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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
145/444

八ノ二十三 「目標に向かって」

「月音さぁ」

「んー?」

「最近コウキ君にべったりしすぎだよ?」

「何、嫉妬してるの、逸乃?」

「馬鹿。なわけないでしょ」


 月音が、総合学習室の窓から花田町の街並みを眺めている。本当に眺めているのか、ただぼんやりとしているだけなのかは、分からない。その横顔を見ながら、逸乃は言った。


「好きなのは良いけど、露骨にしすぎると、皆の反感買うよ」

「ふむ。それは嫌だなぁ」

「でしょ。ただでさえコウキ君を狙ってる子も多いし」

「万里ちゃんとか?」

「幸ちゃんもね」

「他には?」

「さあ……知ってるのはそれくらいだけど」

「うーん、他の子に取られたくないんだよね、コウキ君を」

「だからって」

「大丈夫。気を付けるよ、反感買わないように」


 顔だけこちらに向けて、月音が歯を見せた。土曜練習の昼休憩で、総合学習室に人の姿は少ない。小声で話していれば、周りに聞かれる心配はない。


「口だけじゃないと良いけど」

「心配してくれてるんだ?」

「そりゃあね。月音がそういう子だってのは分かってたし、他の二、三年生も分かってると思うけど……一年生は、戸惑ってると思うよ」

「ふむふむ。じゃあ一年生の心もつかまないとね」


 いたずらを思いついたこどものような笑顔だ。そんなことを言いながら、月音はすでに美喜や桃子といった金管の一年生の心をつかみ、大半の子から尊敬の眼差しを送られている。

 卓越した演奏技術で後輩を虜にしてしまう辺り、月音らしい。


「まあそれはそれとして、コウキ君の心はどうやってつかめば良いと思う、逸乃?」

「どういうこと?」

「コウキ君に好きになってもらうにはどうすれば良いかって話」

「わ、分かんないよ、そんなの。私恋愛に疎いし」

「どれだけアタックしても、躱されるんだよねえ」

「そりゃあ……コウキ君だし」


 あのコウキが、女の子からの好意を簡単に受けるとは思えない。智美や桃子の話によると、部外にも、コウキを好いている子は多いという。

 選り取り見取りの癖に、誰とも付き合おうとしない。よほど理想が高いのか、恋愛をする気がないのか、すでに好きな子がいるのか。いずれにしても、普通の男の子と同じようにはいかないだろう。


「なんでも良いけど、万里ちゃんや幸ちゃんと仲違いしないようにしてよ? 恋愛で部がめちゃくちゃになるなんて、最悪だし」

「分かってる~。私だってそんな風になりたくないもん」


 ふにゃりと笑う月音。それを見ていると、こちらまで気が抜けてくる。


「ほんとに分かってるんだか……」

「なんか、逸乃、お母さんみたい」

「だっ、誰が!!」

「あはは」

「もうっ……知らない!」


 心配して言っているのに。

 もうどうにでもなってしまえ、という気持ちで、逸乃がその場を離れようとした瞬間、月音が腕を掴んできた。


「逸乃」


 月音の身体が逸乃にまとわりついていた。やわらかな月音の手に腹を撫でられ、ぞくりとした感覚が全身を駆け巡る。


「ごめん、怒らないで?」


 耳元に息がかかるくらいの距離で、ささやかれた。ぶる、と身体が震え、力が抜けてしまう。


「それ……やめて……」

 

 月音の甘やかな声を聞くと、抵抗する気も失せる。月音は魔性の女だ、と逸乃は思った。コウキはこれを頻繁に受けているのに、よく平気でいられるものだ。女の逸乃ですら、落ちそうになる。

 ぱっと身体を離し、月音が頭をかいた。


「なんかこれ癖になっちゃった。皆のそういう反応が面白くて」

「……コウキ君には効いてないっぽいけど、他の男の子にしちゃだめだよ、それ」

「はーい、ってかコウキ君以外にするわけないし」


 月音は、元は爽やかな性格だった。以前はそのおかげで、劣等感を抱えた逸乃も、月音と友達でいられた。

 きっと今も月音の本質は変わっていないだろう。けれど、部を辞めていた半年という時間が、月音を少し変えたような気がする。どこか、ねっとりとした雰囲気も持つようになっている。 

 嫌では無いけれど、少し心配だ、と逸乃は思った。月音が、部で除け者にされたりしなければ良いのだが。また窓際に戻った月音は、すでに逸乃に背を向けて、窓の外を見ていた。

 

 

  






 





 土曜日は基本的に一日練習になっている。花田高ではほとんど休日というものが無く、せいぜい盆休みと年末年始くらいで、あとは全て練習にあてられるのだ。

 他の学校も同じか、それ以上に練習している。休んだ分だけ差をつけられてしまうのだから、辛いと思う部員は、今の花田高にはいない。


 明日が音楽の祭典の当日ということもあって、今日は仕上げの合奏を行っていた。音楽の祭典は、この地区の中学校高校の吹奏楽部が集い、各校二曲ずつ自慢の曲を演奏するイベントである。毎年地域の住民に人気で、会場のホールは満員になるのだと上級生が言っていた。

 

 コンクールと違って、各学校が競うのではなく共に盛り上げる行事で、演奏される曲も小難しい曲よりは、ポップな曲が多くなるという。

 花田高は定番の『アルセナール』と文化祭で披露した『イン・ザ・ムード』の二曲を演奏する。文化祭で一番ウケが良かった曲が、『イン・ザ・ムード』だったのだ。


 『イン・ザ・ムード』はアルトサックスとテナーサックスの掛け合いのソロに加えて、トランペットのソロもあり、一番最後にはトランペットの高音が華々しく駆け抜ける。この三つが綺麗に決まると、非常に盛り上がる曲だ。

 木管楽器の分散和音のようなフレーズの繰り返しが特徴的で、短くシンプルながら技術の要る、高度な曲でもある。

 ソロはアルトサックスが正孝、テナーサックスが岬、トランペットは逸乃が担当する。


「では、もう一度ソロのところから確認しましょうか」


 丘の指揮で、サックスのソロから演奏が再開された。岬と正孝の掛け合いから、逸乃のソロに移る。三人とも、上手い。しかし、揮棒が台を叩く音で演奏が止められた。


「緒川、もう少しくだけた感じで吹けますか」

「やってみます」

「古谷も、楽譜にとらわれずに」

「はい」

「ではもう一度」


 三人のソロは見せ場だけに、丘の指導が集中する。三人とも素晴らしいソロをしているように感じるのに、丘にはもっと要求したいことがあるらしい。


 万里は、合奏についていくので精一杯だった。吹奏楽のオリジナルやクラシック系の曲と違って、ジャズは楽譜通りに吹けば良いというものでもなく、その感覚を掴むのが難しい。

 自分でも随分トランペットを吹けるようになってきたと思う。それでも、新しい曲を前にすると、自分の力不足を痛感する。


 一通り丘の指導が行われ、合奏の時間は終わった。


「十六時から明日に備えて最後の合奏をしますので、今指摘した部分を含めて、パートで見直すように」


 解散して、各パートが校内に散っていく。トランペットパートは、生徒棟の二階の視聴覚室に移った。夏の間は暑かったこの部屋も、今は大分涼しくなっている。


 パート練習に入る前に休憩が取られていて、思い思いに過ごしていた。

 万里は、ちらりとコウキを見た。座って修と会話しながら、後ろから抱きついている月音をはがそうと必死になっている。嫌がっているというよりは、恥ずかしくてやめて欲しい、というような様子だ。そのやり取りを見ていると、胸がざわつく。


 月音は、コウキを好きらしい。部に復帰するまでは、活動時間後に少し見かけただけであったものの、あのようにコウキにべったりとくっついている姿は見なかった。今は、大体の時間がコウキにくっついているし、好意があることも、隠さず公言している。万里には、絶対に真似できない行動力だ。


 演奏技術も万里でも分かるくらい、飛び抜けていた。格が違う。輝くような明るい音色をしていて、ただのロングトーンですらうっとりとするような美しさを感じさせる。万里は、逸乃の音よりも月音の音の方が好きだ。


 楽譜を読む力も高いようで、復帰してから受け取った『アルセナール』と『イン・ザ・ムード』を、初見でさらりと吹きこなしていた。口に出すことは出来ないが、多分逸乃より月音のほうが上手い気がする。


 おまけに、容姿も飛び抜けている。背は部で一番低いバストロンボーンの瑠美よりも、更に低いのではないかという程で、中学生でも通用しそうだ。それが、子どもっぽいというよりは、愛らしいというのがぴったりな見た目で、同性の万里から見ても、可愛い。


 万里に無いものを全て持っているような存在が、月音だった。恋敵、というものなのだろう。けれど、全ての要素で負けている。


「はあ……」

「どーしたの、万里ちゃん」


 まこが傍に来て、頭を撫でてくる。

 

「あ、いえ、なんでも」

「ほんとー?」

「ほんとです」

「顔が暗くなってたよ?」


 慌てて顔を振って、笑顔を浮かべる。


「大丈夫です」

「そう……? 悩みなら、私のことも頼ってね」

 

 両手で頬を優しく包まれる。その手の温かさのおかげで、ざわついていた心が少しだけ落ち着いた。

 ありがとうございます、と答え、まこの手に触れる。にこりと、微笑みかけられた。


 まこは、いつでも優しい。


「よし皆、練習しよっか」


 万里の肩をぽん、と叩いて、まこが言った。


「『アルセナール』の並びに座ろ」


 返事をして、万里もトランペットを持って席に着く。

 悩みがあるとしても、練習は練習である。早くコウキに追いつく。それが、今の万里の目標でもある。そのためには、月音のことで頭を悩ませている場合ではない。

 コウキは、どんどん先へ進んでいるのだ。決して、待ってはくれない。

 

「音のニュアンスをもうちょっと合わせるために、リレーしてこっか。テンポは楽譜通りで」


 メトロノームのねじが回され、カチカチと音が鳴り出す。全員が楽器を構えた。 

 リレー練習は楽譜の指定された箇所を、一人ずつ順番に吹く練習だ。起点となる奏者の音のニュアンスに、全員が合わせていく。音量、音形、発音など全ての要素を揃えることで、六本のトランペットから放たれる音が、まるで一つの音のように綺麗に聴こえるようになる。それが、合奏となった時に心地よい調和を生みだす。


「一、二、三」


 まこの合図で、リレーが始まった。

 起点は、月音だ。音のニュアンスを、月音、逸乃、コウキ、まこがすんなり合わせていく。万里と修が、微妙に音の長さや音形が違う。

 いつもそうだった。万里が合わせるのに時間がかかる。それはつまり、トランペットパートの足を引っ張っているということだ。


 自分が成長しなくては、トランペットパートが次の段階に進む事が出来ない。本当なら、こんな簡単なことで手間取っていてはいけないのだ。月音の音に耳を傾け、万里はまたトランペットに息を吹き込んだ。

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