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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・夏編
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七ノ二十六 「リーダー決め」

 全開にされた窓から、蝉の騒がしい鳴き声が聞こえてくる。校舎の壁に止まっているのか、やけにうるさい。お盆を過ぎても日中はまだまだ暑く、音楽室は太陽に熱せられてむっとしており、図書室の冷房に慣れた身体には不快だった。

 

 今は図書室で練習が行われているため、音楽室は物が無く広々としており、そこに黒板に向かう形で椅子を並べて部員が座っている。一年生のリーダー決めが、これから始まるのだ。

 

 すでに丘と佐原も到着していて、端に寄せられたピアノの傍にいる。

 さっと音楽室を見回すと、落ち着かない様子の子がちらほらといるのが見て取れた。そのほとんどが、一年生だ。


「では、始めます」


 ざわついていた部員が、晴子の一声でさっと静まる。

 晴子は、一度咳払いをして、黒板の前に移動した。


「これから決めるリーダーは、基本的に卒部するまでの約二年半務めることになります。まだ三年生の補佐的な立場とはいっても、リーダーであることに変わりはないから、その自覚と責任が求められます。それと、出来れば立候補で五役職が決まると嬉しいなって私は思います。私自身は推薦でなった部長だけど、やっぱり部を引っ張っていく立場だからこそ、自分からやりたいと思う子が務めることが一番良いと思うの」


 一年生の放つ空気が、重みを増した。


「でも、誰がリーダーになるとしても、後悔や争いが無いようにしてほしいです。仮にリーダーになった子が今時点ではまだ力不足だったとしても、私達上級生がしっかりと育てるから、三年生になる頃には立派なリーダーになってるはずです。だって、私だってこうやって部長やれてるもん」


 晴子の言葉に、小さく笑い声が上がる。


「複数人が立候補や推薦で出た場合、誰か一人が選ばれて他の子は落選ということになるけど、それも、落ちた子がリーダーにふさわしくないという意味ではないって事は、心にしっかりと刻んでおいてほしいです。そこで争いが生まれたら、リーダー決めなんて無かった方が良いじゃんってなっちゃう。リーダーだけが部の運営方針を決めるわけじゃないし、リーダーじゃないから口出ししちゃいけない訳でもありません。リーダーになれなくても、部の一員として、どんどん行動してほしいです。花田吹部は、皆で作る部活だからね」


 晴子の話の後、各役職の仕事内容や立場、それと今日の進行について、副部長の都から細かな説明があり、それからリーダー決めの時間となった。

 丘や佐原は、特に何も言わないことで打ち合わせをしてある。部長と副部長が中心となって、生徒だけで進める。


「では、例年だと副部長から決めるけど、今年は先生方と相談して学生指導者、部長、副部長、金管木管セクションリーダーの順番で決めていきます」


 晴子の言葉に、二、三年生がざわついた。いつもなら副部長を決め、金管木管セクションリーダーを決め、学生指導者を決め、最後に部長を決めるのが恒例だから、驚くのも無理はない。

 静かにして、と都が手を叩いて、ざわめきを止めた。


「それじゃ、もったいぶってもしょうがないからどんどん進めていきます。最初に、学生指導者を決めます。立候補する子は手を挙げてください」


 晴子が言うと、真っすぐに一人がその手を挙げた。コウキだ。

 やはり、来た。晴子はそう思った。


 そもそも一年生のリーダー決めを例年より早めた理由は、コウキを早く全員にリーダーとして認知させたいという思惑を丘が持ったからだ。そして、丘も、佐原も、晴子も、摩耶も、コウキは学生指導者にするべきだという意見で一致した。奏馬と正孝にも探りを入れたところ、二人も同じ意見だった。


 だから、一番最初に学生指導者から決めて、コウキが他の役職に推薦されないようにしようということになった。少しずるい手ではあるけれど、それは四人だけで取り決めた。他の部員には、奏馬と正孝でさえ、この事は伝えていない。


「コウキ君だね。前へどうぞ」


 コウキが立ち上がって、前へ来る。一切緊張を感じさせない堂々とした歩き方だ。そのまま黒板の前に真っすぐに立ち、部員と向き合った。


「では、立候補したコウキ君、想いを語ってください」

「はい。学生指導者に立候補した、三木コウキです。初めに……一つ質問をさせてください。皆さんは、この部をどんな部にしたいっていう理想はありますか?」


 ゆっくりと、そしてはっきりとした口調。コウキはこれまで、一度もリーダー的な仕事をしたことはないという。そうとは思えない落ち着き具合と話し方だ。


「俺は、あります。この部が好きです。好きだから、もっと良い部にしたい。皆が楽しく、真剣に音楽に打ち込める環境にしたい。ここにいる全員で、最高の音楽を作り出したい。そう思ってます」


 一人一人と目を合わせていく。晴子も、コウキと目が合った。向き合う部員ときちんと目を合わせる事は、リーダーにとって基本で、最初に教えられる。コウキは、それを自分からやっている。


「そのためには、一部員としてではなく、リーダーの一人としてこの部に関わって行くべきだと考えました。吹奏楽部で一番大切なのは練習で、その内容や質の決定に濃く関わる役職は学生指導者です。理想を掲げるだけじゃなく実現に向けて具体的な行動をする必要があって、それには学生指導者が一番向いていると思った。だから今回、立候補しました。でも、独りよがりの学生指導者になるつもりはありません。皆と協調しながら、花田高ならではの練習体制を作り上げていきたいと思っています。俺は、部訓の調和という言葉の通り、この部で、このメンバーだからこそ生みだせる演奏を作り上げたい。そのために、全力を尽くします。よろしくお願いします」


 一礼して、コウキが一歩下がった。


「では、投票に移ります。全員目を瞑って。コウキ君に学生指導者を任せたいと思う人は手を挙げて、任せられないと思う人は手を挙げないでください。手を挙げた人が過半数を超えなかったら、生徒推薦に移ります」


 挙手は、候補者以外の部員で行う。過半数が賛成すれば、コウキは学生指導者となる。本来なら満場一致が良いけれど、それを条件にすると決まるものも決まらなくなるから、過半数と定められている。去年は、全員が挙手したのは部長の摩耶だけだった。満場一致になることは、中々ない。


 リーダーは一年生の頃から務め続けることで次第に成長していく。今時点で全員に認められなくても、三年生になった時には違っている。全員からの信任を目指して、選ばれたリーダーは努力すれば良い。

 とはいえ、コウキならまず間違いなく全員から認められるだろう、と晴子は思った。それだけの人望も力も、コウキは持っている。


「全員目を閉じたね。じゃあ、任せたいと思う人、手を挙げて」


 手が挙がっていく。素早く都が数えた。

 部長と副部長はこの時に目を開けているから、誰が手を挙げているか挙げていないかが分かる。けれど、その結果を他言することは禁止されていた。明かしてしまうと、それが部員同士の不仲の原因となりかねないし、秘密が約束されているから部員は思った通りに選択が出来るからだ。


「全員です」

「手を下ろして目を開けて。それでは、満場一致でコウキ君が一年生の学生指導者に決定しました」


 拍手が巻き起こり、コウキが安堵したような表情を浮かべた。

 晴子にとっては予想通りの結果だった。都と顔を見合わせて、頷く。

 コウキに関して言えば、劇的な事など起こりようもない。リーダーになるのは初めから決まっていたようなものだ。仮にコウキが立候補をしなくても、誰かがコウキを推薦しただろう。


「それじゃあ、コウキ君は席に戻ってね。全役職が決まった後でまた前に来てもらいます」

「わかりました」

「次は、部長を決めます。立候補する人は手を挙げてください」

「……はい」


 隅の方から遠慮がちに手が挙がり、部員の視線が一斉にそちらに向く。晴子からはちょうど前の子の頭で見えない。身体をずらして、手を挙げた子を確認した。

 智美だった。


 表情には出さないようにしながら、内心晴子は驚いた。今年の一年生は部長に立候補する子がいそうにない、と思っていたからだ。だから晴子が智美を推薦しようと思っていた。その智美が、立候補をした。


「智美ちゃん、だね。じゃあ……前にどうぞ」


 智美がすっと立ち上がり、前へ来る。晴子が促して、智美の話が始まった。


「部長に立候補した、中村智美です。私は……皆より遅れて入部したし、音楽に関しては全くの素人でした。だから、リーダーなんて縁が無いと思ってました。だけど、今日まで色んな人が沢山の事を私に教えてくれました。初心者の私を見捨てないで、部の一員として認めてくれました。おかげで今、私は毎日が凄く楽しいです」


 ぎこちないながらも自分の気持ちを話そうとしているのが伝わってくる。


「私は、吹部に来る前は陸上部でした。そこは先輩の言う事は絶対で、大会は三年生が出るものだし、雑用は全て一年生の仕事という滅茶苦茶なルールがあった。それに納得できなくて先輩とぶつかって辞めて……そんな時に、コウキ君が吹部に誘ってくれました。吹奏楽っていう未知の世界に飛び込むのは不安が大きかったけど……この部は一人一人の意志が尊重されてて、部員同士が互いに高め合ってて、一つの音楽を作ろうと努力してて。それが、凄く眩しかったです。私が部活に求めていたのは、こういう姿でした。部活が出来なくなって腐りかけていた私を、この部は救ってくれました。だから、恩返しがしたいです。私と同じように、この部にいて良かったと思える人が増える、そういう部にしたいです。そのために、部長に立候補しました。初心者の私だから出来る事、見えるものがあると思います。全力で頑張ります。よろしくお願いします」


 緊張してうつむきがちだった智美は、最後にはまっすぐに前を見て、頭を下げた。思わず、晴子は拍手していた。部員からも、拍手が起こる。

 予想外の拍手を受けて、智美が目を丸くしている。


 晴子から見て、智美は充分に部長の素質がある子だった。よく周りを観察しているし、誰にでも分け隔てなく接する。そして、誰に対しても物怖じせずに言う事は言う。初心者だからと遠慮する事がなく、むしろ初心者の自分を認めて、一秒でも早く経験者に追いつこうと努力している。

 そんな智美だから、部長に推薦したいと思った。


「では、皆目を閉じて。投票に移ります。智美ちゃんに任せたいと思う人は、手を挙げてください」


 ばらばらと手が挙がる。また、都が数えていく。数えなくても分かる。過半数越えだ。


「三十六人です」

「手を下ろして目を開けて。智美ちゃんが、一年生の部長に決定しました!」


 再び、拍手が起こる。頬を紅潮させたまま、智美が深々と頭を下げた。そして、足早に自分の席に戻っていった。


 智美は、これからきっと部長に相応しい人間になっていく。今手を挙げなかった四人も、いずれ智美を認めるようになるだろう。智美の言葉は、そう感じさせてくれるものだった。


「スムーズに学生指導者と部長が決まって嬉しいです。このまま副部長に移ります」

 

 残る役職は、三つ。あと三人。

 二大リーダーが最重要とはいえ、他の三人もそれを支える大切な仕事がある。三人が裏で細かな仕事をこなしているから、部長と学生指導者が自分の仕事に専念できるのだ。 目立たないけれど、花田吹部にとってなくてはならない存在。それが副部長と両セクションリーダーである。


 ここからは、晴子にも読めない。ある程度の予想はしているけれど、何か、一波乱ありそうだ、と晴子は思った。


 










 学生指導者は、夕が密かに希望していた通り、コウキが選ばれた。コウキが学生指導者なら、きっとこの部はもっと強くなる。コウキ以上に分かりやすく教えてくれて、教わると自分の技術が伸びていく人は、この部にはいない。


 部長に智美が立候補をしたのは、夕には意外だった。ただ、相応しいという気もする。他に部長を出来そうな子は思い当たらない。智美なら、初心者の目線に立って動いてくれるだろう。それに、コウキとの相性も良い。


 続くリーダー決めでは、副部長にはコントラバスの白井勇一が、金管セクションリーダーにはトロンボーンの岸田美喜が立候補し、それぞれ当選した。二人とも深く話した事は無いけれど、ミーティングや外部での演奏の時などには、積極的に発言したり働いている子だった。リーダーは奥手な人間では務まらなそうだし、あの二人なら適任という感じがする。

 

 残りは木管セクションリーダーだけだ。この一週間、それなりに夕も考えてはきたけれど、木管セクションリーダーについては一体誰が相応しいのか、見当もつかなかった。星子なら出来そうだという気もしたけれど、星子自身は絶対にリーダーにはならないと公言していたから、誰も推薦出来ないだろう。


「それじゃあ、最後に木管セクションリーダーを決めます。立候補する子は手を挙げてください」


 晴子が言った。

 ここまでは、一時間ほどしかかかっていない。四役職とも立候補が一人だけだったから、すんなりと決まった。複数候補が立つと、もう少し時間がかかったのだろう。


 夕は、それとなく周りを見回した。誰も手を挙げていない。勿論、夕も立候補する気はなかった。


「誰もいない?」


 晴子の再度の問いかけを受けても、誰も手を挙げない。部員同士が顔を見合わせている。夕も、隣に座っている和と綾を見た。二人も、立候補する気は無さそうだ。


「それでは、生徒推薦に移ります。ここからは、手を挙げた人に木管セクションリーダーを任せたいと思う子を推薦してもらいます。推薦された子は、推薦を受けるなら前へ、受けたくないなら断ってください。推薦されたら絶対に受けなきゃいけない訳ではないから、自分で受けるか断るか、選んでください。では、推薦したい子がいる人は手を挙げてください」


 少しの間があって、手が挙がった。晴子の隣に立っている都と、夕の前に座っていた未来だ。


「……都と未来だね。じゃあ都から推薦したい子の名前をどうぞ」

「山口元子ちゃんを推薦します」


 都の告げた名前は、意外なものだった。夕からすると、元子は推薦されそうにないタイプに見えていたからだ。いつも静かにしているし、目立った言動は一切ないし、特別周りと上手くやっているようにも見えなかった。リーダーらしくはないように思える。都が元子を推薦した理由が、夕は無性に気になった。


「……なんで私ですか?」


 都の方を見ながら、元子が言った。元子も、同じことを思ったのかもしれない。


「元子ちゃんは実力を隠してるよ。私には分かる。目立たないというより、あえて目立たないようにしてるだけに見える。元子ちゃんは絶対リーダーに向いてる。だから、推薦する」


 自信満々に都がそう言った。部員の視線が元子へ集まる。

 元子は緊張した様子もなく都を見据えていたが、やがて小さくため息をついて頷いた。


「受けます」


 おお、という声が周囲からあがり、元子が前へ移動した。

 元子はバリトンサックスだ。低音部を担当する楽器だから、時には木管低音パートと行動を共にすることもある。木管低音のパートリーダーである都だからこそ気づけた何かが、元子にあったのだろうか。


「未来は、誰を推薦しますか?」


 晴子が言って、未来が立ち上がる。そして、振り返った。

 未来の目は、夕を見ていた。


「鈴木夕ちゃんを推薦します」


 一瞬、何を言ったのか理解できなかった。部員の視線が一点に集中していて、それが自分だという事に気づき、ようやく、未来の言葉を理解した。


「わ、私?」


 自分を指さしながら、夕は目を丸くしていた。

 自分が推薦を受けるなど、考えてもいなかったのだ。

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