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2-3

 だが。

 神殿の入り口で、やはり、足が止まってしまう。

 セティの心を支配しているのは、恐怖。スーヴァルドは残酷な神だ。セティはそう、教わっている。そんな所に、アルリネットを信奉する自分が入ったらどうなるのか。不安でたまらない。

「問題ないさ」

 思考するセティの右隣で、ハルののんびりした声が響く。

「俺は無神論者だが、毎日出入りしてる」

「食事の為だけにな」

 左隣からは、いつの間にか一緒になっていたジェイの呆れた声が聞こえてきた。

「俺の力が必要な場所が、ここには無いだけさ」

「よく言うぜ」

 ハルとジェイのやりとりに、正直ほっとする。それに、ここに出入りする人々の表情からは、この世界における全ての父であり、創造主と謳われている絶対神スーヴァルドに対する恐怖は見えない。不安や苛立ちは見えるけれども。一応、慕われている神なのだ。自分の正体がばれない限り大丈夫だろう。どきどきしながらも、セティはそっと、神殿内に足を踏み入れた。

 ところが。神殿内の光景に、唖然とする。周りにいるのは、病人や怪我人、そして彼らを世話する青い袖無し上着の人々。呻く人々と動き回る人々で、耳を塞ぎたくなるほど騒々しい。神殿とは、神に祈る為の静謐な場所ではないのか? これでは、先程まで居た大通りと変わらない。

「商業都市兼聖堂都市だからな、ヴェクハールは」

 呆れるセティの横で、ハルが呟く。

「ここは、神殿という名の病院さ」

 ヴェクハールの聖堂は、慈善事業に力を入れている。街の真ん中にある神殿内には病院の他、誰でも入れる食堂や宿舎があり、ここを行き来する旅人や商人に重宝がられている。勿論、静謐な神殿も、学校と図書館併設で街外れの丘の上にきちんと建っている。

「お、ヴァリス」

 説明するハルの横で、不意にジェイが大声を上げる。ジェイの声に気付いたのか、大柄な白皙の青年が、三人をじろりと見た。特徴的なのは、彼のその髪色。黒紫色の髪色は、肩の辺りで綺麗に長く整えているのと相まって、ヴァリスという青年に不思議な印象を与えていた。

「ヴァリストザード。この聖堂の騎士見習い」

 ヴァリスの視線を総無視して、ハルがヴァリスを紹介する。

 彼の視線は、セティにのみ注がれている。ふと、それに気付き、セティはヴァリスに嫌悪感を覚えた。アルリネットを信仰するセティに何らかの胡散臭さを感じているようだ。ヴァリスの視線を、セティはそう判断した。まあ、それは仕方無いだろう。軽蔑されたり迫害されたりすることに対して、ここまでの旅路で慣れてしまった。ジェイやハルのように偏見を持たない者の方が珍しいのだから。

「聖堂騎士、ってことは、神官よね」

 この聖堂の神官は皆、忙しそうに働いている。神の為に祈っている人は皆無だ。神官のくせにおかしいと、セティはジェイに呟いた。

「ま、『祈り、働け』がモットーだからな。ここでは」

 スーヴァルドの神官は祈るのが仕事。手仕事や力仕事は軽蔑している。島にある学校でセティはそう教わった。だが、ジェイの言葉は、これまでセティが教わっていたこととは全く違っていた。同じスーヴァルド信仰でも、地域によって違いがあるのかもしれない。セティはそう、考えた。

「同じスーヴァルドを信仰する北部の神殿からは異端扱いされてるけど、まあ、こっちは財力も軍事力もあるし」

 ハルの言葉が、セティの推論を裏付ける。

「働かざる者食うべからず、ってとこかな。……ハルは働かずに喰ってるだけだけど」

 しかしジェイの言葉が、ハルの思考を説明以外の方向へと持って行った。

「働いてるじゃないか」

 間髪入れず、ハルはジェイに反論する。

「いつ、どこで?」

 だがジェイの質問に、ハルの言葉はすぐに止まった。

「ほらみろ」

「……ところで」

 ジェイとハルの掛け合いに、ヴァリスのイラッとした声が割って入る。

「ティアはどこだ?」

 ティア。その言葉に、セティの背に緊張が走る。あの銀髪紫眼の少年もここにいるのだ。

「あ、ティアなら」

「さっき奥の部屋へ行ったぜ」

 ハルとジェイが、ヴァリスの問いに同時に答える。

「なにっ!」

 その答えに、ヴァリスは急に激怒した。

「知ってるんなら止めろよ!」

「なぜ? 治療しに行っただけだろ?」

 ヴァリスの激怒の原因が、分からない。首を傾げるセティの横で、ヴァリスはジェイの胸倉を掴んだ。

「あいつ今日何人治療したと思ってるんだっ! これ以上やったら絶対倒れる」

「もう倒れてたりし……」

 軽口を叩いたハルを、ヴァリスがきつい目で睨む。そしてそのまま、ヴァリスはジェイから手を離すと、ジェイが指し示した奥の部屋へと駆けるように消えていった。

「何、なの?」

 呆然と、怒りに肩を上げた後ろ姿を見送る。

「ヴァリスは、ティア馬鹿なんだ」

 そんなセティの疑問に答えるかのように、ハルがまた軽口を叩いた。

「俺たちも行こうぜ」

 そのハルを牽制するように、ジェイが言葉を重ねる。

「何か面倒が起こったらまずい」

「ヴァリスにティアが絡んでいるからな」

 そう言いながら神殿の奥に向かうジェイとハルの後ろを、セティも興味半分、不安半分で付いて行った。


「……予想通り」

 奥の部屋の扉を開ける前に、ハルが呟く。セティにも、呻き声と怒鳴り声が扉の向こうから聞こえてくるのが分かった。怒鳴り声は、先程逢ったヴァリスの声、だ。

「どうした、ヴァリス」

 ジェイが扉を開ける。

「どうしたもこうしたも」

 口の端を下げたヴァリスの両腕に、小柄で丸顔の少年がぐったりと凭れ掛かっている。その少年の髪色は、銀。この少年だ。セティの心は躍った。

「あれが、ティア。ティアリル」

 そんなセティに、ハルの解説が入る。

「これ以上は体力が持たないって言ってるのに、ティアの奴」

 そんなセティの横で、ヴァリスの文句は続いた。

「だって、まだ……」

 その文句に対応したのは、ヴァリスの腕の中でぐったりしていた少年だった。

「まだ、じゃない。これ以上歌ったら、確実に倒れるぞ」

「でも……」

 ヴァリスの腕の中から逃れようと、藻掻く少年。だが、小柄な少年と大柄な青年とでは、力の差が有り過ぎる。あっという間に、ヴァリスは少年を扉の近くまで引き摺って行った。

「ほら、行くぞ。休むんだ」

「嫌だ! まだ『治療』が終わってない!」

 争う二人の向こうに、もう一つ部屋が見える。その部屋では、先程セティが気絶させた男が、悶えるように呻いていた。男が暴れ出さないよう、三人の神官がその男を押さえつけている。それでも、男の動きを止めることは困難であるらしい。押さえつけている神官の手が外れてしまう様子も、はっきりと見えた。

「まあまあ、ヴァリス。ティアも」

 青年と少年の争いに、ジェイが割って入る。

「ここは病院だ。大声で争うのは良くない。ティアも、分かってるよな、自分の体力の限界」

「うん。……でも」

 どうやら、ティアという少年の体力の無さが原因で、奥の男に対しての有効な治療ができないでいるらしい。これまでのやりとりで、セティはそう、察する。体力なら、……魔法で何とかなるかもしれない。

 ローブの下に隠していたアミュレットを、再び取り出す。そしてそのアミュレットを、セティはヴァリスの腕の中で藻掻いているティアの頭上に、翳した。アミュレットから発せられる温かい光が、ティアの身体へ吸い込まれていく。

「……え?」

 何が起こったのか分かっていない、きょとんとした瞳で、ティアはセティを見上げた。その瞳の色は、紅玉の赤。紫では、ない。

「なるほどね」

 落胆するセティの後ろで、ハルが頷く。

「じゃ、俺の魔力も」

 そしてハルは、セティの横に立つと右手の人差し指をティアの額に当てた。

「只飯喰らいなんて言わせないぜ」

「ありがとう」

 セティとハルの回復魔法ですっかり元気になり、自力で立てるようになったティアが、二人に向かって頭を下げる。そしてすぐに、隣の部屋へと去って行った。

 余計なことを。ちらりと見たヴァリスの顔にそう書いてあったのを、見逃さない。そのヴァリスを無視して、セティは隣の部屋の様子をそっと窺った。

 男の呻き声に、微かだがしっかりとした歌声が混じる。どこかで聞いたことのある歌だ。セティはふと、そう思った。

「『呪歌』。ティアの『力』さ」

 セティの横で、ハルが解説を入れる。

「あれで、男に憑いた『影』を祓う」

 セティの目の前で、暴れていた男が急速に静かになる。その全身から発せられていた黒い霧状のモノも、段々と薄くなっていった。

「あの黒いのが、『影』」

 ハルの説明が、セティの耳を打つ。

「あれに取り憑かれると、理性を失うらしい」

「君の背中にも、憑いてたんだよ」

「本当?」

 ジェイの言葉に、セティは心底驚いた。あんな禍々しいモノが、自分にも?

「ティアのおかげさ」

 ジェイの言葉を遮り、ハルがにこりと笑った。セティが森で倒れていたのを真っ先に見つけたのも、セティに取り憑いていた『影』を『呪歌』で祓ったのも、ティアだという。

〈ティア……〉

 すっかり安らかな寝息を立てている男の横で歌うティアの背中を、まじまじと見つめる。この『力』は、……私が探していた力なのだろうか? だが。ティアの姿形は、示されたものとそっくりだが、瞳の色が、違う。

 と。

 セティとティアの間に、ヴァリスが割って入る。

「もう、治療はいいだろ」

 そしてヴァリスは、ティアを引き摺るようにして病室から廊下へと出した。

「ちょっと、ヴァリス!」

 ジェイの言葉も、ヴァリスの耳には入っていないようだ。ハルの言う通り、ヴァリスは『ティア馬鹿』だ。セティは正直呆れた。

 と、その時。

「ヴァリストザード」

 謹厳な声が、廊下に響く。振り向くと、白い髭を生やした背の高い男性が、セティ達を見下ろしていた。聖堂騎士の青い袖無し上着の上から、高位の白騎士であることを示す金の剣帯を身に付けている。

「アレイサート師匠」

 その男性の姿を見て、ヴァリスが頭を下げる。

「アレイサート。ヴェクハール聖堂騎士団の団長様」

 セティの後ろから、ハルの囁き声が聞こえてきた。

「ティアリルが大事なのは、分かる。だが、過保護になってはいかん」

 アレイサートの声はあくまで優しく、だが確実に厳しさを含んでいる。

「ですが、師匠」

 そのアレイサートに諭されたヴァリスは、それでも、というようにアレイサートを見上げ、だがすぐに俯いた。

「今日はもう、終わって良いぞ、ヴァリス、ティア。ジェイも」

 アレイサートは次に、セティ達に向かって笑顔を見せた。人好きのする、その笑顔には、信仰が違うながらも好感が持てる。

「お友達も来ているようだから、食堂で話でもしなさい」

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