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8-3

 どのくらい、闇の中に居たのだろうか?

「……ティ、セティ!」

 自分の名を呼ぶ、優しげな声に、物憂げに瞼を上げる。明るくなった空間。セティの目の前に、銀髪紫眼の女の姿が、あった。

 この、人は、……知っている。

「アルリネット様」

 何とか力をかき集めて、セティは目の前の人の名前を呼んだ。

「良かった。そなたは、助けることができた」

 この島の神であり、世界を作った始祖神アルリネットが、セティの身体を優しく抱きしめる。その腕の温かさが、セティの意識をゆっくりと目覚めさせた。

 だが。

「済まない。妾の力が足りなかった所為で、そなた達に辛い思いをさせる」

 泣いているような囁き声に、身を震わせる。それは、まさか……。

「助けられなかった者も、大勢いるのじゃ」

 アルリネットの言葉が、セティの考えを裏付けた。

「大丈夫です。アルリネット様」

 打ちのめされながらも、それでも何とか、声を出す。

「私たちは勁い。そうでしょ?」

「そう、じゃったな」

 セティの背中から外れた、アルリネットの光るような手が、セティの頭を優しく撫でる。そしてつと、アルリネットはセティから離れる。その姿が、先程よりも薄れて見えるのは、気のせいだろう、か。

「妾はまた、力を蓄えなおさねばならぬ」

 セティに向かってにっこりと笑ったアルリネットの姿が、徐々に薄れていく。

「ティアのことは、そなたにまかせる。妾の我が儘だが、……助けてやってくれ」

 言葉だけを、セティの心に残して、アルリネットの姿はどこにも見えなくなって、しまった。

「アルリネット様!」

 何もない空間に、叫ぶ。そしてセティは跪き、いつも神殿で祈るのと同じように手を組んだ。

「……ありがとう、ございます」


 一歩一歩、階段を踏みしめ、最上段まで上がる。

 突き当たりの扉を開けると、血と煙の不快な匂いが、セティの鼻を突いた。

「ジェイ!」

 開けた扉の横に、見知った大柄な身体が倒れているのを見つける。血まみれのその身体を、セティは強く揺すった。まさか、ジェイも、「助けられなかった者」に入ってしまったのだろうか。しかしセティの心配は、呻き声によってすぐに打ち消された。

「……セティ?」

 見開かれたジェイの瞳の、焦点が徐々に合っていく。次の瞬間、ジェイは上半身を起こしてセティの肩を掴んだ。

「セティ! その、血……」

 ジェイに言われて初めて、自分の夜着に赤黒い染みが広がっているのに気付く。

「無事なのか? 大丈夫なのか?」

「私は、大丈夫」

 切羽詰まったジェイの言葉に、セティはこくりと頷いた。

 同時に思い出したのは、ティアのこと。私は……ティアを守りきれなかった。

 だから。

「でも、ティアが……連れて行かれた」

 か細い声で、それだけ言う。

「あいつらにか?」

 セティの予測通り、すぐにジェイの目が吊り上がった。ジェイのその言葉にも、こくりと頷く。涙が自分の頬を伝い落ちていることに、セティはようやく気付いた。

「ご、め、んな、さい」

 ようやく、それだけ言う。次にセティが感じたのは、ジェイの太い腕、だった。

「セティが無事で、良かった」

 締め付けるように抱きしめられる。その痛みと、胸の痛みが、セティの心の中でごたまぜになった。

「アルリネット様のおかげよ」

 痛みから逃れるように、ジェイの腕を引き離す。

「そうか」

 ジェイはセティに向かってにっと笑ってから、突然神殿の床にひっくり返った。

「だ、大丈夫?」

 突然のジェイの動きに、正直焦る。だがジェイは、セティに向かってもう一度にっこり笑ってみせた。

「……ああ」

 ジェイの言葉が嘘なのは、顔色を見れば分かる。おそらく、セティに見えている以上に、ジェイの怪我は酷いのだろう。こんな状態のジェイに、ティアを助けるのを手伝ってくれとは言えない。一人で、やらなければ。セティは心の奥底でこくりと頷いてから、後ずさりでジェイから一歩、離れた。

 と。

「ティアを、助けに行くのか?」

 ジェイの言葉に、身体全体の動きが止まる。自分の心を見透かされたような気がして、セティは思わず口をぽかんと開けた。

 そのセティの行動に、やっぱりなという顔でジェイが笑う。

 なぜだか、悔しい。だから。

「それが、アルリネット様の頼みだから」

 そう言って、セティはジェイに背を向けて走り去ろうと試みる。そのセティの腕を、倒れたままのジェイが掴んだ。強い力に押されて、セティの身体がジェイの上に落ちる。

「うぐっ!」

 ジェイのうめき声が、神殿に響いた。

「ごめんなさい、ジェイ」

 とりあえず謝ったが、この行為の非はジェイにあることに気付き、セティはぷいと横を向いてジェイに掴まれた方の腕を強く振った。だが、ジェイの腕は外れてくれない。

 その、次の瞬間。

「知っているのか。ティアがどこに連れて行かれたか」

 静かなジェイの言葉に、はっとする。そしてセティは、俯いて首を横に振った。

「俺は、知っている」

「教えて」

 セティの言葉に、ジェイはにっと笑って首を横に振った。

「教えない」

「けち!」

「教えたら行くだろ」

 ジェイの言葉に、唇を噛む。確かに、ジェイの言う通りだ。

 だから。

「三日だけ、待ってくれ。意地でも動けるようになってやるから」

 目を閉じながら言ったジェイの言葉に、渋々、頷く。

 しかし、その次の言葉は、セティにとっては嬉しい言葉だった。

「俺が、ちゃんと、セティを守るから」

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