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青春ユニゾン  作者: せんこう
小学六年生・美奈編
13/444

十二 「別れ」

 卒業式は、快晴に恵まれた。特別な日にふさわしい、晴れ渡る空。暖かな日差しが、式が行われている体育館に降り注いでいる。


 厳かな空気に包まれた体育館で、壇上の校長から一人一人名前が呼ばれていく。証書を受け取り、在校生からの贈る言葉やお偉い人の話などを聴いて、式は順調に進んだ。


 六年生が自分達の思い出を語るシーンは、思わず笑いそうになるくらいの懐かしさがこみあげてきた。

 選ばれた生徒が、順番に思い出を声に出すのだ。この言わされている感が何とも言えなかったが、周りの子はみんな泣いているし、自分だけ真面目な顔で複雑な心境だった。


 だが、前の時間軸では、皆泣いていなかったと思う。

 それだけ、このクラスを良いものとして感じてくれたのかもしれない。そう思うと、コウキも嬉しかった。


 長い校長の話が終わり、練習してきた歌を歌い、無事に閉式した。

 感傷のようなものは、あまり大きくない。記憶が戻ってきたとはいえ、実際に生活したのは半年程度だし、六年生の皆とはまた中学で会える。

 

 教室に戻ってからは、保護者も集まり、担任からの最後の言葉を聞く時間だった。 


「……コウキ、立ってくれるか?」


 話半分で聞きながらぼけーっと外を眺めていたコウキは、担任に名指しされ、慌てて立ち上がった。


「何でしょう」

「コウキは、変わった。二学期から、本当に変わった。このクラスも、間違いなくコウキのおかげで良くなったと先生は思う。きっと皆もそう思ってるだろ?」


 担任が問いかけると、クラスメイトが一斉に頷いた。


「一学期まではそんなに目立たない生徒だったのに、いつのまにかコウキが皆をひっぱってくれるようになった。おかげで、このクラスは先生が今まで担任してきたクラスの中で、一番良いクラスだった。コウキが、いじめや陰口を無くすと宣言した話は、先生も聞いたよ。本当に、やってのけてしまうんだから、凄い。先生にも、出来なかったことだ。本当にありがとう、コウキ」


 誰からともなく、拍手が沸き上がる。

 その教室の様子に、ぽかんとしてしまう。クラスメイトから口々に声をかけられ、これまで自分がしてきたことに対する、感謝の言葉を浴びた。

 現実感の無い状況に、戸惑う。

 自分が、感謝されている。そんな事が、あるのか。


 不意に、涙が溢れて、慌てた。

 止めようと思ったのに、次から次へと涙がこぼれて止まらない。


 大勢にこんなに感謝されたのは、生まれて初めてだった。今までの人生は、あまり人と積極的に関わってこない人生だった。

 人に温かい言葉をかけられる事がこんなにも嬉しいものなのだと、初めて知った。泣いているのが恥ずかしいやら嬉しいやらで、その後の担任の話もよく聞こえていないまま、解散となった。


 クラスメイトに囲まれて、色々と話した。離れがたい思いを、皆が抱いていたのかもしれない。

 だが、次第に親に連れられて一人、また一人と教室を後にしていく。

 別れというほど、強い別れではない。中学で、また会える。それでも、このクラスが作られる事は、二度とない。そう思うから、皆、後を引かれるような顔で教室を出て行くのだろう。

 

 コウキの母親は、息子のクラスでの立場に驚いていたようだ。

 コウキ自身も、あまり学校の話をしないので、気づかなかったのだろう。担任からは聞いていたかもしれないが、その目で見て、初めて実感したのかもしれない。


 コウキがまだクラスメイトから解放されそうになかったので、母親は先に帰る、と告げて教室を出ていった。

 担任と何か話しているのが見えたが、クラスメイトの輪ですぐに見えなくなった。


「コウキ君」


 輪の端っこから、美奈が声をかけてくる。それに反応して、クラスメイトが沸き上がった。茶化すような者もいたが、無視して、美奈のほうへ向かう。


「二人で話せる?」

「あ、うん」


 クラスメイトやその親に見られながら教室を出るのは、かなり恥ずかしかった。彼らに別れを告げて、教室を出る。美奈の母親も、先に外に出たらしい。

 二人で話せる場所ということで、図書室へ向かった。開いているかは分からなかったが、ちょうど図書室の先生が来ていて、快く開けてくれた。


「もしかしたら二人が来るかもと思ってね」

「ありがとうございます、先生」

「君達が、一番図書室を使ってくれたね。寂しくなるよ」

「ここの本、先生の選書ですか?」

「全部じゃないが、そうだよ、コウキ君」

「良い本ばかりでした」

 

 図書室の先生が、ちょっと目を見開いて、それから笑った。


「ありがとう。卒業、おめでとう」


 気の利く先生だった。

 こどもの話に真剣になってくれる人で、小学校の教師の中で先生と心から呼べたのは、彼だけだ。


「私が閉めるから、そのまま出て行っていいからね」

「ありがとうございます」


 先生が去って行くのを見送って、二人で中へ入る。窓際に向かい、外を見ると、卒業生達が校庭ではしゃいでいた。


「お別れだね」


 美奈が寂しそうな表情で、ぽつりと呟く。窓の外を見ているが、その景色は目に映っていない。


「そうだね」

「コウキ君のおかげで、すごく楽しかったよ。ありがと」

「うん」


 沈黙。

 外の声がかすかに聞こえる。それだけの、静かな空間。

 ここで、二人の時間を多く過ごした。たった半年でも、濃い時間だった。甘く、まったりとした水に浸かっているかのような、そんな時間。

 もう、その時間は、来ない。


「俺、皆と仲良くなれて楽しかった。でも、正直言って、大勢が仲良くなるためには気を遣う場面も多くて、落ち着かない時もあったんだ」


 気づいたら、話し出していた。

 美奈と目が合う。


「けど美奈ちゃんと二人の時は自然体でいられて、すごく落ち着いた。俺こそ、毎日がすごく楽しかった、ありがとう」


 今伝えておかないと、これから先伝える機会はないかもしれない。そう思うと、言葉がどんどんと出てきた。


「二人で話してる時が、一番楽しかった。美奈ちゃんの事は、忘れない」

「うん」


 笑顔を交わす。

 泣きそうになった。美奈の目も潤んでいたが、お互いに決して泣かなかった。泣けば、心が揺らぐ。

 美奈が、深く息を吸った。


「実はね」


 窓に背を向けてもたれかかり、言った。


「一学期までは、コウキ君の事、苦手だったんだよ」

「えっ?」

「あんまり話した事なかったけど、コウキ君がたまにいじめをしてるのとか見てたし、コウキ君も人に馬鹿にされたりして、怒ったりしてたじゃん」

「……うん」

「だから、ちょっと……怖い人だと思ってた」

 

 それが普通だろう。

 自分でも、こどもの頃の自分は最低な人間だったし、あまりにも短気すぎたと思っている。 

まして女の子からすれば、そんなコウキは恐怖の対象になっていたとしても無理はない。


「でも、たまたま始業式の日に忘れ物して教室に戻ったら、コウキ君が喜美子ちゃんに謝ってるのを見かけたんだ」

「え、そうだったんだ」

「うん。それからなんかコウキ君の雰囲気ががらっと変わって、喜美子ちゃんに約束した通りクラスのいじめとかどんどん減らしていって。それに、全く怒らなくなったし。言った事を、ちゃんとやる人なんだな、って思った。コウキ君の事を見てたら、どんどん気になってきちゃったんだよね」

「それで、探偵ごっこ?」

「それはっ!」


 顔を赤らめたのを見て、笑った。美奈も、噴き出すように笑う。

 しばらく笑ってから、美奈は顔を曇らせた。

 

「……私もね、いじめとか見ない振りしてて、ずるい人間だった。そばでいじめられてる子がいても、助けてあげられなかった。自分もいじめられたらどうしようって思ったら、怖くて……だからね、嫌われるかもしれないし、いじめられるかもしれないのに、皆の中に入っていって、ほんとにいじめを無くしていったコウキ君を見て、凄いなって思った」


 いじめを見て見ぬ振りをせず止めるのは、勇気がいる。もしかしたら自分もいじめの対象になってしまう。そう思って足踏みしてしまう気持ちは、コウキもかつてそうだったから、理解できた。

 黙って、美奈の話を聞き続ける。

 

「コウキ君が、一緒に遊んでくれるようになって、すごく嬉しかったよ。そのおかげで友達もたくさん増えたし。本のお話もいっぱいできて、夢みたいだった」

「うん」


 美奈がこちらを向く。そっと、両手を握ってきた。

 彼女の手はほんのり温かくて柔らかい。その手に包まれて、冷えていた自分の手がほぐされていく。


「私、絶対コウキ君の事、忘れない。元気でね」


 泣き笑いのような、せつない表情だった。

 言葉が出ず、頷きを返すのが精一杯だった。


「あ……お母さん」


 窓の外を見て、美奈が呟く。校庭にいる美奈の母親が、手を振っている。


「行かなきゃ」

「……うん」


 美奈は手を離すと、母親に手を振り返し、扉へ向かった。出ていく直前に、ゆっくりと振り向いて、小さく手を振ってくる。

 その顔は、笑っていた。


「ばいばい」

「……うん」


 手を振り返して、美奈が出ていくのを見送る。

 扉が閉まった後も、言い表せない気持ちで胸がいっぱいで、コウキはしばらくそこに佇んでいた。


 美奈も、この関係が中学の後も続くか分からない事を、理解していたのだろう。

 気持ちを告げてしまえば、離れているのが辛くなる。その思いは、好きという気持ちも歪めてしまいかねない。

 だから、決定的な言葉は、互いに言わなかった。

 それを理解できる子だったから、好きになれたのだ。


 校庭にいる卒業生の数は次第に減り、在校生の姿がちらほらと見えはじめる。彼らも終わったらしい。

 ぼんやりとその様子を眺めていたら、図書室の扉が開けられた。


「あ、やっぱりいた」


 聞き覚えのある声に振り向くと、洋子が立っていた。


「よくわかったね」

「多分いるかなって思った」


 そう言って、隣へやってくる。


「卒業おめでとうございます」


 頭を下げられたので、礼を返す。 

 今日の洋子は、ここ数日の暗かった様子と打って変わって、しっかりしていた。


「もう帰るなら、一緒に帰ろ」

「ああ、いいよ」

「拓也君は、お母さんと帰っちゃった」


 今日は家族でパーティをすると言っていた。だから早めに帰ったのだろう。どうせ、春休みにも会う。

 洋子と並んで、校門を出る。道路の脇に植えられている桜は、まだ咲いていない。


「明日から、寂しいなぁ」


 小さな声で、洋子が呟く。


「一人で、やっていけるかな」

「それ、拓也と二人で話してたんだけどさ。俺たちは卒業しちゃうけど……中学に上がっても、学校の後とかに、お互いの家でご飯食べたり遊んだりしようよ。それならすぐまた会えるし、いつでも行き来できるじゃん」


 それを聞いた洋子の顔が、少し明るくなった。


「ほんと? したい!」


 笑いかけて、頭を撫でてあげる。


「学校での事は、見ていてあげられなくなる。だけど、洋子ちゃんには友達もいる。だから、きっと大丈夫だ。どうにもならなくなったら、俺と拓也に言って。助けるから」

「……うん!」


 笑った洋子の姿を見て、さっきまで沈んでいた胸の中の気持ちが、少し和らいだ気がした。

 洋子はいつもコウキを温かい気持ちにしてくれる。洋子のような妹がいたら、きっと毎日楽しいのだろう。


「お母さんにも伝えといて」

「わかった! ねえコウキ君、手繋いでいい?」

「ん、いいよ」


 差し出された手を握る。やわらかく、小さな手の感触。

 そのまま、二人で繋いだ手を振りながら歩いた。

 

「何かあったら、すぐ電話してきて。一人で悩まずにさ」

「はーい」


 元気よく手を挙げる洋子。

 顔を見合わせて、笑った。

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