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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
139/444

八ノ十七 「言えない本音」

「ねー奏馬ぁ、一緒に回ろうよー」

「やだよ、岬と行けよ」


 先ほどから、都がしつこいくらいに腕を引っ張ってくる。一緒に文化祭を回れ、とうるさかった。


「奏馬と行きたいの!」

「何で俺なんだよ。友達と行けよな」

「分かってるくせにー!」

「分かんねえよ」

「もー、鈍感!」


 都が口を膨らませる。本当は、都が自分を好きなんだろうということは、中学生の頃には気がついていた。ただ、直接好きだと言われたことはないから、気がつかないふりをしていた。

 家が近い幼馴染で、ずっと一緒に育ってきた。都はいつも奏馬にくっついてきて離れなかった。すぐ泣くし、甘えたがるし、奏馬にとっては、妹のような存在だ。そういう対象ではなかった。それに、奏馬にとっては音楽が第一で、恋愛は邪魔になると考えてもいた。


「俺は忙しいんだよ」

「嘘つき。もう仕事終わったくせに」

「皆のところを回るんだ」

「ならついて行く」


 にこっと笑いかけてくる。どれだけ素っ気ない態度を取っても、都は奏馬から離れない。


「しつこいなあ」

「一緒にいたいんだもん」


 普段、部ではこういう甘えた姿は見せないくせに、奏馬の前だけでは見せてくる。


「周りに見られて恥ずかしいんだよ」

「私は気にしないよ」


 ため息をついて、手で顔を覆った。好意を持ってくれているのは、嬉しい。だが、それには答えられないのだ。


「もういい、勝手にしろ」


 投げやりに言って、奏馬は足早に歩き出した。慌てた都が、小走りについてくる。

 覚えている頃には、もう都は奏馬にべったりだった。だが、どれだけ好意を見せられても、奏馬はそれに答えたことはない。都の性格と容姿なら、どんな男だって手に入るだろう。何故、わざわざ奏馬に構うのか。


 四六時中ついて回られたら、思い切って突き放すことも出来る。なのに、都は奏馬がホルンを吹いている時と、音楽について考えている時だけは、絶対に邪魔をしてこない。そういう気を使えるところもあるから、邪険に扱えなかった。


 中庭まで下りて、お好み焼きの店で一つ購入した。


「お、奏馬先輩」


 声をかけられてそちらを見ると、コウキだった。一人で椅子に座って、チョコバナナを食べている。


「おう」

「文化祭デートっすか」


 隣にいる都を見て、コウキがにやついてくる。


「そんなんじゃない」

「そんなんだよー」

「はは、都先輩、デッレデレじゃないですか」

「うん、奏馬と二人だもん」

「俺、目の前にいますけど?」

「え、あっそうだったね、ごめんごめん。奏馬しか見てなかった」


 都の露骨な好意の出し方に、コウキが腹を抱えて笑いだした。都を睨み、額を指で弾いた。


「あほなこと言ってんなよ」

「いったいなぁ!」

「いやあ、良いもん見ました。ごちそうさまです。これは邪魔しちゃ悪いんで」


 食べかけのチョコバナナを振りながら、コウキが離れていった。あまり見られたくない子に見られてしまった。コウキには、先輩として見ていて欲しいという想いがある。


「……変なこと言うなよな、都」

「変なことって?」

「……もういいよ」


 歩いていると、人に見られる。どこか静かな所に行こう。そう思ったところだったのに。


「あ、奏馬!」


 岬の声だ。奏馬は、ため息をついた。出店のテントの中から、エプロン姿の岬が飛び出してくる。


「休憩?」

「……ああ」

「私も一緒に行く!」

「えー、岬、まだ仕事中でしょ。奏馬今私とデート中なんだけど」

「もう終わった! 今終わった!」


 テントに戻ると、素早くエプロンを脱いで、クラスメイトに押し付けて両手を合わせている。どうせ、交代してくれとでも頼んでいるのだろう。岬まで来たら更に面倒になる。無視して、奏馬は歩き出した。


「あ、ちょっと! 奏馬ー!」


 すぐに、岬が追い付いてくる。


「もー二人してついてくんな!」

「良いじゃん!」

「岬は仕事しなよ!」

「都ばっかずるい!」


 奏馬を挟んで、二人がにらみ合っている。普段は仲が良いくせに、奏馬といる時だけ、二人は張り合う。

 岬も、奏馬のことが好きだった。中学生の時に一回と、高校二年生の時に一回、告白されていた。当然、断っている。今まで、何人もの女子から告白をされてきたが、全て断ってきた。皆、それで諦めてくれたのに、岬だけは未だに諦めてくれない。


 都と岬。二人は、昔からずっと奏馬のそばにいた。奏馬を取り合っているくせに、仲が良い。普通、仲違いするだろうに、そこも、訳が分からなかった。

 

「どこ行くの、奏馬?」

「音楽室」

「行く行く」

「来んなよ……」


 たまには一人にしてくれ。奏馬の呟きを、二人は聞いていないふりをした。

 

 










「奏馬先輩、モッテモテだねえ」

「凄いね。見なよあの男子達の顔。超羨ましいって顔してる」


 一年二組の教室から、中庭を眺めていた。美喜が、奏馬達とすれ違った男子を指して、笑っている。

 部活動の時は、都と岬が奏馬への好意をさらけ出している姿を見なかったけれど、普段はあんな感じなのか。

 万里は、意外な気持ちで、三人の様子を眺めた。あの二人のように、自分も積極的にコウキに近づけば良いのだろうか。いや、奏馬は嫌がっているようにも見えるから、逆効果な気もする。


「お祭りだねえ」


 窓枠に頬杖をつきながら、美喜が言った。


「だね」


 奏馬達が渡り廊下から職員棟へ入って、姿を消した。


「で、結局あんたは、三木を誘わなかったわけ?」

「……うん」

「誘えなかった?」

「……うん」

「意気地なし」

「分かってるよ」


 誘えたら、苦労しない。男の子を本気で好きになったのは、初めてだ。どう誘えば良いのか、全く分からない。

 最近、部ではペア替えがあった。コウキは前に万里とのペアを解消した後、咲と組んでいた。今回のペア替えで戻れると思ったのに、万里の新しいペアは、まこだった。まこと組めるのは嬉しい。けれど、コウキと組みたかった。


 近頃、あまりコウキと話せていない。合奏前やパート練習、昼練の時などに少し話すくらいだ。やはりペア練習が、万里にとっては一番コウキと話せる時間だった。


「やっほー、何の話してんの」

「っ!?」


 肩を叩かれて、慌てて振り向いた。コウキがいた。


「な、なんで!?」


 つい数分前に、中庭で奏馬と都と話している姿をみかけていたのに。


「ん、遊びに来たんだけど?」

「いきなり後ろから話しかけてこないでよ、三木」

「ああ、ごめん、驚かせたか」

「何、やりにきたの?」

「そうそう。面白そうだから」

「ふーん、じゃあ万里、こいつの相手して。私仕事あるから」

「え、えっ」


 じゃ、と言い残し、手をさっと一振りして美喜が出て行った。今、美喜は休憩中で、仕事など無いはずた。コウキと二人にさせようと、気を使ってくれたのかもしれない。


「じゃあ、橋本さん案内してよ」


 まさか、コウキが二組に来るとは思ってもいなかった。来るのは女の子ばかりだったし、コウキが興味があるようには思えなかったから、油断していた。


「えと、うち、フェイスペイントのお店なんだけど」

「うん、結構やってる人いて気になったから来た」

「自分で書くか、こっちで書くか、選べるよ」

「んー、じゃせっかくなら橋本さん書いてよ」

「えっ私!?」

「書けるんだよね?」

「う、ん」


 一応、練習はしていたから、簡単な図柄なら、型枠を使って書ける。ただ、コウキの肌に書くのは、躊躇する。男の子の肌には、まだ一度も書いてない。その最初がコウキというのは、かなり、緊張する。

 しかし、そんな万里の心境など知らないといった様子で、コウキが椅子に座りこんだ。それから、万里を見上げて笑いかけてくる。その笑顔が眩しすぎて、思わず目を逸らしてしまった。

 

 コウキのまっすぐなところは好きだけれど、あまりにもまっすぐすぎて、まだ慣れない。見つめられると、その場から逃げ出したいような気持ちが湧き上がってくる。

 それでも、せっかくコウキが来てくれて、二人でいられるのだ。逃げたら、きっと後悔する。一度、大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。


「大丈夫?」

「うん、ごめんね、大丈夫」


 意を決して、コウキと向かい合うように椅子に腰を下ろす。

 大丈夫だ、ただ、型枠の中を塗るだけの、簡単な仕事だ。さっきから何人もやったのだから、同じことをするだけだ。心の中で、自分に言い聞かせる。


「……えと、じゃあ、柄が色々あるんだけど、どれが良い、ですか?」

「何で敬語?」

「あ、緊張、して」

「別に失敗しても気にしないよ」


 笑いながらコウキが言った。そういう意味ではないのだけれど、と思ったが、口には出さなかった。


「んー、じゃあこの星型で書いてよ」


 コウキが選んだ型枠を受け取る。


「色は?」

「青で」

「ん」


 隣の女子生徒が、はしゃぎ声をあげた。見ると、鮮やかな蝶の図柄を頬に描いてもらったようで、鏡に映る自分を見て、うっとりしている。フェイスペイントは、美術部の子の提案で決まった出し物だった。美術部の子は、型枠を使わずに、素手で複雑な絵柄を描いている。

 万里は、絵の具の入ったケースを開いた。水で絵の具を軽く湿らせて、筆に付けていく。


「じゃあ……描くね」

「よろしく」


 深呼吸をしてから、型枠をコウキの頬にそっとあてた。慎重に、型枠の中に絵の具を塗っていく。

 手が、コウキの頬に触れた。心臓が、うるさい。

 ちらりとコウキの目を見たら、目が合った。間近にコウキの顔がある。極度の緊張で、どうかなりそうだ。

 

「出来た、よ」


 型枠を肌から離す。青の絵の具が、綺麗に星型になっていた。


「落としたくなったら、水と石けんで落ちるから」


 鏡を差し出すと、コウキが自分の顔を眺めた。


「良いね。ありがと、橋本さん」

「どう……いたしまして」

「橋本さんのそれは、誰が書いたの?」


 万里は、右の頬に型枠を使わない猫の柄をペイントしていた。


「美術部の子が、やってくれたんだ」

「すっげー、可愛いね」


 どくん、と心臓が音を立てた。コウキはペイントのことを言っただけで、自分が可愛いと言われたわけではない。それなのに、胸の奥がくすぐったくなった。さらりとそういうことを言われると、戸惑う。


「文化祭、楽しんでる?」

「う、うん」

「良かった。うちのノンアルバーも時間あったら来てよ」

「分かった」

「じゃ、ありがとね」


 手を振って、コウキが教室を出て行った。万里は、開け放してある扉を、ぼんやりと眺めた。

 今なら、一緒に回ろうと誘えたかもしれない。けれど、口が動かなかった。鼓動は激しく、喉は張り付いたようになってしまっていた。たった一言、言うだけだったのに。


 型枠と筆についた絵の具を、水で洗い落す。美喜の言う通りだ。


「意気地なし」


 誰にも聞こえないように小さく呟いて、万里はため息をついた。


 










 職員棟東端の非常階段は、文化祭の時はカップルの隠れ場として使われる。体育館の裏もだ。文化部の出し物に使われていない空き教室もそうだし、どこもかしこも、恋人の逢瀬の為に占領されてしまう。月音の落ち着ける場所は、全て埋まっていた。


 仕方がないので、あてもなく職員棟の廊下を歩いている。どこか、人のいないところに行こうとしているのだが、中々無い。

 窓から中庭の様子が見える。楽しそうにはしゃぐ生徒。ところどころ開け放たれたところから、賑やかな声や音楽も聞こえてくる。


 その光景から目を背け、再び歩き出す。

 月音は、クラスで浮きがちだった。喫煙騒動があってから、不良だという噂が立ち、女子から避けられるようになった。男子はたまに言い寄ってくる者がいたけれど、全て払いのけていたら、近寄られることも無くなった。


 文化祭の出し物の係も一応はあるけれど、やってもやらなくても、誰も何も言ってこない。月音がいる方が、教室内が気まずい雰囲気になる。だから、居ないほうが良い。


 担任には、もっとクラスに馴染もうとしてみろ、と言われている。けれど、無理な話だ。クラスメイトが月音を避けるのだから、馴染みようがない。それに、月音にはトランペットと音楽がある。それで良い。


 四階に上がって、音楽室の中に耳をすませた。話し声が聞こえる。誰かいるらしい。どうせ、カップルだろう。諦めて、総合学習室に移った。そこにも、カップルがいる。英語室も、美術室も。


 ため息をついて、階段を下りる。全滅だ。どの教室も、人がいる。ゆっくり、休みたいだけなのに。

 途中で、二人組の女子生徒とすれ違った。同じ学年の子達だ。月音を避けるように、階段の端を通って上っていく。通り過ぎた後、小声で話す声が聞こえてきた。


「あれ、煙草吸ってるらしいよ」

「マジ? やばくない?」

「一人なんだけど、ハブられてんじゃね?」


 くすくすと笑う声。月音は、唇を噛んで、耐えた。気にするな。何でもない。風が音を立てただけだ。

 ぎゅっと、手に力を込める。その時、わっと、窓から集団の歓声が聞こえてきた。続いて、拍手や、指笛の音。中庭で何かあったのだろう。楽しそうなその声を聞いた瞬間、何故か、涙が滲みでてきた。止める間もなく、それは流れ落ちた。


 心が、ざわつく。相反する思考が、頭の中でぐちゃぐちゃに飛び交う。寂しい。寂しくなんかない。皆とはしゃぎたい。一人のほうが楽だ。友達が、欲しい。トランペットさえあれば、友達なんて要らない。

 涙を拭って、階段に腰を下ろした。膝に、顔を埋めて目を閉じる。

 

 大丈夫だ。もうすぐ、吹奏楽部に戻れる。思う存分、楽器を吹ける。音楽を奏でられる。皆に、認められさえすればいい。あそこなら、本当の音楽を奏でられる。

 上辺だけの友情なんて、いらない。文化祭なんて、寒い友情ごっこだ。そんなもの、楽しむ必要なんてない。

 自分に言い聞かせ、心を落ち着かせようとする。


「月音さん?」


 不意に声をかけられて、身体が固くなった。すすり泣きを止めて、耳をすませる。


「ですよね?」


 コウキだった。


「何してるんですか、こんなとこで」

「……別に」


 顔は上げずに、平静を装って、答えた。


「……泣いてます?」

「泣いてない」


 なぜ、ここにコウキがいるのだろう。コウキみたいな友達の多い子は、生徒棟や中庭にいるはずだ。こんな人気の少ない方に来る用事があるのか。月音に会いに来た、と考えるのは、都合が良すぎるだろうか。


「よっ、と」

 

 隣に、コウキが腰を下ろした気配がする。それから、伏せていた頭を、撫でられた。


「どうしたんですか、月音さん」


 優しい声色で、コウキが問いかけてくる。


「辛いことが、あったんですか?」


 その声を聞いて、また、涙が溢れだした。もう随分長い間、こんな優しい声のかけられ方をされたことが無かった。


 優しくしないで。言おうとして、それは言葉にならなかった。止めようとしても、肩が震えてしまう。涙が、制服の袖を濡らしていく。優しさが、月音の胸を苦しくさせる。


「泣きたいだけ、泣いてください」


 コウキの手が、背中をさすってくる。

 何で、優しくするの。また、言葉にならなかった。一人でも大丈夫なはずなのに、優しくされると、自分が分からなくなる。

 

 コウキは、何も言わない。ただただ、月音に寄り添うだけだった。

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