなって、声が出せずにいた。


「……司書室、使うかね」


 言われて、洋子は頷いていた。授業は、休もう。今、人の顔を見たくない、と思った。


「好きに使いなさい」


 言って、司書の先生は手元の本に視線を戻した。洋子の事情を知っていて、こういう時、余計な口出しをしないでいてくれる。去年の文化祭のバンド演奏を見て、ファンになった、と言ってくれた。今年の演奏も、期待してくれている。コウキと智美が口を利いてくれたおかげで、司書室を使いたい時に使わせてくれる。

 この先生のおかげで、洋子はどうにか学校で落ち着くことの出来る場所を確保できていた。

 ありがとうございます、と呟いて、洋子は司書室への扉を開けた。


















 

 合唱コンクールの練習が終わった後、華はピアノ担当の子と打ち合わせがあると言って、教室に残った。洋子は、先に音楽室へ向かい、打楽器のセッティングをしていた。他の部員はまだ来ておらず、一番乗りだ。

 大林という男子に呼び出された時の胸の苦しさは、司書室で休ませてもらったおかげで、大分和らいでいる。担任には帰りの会で、授業をさぼるなと怒られたが、普段の授業態度をよくしているおかげで、あまり酷く怒られはしなかった。


 マリンバやシロフォンをセットしていると、音楽室の扉が開いて、部長の隼人が入ってきた。


「お、洋子ちゃん、早いな」

「あ、はい。今日は、早く終わりました」

「お疲れ」

「お疲れ様です」


 鞄を棚に仕舞って、隼人がこちらを向いてくる。


「今日の昼放課さ、また男子に告白されてなかった?」

「あ……いえ、告白、ではなかったです。似たようなの、でしたけど」

「逃げ出してたな」

「う」


 隼人に見られていたのか、と洋子は思った。


「移動教室で、たまたま渡り廊下歩いてたら見えてさ。でも、ああいうのは全部、断ってるんだろ?」

「は、はい」

「やっぱ、好きな人がいるから?」

「え」

「いや、それしか洋子ちゃんが全部断ってる理由って、ないだろと思って」


 何と言って良いか分からず、束の間、洋子は黙ってしまった。


「もしかして、コウキ先輩?」


 言い当てられて慌てると、隼人が噴き出すように笑った。


「まあ、そうだよな」

「し、知ってたんですか?」

「洋子ちゃんに好きな人がいるとしたら、コウキ先輩しか考えられないだろ」


 別に隠していたつもりはないが、公言もしていなかった。

 ひとしきり笑って、隼人が窓の外に目を向けた。打楽器のセッティングの続きをして良いのか分からず、洋子はその場で立ったまま、隼人の様子を伺った。まだ、他のパートの椅子並べも全く進んでいない。

 

「……俺さあ、安川高校受験するつもりなんだよね」


 隼人が言った。


「えっ、そうなんですか。結構、学力高い学校ですね」

「うん。吹部に入りたくてさ」

 

 安川高校の吹奏楽部は、この地区でも上位の強豪校だ。今年は、吹奏楽コンクールで全国大会出場も果たしている。去年の部長の陽介や、仲が良かったチューバの萌も、安川高校に進学した。


「隼人先輩、頭良いですし、行けますよ」

「だと良いけど。それでさ、洋子ちゃんも、来年安川高校受けない?」

「えっ!?」

「洋子ちゃんの技術力なら、安川高校でも絶対にレギュラーになれる。正直言うと、ドラムだけじゃなく、スネアに関しても、うちでは洋子ちゃんが飛び抜けてる。その技術が、欲しい」


 こちらに向きなおり、まっすぐ、隼人が見つめてくる。隼人にこういう話を振られたのは、初めてだ、と洋子は思った。部長で、サックスパートということもあり、それほど話す機会が多くなかったというのもある。話す時は、華と一緒の時が多く、練習などに関する内容がほとんどだった。


「コウキ先輩はいないけどさ、俺や萌先輩がいる。不安はないはずだし、洋子ちゃんの学力なら、問題ないと思う」

「そ、そんな」

「本気だよ。一緒の高校に、来て欲しい。文化祭が終わったら引退だ。もう、洋子ちゃんと一緒に演奏できる時間はほとんどない。高校でも、洋子ちゃんと演奏したい」


 真剣な目で言われ、心臓が音を立てる。何か、言わなくてはならない。けれど、嘘は言えない、と洋子は思った。


「あ……ありがとうございます。でも、私、受験する高校、もう、決めてるんです」

「そうなの?」

「はい。花田高に、行くつもりです」


 受験先を、人に明かしたことは無かった。ただ、隼人は真剣に誘ってくれている。だから洋子も、ちゃんと答えよう、と思った。


「でも、花田は学力、この辺じゃ最低レベルだよ」

「勉強は、どこででも出来るので……それに、演奏したい吹奏楽部って考えた時に、花田高が浮かんだ、っていうのも、あって」

「……コウキ先輩も、いるから?」


 少しの沈黙の後、洋子は頷いた。

 まだ、他の部員は誰も来ない。こういう時に限って、皆遅い。静けさが、音楽室を覆っている。慣れた教室のはずなのに、今はやけに居心地が悪い。

 しばらくして、隼人が口を開いた。


「……でも、コウキ先輩、モテるよ。洋子ちゃんが進学するまでに、高校で彼女作っちゃうかもしれないだろ。コウキ先輩がいるから、で選んだら、後悔するかもしれないじゃん」

「それは、分かってます。でも、それでも良いんです」


 そんなことは、昔から、分かっていた。


「コウキ君は、私にとって、一番大切な人です。そのそばにいられるなら、それで良いんです」

「なんで……そんなにコウキ先輩が好きなの?」


 コウキは、いつも洋子を気にかけてくれていた。想いを告げてからも、洋子を突き放さず、大切に扱い続けてくれた。今も、会う時間は減ってしまっても、洋子を想ってくれていることが分かる。

 洋子にとって、コウキは誰よりも自分を大切にしてくれる人だった。


「……小学生の頃、いじめから守ってくれて、それからずっと私を大切にしてくれて、いつも、そばにいてくれたからです」

「……俺が」


 隼人が言った。


「もし、コウキ先輩よりもっと早く洋子ちゃんに出会えてたら、そうなれてたのかね」

「?」


 隼人が、また、窓の外に目を向けた。表情は、見えない。

 

「仕方ないな、それじゃ。まあ、コウキ先輩に勝てるとは思ってなかったけどさ」


 どういうこと、と聞こうとしたところで、音楽室の扉が開き、三年生の部員が入ってきた。


「まあ、今の話は無しってことで」


 軽い口調でそう言って、隼人は準備室へ入っていった。


「ん? 何の話? 洋子ちゃん」

「あ、何でも無いです」

「ふーん……? 隼人が洋子ちゃんに話しかけてるの、珍しいね」

「そう、ですね」


 棚に鞄を仕舞ってから、部員が大きな声を上げた。


「てか、全然セッティング進んでないじゃん!」

「あっ、はい。ごめんなさい、手が止まってました」

「ん、ささっとセッティングしよ! 部活開始遅れちゃう!」

「はい!」


 隼人の最後の言葉の意味が、気になった。けれど、部員に急かされるうちに、そのことに思考を巡らす暇を、洋子は失っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一途ですよね。早めに報われて欲しいな。後1年以上も待たせるのは洋子ちゃんが潰れそうというか心が折れそうな気がする。待たせてるのはコウキ君のエゴだし
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