3-4
森の奥まで行って、やっと、木々が開けたところで倒れているティアを発見する。
大慌てでティアを抱き起こそうとしたヴァリスだが、ティアの周りで踊るどす黒い物体に気づき、思わず腰の剣を抜いた。
次の瞬間。黒い物体が、ティアを包んで大きくなる。ともかくティアを助けなければ。ヴァリスは咄嗟に剣を薙ぐと、完全に包まれる寸前でティアの身体を物体の外へと引っ張り出した。
気を失っているティアの身体を抱えながら、くるりと物体に背を向ける。今は、ティアを助けてここから逃げる事が優先。だが。逃げようとしたヴァリスの足が、何かに引っ張られる。バランスを崩し、ヴァリスは顔から地面へぶつかった。それでも、心配なのは、ティアのこと。ヴァリスと同じく地面に投げ出されたティアに怪我がないことを確認してから、ヴァリスは自分の足を見、そこに黒い蔦のようなものが巻き付いているのに気付いた。これを外さない限り、ここからは逃げられない。ヴァリスは剣をその蔦に突き刺した。だが、蔦はびくともしない、引っ張って足を抜こうとしても、同じこと。
「ちきしょう!」
思わず、呻く。このままでは、ティアを助けることができない。絶望の中、ヴァリスは覆うように襲ってくる黒い物体に向かって剣を構えた。逆境の中でも何とかするのが、騎士の務め。
と。鋭い光が、ヴァリスと迫ってきた物体の間に入る。次の瞬間、ヴァリスの足は自由になった。この、光は、……ハルの魔法だ。
そして。
「ヴァリス!」
横から、見慣れた戦斧がぬっと突き出される。ジェイの、得武具だ。剣より格好悪いといつもは陰で馬鹿にしていたが、今日のヴァリスにはその斧が頼もしく見えた。
「一時休戦にしてやる!」
そう言いながら、戦斧を物体に向かって振るジェイ。しかし、ジェイの斧でも、物体は一時二つになるが、またすぐに一つに戻る。まるで霧のようだ。ヴァリスはふと思った。……霧?
「ティア」
そっと、振り向く。熱のあるティアにここで頼りたくはないのだが、こいつを放っておけば自分達に身の危険が迫る上に、ここを通りかかった誰かが襲われる。騎士として、それは避けねばならないし、おそらくティアも、それは望んではいないだろう。
駆けつけたセティとハルに助け起こされたティアが、ヴァリスを見つめる。ヴァリスの意図に気付いたのか、ティアはヴァリスに向かってうんと頷くと、唐突に『呪歌』を歌い出した。
ティアの『呪歌』に、霧のような物体が震える。その物体の縁が粒子状になって消えつつあるのに、ヴァリスはすぐに気付いた。
「なるほど」
ヴァリスの後ろで、ハルが手を打つ。
「そいつは『影』と同じだ!」
すなわち、ティアの『呪歌』で祓うことができる。
「ティアの回復は、任せて」
セティが懐からアミュレットを取り出したのが、ヴァリスの目の端に映った。
あと、自分達にできることは。
「ジェイ!」
「よっしゃ!」
二人で交互に、物体に向かって刃を振るう。小さい塊の方が『呪歌』が効きやすいのだ。
あっという間に。先程までヴァリスの二倍はあったどす黒い物体は、影も形もなく消え失せてしまって、いた。
ほっと、息を吐く。ヴァリスの隣では、ジェイがにこりと笑っていた。しかしすぐに、ジェイの表情が厳しくなる。自分の所為だ。ヴァリスは俯くと、剣を鞘に収め、ティアの方へ歩いて行った。
ヴァリスが近づいたのを見て、セティが脇に避ける。慚愧の念に駆られながら、ヴァリスはハルからティアの身体を受け取った。
「ヴァリス……」
だが。ティアはヴァリスを見上げ、そしてすぐにヴァリスの腕から降りる。
「……済まない、ティア」
「ごめんなさいはセティに言って」
ティアの言葉に、言葉が詰まる。だが、言わなければならない。
「ほら、セティにごめんなさいは?」
「あ、ああ……」
ヴァリスはティアに促されるまま、セティの方を見た。
「セティ。あの、その、……済まない」
そして悲しい目をしたセティに、頭を下げる。
「気が、動転してたんだ。水浴び姿を、見てしまって」
「まあ」
「はいっ?」
ヴァリスの告白に、セティとジェイが同時に声を上げる。
「まあ、ヴァリスらしいと言えばヴァリスらしいけどな」
ハルの言葉に、仲間全体が笑いに包まれた。
次の瞬間。向かい合ったヴァリスとセティの間を、黒い影が右から左へ走る。その影の正体を確認するより早く、ヴァリスの左にいたティアが仰向けに倒れた。
「う、ぐっ」
喉を押さえ、苦しそうに悶えるティア。
「ティア!」
ヴァリスは瞬時にティアに駆け寄ると、喉を押さえるティアの手を払った。
「えっ!」
「何だ?」
背後で、ハルとジェイが同時に声を上げる。
ティアの首には、何も巻き付いていない。どす黒い痣が、首の周りにぐるりと付いているだけ。
それよりも。
「ティア!」
ぐったりしたティアの肩を、強く揺する。
だがティアは、ヴァリスの声にも振動にも全く反応しなかった。