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目を開けると、斜めになった天井がセティを出迎える。
そっと辺りを見回して初めて、セティは自分が小さいが清潔な部屋の、これまた清潔なベッドの上にいることが分かった。
なぜ自分は、ここにいるのだろう? しばらくの間、首を傾げる。確か自分は、森の中で醜悪な子鬼に襲われていたはずでは? そこまで考えて、セティはその後起こったことを思い出した。三人の男が、自分を助けてくれたのだ。一人は大柄で、ヴェクハールの聖堂騎士であることを示す青色の袖無し上着を着ていた。二人目もやはり大柄で、丈夫そうな板金鎧を着て戦斧を持っていた。そして三人目は、セティが探している姿に似た、銀髪紫眼の少年。
「……あ、気がついた」
爽やかな声に、思考を中断させられる。声のした方を見ると、長い金髪を無造作に垂らした細身の男性が、読んでいた古い本から顔を上げたところだった。白のローブに赤のマントという姿が、男の派手さを示している。この人は、自分を助けてくれた三人とは違う。すぐにそう、判断する。セティの思考を見抜いたのか、男は座っていた出窓からぽんと飛び降り、セティが横になっているベッドに腰を下ろした。
「俺の名はハルトクレア。みんなはハルって呼んでる」
「あ、セティリス、です」
軽い感じの自己紹介に、セティも自分の名を名乗る。ハルと名乗ったその男は、セティの答えに髪を掻き上げてから、セティの顔をまじまじと見つめた。
「うん、顔色は大丈夫そうだね」
そして続けてこういう。
「君を助けた三人を探しているんだろ?」
「え、ええ」
ハルの言葉に、セティは戸惑いながら頷いた。
「彼らはここには居ないよ。真面目だからね、昼間は働いている」
ハルの話によると、ここは大陸南部の都市、ヴェクハールの外れにある共同住宅の一室であるらしい。
「俺と、くそまじめな騎士見習いヴァリスと、大雑把で女好きの傭兵見習いジェイ、そしてちびの神官見習いティアの四人で使ってるんだ」
「みんな、見習いなのね」
ハルの話し方のおもしろさに、思わず笑みが零れる。
「ハルは?」
「俺? 俺は魔法使い」
セティの問いに、ハルは胸を張って答えた。
「見習いじゃなくて?」
「もちろん」
ハルの話は、面白い。今までが緊張の連続だったら、尚更だ。だが。もっと話をしていたかったが、そうはいかない。自分の任務を思い出し、セティは口を閉じてベッドから身を起こすと自分のローブを探して身に付けた。幸いなことに、アミュレットもベッドの傍らの台の上に置いてある。ヴェクハールは、アルリネットと敵対する天空神スーヴァルドを信仰する聖堂の街だと聞いていたから、アミュレットを見つけたセティの驚きはかなりのものだった。
「どこへ行くの?」
不意に、セティの腕を、ハルが掴む。その時になって初めて、セティは自分が「逃げよう」としていたことに気が付いた。
「目覚めたら聖堂に連れて来るように、言われてるんだけど」
聖堂へ。その言葉が、セティの全身を総毛立たせる。敵対する神の信徒が街に入り込んだのだから、重大な監視下に置かれるのだろうか? だが。自分を助けてくれた三人に、お礼が言いたい。そして、確かめたい。その想いが、セティの覚悟を決めさせた。
だから。
「分かった。行くわ」
ハルと視線を合わせ、セティは強く、頷いた。