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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
141/444

八ノ十九 「前進」

 花田高の九月の平日最後の三日間は、文化祭、体育祭、球技大会と連続で開催される。

 三日目の今日は、球技大会だった。

 初日の文化祭が文化部や帰宅部にとっての活躍の場だとしたら、昨日と今日は、運動部にとっての活躍の場だ。


 体育祭は、一年四組は健闘して学年で三位だった。橋田と元陸上部の智美が中心になって、出場種目なども練りに練って挑んだのだが、二位には僅差で敗れた。

 一位は星子やファゴットの中野ゆかがいる一年七組で、圧倒的な勝利をおさめていた。男子に陸上部やサッカー部が、女子にバスケ部やバレー部が固まっていて、完全な運動部系のクラスだったからだろう。


 星子が、うちの男子は使えるから、と勝ち誇っていたのを思い出して、コウキは笑った。星子を中心にして、七組はかなり団結していたように思う。


 オーボエの腕も勿論だが、星子は人をまとめるのが上手い。あれで、もう少し悪口が少なければ、かなり優れたリーダーになれると思うのだが、今でも、クラスを統率するくらいのことは軽くこなしてしまう辺り、彼女の才能は恐ろしい。


 今日の球技大会では、コウキはサッカーのメンバーに選ばれている。小学校までは拓也といつもサッカーをしていたから、苦手ではない。中学生になってからあまりやらなくなっていたが、このひと月、体育の授業で球技大会の練習が行われていたので、そこで多少勘は取り戻していた。


 今は、第一試合で勝利して、第二試合を待っているところだ。次の相手は三年三組で、晴子のいるクラスである。


 体育祭は学年別に競う種目が中心だったが、球技大会は全学年入り乱れて試合が組まれている。当然、経験豊富な三年生が有利ではある。しかし、球技大会は何が何でも優勝を目指すというよりも、高レベルな試合を観戦することのほうが楽しみとして大きいため、一年生や二年生から不満が出ることは毎年ない。


 以前の時間軸では、コウキが三年生だった時、優勝候補の三年生のクラスを一年生がソフトボールで破って優勝するという波乱もあった。何が起こるか分からないのも、球技大会の面白い所だろう。


「女子のバスケ見てきたぜー。一試合勝ってたよ。卓球は男子も女子も全滅」


 サッカーのメンバーの林が戻ってきて、コウキの隣に座りながら言った。

 四組は男子サッカーと女子バスケと、男女卓球に出ている。


「マジかー。俺らもこの後三年と戦うし、きついなあ」


 どうせ競うなら勝ちたいのは当然だ。ただ、体格の良い三年生相手にどこまで善戦できるだろうか。四組にはサッカー部が一人もいないが、三年三組にはサッカー部の元主将もいる。かなり厳しい試合になるだろう。


「とにかくパスで球をつないでいこう。橋田が全部ボール止めてくれるから、俺達が一点でも取りさえすれば、勝ち目はある」

「いや、無茶言うなよ、コウキ。俺、サッカーの経験ほとんどないんだぞ」


 橋田の肩を叩き、満面の笑みを浮かべて親指を立てた。


「お前なら出来る」


 他のクラスメイトも、頷く。


「何の自信だよ!」

「橋田は前田のハートもボールもガッチリキャッチするって、俺達知ってるんだぜ」


 林の言葉に、みるみるうちに、橋田の顔が赤くなっていく。


「な、な、なんだそれ!」

「一昨日、前田と回ってたじゃん。昨日も良い感じだったしなぁ?」

「茶化すなよ!」

「茶化してないよ。桃子さんだって、橋田のこと、この二日で意識してると思うよ。ほら」


 体育館の方を指して、橋田の視線を向けさせる。

 靴を履き替えた桃子達卓球組が、こちらに向かってきている。他の子と会話をしながらも、桃子の視線は橋田に送られていた。


「意識し始めてるって事だ。次の試合で良い所見せてみろよ、橋田」


 ごくり、と橋田の喉が鳴った気がした。


「三年生から得点を奪って良い所を見せるのは難しいかもしれないけど、橋田はゴールキーパーだろ。三年生の放ってくるシュートを何発も受け止めたりしたら、桃子さんも橋田を見直すかもな」


 静かに、橋田の闘気が増す気配がした。橋田は持ち上げるとやる気になるタイプだ。これで、ゴールの守備は完璧だろう。

 実際、橋田は上手くやっている。文化祭の日、コウキの助言を受けて、ちゃんと桃子を誘ったらしい。桃子もどこかそわそわとした様子になっていたし、悪い気はしなかったに違いない。


 昨日の体育祭でも、二人で楽しそうに談笑していた。他の男子にも根回しをしておいたため、邪魔をする子はいなかったし、思う存分話せたはずだ。


「お前はやる時はやる奴だな、橋田」

「急に褒めてどうしたんだよ、コウキ」

「いや別に」

 

 アナウンスが校内に響いた。


「次の試合のお知らせです。女子バスケ、一年三組と二年五組の出場者は体育館へ集合してください。男子サッカー、一年四組と三年三組の出場者はグラウンドへ集合してください。男子卓球……」


 次々と読み上げられていく。


「よっしゃ、行くかー」

「頑張ろうぜ!」

「おー!」

 

 前の試合が、もうすぐ終わる。やるだけやってみよう、とコウキは思った。









 





 一年六組は、文化祭も体育祭も、勿論球技大会も、それなりにやれば良いだろう、という気の抜けた感じだった。元々帰宅部が多めのクラスだったため、そういう流れになるのも自然だったと言える。幸はスポーツが好きではないため、熱血でやるようなクラスよりこの方がありがたかった。


 そんな具合のため、バレーのメンバーとして出たものの、当然のように一試合目で敗退である。負けても、誰も悔しがってもいない。

 メンバー全員で、早々に体育館から抜け出した。


「終わった終わったー、後は一日だらけるだけだー」


 クラスメイトが、すがすがしい笑顔で言った。他の子もそんな調子で笑っている。


「グラウンドのソフトボールでも観に行く~?」

 

 男子はソフトボールに出ている。


「良いね、行こ行こ」

「私どっかで休んでくる~」

「あ、そう? はいよー」


 グラウンドに向かおうとしていた皆に手を振って、幸は一人で離れた。どうせ男子ソフトボールも負ける。わざわざ観るくらいなら、どこかで休んでいたい。


 中庭は人目につくし、体育館の裏も駄目だろう。やはり職員棟の非常階段だろうか。

 人目を避けるようにして、そっと非常階段に向かった。一番上なら、誰も来ないだろうと思い、階段を上がっていく。二階の辺りで、熱い雰囲気のカップルと遭遇してしまった。気まずくなりながら、その横を抜ける。


「こんなとこでイチャつかないでよ……!」


 ああいうのは、見慣れていない。呟いて、足早に上へ向かった。四階に着き、幸は後ろを向いた。町が、少しだけ見渡せる。普段あまり来ない場所なので、新鮮な風景だ。


 耳をすますと、体育館から歓声が聞こえてくる。グラウンドからの歓声も、かすかに届いてくるようだ。息を吐いて、幸はその場に寝転がった。体操服だから、汚れても気にならない。

 青々とした空が広がっている。太陽が白く光っていて、眩しい。


 文化祭では、結局コウキを誘えなかった。意を決して誘おうとはした。けれど、一年四組の教室を覗いた時には、すでにコウキは休憩に入っていた。夕に中庭で見かけたと聞いて、向かった時にはすでにおらず、そこで友達につかまってしまい、結局コウキに会うことはないまま、文化祭は終わっていた。


「一緒に回りたかったなぁ」

 

 ぽつりと呟く。せっかく勇気を出しても、上手くいかない。


「あ、人いたか」


 声がして、驚いて身体を起こした。足音に気がつかなかった。三階と四階の間の踊り場に、コウキが立っている。目が合って、コウキも驚いた顔を見せた。


「こ、コウキ君!?」

「市川さんじゃん」


 手を挙げて、コウキが上がってくる。


「市川さんもサボり?」


 そのまま、幸の隣に座り込んだ。


「え、あ、うん。バレー、もう負けちゃったから」

「そうなんだ。うちも二回戦で負けた。三年には勝てないなあ」

「サッカーだっけ」

「そう。後は女子バスケだけだな」

「智が出てるんだよね」


 元運動部だけあって、智美は運動神経も良い。バレーとバスケは一緒に体育館でやっていたので、一年四組が第二試合も勝っているのを見たところだった。


「俺もここでサボって良い? てか、サボらせて欲しいんだけど」

 

 コウキが小声になる。


「さっき下にカップルがいてさ、今戻りたくないんだよね」

 

 思わず、幸は笑った。


「私も見た」

「いなくなるまで、ここにいさせて」

「うん、勿論」


 やった、と呟いて、コウキが寝転がった。

 胸が、どきどきと音を立てている。気づかれないように静かに深呼吸をして、幸も身体を倒した。


「終わるの三時か四時だよね。退屈だなぁ」

「智の試合、見に行かないの?」

「んー、俺、スポーツ観戦好きじゃないから」


 言って、コウキが笑った。


「でも、決勝くらいは見ようかな」

「じゃあ、私もそうしよ」

「良いの? 市川さんこそ、応援」

「うちのクラス、最初から勝つ気ないから」

「なんだそれ」


 顔を見合わせて笑う。幸は、嬉しかった。まさか、こんなところでコウキと二人きりになれるとは、思いもしなかったのだ。気まぐれで来てみただけなのに、あまりの幸運に、信じてもいない神様に感謝したい気持ちになった。


「全然話違うけど、『イン・ザ・ムード』のソロ残念だったね、吹けなくて」


 コウキが言った。文化祭で吹いた『イン・ザ・ムード』には、テナーサックスのソロがあった。それは、岬が吹いた。一応、幸と岬のどちらが吹くか、丘はテストをしてくれた。ただ、自分でも岬のソロには及ばなかったと思った。丘も、岬を選んだ。


「しょうがないよ。岬先輩のソロ、凄かったもん」

「市川さんのも良かったけどね」


 ジャズは、それなりに好きだった。ただ、岬の音は幸よりもずっと良い音をしていた。


「もっと上手くならなきゃ。いつか、私もソロ吹きたい」


 テナーサックスは、好きで吹いている。ソロだって、中学生の時は何度も任された。花田高でも、前に立ってソロを吹きたい気持ちはある。


「ソロ、好きなの?」

「うん、好きだよ」

「凄いな。俺は、あんま好きじゃないなあ」

「何で? コウキ君、上手いじゃん」

「うーん、何でかな。あ、でも吹きたいソロは一つだけあるけどね」

「どんなの?」

「『サモン・ザ・ヒーロー』っていう曲。あの曲だけは、高校生のうちに吹きたいし、誰にもソロを取られたくない」

「へえ、良い曲なんだ?」

「うん、好き」

「今度、聴いてみるね」

「是非是非。めっちゃいい曲なんだよ。トランペットのための曲って感じでさ。すっげえ難しいけどね」


 目をきらきらとさせているコウキの横顔を見て、幸は胸が高鳴るのを止められなかった。好きなものについて夢中で話す姿も、良い。

 横になったまま、ぐ、とコウキが伸びをする。それから、脱力して大きく息を吐いた。


「良い天気だな」

「うん」

「寝そう」

「寝ちゃうの?」

「それも良いなあ」


 涼しげな風が吹いている。コウキが両手を枕のようにして頭を乗せ、それから目を閉じた。まつげが長い。そんなことを、幸は思った。思ったら、口に出していた。


「コウキ君、まつげ長いね」

「んー、そう?」

「女の子みたい」

「やめてよ。男だよ、俺は」

「良いじゃん、かわいい」

「それ、誉め言葉なのか?」

「勿論だよ。かわいいものはかわいいでしょ?」

「うーん。素直に喜んで良いのか……言われたことないな、そんなの」

「私が初めてだ、わーい」


 意外と、自然と話せている。これまで、コウキを前にすると緊張で上手く話せなかった。この穏やかな空気感のおかげだろうか。今は、他の子と接するように、落ち着いて会話が出来ている。


「かわいいかわいい」


 コウキの髪の毛を、くしゃりとかきあげた。綺麗な白いおでこが露わになる。


「馬鹿にしてるだろ」


 目を開けて、コウキが口を尖らせた。


「してないよ。ほんとのことだもん」


 何故だろう。あんなに頭が真っ白になっていたのが嘘のように、今は平気だ。絶対に触れられないと思っていたコウキの身体に、すんなりと触れられる。


「髪の毛、サラサラだね」

「もう、なんでぐしゃぐしゃにすんだよ」

「だってサラサラで気持ちいいんだもん」

「やめてって」


 頭を振って、上半身だけをコウキが起こした。顔が赤い。それを見て、コウキも同じなのだ、と幸は思った。コウキも照れたり、恥ずかしがったり、幸や他の子と変わらない。コウキは大人びているから、そんな子ではないと、どこか特別に見過ぎていたのかもしれない。


 また、歓声が体育館から上がった。ホイッスルの音が鳴り響く。試合が終わったのだろう。ほどなくして、アナウンスが鳴った。次の試合があるクラスを、呼んでいる。


「……市川さんってこういう子だっけ? スキンシップ激しいなあ」

「嫌?」

「嫌じゃないけどさ……調子狂う」

「前の方が、良い?」

「……いや、今のままで良いよ、別に」

「やった」


 笑いかけると、また、コウキが顔を赤くして、そっぽを向いた。


「なんだか、コウキ君って遠い存在に思ってたけど、普通の子なんだね」

「は、何だそれ。俺は普通だろ」

「うん、そうだね。良かったぁ」


 屋上の縁に、雀が二羽止まった。跳ねるように動いて、会話をするかのように鳴きあっている。

 じゃれ合うように絡み合った後、二羽はまたどこかに飛んで行った。


 コウキと、やっと仲良くなれそうだ、と幸は思った。 

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