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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・秋編
126/444

八ノ四 「あと二日」

 今日も、活動時間を延長して、十九時まで合奏が行われた。朝の九時からだから、休憩を除くと、八、九時間、合奏をしていたことになる。

 さすがに、丘も部員も、疲労した様子を隠そうとしなかった。


 前に立つ都が、配布された資料の説明をしている。 


「明日は朝七時に全員登校完了してください。七時半に業者さんのトラックが来るので、楽器を積み込んで、バスが到着次第、乗り込んで三重県に向かいます。二枚目を見てください。明日の宿の部屋割りを、涼子ちゃん先生が決めてくれました。各自、確認しておいてください。ホール練習の後、宿に着いたら、荷物を部屋に置いて、すぐに食堂に集合してください。お風呂の時間も分けてあるので、間違えないように。ミーティングは、バスで行います」

「はい」

「この後は、明日の積み込みが早く終わらせられるように、全員で一階まで楽器を下ろします。打楽器以外の人は、自分の楽器を片付けて下におろして、終わったら打楽器を手伝ってください。純也君は下で、トラックに積み込む順番に並べる指示を出して」

「わかりました!」


 純也の威勢の良い返事が響く。打楽器の純也は、楽器の積み込み係だ。大会やイベントで楽器移動がある時は、純也が積み込む順番決めや持っていく楽器の最終確認を行う。積み込み係の力量で作業効率が変わるため、意外と重要な仕事であり、それについて、純也は申し分ない仕事をする。


 いつもより威勢が良いのは、都から言われたからだろう。純也は、都には従順だ。


「では、丘先生、お願いします」


 頷いて、丘が顔を上げた。


「いよいよ、明日は三重入りです。明日のホール練は、非常に重要なものとなります。一秒も無駄には出来ません。全員、集中して動いてください」

「はい!」

「寝不足や遅刻は厳禁です。今日は、早く寝るように。目覚ましは使わず、自然に目覚めることを心がけてください」


 丘は、よくこれを言う。目覚ましで起きるより、自分の感覚で目覚めたほうが、体調が良くなるから、と。


「後悔しないように、出来ることは全てやる。いいですね?」

「はい!」


 それで、ミーティングは終了となった。部員が、わらわらと動き出す。ひまりがいても、邪魔になるだけだ。図書室から出て四階へ向かおうとしたところで、丘に呼び止められた。


「明日のホール練習と本番の日のリハで、貴方に頼みたい仕事がある」

「仕事、ですか?」

「時間計測をお願いします」

「えっ」

 

 それは、卒部生の仕事だった。

 コンクールでは、演奏時間は十二分と決められていて、一秒でも超えると失格となってしまう。だから、どの学校も時間には細心の注意を払う。花田高も、通し練習などで何度も時間計測を行い、規定時間を超えないように繰り返し練習してきた。


 それはホール練習や本番前最後のリハーサルでも同様だ。演奏する現役生は時間計測をする暇が無いので、手伝いに来てくれる卒部生がその仕事を引き受けてくれている。丘は、それをひまりにやらせると言っている。


「私で良いんですか」


 時間計測をしたことは無い。もし、リハーサルの時に時間計測を失敗すれば、それはすなわち、最後の確認が出来ないまま本番に臨むということだ。部員の不安を煽ることになりかねない。


「貴方にこそ、頼みたい。部長とも相談して決めました。やりかたは、明日来てくれる卒部生が教えてくれます」

「……分かりました」


 どうせ、やることも無かった。仕事がもらえるなら、ありがたい。吹けなくなってしまった分、何かで役に立ちたい。それくらいしか、もうひまりに出来ることは無いのだ。


「分かっていると思いますが、重要な役目です。適当に任せているわけではありません。頼みましたよ」

「はい」

 

 頷いて、丘は階段を下りていった。ひまりは、階段を上がって、総合学習室の自分の鞄を置いてある席に座った。


 星子のソロは、驚くほど良くなった。何かを表現しようとしているのだということが、伝わってくるソロである。バンドの音も、ひまりの抜けた穴があるとは思わせないようなものに整えられ、完成度の高い演奏になった。

 音に表れていた部員の動揺や不安を、感じなくなっていた。何があったのか、本当に急に変わった。一晩で、がらりとだ。


 昨日、登校すると、梨奈に仕事を手伝って欲しいと言われた。職員室で、先程配布された資料を二枚一組に仕分ける作業をやった。あの時、練習の音は聴こえなかった気がする。もしかしたら、ミーティングでもしたのかもしれない。それで、変わったのではないか。


 どんな内容を話したのか、気にはなるけれど、ひまりのいないところで行われたのだから、自分に関連する話だったのだろう。そうなら、知りたくはない。


 しかし、演奏が立て直されたと言っても、全国大会に届く程の演奏かというと、そこまでとはひまりには思えなかった。部員は、まだ諦めていない。そういう顔をしている。ひまりも、一緒になって信じたい。けれど、自分はもう部外者だ。一緒にいても、一緒に吹いていない。あの輪の中にいない。この状況を作り出した、張本人でもある。

 部員と同じように燃え上がることが、出来ない。


 明日からも同行はするし、仕事も与えられたけれど、自分がいる必要があるのか、とひまりは思った。

 内心ではひまりを責めている部員も、大勢いるはずだ。ひまりがそばにいれば、悪影響なだけではないのか。星子とも、骨折以来、二人では話していない。何を話せば良いのかも、分からない。


 階下から、部員達がせわしなく動く音が聞こえる。微妙に熱を持ったように感じられるその音からは、東海大会を目前にする部員の高揚感が伝わってくる。

 冷え切ったひまりの心とは、正反対だ。


 

 


 

 




 


「ああ、コウキ君、智美ちゃん、おはよう」

「おはよう、元子さん」

「やほー」

 

 駐輪場でコウキと智美と一緒になった。自転車の籠から鞄を取り、並んで歩き出す。

 

「今日はゆっくりなんだね、二人とも」

「昨日のうちに楽器下ろしてて朝練出来ないからな」


 二人は、いつも一番に登校しているらしい。


「毎日ガッツリ練習してて、疲れない?」


 元子は、とにかく吹いて吹いて吹きまくる、というのは好きではなかった。


「短い時間で集中したほうが、効率的で良いと思うんだけど」

「んー、俺も、どっちかっていうとそれに賛成だけど、智美はまだ初心者だからな。今は智美が吹きたいだけ吹いたほうが良いと思ってる。ガンガン伸びる時期だから」

「コウキは私に付き合ってくれてるんだよ。私がもっと吹きたいって言うから」

「へー。まあ、吹きたいと思う気持ちがあるなら、悪いことではないね」


 練習のために長時間吹くのは、愚の骨頂だ。単なる時間の浪費でしかない。吹きたくて吹いているなら、それはありだろう。


「私は、もっと吹いていたいくらいだよ。全然足りない。もっともっと上手くなりたいから」


 智美は元子達より遅れて入部してきた。最初は陸上部で、そこを辞めて移ってきたのだ。後から入った分、他の部員より技術的にも遅れていた。


 練習量は、恐らく他の部員の何倍も重ねてきている。智美が元子より遅く来たり、元子より早く帰るという姿を、見たことが無かった。

 今では、もう初心者とは呼べないくらいには、腕が上がっている。智美一人だったら、ここまでにはなっていないかもしれない。コウキがついていたからこそ、ここまで伸びたのだろう、と元子は思った。

 

「二人のことは、尊敬するよ、まったく」

「何、急に?」

「別に」


 元子も、部活動に力を注いでいる。けれど、二人のように生活の全てを捧げる程の努力は、出来そうにもない。

 素直に、二人の行動力に感心してしまう。

 

「全国大会、行きたいね」


 思わず、言っていた。


「うん、行きたい」

「ああ」


 生徒玄関で、スリッパに履き替える。職員棟に移動すると、整然と並べられた楽器の前で、純也が一人で紙を片手にぶつぶつと呟いている姿があった。積み込み前の確認をしているのだろう。普段は不良のように突っ張っている馬鹿らしい男だが、こういう時は真剣に仕事に打ち込んでいる。その点は、認めても良い。


 階段を上がって総合学習室に入ると、すでに結構な部員が揃っていた。

 七時前には全員集合し、朝の短いミーティングも行われた。それがちょうど終わる頃、開け放たれた窓から、トラックが後進する時の警告音が聞こえてきた。運送業者が到着したのだ。


「よし、皆移動開始してください。素早く積み込みます」

「はい!」


 それからは純也の指示で、積み込み作業が行われた。トラックの中で楽器が動いたら、破損や変形につながる。決して動かないよう、パズルのピースをはめるように、積み込んでいく。


 効率重視ならリレー形式で楽器を手渡していく方が良いが、手が滑って落としてしまう可能性もある。それを避けるため、各楽器に一人ずつ付いて、呼ばれた楽器の担当者から運んでいく方法で作業は行われた。

 大物の打楽器類はぶつけないよう、複数人で抱えて慎重にトラックへ載せていく。


「声かけあって!」


 純也の指示が飛ぶ。通ります、上げます、下ろします、せーの。部員の掛け声が飛び交う。ほんの少しの意思疎通の乱れが、楽器の事故につながる。そういうミスか起きないよう、花田高はきっちりとしている。

 大した時間もかからず、積み込みは終わった。

 丘と涼子も顔を見せ、全員で運送業者の前に並んだ。


「お願いします!」

「はい、確かにお預かりしました! 安全運転でお届けします!」


 帽子をとって、業者の男性が言った。今年のコンクールは、全てこの人が楽器を運んでくれている。互いに信頼関係の出来上がっている仲だから、安心できる。

 トラックが出発するのを見送ると、入れ替わるようにしてバスが急坂を上ってきた。


「バス来ました。荷物持って靴を履き替えたら、職員玄関前に集合してください!」

「はい!」


 わらわらと散っていく。


「元子」

 

 肩を叩かれた。振り向くと、ファゴットの同期の中野ゆかだった。


「なに?」

「一緒に行こ」

「良いよ」


 バリトンサックスは、普段はサックスパートとして行動するけれど、たまにファゴットやバスクラリネットの所属する木管低音パートに組み込まれることもある。それで、ゆかとは比較的話す方だった。内気な子だが、ファゴットの腕は三年の都より上だ。プロのレッスンも受けているのだという。


「調子はどう、ゆか」

「緊張してる」

「リードは?」

「それはばっちり」


 木管楽器は、リードという薄い薄片を振動させて音を出す。同じリードでも一枚一枚当たり外れがあり、本番のために良いリードを温存しておく奏者は多い。

 元子も、今日と明日のための良いリードを用意してある。


 全員靴を履き替えて集合し、バスへパート毎に乗った。元子の隣はゆかだった。三重県の練習ホールまでは、二時間半ほどかかる。


 移動の間、歌合奏が行われた。楽器ではなく歌で課題曲と自由曲を合わせるのだ。少しでも、やれることはやる。それが、花田高だ。

 奏馬の手拍子に合わせて、歌声が車内に響き渡る。歌でも、発音や音量、音程、アクセント、音の処理などを揃えていく。

 合奏において意識するところは、声でも楽器でも同じだ。二時間半という時間を雑談で過ごすか、歌って過ごすかは、大きな違いだろう。


 それに、歌を恥ずかしがるような者がいるとしたら、楽器演奏の時にも影響が出る。そうした些細な所から、合奏の綻びは生まれる。丘は、それを気にする人だから、基礎合奏でもソルフェージュの一環として歌っているのだ。

 今の花田高に、歌を嫌がる子はいない。

 丘は、今も、おそらくバスの最前列で歌合奏を聴いて、何か思いを巡らせているのだろう、と元子は思った。

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