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浮気じゃないよ、舞歌

 その日からというもの、僕は部活に出るだけで、舞台に出るのはシャドウに任せ続けた。といっても、涼美先輩にバレるとまずいので、僕のミスをカバーしにシャドウが前に出ると、僕はシャドウのふりをして後ろで台詞と動作を真似し続けた。

 とうとう涼美先輩も気が付かなかったみたいで、ようやく今夜になって僕を呼び出したのだ。

 月の光を全身に浴びて、涼美先輩はしなやかな腕で身体を抱えて震え出した。

「私ひとりじゃ、怖い」

 あの異世界であんなわけの分からないのと戦うのは、そりゃ恐ろしいだろうと思った。

「いつ、あなたみたいに身体を乗っ取られるか」

「身体?」

 僕はあの、青白いコートの男を思い出していた。

「あいつらはね、私たちの世界の住人。実体がなくて、生きた身体を乗っ取るの……生気を食い尽くすまで」

 でも、僕は地区大会が終わるまでシャドウを返す気はなかった。涼美先輩にどれだけ恨まれようと、舞歌だけは悲しませたくなかった。

「じゃあ、命令を訂正したら」

 僕がこねた理屈を、先輩は遮った。

「できないわ、シャドウは私の命令通り、あなたをフォローしてるんだもの」

「じゃあ、僕は……」

 それを言ったら、やらなくちゃいけない。ぐっとこらえると、涼美先輩は自分で言葉を継いだ。

「自分の意志で入れ替わらなくちゃいけない。シャドウが必要ないと、はっきり示すの」

「でも、あんなことが」

 シャドウは、明日まで必要だった。悔しいけど、都筑と同じことはまだ、できない。でも、先輩はみなまで言わせなかった。

「私の言葉が、あいつを通して形になるの」

 あの夜に聞いた呪文のことだ。詩みたいだったけど、あれがシャドウにパワーを与えていたのだ。

 ということは、先輩の肩の痣は、やっぱり。

 その先は考えたくなくて、食い下がってみた。

「ひとりだけだと?」

「そこらのホウキとか、椅子とか机とか」

 代わりになるものはあるらしかった。

「それじゃダメなんですか?」

 僕の考えがどれだけ甘かったかは、先輩の金切り声で分かった。

「言葉は、生きた身体を通して初めて、力になるの!」

 何を言っているのかわからなかったけど、どうにかしてなだめなくちゃいけないのは分かった。立ち上がって落ち着かせようと思ったけど、伸ばした手は振り払われた。

「生きた身体が戦うから、追い払えるの! あいつらを!」

 荒い息に押されて、僕はまた椅子に座りながら、なおも尋ねた。シャドウだけは返すわけにいかない。

「誰でもいいんですか?」

「できなくはないけど、あいつじゃなくちゃ」

 先輩の声は怒りに震えていた。僕も怖かったけど、ひとつだけ、この場を切り抜ける手があった。この何日か、いや、今でも先輩は気付いていないはずだ。

「気づかないか? 俺だよ」

 僕は思い出せる限り、最初に聞いたシャドウの言葉を真似した。最初、涼美先輩はきょとんとしたが、豊かな胸を腕で支えて笑い出した。

「気が付かなかった」

「俺を何だと思ってる」

 精一杯カッコよく笑ってみせた。わざとらしくないかと思ったとき、息が一瞬だけ詰まった。座ったままのところへ涼美先輩がしがみついてきたので、胸に顔が埋められたのだ。

「私の……シャドウ」

 耳元の厚い息で、やっぱりそういう関係だったんだと思った。ここは慎重に、恋人役をやる必要がある。

「頼りにしろよ」

 僕は心臓がバクバクいうのを我慢して、先輩の方を掴んでゆっくりと押しのける。たちまち、脳天にゲンコツが来た。

「いい気になんな……私を放っておいたくせに」

「あいつをフォローしろって言ったの、お前だろ……よく戦ったな」

 涼美先輩を抱き寄せる。柔らかくって、いい匂いがした。

 ……ごめん、舞歌。

 月の光が、濃い青色に変わる。この間見た、不思議な光の群れがあちこちに漂い始めた。

「来るわ」

「ああ」

 教室の窓を抜けて、青白い影が現れた。裾の長い衣を何重にも来た、長い髪の女だ。

「あいつ……私を乗っ取ろうってのね」

「そんなことは、させ、ねえよ」

 本当は膝が笑っていたけど、それを隠そうとして必死に踏ん張った。

 涼美先輩は、この間とは違う詩を詠む。

  

  舞え 舞え

  蝸牛のごとく

  月影さやかに

  帰らせん


 どう動いたらいいのか、そこまでは分からない。この間のことを思い出しながら、左右にステップを踏んでみたり、ぐるぐる回ってみたりする。

 突然、全身に力がみなぎってくる感じがした。腹の底から、清々しい力が湧いてきて、教室中を巻き込む突風に変わる。

 机が、椅子が、掲示物が、台風の時にうっかり窓を開けたみたいに吹き飛ばされる。

 ついでに僕も吹き飛んだ。天井に叩きつけられて、頭から落ちる。

 ……危ない!

 床に頭を打ち付けそうになったとき、首筋の辺りに思いっきり蹴りをくれたのは涼美先輩だった。

 背中はしこたま打ったけど、立てないほどの痛みはなかった。

 無事だった脳天に、ゲンコツが降ってくる。

「らしくないわよ」

「悪い」

 背中をさすりながら、めちゃくちゃになった教室を眺めた。涼美先輩を狙ってきたらしいあの幽体は、もうどこにも見えない。

「でも、意外とうまくいったわね」

 先輩の言葉から察するに、僕のやったことは見当外れのダンスでしかなかったってことなんだろう。

「逃げた方がいいな」

「そうね」

 僕たちは、見るも無残に引っ掻き回された教室を後にした。

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