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9-3

 強い振動が、ティアの意識を目覚めさせる。

「またっ! もう少し慎重に走らせてって言ったでしょ!」

 癇性に満ちたリサの声が、少し遠くに聞こえた。

「起きたの? ごめんなさいね」

 振動が小刻みに戻ってから、リサはティアの額にその細い指を乗せた。

「まだ熱があるわ。眠りなさい」

 リサの言葉にこくりと頷き、目を閉じる。

 自分は、どこかへ連れて行かれているようだ。ぼうっとした頭で、ティアはそれだけ考えた。

 まだ、身体がだるい。少し眠ろう。だが、乗り物の振動とは違う、啜り泣きのような声が、ティアを眠らせなかった。

 だから。

〈リサ、なぜ泣いてるの?〉

 左手をリサの方へ動かしてから、そう問う。

「……ティア?」

 ティアの問いに、リサは吃驚した声を発した。

 しばらくは、無言の状態が続く。

「……私にはね、弟が三人いたの」

 そして徐に、リサは口を開いた。

「どこかに遊びに行く時には、こんな風に一緒の馬車に乗ったのよ」

 ノイトトース王国の先王には、四人の后と五人の子供がいた。リサは、正妃と先王の間に生まれた、唯一の子供。そしてリサと同い年の現王ハーサリッシュは、第二王妃の子供だった。正妃に男の子がいなかったから、結局先王の死後、ハーサが王位に就いた。そしてその直後、ハーサは二人の異母弟を、残酷な方法で殺した。

〈もう一人の、弟は?〉

 リサの悲しみを感じながら、尋ねる。

 ティアの問いに、リサは泣き声でふふっと笑った。

「その子は、生き延びたわ」

 リサの末の弟、クレアは、産みの母の機転で女の子として育てられた。だから、ハーサが王位に就いた時も、母子は城を追い出されるだけで済んだ。

「クレアの母親はフェイリルーナっていってね、あなたと同じ、紫の瞳を持っていた」

 いつか、あなたも彼女に会う機会があるかもしれない。リサの声が急に遠くに、響いた。


 次に目が覚めた時には、振動は止まっていた。

「ごめんなさいね、ティア」

 代わりに聞こえたのは、リサの沈んだ言葉。

 現在ティアがいる場所は、ノイトトース王国の西にある町フィナロカリ城の地下室だと、リサの声が言う。冷たい空気と滴り落ちる滴の音が、ティアの体と心を震わせた。

 「生け贄を攫おうとする不逞の輩がいる」。これが、疑り深いハーサが、ティアを地下牢に入れた理由。ティアの体調を理由にリサは勿論反対したが、ハーサは全く聞く耳持たなかったという。

「でも、私も一緒にここに居るわ」

 強い声が、ティアの耳を打つ。こんな、冷たい地下なのに。リサの優しさと強さに、ティアは思わず首を横に振った。

〈僕は、大丈夫です。だから、リサは……〉

「気にしなくて良いのよ。これは私の我が儘なんだから」

 まだ熱が下がらないのだから、あなたは、眠りなさい。優しい声が、響く。

 安らかな気持ちになり、ティアはそっと、瞳を閉じた。

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