番外編 20代体育教師の青春
2月14日【一日之夢幻】
今日は誰もが1度は期待したことがある日。
まさか小学生から高校生に至る今まで待っていたなど誰もいまい。ましてや付き合って居たにも関わらず、貰ったことが無いとは誰も思っていないだろう。教師になった俺はそう過去の悪夢を思い出しながら、その日常を微笑ましく見守ることにした。
誰かが誰かに、この日にしか渡せない何かを渡そうとしても今日は黙認する。
なぜなら今日は誰もが1度は夢見るバレンタインなのだから。
俺はいつも通り生徒達が登校し始める1時間半前には既に職員室に居る。
いつも通り早く学校に来て今日の自分の科目、体育の準備をする。高校の体育というのは基本的に道具は生徒達に用意させるので、準備と言ってもプリント作成などの雑務ばかりである。
雑務を早々に終わらせると、生徒達が登校するのを職員室の自分の席から眺める。
もはや日課である。
校舎は左右の棟が5階建、中央の棟が10階建の鋼鉄性だ。普通科職員室は中央棟の3階に位置する。
そしてこの俺、体育科の厳島拳伍の職員室での席は、窓側に向けて向かい合った席が3列に並んでいる内の、中央の列の1番窓側にある。
その席は彼にとっての特等席であり最も校門から登校してくる生徒達を眺めるのに見やすい席なのだ。
今日はバレンタインということもありニヤついている自覚も無く、生徒達を眺めていると後ろから声をかけられた。
「厳島先生。おはようございます。今日は位置にもましてご機嫌ですね。何か良いことでもありました?」
振り返ると国語科の新島捌恵先生が微笑ましそうにこちらを見ていた。彼女も新人教師ながら朝早く学校に来て早々に雑務を終わらす人なのだ。何かと一緒になることが多い。歳の差は5つしか離れていなく既に、一緒にお酒を飲みに行く仲にまでなっている。彼女の方が歳下である。
「新島先生。おはよう。いえね、今日は確か2月14日。バレンタインだったでしょ?その光景を見るのが楽しくてね」
「そう言えばそうでしたね。この学校は生徒達がチョコを持ってきて交換する事は認めているのですか?」
「いいえ。認めてないですよ。しかし、俺の前では黙認してますけどね。何せその光景を見るのが楽しく、微笑ましくありますからね」
「確かに。あとで空いた時間に先生の授業を見に行こうかしら」
「あはは。体育ではそういうのはあまり期待できそうに無いですけど、良いんじゃないですか」
「ちなみに先生のバレンタインの思い出は?」
「そういうのはここではちょっと…。それにそろそろ生徒達が登校してきますしな。どうです?今夜1杯」
問から逃げるように華麗にスルーパスを決める。
悟ったのか今は追求してこないようだ。
「良いですね。ではその時のお楽しみにしておきます」
(スルー出来なかった!)
余計に彼女の弄りの時間を増やしてしまっただけの様である。
少し後悔しつつ、いつもの日課に戻る。
今日は男女が歩いて登校してくる。流石に装甲車や戦車で登校する人は少ないようだ。
(よくあんなところで出来るもんだな)
その男女は見せびらかすように当然の如く、校門の近くの木下のベンチを陣取り、唇と唇を合わせ数秒間の暑いラブコールを繰り広げる。
(青春だな~。俺にはあんな事無かったな…)
見ていて悲しい気持ちになった。
そんな中いつもの様に遅刻ギリギリでそれも訓練用戦車で投稿してくる1団が居た。
大和達だ。
「お前らがいつも通りで謎の安心感が出たよ」
1人小さな声で呟くのだった。
登校の時間が終わるまで見届けると、今日の授業の為の準備をした。
ただ荷物を持って移動するだけである。
☆★☆★☆
全校生徒が帰宅した放課後。教員用駐車場で高級車のスポーツカーの前で腕時計を見ながら誰かを待ってる女性が居た。
新島だ。
「すみません。新島さん。お待たせしました」
「いえ。私が早かっただけですのでお気になさらず」
相手の返事を聞いて厳島は自分の愛車の高級車へ、新島を促した。
「いつもの居酒屋で良いです?」
「ええ。あそこが1番落ち着きますから、あそこにしましょう」
「分かりました」
学校からそう遠くない所にその居酒屋はある。
外見は間口が狭く一見堅苦しい長屋のように見えるが、暖簾を潜り店内に入ると店長が暖かく迎え入れてくれる。
厳島はいつもの様に甘いカシスオレンジ、新島は生の中ジョッキと、ホントは逆で頼まれた方がわかりやすい位の対称っぷりだ。
最初は厳島と新島のドリンクを逆に出していたので、こっそりと交換していたのだ。その時は2人して苦笑したものだ。今では常連として認識されたのか、こっそりせずとも正しく出してくれる。
注文を終えると単刀直入に聞いてきた
「で?どうなんです?バレンタインの思い出は」
「げっ!?上手く流せたと思ったのに…」
「なんですか!ながせるわけないでしょ!」
「そうだよなー。じゃあ話すけど本っ当になんもないからな?」
「分かりました」
簡潔に言うとね……
「この話は俺の小中高どれでも通じる話だ。小学生の時6年間毎年この日になると、好きな娘にチョコを上げた。貰うのではなく上げた。そして6年目ついに彼女は観念した。だけど俺に好きになった訳ではなく、俺の事がクラス内で、キモイというふうになっていた。つまり逆に嫌われた。それ以降も中高と好きな娘が出来たら同じようにした。どれも嫌われた。唯一貰えると思っていた母親にももらえず毎年祖母にチョコ代というお小遣いをもらっていた。そういう事だからバレンタインは俺にとっての悪夢なんだよ」
「それはただの痛い子じゃないですか!でもきっと厳島さんのこと好きな人はいたんじゃないですか?厳島さんは優しいですもん!」
「この話をしてそういう反応されたのは初めてだな。だいたいみんな引いて無言になるんだが…」
「私は好きですよ?厳島さんのこと。拳伍さんこっち向いて」
俺は驚いて新島の方を見た
途端に彼女の顔が迫ってきて桜色の綺麗な唇が自分の唇に触れるのを感じた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
しかも唇を交じわすと彼女の舌が自分の唇の中に甘い香りを連れて運ばれてくる。
彼女がやっと離れ、口の中の味を確かめると甘いチョコの香りだった。
驚いて俯いていた顔を上げると、新島が悪戯っ子の笑顔で頬を少し赤らめこちらを見ていた。
「なっ!?」
「拳伍さん。私は本気ですよ。私と付き合ってください」
数十秒思考を逡巡し「ああ」と結論を出した。
「これからもよろしくお願いしますね。厳島先生♪」
「よ、よろしく」
これが20代になって人生初の青春を送った日であった。
自分がバレンタインに全く無縁なのに書きました
ちなみに母親には手作りチョコケーキもらいましたww
土日に本編投稿予定です。
和音の剣術の技名を友達に言われて考えました。
本編お楽しみに‼




