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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
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八ノ十八 「予感」

 昔から、友達は多い方だった。小さい頃はアパート暮らしで、そこのこども達で集まり、アパートの下で遊ぶのが毎日の日課だった。誰かの家に集まって遊んだりもしたし、町内の大人達や中学生高校生の人達とも接する機会が多かった。


 それでなのか、人見知りをする性格ではなかった。自分でも、さっぱりとしていたと思う。学校では輪の中心にいる事も多かったし、それが当たり前だった。

 いつも誰かが近くにいるのが普通だったのに、今年の二月に、停学が明けてから、一人になった。吹奏楽の仲間も、月音には近寄らなくなった。煙草を吸ったあの子も、退学してしまって以来、生活がずれて会えていない。


 別に、一人でも平気だと最初は思っていた。高校三年間などあっという間に終わる。卒業したら、社会人楽団に入れば良い。新しい友達も、沢山出来る。そう思っていた。


 けれど、想像していた以上に、学校で一人は辛かった。面と向かって何かを言われたり、いじめられることは無い。ただ、避けられる。陰で何かを言われる。


 十六年間生きてきて、初めての経験だった。言い返そうとして振り向けば、女子には怯えの目で見られる。男子は、月音の容姿を好きになって近寄ってくるような者しか、そばに来ない。


 どうすれば元の人間関係に戻るのか、月音には分かりようも無かった。そのうち、自分は一人でも平気なんだ。つるんでいるのなんて馬鹿らしい。一人のほうが楽だ、と思うようになった。図書室や非常階段で過ごしたり、仮病で保健室に行ったり。一人になれる空間を好んだ。


 それは、月音なりの、強がりだった。本当は、寂しかった。またクラスメイトと一緒にいたかったし、吹奏楽部も、辞めたくはなかった。喫煙は一切していない、と叫びたかった。

 

 けれど、月音には、本当の気持ちを明かす勇気が無かった。今も、そばにいてくれるコウキにすら、この話を出来ない。


 本心をさらけ出すことが、出来ない。


「話せないなら、無理に話さなくて良いです」


 コウキが言った。まるで、心を読まれているかのようだ、と月音は思った。


「でも、俺は、月音さんのそばにいますよ。辛いことがあったら、頼ってください」


 なぜ、コウキは月音に構うのだろう。自分にもメリットはあるから、とコウキは言っていたけれど、それだけで、自分も部で浮いてしまうかもしれないのに、月音を戻そうと頑張れるのだろうか。


「なんで」


 思わず、口を衝いて出た。


「ん?」

「なんで、優しくするの?」


 一度出たら、言葉はすらすらと流れた。


「私といると、コウキ君まで避けられるようになるよ」


 喫煙をする仲間だと、コウキも言われるかもしれない。


「別に、構わないです。噂なんか気にしません」


 きっぱりと、コウキが言った。


「すべての人に好かれようなんて、思ってません。俺は、俺の目の前にいる人を大切にする。月音さんとは、楽器店で出会った。そこで、音に惚れた。そして、同じ学校の、同じ部の人間だった。それだけでもう、俺にとって月音さんは大切な人です。だから、その月音さんのためなら、動く」

 

 何か、凄いことを言われているような気がした。


「月音さんが泣いてるのに、ほっとけるわけないですよ」


 また、じんわりと涙が滲む。止めても止めても、コウキといると溢れてくる。人の優しさなど久しぶりで、うまく受け止められない。

 喫煙騒動で、両親からも恥ずかしい思いをさせるな、馬鹿なことは二度とするな、と怒鳴られた。信じてはもらえなかった。あの時から、両親ともうまくいっていない。


 ずっと、一人だったのに。信じても、良いのだろうか。コウキは、月音を見捨てないのだろうか。


「頼って、良いの?」

「勿論です」


 一度、涙を袖で拭った。そして、顔を上げて、コウキを見た。


「赤くなっちゃってる」


 そう言ってハンカチを取り出したコウキが、そっと月音の目元にあてた。


「使って、これ」


 ハンカチを渡される。無地の、紺色のハンカチ。男の子らしいハンカチだ。いや、男の子はハンカチなど持たないか。どうでも良いことが頭に浮かんだ。


「何か、月音さんとは楽器店であったからか、先輩後輩って感じがしないな」

「……じゃあ、何?」

「何だろう……友達?」

「……私と、コウキ君が?」

「うん。こんだけ一緒に楽器吹いて、いろんな話して。これってもう、友達でしょ?」


 そう、なのか。月音にも、友達はいたのか。もう、一人ではなかったのか。


「ずっと、一人だと思ってた」


 呟いていた。


「友達なんて、いなくなったと」

「じゃあ、これからは、俺を友達と認識してください。先輩、はつけません。これからも月音さんって呼びますからね」


 コウキが微笑んだ。月音は、流されるように頷いていた。嫌な気持ちは、全くなかった。言われてみれば、初めからコウキはさん付けで呼んできていた。そのことに、違和感を感じてもいなかった。

 

「……泣いて、ごめん」

「泣くのは、良いことですよ。泣きたい時に泣かなきゃ、いつ泣くんですか」

「そう、だね」

「人前は恥ずかしいなら、俺の前だけなら泣いて良いですよ」

「一緒だよ」

「はは、そうか」

 

 また、コウキが微笑む。その顔を、見つめた。優しい顔だ。嘘を感じさせない、柔らかな笑顔で、見ていると心が落ち着く。

 ああ、コウキが見てくれている。私は、一人じゃない、と思えてくる。


「ありがとう、コウキ君。落ち着いた」

「ん、良かった」


 また、開け放たれている窓から賑やかな声が聞こえた。もう、心はざわつかなかった。











 文化祭が終わった後の、寂しさのような胸をきゅっとさせる感覚だけは、毎年慣れない。学校全体がお祭りの華やかな雰囲気に満ちて、わくわくとする時間は、しかしあっという間に終わってしまう。そして、すぐに片付けという現実が襲ってくる。

 楽しいことは、長くは続かないのだ。

 片付けまで文化祭、が今年のスローガンの一つらしいけれど、だったらせめて後夜祭のようなイベントも用意してくれと言いたくなる。

 

「もっと文化祭長くやって欲しいなぁ」


 晴子は、出し物で出たゴミを捨てに、ゴミ捨て場に向かっていた。ちょうど一緒になった未来と、二人で歩いている。


「校外のお客さんとかも呼べば良いのにね」

「ほんとだよね。何で呼ばないんだろ」


 校外からも客が来れば、吹奏楽部のステージもより多くの人に聴いてもらえるし、中学生に学校の様子を知ってもらうのにも役立つ。そうしないのは、公立校だからとか、校則が厳しい学校だからというのも、関係しているのだろうか。


「はーあ。男のくせにチキンかよっての」

「マジねー。情けなすぎだわ、あれは」


 二年生の女子生徒二人組が、ゴミ捨て場の方向から歩いてきた。


「あいつは無しだな。駄目」

「分かる―。男から来いよっての」


 恋愛の話か何かだろうか。すれ違い、二人の声が遠くなっていく。

 文化祭ともなると、毎年少しは新しいカップルが生まれたりする。確か、正孝と摩耶も去年の文化祭がきっかけで付き合い始めた、と聞いた気がする。準備期間も含めて皆が浮つく期間だから、そうなるのも自然なことなのだろう。


「晴子は好きな人いるの?」


 前を向いて歩きながら、未来が言った。


「え、いきなりだね」

「私達、同じパートなのに、三年間そういう話したことなかったなーって」

「そういえば、そうだね。でもいないよ、私は」

「奏馬は? 昔からずっと一緒だよね」

「奏馬は、都と岬が狙ってるから。私まで関わりたくないよー」

「三角関係、かあ。めんどくさそう」

「昔からあの三人はあんな感じだよ。それでも、仲が良いんだよね」

「恋愛って、よく分かんないや」


 未来が誰かと付き合っているという話は、聞いたことが無かった。晴子と同じで、交際経験は一度も無さそうだ。


「良い人がいれば、別だけどねえ」


 吹奏楽部の男子とは、付き合おうとは思わない。というより、同期の太と修は、男というよりマスコットキャラクターみたいな存在で恋愛対象ではないし、後輩と付き合う気は、晴子には無い。


「二年は正孝君と摩耶ちゃんくらいしか聞かないけど、一年は結構盛んだよね」


 未来が言った。確かに、二年の子は、あまり恋愛の話を聞かない。もしかしたら部外で付き合っている子はいるかもしれないけれど、そうした雰囲気を感じたことは、晴子には無かった。


「そう、だねぇ。でも一年はほとんどコウキ君中心じゃない?」

「うん、そう。吹部にも、モテる男子って、いるんだねぇ。あ、奏馬もそうか」


 コウキは、三年生の晴子から見ても、大人びて見える時がある。同い年の女の子達からしたら、夢中になってしまうのも分からないでもない。コウキの打算の無さそうなまっすぐな所も、女の子を惹きつけるのかもしれない。


「未来は、コウキ君は?」

「え、私? ないよ。それこそ、取り合いに巻き込まれちゃうじゃん」

「あはは、だね」


 実際に今、何人くらいがコウキの事を狙っているのだろう。コウキ本人は、そのことに気がついているのかいないのか分からないような、のらりくらりとしたところがある。あえて、そういう関係にならないように立ち回っている気もする。


「別に恋愛は良いんだけど、それで部の雰囲気が壊れないかのほうが、心配かな、私は」


 それは、晴子も思っていた。仲が良い子も、恋愛が絡むと、どろどろと争ったりする。都と岬のような関係は、普通あり得ない。あれは特別だ。また、付き合ったら付き合ったで、別れると険悪な仲になったりする。

 もしかしたら、コウキ自身もそれを危惧して、誰かと特別親しくなることをしようとしないのかもしれない。

 

「来年とか、怖いよね」

「何で、晴子?」

「コウキ君、面倒見が良いじゃん。後輩が勘違いしてさ、コウキ君を好きになったりしたら、めちゃくちゃ争いそう」


 少し考えるような仕草をしてから、かくん、と首を倒して、大きなため息を未来がついた。


「ありそ~……」

「コウキ君、女の子に優しすぎるんだよね」

「うん、分かる」

「勘違いしちゃう子も、いるでしょ」

「いるいる、絶対」

「弱ってる時にそれされたら、絶対落ちると思う」

「分かるー……」

「想像したら怖くなってきた」

「天然の、女キラー?」

「ひえっ」


 コウキなら、本当にそうなりそうだ、と晴子は思った。

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