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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
131/444

八ノ九 「元吹奏楽部」

 花田高の職員棟一階の東端に、家庭科室はある。家庭科の授業以外では滅多に使われない部屋で、普段は家庭科部の部室として占領されている。他に使われるとすれば、この文化祭前の時期くらいだろう。飲食系の出し物をするクラスが、試食を作るために、許可を得て使うのだ。


 今まさに、コウキも家庭科室を借りて、メニューの試作をしていた。生姜を使った自家製のジンジャーエール、ミントとライムのモヒート、麦茶を使ったビール。ノンアルコールというよりジュースに近いが、これが意外と美味い。

 前の時間軸で、会社の友人と家であれこれと作ってみたことがあった。その記憶を頼りに、一緒にメニュー開発の担当になったクラスメイトと、手分けして完成させた。


 飾り付けはレモンやオレンジ、ミントなどを使って、色つきのストローを差せば、それなりの見栄えになる。


「こんなん作れちゃうなんて、コウキ君って、何者ー? 家でお酒飲んでんじゃないのぉ?」


 クラスメイトが、出来たばかりの試作を眺めながら言った。


「いやいや、これ、ノンアルコールですから。お酒じゃないんで」

「はいはい……ねね、飲んでいい?」

「うん」


 ノンアルコールモヒートを、クラスメイトが手に取る。そのまま一口飲んで、目を輝かせた。


「……んまっ!! めっちゃ美味しいじゃん、これ!」

「でしょ?」


 個人的には、ノンアルコール系の中で自作すると一番美味なのは、モヒートだとコウキは思っていた。爽やかな飲み口で、きゅっと喉を潤してくれる。ミントの緑が映えるのもポイントだ。

 作り方も簡単で、基本はミントのシロップを仕込んでおいて、炭酸と割るだけで出来る。

 これなら、実際に出しても受けるだろう。ジンジャーエールとビールの反応も良い。


「んじゃこの三つはメニューに入れよう。後はまた考える。俺は部活行くから、それ、飲んじゃって良いよ」

「えっ良いの!?」

「うん。手伝ってくれたし。じゃあね」

「ばいば~い」


 クラスメイトに手を振って、家庭科室を出た。

 今回試作した三つだけでなく、もういくつかメニューは用意しておきたいところだ。あらかじめ仕込んでおいて、当日クラスメイト達も分量通り混ぜるだけで出来るようにしておけば、コウキが張り付く必要もない。


 今頃、手が空いている他のクラスメイトは、廃材集めに奔走しているだろう。長い材や丸い材などがいくつも必要になる。さすがに、バーなのに学校の机と椅子では、あまりにも雰囲気がぶち壊しになるため、カウンターなどは自作するのだ。


 最初、バーというのが教師陣の不評を買って、没になりかけた。だが、担任の大川が、あくまでジュースだから、と言って通してくれた。

 せっかく年に一度のお祭りなのだ。堅苦しく縛らないでほしい。自由が、こどもの創造性を伸ばすのだ。大川は、それを分かってくれているのかもしれない。


「悪いな、月音。手伝ってもらって」

「いえ、時間ありますから」

「助かるよ」


 音楽室へ向かうために階段を上がろうとしたところで、上から話し声が聞こえてきた。女子生徒と教師らしい。何となく、その女子生徒の声が、気になった。

踊り場を、見上げる。二人が姿を現した。女子生徒の顔に目が行く。思わず、コウキは大きな声を出していた。


「なんだっ!?」

「何!?」


 教師と女子生徒が身体を飛び上がらせて、立ち止まった。見覚えのある顔だった。洋子と浜松の楽器店に行った時に、トランペットを試奏していた子だ。

 頭の中を、瞬時に様々な思いが駆け巡った。

 なぜここにいるのだろう。制服を着ている。花田高の生徒だったのか。リボンの色は、二年生。間違いなく、あの時の子だ。それよりも、あれ程の腕があって、なぜ吹奏楽部に入っていないのだ。


 固まっていたコウキを、女子生徒が怪訝な顔で見下ろしてくる。

 あまりにも唐突な再会で、どうして良いのか分からなかった。コウキが止まっていると、教師と女子生徒は顔を見合わせ、そのまま歩き出そうとした。

 慌てて、呼び止める。


「……あの! 俺、覚えてますか!?」

「は、はあ?」

「お盆に、浜松の楽器店で会いましたよね。トランペット吹いてませんでした?」

「え……ああ……」


 思い出したように、何度か女子生徒は頷いた。


「あの時の」

「いやほんとにびっくりです! 話、聞きたかったんです!」

「なんだ、月音、知り合いか?」

「え、いえ、一度だけ会ったことがあるだけです、先生」


 月音と呼ばれた女子生徒が、両手と首を振った。


「用があるなら、手伝いは良いぞ」

「そんな、手伝います」

「良いんだ。友達は大事にしろ」

「別に、友達じゃないです!」

「これからなるかもしれないだろ」

「でも、手伝うって言ったのに!」

「手伝いより大事なことがある。お前も、もっと人と接するようにしろ」


 教師は、笑いながらコウキの脇を抜けて歩き去った。それを見送って視線を戻すと、月音が、じろりとコウキを睨んでいた。


「……何、邪魔してくれてるの?」

「え、いや、そういうつもりじゃ」

「はあ……もういい」


 引き返そうとする月音を、呼び止める。


「あの、話、出来ませんか?」

「話すことなんてない」

「トランペット、上手かったですよね。なんで、吹部に入ってないんですか?」


 月音の動きが、止まった。背中を見せたまま、動かない。


「……てたよ」

「え?」


 何か呟いたようだが、聞こえなかった。もう一度声をかけようとしたが、月音は駆け上がるように、踊り場の向こうへ消えてしまった。

 入れ替わるようにして、はしゃぎ声を上げる女子生徒の集団が、階段を下りてきた。途端に、階段が騒がしくなる。


「花田高にいたのか」


 頭の中は、疑問だらけである。なぜ、あれほどトランペットの上手い人が、吹奏楽部に入っていないのか。始業式の日に、転校生の紹介は無かった。だから、ずっと花田高にはいたはずだ。まこや逸乃は、月音を知っているのか。そもそも、前の時間軸でも、月音はいたのか。


 考えても、分かることではなかった。直接、まこ達に聞いてみよう、とコウキは思った。

 もう一度会いたいと思っていた。月音の音は、コウキの理想の音に近かったのだ。彼女のような音がだせるようになりたい。トランペットについて、聞きたい話も山ほどある。

 それだけではない。花田高にいるのなら、絶対に吹奏楽部に入って欲しい。月音が今のトランペットパートに加われば、パートのレベルは各段に上がる。ファーストを逸乃と月音が吹いたら、ちょっと、凄いことになるだろう。


 気が急いた。早く、まこ達と話をしたい。













「なんで、コウキ君が月音ちゃんのことを知ってるの」


 夏休みが明けて、吹奏楽部の練習部屋は図書室から音楽室に戻っていた。

 パートの席に座って音出しをしていたまこに、月音の話をしたところだった。その名を聞いて、まこの顔色が変わった事にコウキは気づいた。


「盆休みの時に、たまたま楽器店で会ったんです。それで、さっき再会して」

「……そう」

「やっぱり、知ってるんですね」

「前まで、吹部だったからね」

「え……なんで、辞めちゃったんですか?」

「辞めたんじゃない、丘先生に辞めさせられたんだよ、今年の二月に」

「……何が、あったんですか?」

「知ってどうするの?」

「月音さんに、吹部に戻ってきて欲しい。あの人の音は、吹部に絶対必要です」

「……無理だと思うな。丘先生が許さないよ」

「なんでですか」

「喫煙で、停学になってるから」


 喉が、詰まったようになって、声を出せなかった。

 構わず、まこが続ける。


「それで、丘先生が退部させたの。誰もかばえなかったよ。喫煙じゃあ」

「……本当に、喫煙してたんですか?」

「じゃないの。だから停学になったんだし」

「誰が目撃したか、まこ先輩は知ってますか?」

「生徒指導の先生、だったかな」


 松田か。熱血漢の教師だ。


「あきらめたほうが良いよ。月音ちゃんは、戻ってこれないと思う。それに、月音ちゃん本人は戻りたいと思ってるの?」

「それは……聞いてません」

「じゃあ、コウキ君が勝手に暴走してるだけってことか。今回ばかりは、コウキ君に動く余地は無いと思うよ」

「でも」

「練習、始まるよ。あと、逸乃ちゃんには月音ちゃんの話しないでね。苦手意識があるから」


 楽器、準備して。

 まこに言われて、渋々、コウキは音楽室を出た。


 あれほど美しい音を出す人が、喫煙などするのだろうか。 

 楽器店で見た月音は、ちょっと吹いてみたとでもいうかのように、さらさらとトランペットを吹いていた。それなのに、耳に心地よい、艶のある音だった。

 何でもない時に出す音があれほど綺麗な人というのは、それだけ音に対してこだわりのある人だ。そんな人が、喫煙などという行為をするとは思えない。


 釈然としない思いが、コウキの胸の内に渦巻いていた。













 職員棟の二階に、生徒指導室はある。生徒指導の教師はここに詰めている時が多く、やらかした生徒が呼び出される場合は、大抵ここである。それだけに嫌われている部屋で、平常時ではほとんど近寄る生徒はいない。

 その扉の前に立ち、コウキは二度、扉を叩いた。


「どうぞ」


 野太い声が室内から聞こえてきた。


「失礼します」


 扉を開けて、中に入る。電気を点けていないため、少し薄暗い。入ってすぐのところに、面談用のソファが二つとローテーブルが置かれている。窓の傍には教員机が四つ向かい合わせで並び、書類やファイルが山積みになっていて、雑然とした印象を受ける。その陰から、男の教師が顔を覗かせた。


「一年四組の、三木コウキです」

「うん? 呼んだ覚えはないが」

「はい。松田先生にお聞きしたいことがあって来ました」


 松田が、身体をこちらに向け、首を傾げた。


「何だ?」

「今年の二月に起きた、吹奏楽部員だった山口月音さんの停学について」

「山口の? 何で一年生が知りたがる」

「吹奏楽部員だからです。山口さんを、吹奏楽部に戻したいんです」


 ぎしり、と松田の座る椅子が音を立てる。


「戻せば良いじゃないか」


 意外な言葉だった。


「丘先生が許さないだろう、って先輩達は言っていました。山口さんは、喫煙をしたから停学になった。だから、丘先生が退部させた、と」

「何?」

「……違うんですか?」

「山口は、吸っていない」

「……どういうことでしょうか」

「山口と一緒に居た生徒が吸っていたのだ。私が見つけた時、山口は吸っていなかったが、一緒に居た。だから、停学にした」

「やっぱり」

「丘先生もそれは知っているはずだぞ。私が説明したからな」

「じゃあ、なんで丘先生は……」

「直接聞け。私は忙しい」


 手で追い払う仕草をして、松田はコウキから目を外した。


「……ありがとうございました」


 頭を下げて、生徒指導室を出る。

 やはり、月音は喫煙はしていなかったのだ。ならば、なぜ丘は月音を辞めさせ、月音は退部を受け入れたのだろう。

 ここであれこれと考えていても、仕方がない。松田の言う通り、本人達に聞くべきだ。

 渡り廊下を抜け、生徒棟の三階に上がった。二年生の教室がある。授業は終わっているが、もしかしたら、まだ月音は教室にいるかもしれない。

 一つずつ、教室を覗いていく。どこにもいない。まこか、二年生の誰かに月音のクラスを聞いておくべきだった。


「あん、一年じゃん。何してんの」


 教室から出てきた男子生徒に声をかけられた。


「何か用?」

「あ、山口月音さんを探してるんですが」

「山口? あー、五組じゃね?」

「いませんでした」

「なら帰ったんだろ」

「そうですか、ありがとうございます」


 男子生徒に頭を下げ、階段を下りる。クラスが分かったのなら、下駄箱を見れば良い。

 生徒玄関に向かい、二年五組の靴箱を見た。月音のネームプレートがついている場所には、ローファーが入っている。まだ、校内にはいるようだ。図書室か職員室か、あるいは文化祭の準備で家庭科室などかもしれない。

 早歩きで、職員棟に向かった。一階の家庭科室と職員室を覗き、それから、三階の図書室へ向かった。


 そこに、月音はいた。一番奥の席に座って、窓側に身体を向けて目を閉じている。開け放たれた窓から、吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。コウキは、練習を抜け出して来ていた。


「月音さん」


 ぴくりと、月音が反応した。目を開けて、こちらを見てくる。露骨に、嫌な顔をされた。


「また君?」

「ごめんなさい、まだ、名乗ってなかったですね。一年の三木コウキです。トランペットです」

「それは知ってる」

「え、なんで」

「東海大会、聴きに行ったから。楽器店で会った子だとは、気がつかなかったけど」

「そうだったんですか。ありがとうございます」


 月音が鼻を鳴らした。


「何の用?」

「回りくどい話し方は得意じゃないんで、はっきり言います。月音さんに、吹部に戻って来てほしい」


 月音の動きが止まった。


「楽器店で聴いた月音さんの音は、俺の理想にとても近い音でした。技術力も逸乃先輩に負けないくらいあると思いました。月音さんが戻ってきたら、うちのパートはもっと凄くなる。だから」

「無理だよ」


 ばっさりと切り捨てるように、月音が言った。


「私は戻れない」

「でもっ、松田先生に聞きました。月音さんは喫煙してなかったって。なのに、なんで退部させられたんですか。丘先生もそのことは知ってるはずだって、松田先生も言ってました」


 ふ、と月音が笑った。


「実際に吸ってたか吸ってなかったかなんて関係ない。喫煙者と一緒に居た。それで、停学になった。そういう生徒が部にいたら、最悪、定期演奏会は中止とか、活動自粛になる可能性があった。だから、退部させられた」


 部員が喫煙や暴行の事件を起こして、部全体で活動中止になる事例は、珍しくない。二月と言えば、一か月後に定期演奏会を控えていた時だろう。そんな時期に問題が表に出たら、確かに、そうなった可能性はある。


「だからって、もう、半年以上経ったじゃないですか」

「そんなの、丘先生に言いなよ。私がどうこう出来る問題じゃない。それに、私はもう吹部に戻るつもりはない。私が居たら、皆に迷惑がかかる。そんなの、嫌」

「嘘だ」


 月音は、自分を誤魔化している。


「嘘じゃない」

「嘘です。月音さんは、部に戻りたいと思ってる」

「はあ? 決めつけないで」

「そうじゃなかったら、ここで、窓を開けて、吹部の音を聴いたりしてない」


 月音が、ぐ、と息を呑んだ。戻るつもりの無い人間が、授業後に図書室へ来て、本も読まずに窓の向こうに意識を向けている訳がない。


「そんなんじゃ、ない」

「嘘つくのが下手ですね」


 目を逸らしたまま、月音は何も言わない。


「俺に、手伝わせてください。俺が動きます。月音さんが戻ってこられるように」

「無理だって」

「無理じゃない。待っててください。今日から動きます。絶対に、戻してみせます」


 ゆっくりと月音の視線が上がってきて、コウキの視線と交わった。

 窓の外から、帰宅する生徒の、華やいだ声が聞こえてくる。


「……なんで」


 月音が言った。


「なんで、そんなことを君がするの。私のこと、何も知らないじゃん」


 確かに、ほとんど月音のことを知らない。だが、それはコウキにとってはどうでも良い。


「吹奏楽部員だった。そして、また戻りたいと思ってる。それだけで、十分です」

「おかしいよ……」

「おかしくない。それに、俺にとってもメリットはありますよ」

「……メリット?」

「俺は、もっと上手くなりたい。月音さんに、色々トランペットを教わりたいんです。それには、一緒に部活をしてる方が効率的だ。ね、自分の為でもあるんですよ」


 笑いかけると、月音は驚いた顔を見せて、それから少しだけ微笑んだ。


「変な奴だね、君」

「まあ、否定はしません」


 月音が吹奏楽部に戻ってくることは、コウキのためであり、月音のためであり、部のためである。来年こそは、全国大会へ行く。そのために、月音という奏者は不可欠だ。

 全員にとって、これは意味のあることなのだ。

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