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青春ユニゾン  作者: せんこう
高校一年生・夏編
113/444

七ノ二十三 「デートかな?」

 八月前半は、めまぐるしい速度で過ぎていった。

 県大会が終わってすぐ、たまたまリーダー会議に参加することになった。そこで部員同士で互いに良い所を言い合うというワークを提案したら、採用された。


 それが大きなきっかけになったのだと思う。その後に録音をした演奏を聴き返して、全員が目を見張っていた。明らかに、音の質が良くなったのだ。


 昔、会社員になって一番初めに配属された部署で、このワークが行われた。成績争いでギスギスしていた部署で、休職や退職をする社員も出るような崩壊寸前の職場だった。そこに新しく配属されてきた上司が提案したものだった。やってみると、すぐに部署の雰囲気が和らいで、不思議と、それまでよりも仕事の能率が上がった。結果的に部署全体の成績も向上して、会社から褒美も与えられた。

 

 その頃のコウキは、まだ高校を卒業してすぐのことで、人と人の関係を整えることが得意ではなく、周りに流されるばかりだった。どうにかしたくても、新人で経験も無いコウキに出来ることはなかった。だから、上司がやってきてすぐに部署の空気を変えたことに、感銘を受けた。それで、その上司に様々なことを教わった。

 今、その経験が活きている。


 代表選考会は、あっという間にやってきた。花田高の演奏順は七番で、同じ地区の強豪、安川高校と、王子率いる光陽高校に挟まれるという厳しい順番だった。

 それでも、部員は自分達の演奏を信じて疑わなかった。今出来る最高の演奏を奏でるだけと決めて、本番に臨んだ。

 

 結果は、無事に東海大会への進出を果たした。東海大会には大編成と小編成の二つがあり、全国大会へ繋がるのは大編成のみとなる。ギリギリの順位だったが、花田高は大編成に選ばれた。


 その時の部員の喜びようは、かつてないほどだった。当然、コウキもだ。前の時間軸では、県大会にすら進むことなく、三年間を終えた。東海大会など、縁のない世界だったのだ。

 今になっても、まだ信じられない。

 だが、確かに代表選考会を抜けた。夢ではない。現実だ。

 

「俺、高校の吹奏楽部で、初めて東海大会に進んだんです」


 小学校の、校舎前。

 久しぶりに、怪獣の石像の前に立っていた。大切に扱われているようで、汚れも傷も無い。あの時のまま、静かにたたずんでいる。


「前の時間軸では、一度も行ったことが無かった。だから、嬉しいです。東海大会なんて、完全に未知の領域ですよ。今まで聴いたこともないような、凄い学校の演奏も聴けるんだろうなあ」


 この石像が、話を聴いてくれているのかは分からない。ただ、ここに来た時には、何となく話しかけるのが、自分の中で当たり前になっている。

 

「今月末が、大会なんです。三重県で開催されるらしいけど、行ったことが無いんですよね。美味い飯とか食べられるのかなあ。きっと、前日入りして、ホール練習とかするんだと思います。そういうのも、初めてなんです」


 県大会までとは訳が違う。遠方での開催となるから、開催地から離れている学校は宿泊施設の手配や、練習場所の確保をする必要がある。今、丘と副顧問の佐原が、必死になって確保に動いている。


 県大会までなら、何となく想像もついた。だが、ここからはもうコウキも知らない世界だ。他の部員と一緒に、初めてのことを多く経験していくことになる。

 

「またしばらく来れなくなると思うけど、絶対来ますから」


 話しながら、洋子が駆け寄ってきていることに気がついていた。石像への報告を終えて、そちらへ向かう。


「コウキ君!」


 目の前まで来て、洋子が眩しい笑顔を見せた。走ってきたからか、息を弾ませている。


「久しぶり、洋子ちゃん」

「ほんとに! 会いたかった~」

「俺も。やっと会えたね」

「うん。ずっと待ってた」


 プールコンサートの頃から智美の家で会おうと言っていたが、こちらの練習が思った以上に忙しいせいで、その時間が取れていなかった。盆休みに入り、互いに部活動が三日間ないため、初日の今日は二人で遊ぶ約束をした。

 

「ね、コウキ君、くっついていい?」

「あ、うんいいよ」

 

 洋子は嬉しそうに隣にやってくると、そのままコウキの左腕に両手を絡ませた。柔らかな洋子の手に触れられると、それだけで鼓動が早くなってしまう。前までは、こんなことをされても平気だったのに、今は妙に意識してしまう。


「じゃあ……行くか」

「うん!」


 今日は、静岡の浜松にある楽器店に行くことになっている。洋子が新しいスティックや小物を買いたいと言っていたから、どうせなら大型の楽器店を見に行こうとなったのだ。電車を乗り継いで九十分程度で行けるから、それほど遠くはない。名古屋でも良かったが、洋子が音楽の町に行ってみたいというので、浜松を選んだ。


 小学校から駅まで、のんびりと歩いていく。


「コウキ君、髪切ったんだね」

「ああ、午前中に行ってきた。伸びすぎて暑かったんだけど、ずっと行く暇なくて」

「部活、忙しかったんだもんね。短いのも似合ってるよ!」

「ありがと。洋子ちゃんもその編み込み、難しかったでしょ」

「うん、何回も練習したんだ~。今日が初披露なの!」


 今日の洋子は、髪を編み込んでアップスタイルに仕上げており、ゆったりとした大きさの空色のティーシャツに、踝より少し上くらいの丈の白いロングスカートを身に纏っている。肩には小さめのショルダーバッグをかけ、足元はローカットのスニーカーだ。全体的に、夏らしい爽やかな恰好で、涼し気な印象を受ける。


「コウキ君に見てほしくて練習したんだよ」


 こちらを見上げながら、洋子が言った。


「いや、そういうこと言われると、照れるんだけど?」

「だってほんとのことだもーん」


 にこにこと、可愛らしい笑顔を向けてくる。

 その笑顔を見て、何だこの子、可愛すぎるだろう、とコウキは思った。

 頭を撫でたくなったが、繊細な髪型だから崩れてしまいかねない。動かしかけた手を止めて、コウキも笑いかけた。


 洋子が、自分の中で特別な子になっている。以前のような妹的な見方ではなく、一人の女の子として、見るようになっている。

 だから、これ程までにどきりとさせられるのか。


 この気持ちを、洋子に明かしたことはない。まだ洋子は、コウキの気持ちが変化したことに気づいてはいないだろう。伝えれば、洋子は受け入れてくれるかもしれない。そう思っても、動くことがコウキには出来なかった。


 過去の恋愛の失敗が、自分を臆病にさせている。他人の恋愛相談に対してはあれこれと言えるのに、いざ自分のこととなると、途端に硬直してしまう。

 高校生になっても洋子の気持ちが変わらなければ、その時は真剣に考える。以前、洋子にそう伝えた。その約束も、今、自分を縛り付けている。

 

 情けない話だ。


「コウキ君、どうしたの?」

「え、あ、ごめん。考え事してた」


 電車に乗ったところだった。盆休みだからか、昼時でもそれなりに混んでいる。


「大丈夫?」

「うん。何の話してたっけ」

「華ちゃんのこと!」

「そうだったそうだった」


 扉が閉まって、電車が動き出す。まずはこの電車で乗り換えの駅まで行き、そこから浜松行きの電車に乗り換える。

 洋子が再び話しだしたのを聞きながら、コウキは流れ去っていく窓の外の景色を眺めた。












 ビル型の楽器店に足を踏み入れた瞬間、二人ともぽかんと口を開け広げて立ち尽くした。

 一階は丸々管楽器やギターなどのフロアになっていて、棚から壁から、そこかしこに多種多様な楽器が飾られているし、小物は地元の小さな楽器店では見たこともないような量がある。

 普通の楽器店だと、ガラスケースにトランペットやサックス、フルートなどがお情け程度に並んでいるくらいだが、ここは、クラリネットやホルン、トロンボーンなど主要な管楽器は全て置いてあるし、ギターやドラムなども豊富に取り揃えてある。フロアマップによると、上の階には

、弦楽器類や鍵盤楽器類も置いてあるらしい。


「こんなおっきいお店、初めて見た」


 洋子が、周りをきょろきょろしながら、感嘆の声をあげる。


「俺も」


 自分の楽器を買った時は、名古屋にある楽器店で購入した。そこは小さな店だったから、目当てのものを取り寄せてもらって試奏したが、ここならその必要はないくらい楽器が用意されてある。さすが、音楽の町と自称するところの楽器店だ。 


「あっち、行って良い?」


 打楽器類のコーナーを指さしながら、洋子が言った。


「うん」

「コウキ君も、自分のところ行って良いよ!」

「わかった、そうする」


 にこりと笑うと、洋子は打楽器類のコーナーに駆けていった。目を輝かせて、新品のドラムを眺めまわしている。

 後ろから店員が近づいて、洋子に話しかけた。


 放っておいても、洋子は好きに動くだろう。先に四階の書籍コーナーに向かうことにして、階段を上がると、すぐにずらりと書籍が収められた棚が目に飛び込んできた。


「すごっ、これ全部音楽関係か」


 音楽の教本は勿論、専門書やエッセイに新書、楽譜まで置かれているし、CDコーナーもある。過去の名作クラシックの曲に、ジャズの名盤、吹奏楽系のアルバムから、最近熱いプロが少人数でユニットを組んで出しているCD類もいくつか並んでいる。


「すげえなホント」

 

 ムズムズとしてきて、早速一枚のCDを手に取った。視聴可能なプレイヤーが隣に置いてあるのに気づいたので、そこにCDを入れて、ヘッドホンをつける。再生ボタンを押すと、すぐにヘッドホンから音楽が流れだした。


 マスクを被り、陽気な演奏をすることで人気のチューバとユーフォニアムの二人組のアルバムだ。チューバとは思えない軽快なリズムと、ユーフォニアム特有の柔らかさがありつつもパリッっとした音。たまらない。


 何曲か聴いた後、ヘッドホンを外してディスクをケースに戻した。眺めながら、買うかどうかについて頭を悩ませる。欲しいが、衝動買いを出来るほどの小遣いは無い。大人だった時は給料があったから、欲しいものならすぐに買えていた。今は、使えるお金は限られている。無計画に使う事は出来ないのだ。


 唸りながら熟考しているところで、誰かに肩を叩かれた。洋子だろう。そう思って振り向いた瞬間、立っている人物に目を見張った。


「え?! 元子さん、なんでここに?」

「やあ、コウキ君」


 顔の横で両手を広げながら、元子が小さく笑った。今日は、あの丸眼鏡をしていない。


「奇遇だね」

「いやほんとに。びっくりしたわ。なんでここに?」

「たまたまだよ」

 

 元子がそっと耳打ちしてきた。


「この辺にも店の入り口があるから、たまに来てるんだ」

「なんだそれ、どこにでも繋がってるんだな。てか、羨ましっ。ここに来るのに電車代かかんないのかよ!」

「ふふ、特権特権。コウキ君は何しに来たの? 一人?」

「あ、いや。買い物に後輩の子と来てる」


 元子の目が、眼鏡をかけていないのに光ったようにコウキには見えた。


「ふーん。デートかな? 彼女?」

「ち、違うわ」

「その反応は、彼女ではないけど……ってところだね」

「……からかうなよ」

「別にからかってないよ。後輩ってことは、同じ中学校の子?」

「まあ、そうだけど」

「なら合同練習の時に見てるかもね。挨拶しようかな」

「んな、良いよ、しなくて。元子さんこそ、何しに来たの」


 肩をすくめると、元子はCDコーナーの前に移動して、一枚のCDを棚から抜き取った。サックス四重奏のアルバムだ。


「今は皆コンクールに夢中だけど、冬にはアンサンブルのコンテストもあるでしょ。今のうちから、どういう曲にするか検討しようと思って、CD買いに来たの」

「もう? 早くない?」

「そうも言ってられないよ。私達、東海大会抜けるつもりでしょ。だったら、秋までコンクール一色になる。そしたら、年末のアンコンまで二ヶ月ちょっとしかない。私は、アンコンも手を抜くつもりはないよ」


 吹奏楽コンクールが全国大会まで進んだら、本番は十月中ごろになる。その後アンサンブルコンテストに取り掛かるための選曲を始めていたら、確かに練習期間は短くなる。八月はコンクールが多いからミニコンサートは開かないが、九月からは再開する予定だし、その練習もあることを考えると、悠長に構えている場合ではない。


「元子さんの言う通りだわ。それ、部活再開したら丘先生にも言ってみる」

「お役に立てたかな?」

「いや、ほんと、助かった。ありがと」

「どういたしまして」


 仰々しくお辞儀をして、元子がにこっと笑いかけてくる。


「なんか、最近元子さん笑うこと増えたね」

「あら、そう? まあ、コウキ君に正体ばれた以上、わざわざ隠す必要がなくなったからかな。結構疲れたんだから。そっけない態度取ってるの」

「それは、なんか、俺のせいじゃなくね?」

「ふふ、まあそうなんだけど」


 元子がくるっと後ろを向いて、CDをひらひらとさせた。


「じゃあ、私はこれ買って帰るから。デート楽しんで」

「だーから、茶化すなよ!」


 くすくすと笑いながら、元子は階段の下に姿を消した。

 ため息をついて、手に持ったままだったCDを棚に戻す。元子と話して気が抜けてしまった。

 一度洋子の様子を見に行こう、とコウキは思った。

 CDも本も、後で洋子と選べば良い。


 今しがた元子が下りていった階段を、コウキも下りた。三階、二階、と下がっていくうちに階、下から派手なドラムの音が聞こえてくることに気がついた。

 直感で、洋子だろうと思った。

 置いてあったドラムを、試しに叩かせてもらっているのだろう。楽しそうに叩いている洋子の姿が目に浮かんで、コウキは思わず笑っていた。

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