スピード違反です。
実話です。
郵便技術が生まれたのは明治時代、電話が繋がるようになったのは昭和。平野ノラの持ってる黒い箱がケータイだなんて信じられない。
恋人たちが送り合うテレホンカードがいつの間にかウィルコムの契約になって気づけば平成30年。メール?電話?そんなもの古い古い、イマドキはライン送ってインスタのストーリーに返信。
わたしたちの距離はグッと縮まった、まるでこの触れているスマホが恋人の分身のように、ずっとずっと近くにいる。触れられなくても側にいる、そんな気がするのはわたしだけじゃないでしょ?
「なんか上手く行く気がしない」
「急に何よ?」
洗い物をしていたお母さんの手が止まる。ソファで寝っ転がりながらスマホをいじる。こういう時ほど触りたくないのに触っちゃうんだよね。
「好きな人。何考えてるかわからない、わたしからご飯誘うべきかなあ」
あーあ、女の子から誘わなきゃならないなんて世知辛い世知辛い。ボディコンもジュリアナもダサダサすぎて嫌だけど、バブリーな時代は男の子から誘ってくれてたのはちょっとだけ羨ましい。
工藤静香の髪型で真っ赤なボディコンを着ていたお母さんは今や青のチェックのエプロンにゴム手袋つけてお皿洗いしてる。
「わたしからライン送るのもなんかなあ、早く1週間すぎて欲しい」
あの人に会えるのは1週間のうち木曜日だけ。その木曜日がどれだけ幸せに過ごせるかで次の木曜日までの時間が早いか遅いか決まるの。
今回はあんまり一緒にいられなかったからこの1週間は地獄かも。
「あんたね〜昔は1週間なんて当たり前よ。下手したら1ヶ月も2ヶ月も会えないの」
「電話すればいーじゃん」
「電話なんて親にとられたら勝手に切られちゃうの」
「えー引くわ」
「だから疲れちゃって諦めちゃう子だっていっぱいいたの」
そりゃそうだよ、この1週間待つのでさえ疲れるし相手のこと考えてるとこっちがしんどい。
「今の子はすぐに結果がほしくてなかなか待てないのよね」
恋も愛もゆっくり育てるものよ
そうやって何気なく言われたその言葉はやっぱりお母さんなんだけど恋の先輩の言葉だった。
明治時代の郵便は一体何日で届いたのかな。昔見たトトロではみんなの家には電話はなかった。
ドリカムの歌ったブレーキランプ5回点滅がアイシテルのサインだなんてわたしにはわからないし、メルアド手に入れるのだって大変だったあの時代だってついちょっと前なのにすごく昔みたい。
ラインを送ったら1秒もたたないで相手に届く。わたしはあなたのそばにいるって気持ちになれちゃう。
でも心は?
人の心だけはずっと昔から速度が変わってない。ずっと同じスピードで動き続けている、どんなにわたしたちの距離が縮まったように見えても。
「本当は縮まってなんかいないのかもね」
仕方ない、この1週間はのろのろ鈍臭い心に合わせてやろうじゃないか。愛も恋もこんなスピードじゃなきゃ育たないんだからね。