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3-2

 ヴァリスの願いが天に通じたのか。

「……見つからない」

 ヴァリスの横で、ジェイが大仰な溜息をつく。そのジェイと別れ、ヴァリスは下草茂る森の中をずんずんと進んでいった。

 ソセアルの森に入って一体何日経っただろうか。ヴァリスの予想通り、一行は何の収穫もないまま森を彷徨っていた。

 セティはソセアルの森の北西部を彷徨っていたと言っていたし、ヴェクハールは、ソセアルの森の南西にある。だから、持てるだけの食料を持ち、ヴェクハールから食料の1/3を消費するまで北へ向かい、その後東へ転じ、食料が1/3になったら南に方向転換して森の外の村まで出る。それが、当初の計画であり、実際にヴァリス達はその計画通りに行動していた。……慣れない長旅でティアが熱を出したことを除いては。

 ティアが熱を出した時、ヴァリスはヴェクハールに帰ることを提案した。帰る理由は、十分だ。……ティアの頑固な反対を除いては。

「絶対、帰らない!」

 熱を出した初日、ティアはそう言ってヴァリスに抵抗した。

 仕方が無い。こういうところでティアが頑固なことは、分かっている。だから一行は、午前中にキャンプを移し、午後はティアと、体力の無いセティまたはハルをキャンプに残し後の三人でソセアルの民の痕跡を探す、という方法で、ソセアルの森を南下していた。

 今日ティアと一緒に残っているのは、ハルだ。そのことに、ヴァリスはほっとする。アルリネットの信徒であるセティを、ヴァリスは未だに胡散臭く感じていた。子供達を助けて欲しいだけなら、なぜ大陸にたくさん居る冒険者達を直接島に招待しない? ソセアルの民など、探すだけ無駄なのに。

 と、その時。足下に可憐な花を見つけ、立ち止まる。この花は、昔セターニアと一緒に摘んだ花。確か、花と葉を一緒に煎じて飲むと解熱効果があると聞いた。ティアの為に、摘んで帰ろう。ヴァリスはそっと、花の方へ手を伸ばした。

 次の瞬間。水音が、ヴァリスの耳を打つ。誰か、いるのか? ヴァリスは静かに音の方へと歩を進めた。

 用心の為に大木の陰に身を隠し、そっと覗き見る。その瞳に映った光景に、ヴァリスの心に衝撃が走った。

〈……セティ!〉

 森の中にある、小さな泉で、セティが水浴びをしていたのだ。春の午後の、滑らかな光が、セティの裸身を仄かに光らせる。その曲線に、ヴァリスの目は奪われた。

 どのくらい、木の陰からその姿を覗いていただろうか?

〈……あ〉

 ふと、我に返る。自分のしていたことを思い出し、ヴァリスは羞恥と怒りに駆られた。聖堂神官は女色を禁じられている。その禁を、自分は。考えるだけで震えが走る。そして、怒りの矛先は。

 こうしては、いられない。ヴァリスは大急ぎで泉から離れると、ティアがいるキャンプに向かって大股で戻った。

 キャンプには、ティアしかいなかった。留守番のハルはどうしているんだ? そのことに腹を立てるよりも早く、ヴァリスは自分の荷物と眠っているティアを背中に乗せた。

「どうしたの、ヴァリス?」

 目覚めたティアが、寝惚けた声で問う。

「帰るぞ、ティア!」

 その声に、ヴァリスは強い声で返した。

「え? 何で?」

「セティは魔女だ。男を誘惑する魔女だ。魔女の願いなど、聞くだけ無駄だ!」

 混乱が、ヴァリスの声と思考に拍車を掛ける。

「ソセアルも、探すだけ無駄だっ! もうどこにも居ないんだからなっ!」

「ヴァリスっ!」

 だが。ティアの強い口調が、ヴァリスの耳を強く叩いた。

「なんてこと言うの!」

 ヴァリスの背中から降りたティアが、ヴァリスを強い瞳で見つめる。熱の所為か、普段怒ったことのないティアの顔は更に真っ赤になっていた。

「ティア……」

 そのティアの顔に、ヴァリスの怒りがすっと引く。その代わりに心に宿ったのは、酷い事を言ってしまった罪悪感。

「セティは魔女なんかじゃない! 普通の人間の女の子だっ!」

 涙を含んだ赤い瞳が、ヴァリスを見上げる。次の瞬間。ティアはくるりとヴァリスに背を向けると、森に向かって走り出した。

「ティア!」

 追いかけようと、一歩踏み出す。

 その足を、止めたのは。

「ヴァリス……」

 静かな声が、背後で響く。ぎくりとしながら振り向くと、セティとジェイが呆然とヴァリスを見つめて、いた。

 泣きそうに俯いてから、わっと言ってセティが森の奥へと走り出す。

「待て、セティ! 待てったら!」

 ジェイがそう言ってセティを止めるのを、ヴァリスは呆然と聞いていた。

「ヴァリス!」

 思考がまとまらないヴァリスを、ジェイの拳が襲う。次の瞬間、ヴァリスの身体は草の上に転がっていた。

「女の子になんて事言うんだっ! ヴァリス!」

 ジェイの怒りに、何も、言えない。ヴァリスは殴られた頬を押さえて立ち上がると、無言でくるりとジェイに背を向け、ティアが走って行った方向へと走り出した。

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