表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

見てはいけないものを敢えて

 蛍光灯の色が、水の中のような青色に変わる。

 もともと舞歌のシャワーは音がしない。カーテンがかかっているだけだ。

 その中から人影が現れたとき、僕は2つの意味でドキッとした。

 ……来た!

 ……もしかして、舞歌?

 そう思わせるほど、その背格好は似ていた。しなやかでいて、どこかまだ、そう、涼美先輩とは違う何かが残っている。いや、まだそこには達していないというのがいいのか。

 じゃなくて!

 その涼美先輩は、片膝突いて屈むなり、呪文を唱え始めた


  覚めよ 覚めよ

  おのれがうちから

  まだ見ぬ光の

  あふれくるままに


 身体の奥には、力がみなぎっている。でも、僕は動けなかった。

 シャドウとして立ち上がろうとしたところで、カーテンが動くのが見えたのだ。

 横になっているしかない。舞歌がカーテンをはねのけて出てくる。

 ……見ちゃいけない、見ちゃいけない。

 見たってバレやしないのだが、それはどうしてもできなかった。

「シャドウ!」

 涼美先輩が、僕の横に倒れた。舞歌からは目をそらしているのに、身体の線の似た影は先輩に襲い掛かっている。

 悲鳴が上がる。水の中の光のなかで、青い身体が先輩の豊かな胸に覆いかぶさった。剥き出しの方に浮かんだ蜘蛛のような痣が、まるで生きているようにうごめく。

 壁に移る影で、舞歌が濡れた身体を拭いているのが分かる。

 ……ごめん、舞歌!

 僕は、固く目を閉じて立ち上がった。シャドウみたいにはできないから、ただ、両足を踏ん張って立つしかない。

 身体が、ぞくっと震えた。この間の、あの感触だ。青白い影に、身体を乗っ取られかかった時の冷たさだ。

 気が遠くなっていったけど、それでいいと思った。

 ……涼美先輩から、離れろ。

そう思った時、身体の中で何かが砕け散るような気がした。柔らかい感触が、僕の身体を包むのが分かった。

「……やっぱりね、朔くん」

 目を開けると、もう舞歌はいなかった。代わりに、涼美先輩が僕を抱きしめていた。

「知ってたんですか?」

 身体が粉々になりそうな痛みをこらえて、僕は聞いた。先輩は答えなかった。

「動かないで」

 唇に、甘い感触があった。全身から、痛みが引いていく。

 呼吸が戻ってきたとき、眼の前では涼美先輩が微笑んでいた。

「バカ」

 涙が一筋流れたけど、どうしてだかわからない。ただ、きれいだと思った。

「これ……命令のキスだから」

「命令?」

「これで三坂君が私の新しいシャドウ」

 そういう涙だったのだと思った。ただ、どんな思いを込めたものかは分からなかった。

分かるのは、一番恐ろしい結末になったということだけだった。でも、聞かないで不安を抱えたままなのはいやだった。

「じゃあ、シャドウは?」

「本物になる」

 予想した答えが返ってきて、僕は涼美先輩の腕を振りほどいた。

「いやだ」

 涼美先輩は不思議そうに言った。

「もう、何も問題ないわ」

 確かに、それは一度望んだことだった。でも、絶対に認めたくなかった。

「僕は帰る」

「帰ってどうするの?」

 駄々をこねる子供をなだめるような口調だったけども、僕は首を横に振った。

「それでいいんだ」

 困ったように、先輩は僕をなだめる

「徳永さんは都筑君のことが好きなんだけど?」

「それでもいい」

「今のあなたで舞台に上がったら、失敗して嫌われるだけよ」

 どんな言葉で説得されても、聞くつもりはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ