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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
138/444

八ノ十六 「橋田と桃子」

 吹奏楽部のステージで、三日間の祭りの幕は開けた。

コンクールで演奏した『架空の伝説のための前奏曲』と『歌劇「トゥーランドットより」』の二曲に始まり、晴子の司会を混ぜながら流行りのドラマ、映画の二曲に、『イン・ザ・ムード』、『エル・クンバンチェロ』を披露して、最後に『アルセナール』を吹いた。コンクールの二曲以外は、ノリの良い曲ばかりを選んだため、生徒は飽きずに聴いてくれたようだった。

 

 短い練習期間でも、かなり良い仕上がりになった。演奏会というよりはライヴのようなつもりで、堅苦しさよりも楽しさ、陽気さを前面に押し出した演出にしたのも良かったように思う。音楽室に戻って片づけをしている部員達も、笑顔を弾けさせていた。


「それじゃ、片付けた人から、体育館の自分のクラスの席に戻ってねー」

「はーい」


 晴子の指示が飛んで、片付けが進められた。今は、体育館で有志のステージの時間だ。バンドや漫才などの生徒の自慢の演目が披露されているだろう。

 

「智美、もう終わるか?」

「うん、待って」


 智美の片付けが終わるのを、桃子と待っていた。同じクラスなので、三人で向かうつもりだった。


「純也先輩、バンドで出るんでしょ?」

「らしいな。ドラムやるって」

「凄いねぇ。何番目だっけ」

「後ろの方だから、間に合うんじゃない?」


 純也はロックが好きらしく、今日もバンドに参加して演奏する。昨日、吹奏楽部のリハーサルの後、有志のリハーサルに出ると言って、練習を抜けていた。

 前の時間軸でも、純也は文化祭でバンドとして出ていた。確か、卒業後もアマチュアで組んでいたはずだ。この時間軸でも、きっと純也ならそうするだろう。


「お待たせ、終わったよ」

「よし、行くか」


 他の部員も、足早に体育館へ向かっている。吹奏楽部の出番は終わったため、後は文化祭を楽しむだけだ。いつも以上にはしゃいでいる部員達の姿が、微笑ましい。


「早く早く!」


 急かす桃子に返事をして、コウキと智美も部室を出た。













「やっほーコウキ君、智美ちゃん」

「おー、正孝先輩と摩耶先輩」

「遊びに来たよ」


 カウンターで、入って来た二人を迎えた。きょろきょろと見回しながら、椅子に座る。


「良いじゃん、バーって感じするわ」

「ほんとね。ちょっと、他とレベル違くない?」

「頑張ったんですよー」


 智美が胸を張って言った。


「飲み物も美味いですから。何にしますか?」


 メニュー表を差し出す。ノンアルコールバーのメニューは、ジンジャーエール、モヒート、ビール、サングリア、バージンメアリー、レモネードの六つにした。どれも飲みやすいように調整してあり、高校生でも美味しいと思ってもらえるはずだ。


 かなり気合を入れて室内の雰囲気を作り上げたため、校内で噂になっているらしく、カウンターもテーブルも満席だ。その辺りは、桃子達レイアウト係とDIY係の功績だろう。


「んー、俺ノンアルモヒートってやつ」

「私も同じので」

「かりこまりました」


 後ろの棚からグラスと材料を取る。

 初めにグラスにミントとライム、ミントシロップを入れ、潰す。香りが立ってきたら、砕いた氷を入れ、炭酸水を注いで軽く混ぜる。仕上げにミントを飾る。


「手際良いね」

「練習しましたよ。どうぞ」

 

 二人の前に置く。


「洒落てるなあ」

「モヒートが一番自信作です」


 グラスを持って一口飲んで、正孝と摩耶の顔がぱっと明るくなった。


「美味い!」

「これは、凄い!」


 智美が笑った。


「二人とも語彙が貧弱になってますよ」


 バーテンダーは四人で、他にテーブルに運ぶウェイターとグラスを洗う係と宣伝係を交代制で組んでいる。今は、コウキと智美と橋田と、もう一人が一組目のバーテンダーだった。


「いや、本物のお酒飲んだことないからなんて言えば良いのか……ね、正孝」

「うん。いやでも美味いよ、これほんとに」

「メニューは全部コウキが中心になって考えたんですよ」

「へえ……相変わらずコウキ君は凄いな」

「何すか」

「いや、何でも出来てさ」

「たまたま知ってることが役立ってるだけです」


 どうだか。正孝が言って、またモヒートを飲んだ。

 そろそろ、一組目の時間は終わり、二組目の子達が交代に来るだろう。今日に向けて、バーテンダー係には全員メニューの作り方を教えておいたため、レシピを見なくても作れるようになっている。コウキがいなくても大丈夫なはずだ。


 ウェイターの子が寄ってきて、店の外にも待っている客が出始めている、と耳打ちされた。


「私達のほかに誰か来た?」

「晴子先輩と未来先輩が来てくれて、あとは勇一も来てくれたかな」

「白井君、クレープ焼いてたよ」

「ガタイの良い白井がエプロンつけてクレープ焼いてるのは、ウけたな」

「マジですかぁ、後で見に行こ」


 一応、部の皆のクラスを見に行く約束をしていた。全て回り切れるか微妙だが、行けるだけ行きたいとコウキも思っている。

 二人と話していると、程なくして、外に出ていた二組目のバーテンダー係が戻ってきた。


「お疲れ~」

「お疲れ。頼むわ」

「任せとけや」


 ベストを脱いで次の子に渡し、智美とカウンターを出た。


「橋田達も休憩しようぜ」

「おー」

「はーい」

「じゃあ正孝先輩、摩耶先輩、ゆっくりしてってくださいね」


 正孝と摩耶が、軽く手を挙げて応えた。

 他の客の邪魔にならないように、さっと教室を出る。暗幕で薄暗くしていたため、廊下はやけに眩しく感じる。


「智美は今からどうすんの?」

「さっちゃんのクラス行く。ゲームコーナーなんだって」

「俺も後で行くかな」

「うん、行ってあげてよ。喜ぶよ」


 橋田ともう一人も教室から出てきた。眩しそうに手で庇を作り、それから橋田が伸びをして、大きく息を吐いた。


「疲れたなー」

「橋田、一緒に行こうぜ」

「おう」

「じゃ、私達は行くから。また後でー」

「おっけー」

 

 手を振って、智美がもう一人のバーテンダーの子と去っていった。


「俺達も行くか、橋田。どっから行く?」

「どこでも良いけど」

「じゃあ、中庭行ってみよう」


 賑やかな廊下を通って、階段を下りていく。


「なあコウキ」

「んー?」


 橋田が、頬をかいた。言いにくそうに、目線を揺らしている。


「何だよ」

「いや、実はさ……気づいてると思うけど、俺、桃子のこと好きなんだよ」

「ああ……うん、気づいてた」

「やっぱり?」


 照れ臭そうに、橋田が笑った。


「今日、一緒に回りたいんだよなぁ」

「え、回れば良いじゃん」

「それが、誘えなくて」

「何で?」

「断られたらどうしようか、ってさ」


 はしゃぐ女子生徒のグループとすれ違った。甲高い声が、遠のいていく。


「誘う前から気にしてても、仕方なくないか」

「そうだけどさあ」

「桃子さん、二組目のウェイターだったよな。なら、三組目の休憩で誘えよ」


 なおも、橋田が唸っている。


「桃子さん、好きな人いるぞ」

「ッはあ、マジ!?」

「うん、三年に」


 中々うまくはいっていないようだが、奏馬のことを、桃子は諦めていない。

 がっくりとうなだれた橋田の肩を叩いた。


「ぼやぼやしてると、他の人とくっついちゃうぜ。準備期間中、桃子さんと良い感じだったじゃん。誘ったら来てくれるだろ」


 渡り廊下から中庭に出ると、テントの下には、様々な飲食の出し物が並んでいた。中央の渡り廊下を挟んで東側は芝生や植物が植えられていて、そこが飲食店のスペースになっている。西は、外でやるアトラクション系の出し物がいくつか出店していた。


「今、桃子さんに恋愛対象として見られてないだろ」

「……多分」

「なら、意識させなきゃ。誘うのだって、その一つだ」


 テントの下で、咲が手を振っている。看板に大きく、一年五組チョコバナナ、と書かれている。

 

「やっほー、咲さん。一個ちょうだい」

「ありがと、コウキ君!」


 チョコレートを纏い、カラフルなスプレーが振りかけられたバナナを一本取り、百円を咲に渡した。


「休憩?」

「そう。うちノンアルコールバーだから、良かったら来てよ」

「行く行く! 元子ちゃんも一緒に行こうよ」


 咲の後ろに立っていた元子が頷いた。珍しくおさげではなくポニーテールにしているため、普段より華やかに見える。


「二人が来る頃なら、桃子さんがウェイターやってると思うから」

「はーい、またねー」

 

 二人のそばを離れ、中庭に設置されていた椅子に橋田と座る。橋田は、フランクフルトを買ってきたらしい。


「そういや、今日桃子さんもいつもと髪型違ったよな」

「ああ、そうだったな」


 普段、桃子は高い位置で縛ってポニーテールにしている。今日は低い位置で縛って、髪を前に流していた。


「髪型褒めてあげてさ、実行委員お疲れ、一緒に回ろうぜ、で良いじゃん」


 チョコバナナを一口かじる。大人になってから、一度も食べなかったものだ。久しぶりに食べると、高校生の作ったものでもあの味がして、懐かしさがこみあげてくる。昔は、チョコバナナが好きだった。


「女子を褒めるとかしたことねえよ、どうやってやるんだよ」

「じゃあ、見とけよ」

「え?」


 ちょうど、中庭を夕が通った。友達と歩いている。


「夕さーん」


 手を挙げると、こちらに気が付いた夕が近づいてきた。前髪を横に流して、ピンで留めている。


「やっほー、コウキ君。休憩?」

「そう」

「私もだよ。ゲームコーナー、後で遊びに来てよ」

「おっけー。ところで夕さん、今日髪型違うね」

「あ、うん。せっかくお祭りだから気分変えようと思って」

「良いね、似合ってるじゃん」


 言うと、瞬間的に夕が顔を赤くした。腕で顔を隠して、目を泳がせている。


「な、何急に!」

「いっつも下ろしてるから雰囲気違うなって。可愛いじゃん」

「~っ!? 私を褒めるな!」

 

 頭頂部を思い切り叩かれ、衝撃が頭を駆け巡った。


「ぐおぉ……いってぇ」

「褒める相手が違う! アホ!」


 顔を赤くしたまま、夕が友達と去っていった。


「……おい、コウキ。あれで正解なのかよ?」

「い、良いんだよ。感情が動いてただろ……褒めて反応が貰えたら、それで良いから。その後さらっと誘ってみろ。髪型いつもと違うじゃん、似合ってるな、で良いから」

「……わかった、やってみる」


 文化祭は、皆浮ついた気持ちになる。そういう時に異性として意識させることが出来れば、桃子に振り向いてもらえる可能性も上がるかもしれない。橋田の頑張り次第だが、決して桃子も橋田を嫌っていないだろうから、チャンスはある。


「頑張れよ」

「ああ」

「お、橋田ぁ!」


 野球部員だろうか。通りがかった坊主頭の男子生徒が近づいてきて、橋田の首に手を回した。苦しそうに橋田が呻いて、笑う。


「何してんだよ、暇ならゲームコーナ―行こうぜ!」

「あ、おう」

「じゃあな橋田」

「悪いな、コウキ。ありがとう!」

「良いよ」


 手を振って、橋田を見送った。チョコバナナを、もう一口かじる。チョコのぱりぱりとした食感と甘味が、口の中に広がっていく。

 中庭は、賑やかだ。通り過ぎる誰も彼もが笑顔を浮かべていて、見ているだけで楽しい気分になってくる。大人になってからは、わざわざこういう学園祭のような行事に足を運ぶことは、ほとんどなかった。中学校の文化祭は祭りというより発表会という感じだったし、実に久しぶりだ。


 小さい頃は、よく親に神社の祭りに連れて行ってもらい、イカ焼きやチョコバナナを食べてはしゃぎまわっていたのを思い出す。目を見張るような美味しい物があるわけではないが、この雰囲気の中で食べるから、特別な美味しさを感じた。

 こうして座っているだけでも、周りの人の、幸福に満たされた気持ちを感じ取れる気がして、コウキは好きだった。

 

「良い天気だなあ」

 

 呟いて、コウキは空を見上げた。

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