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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第三章 夢と現
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第六十七話 たくろう火と呼ぶにはあまりにも

かなり時間もかかり苦労しました……

これからも頑張ります

 拓郎と鵺、彼らが一匹の黒猫の後を追って、闇の中を歩きだして、かれこれ1時間ぐらいは立つだろうか。

 さっきと違い、ひたすらに無言で後を追い続けているのだが、はたして目の前の正体不明の何かを信じていいのか、という不安と疑心暗鬼で鬱屈してくる。


「「……」」


 これではさっきまで鵺と減らず口を叩き合っていた状態の方がまだマシであった。


 だが、ふと拓郎は気付く。

 その道は今までの暗闇とは違い、さっきまでの圧迫感がないのだ。

 心身を襲う周囲からの粘つくような視線と重い空気、なにより悪意と敵意に満ちた気配がなく、代わりにどこか淋しさにも似た虚ろさが感じられる。

 今までの闇が暗い海中の中ならば、ここは閑散としたトンネルのようなイメージだ。


 ようやく、その影絵のような猫は足を止める。


「ここは……」


 静寂な暗闇の中から蛍のように赤、青、緑……様々な光が揺蕩っている。

 不思議な場所だった。

 さっきまでと変わらないはずなのに、明確に違う。


「……熱っ!」


 思わず手をその内の赤い光に手を伸ばすが、火傷するかのような熱を感じて、思わず引っ込める。


「魂。イヤ、ソレニスラ満タナイ感情ノ欠片ノワダカマリダナ」


 鵺がわかりやすく説明してくれて、ありがたい。

 ということは、なんでも自分が触れたのは怒りの感情とかかもしれない。

 さしずめ、ここは自分たちを飲み込んだ妖怪の消化不良が溜まった場所なのだろう。

 ……だからこそ、こうして自分たちは避難できたのだが。


「にゃあ」


 もっとも目の前にいる猫が自分たちの味方ならばだが。


「アヤツハソレラノ集合体、猫ノ形ヲ為シテイルニ過ギン。式神……猫鬼ナドノ方ガ近イヤモシレン」


 鵺が静かにつぶやく。

 猫鬼。

 その単語は拓郎にも聞き覚えがあった。

 地方によっては有角の幻獣の呼び名でもあるが、拓郎がよく覚えているのは中国に使われる呪術の一種の呼称である。すなわち、一つの壺の中に数匹の猫を入れて殺し合わせ残った一匹を呪術に使役する。どこかで聞いたことのある胸糞の悪い方法だ。


「確カニアノ妖怪ハ貴様ト同ジ複数ノ妖怪ノ集合体デアルガ、コノ暗闇ハ奴ノ腹ニシテ呪詛ニヨル領域デ……ソウカ、ダカラコソコノ猫モ猫鬼トイウ形デ具現化ヲ……」


 なにやら、鵺が独自の解釈で説明を続けている。こいつこんなに頭が良かったのか、と感心したい所だが、拓郎としては結界とか術は素人なので、もう少しわかりやすく説明してほしかった。


「貴様ニソコマデ丁寧ニシテヤル義理ハナイ」

「はっ倒すぞ。……とにかく、この猫はこの空間の一部ではあるが、それでいて個の意志がちゃんとあるってコトか?」


 とりあえず、拓郎は自分なりにかいつまんで解釈して、言葉が通じるかも定かではないのに目の前の猫に話を振ってみる。


「フン」

「にゃあ」


 肯定か否定か、当の猫はもうひと鳴きだけした。


「オソラクダガ。コヤツハ自分ラヲ救ッテ欲シイノデハナイカ?」

「救う?」

「コノ怪物ノ元トナッタ妖怪ガ全テアノ怪物ノ意識トナッテルトハ考エニクイ。自由ニナリタイ、楽ニナリタイトイッタ願イモアッタハズダ」

「それがこの空間とこの猫を作りだしたってことか」


 邪魅という個から生み出された別の想い……人格。

 そしてこの猫、いや彼らはこの怪物の腹の中の崩壊、すなわち成仏を望んでいる。

 だが、そんな方法なんて拓郎たちにもわかるわけがない。

 むしろ、閉じ込められたこちらが救ってほしいくらいなのだ。


「にゃあ」


 そんな疑問を否定するかのように黒猫は首を横に振る。


「?」

「ドウヤラコヤツハ出ル方法ヲ知ッテイルヨウダ」


 どういうことか、聞こうと思った矢先、すかさず、猫は今度は拓郎の肩に飛び乗った。


 カプッ


 拓郎の首筋に軽く噛みつく。

 彼をあっさりとソレを許してしまったのは、その猫に悪意や敵意が感じられなかったからか。


「ちょ……なにすん……あ゛!?」


 だが、その変化は確実に起こった。


 ドクン


 自分の中で起こる脈動。

 そこで夜帳拓郎の意識は途切れる。





「あっ、そおぉぉおれえぇぇええ♪」

「ひいええええぇぇぇぇええ!」


 全力疾走する明日香にその後ろから黒い影が彼女を蹂躙しようと迫る。

 これは邪魅の体が増殖し肥大化した身体だ。


「逃げないでよ。お嬢ちゃあん。楽しい事しよーよー!」

「御免被るっつうの! 美少女巫女に黒い触手とか薄い本が厚くなるでしょうがよぉ!」


 朝間明日香、十六歳、こちとら清純な乙女。

 こんなグロテスクな黒い影に蹂躙されるなんて御免被る。普段グータラしてるとは思えない程の運動神経と脚力を見せながら、明日香はそれらを回避しまくる。

 ちなみに相方のぬいぐるみは路面に転がって微動だにしない。

 明日香は我慢できずにそちらに怒鳴り散らす。


「オイコラァ! いつまで死んだ振りすんな起きろ、この三流幻獣!」

「……貴様、奴の隙を伺っていたのがわからんのかぁ! だいたいさっきから聞いてたが何が美少女巫女だ。冗談はそのクセッ毛だらけの黒髪を直してからにしろ!」

「なんだとこのエセ神使!」

「サボリ魔ペッタン娘!」


 跳ね起きた神獣はそのまま全力疾走する巫女と互いに罵り合う。


「ちょいとこっちを無視しないでよぉ」


 それが面白くなかったのか、邪魅は少しだけ不快気にしながら、黒い触腕を増やし、それらをそ全て鏃状に尖らせた。

 そして、そのまま彼女はコンクリの路面すらもたやすく貫通させる黒い豪雨を一気に降らせる。

 逃げる場所もない圧倒的な範囲攻撃が明日香に迫る。


「全く世話が焼ける」


 だが、それらは次の瞬間全て消え失せる。


 食い千切ったのでも、焼き払ったのでもない。

 綺麗な断面を残して消失していた。


 そこには本来の姿に現界した獏がいた。


「せめてこやつらの首魁との戦いに備えて温存しておきたかったのだがなぁ」

「そんな余裕のある相手じゃないってわかるでしょ?」


 隣に立つ明日香は減らず口を叩きながらも、ようやく態勢を整える。


「へー。これが噂に聞いてた神獣様かあ……うっぷ」


 感心しながらも、邪魅は口から新たに蛸のような触手と大蛇を吐き出し、獏に向けて放つ。


「ブオオオオォォォオオオ!」


 獏はあえなく踏み潰す。


「ククッ、面白いねー。それじゃあ次はもっと本気を出すね?」


 今度は先ほどの比ではない、魑魅魍魎の影を膨れ上がらせる。


 討たれた鬼の慟哭が。

 祓われた狐狗裡の怨嗟が。

 狩られた人魚の悲鳴が。

 忘れられた天狗の憎悪が。

 捨てられた付喪神の絶望が。


 かつての夜帳拓郎の比ではない。幾百もの化生の怨念が渦巻き、漆黒の津波となり獏と明日香へと怒涛のように押し寄せた。


「欲望と妄執のままに食らい続けてその姿か。哀れよな」

「いやいやいや、格好つけてないでなんとかしてよアレ! なんとかできますよね?」

「無論ぞ」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ巫女を無視して、獏は初めてその獣口をガパリと開けた。

 そのまま丸ごと景色の色に塗りつぶすように襲い来る汚濁は膨張していた邪魅の右半分はまるで最初からなかったかのようにあっけなく掻き消えた。


「ありゃりゃ、噂には聞いてたけど、すごいねー」


 それでもなお右半身を削られたというのに邪魅は平気な顔をしている。


「む。ガァ……!?」


 突如として、獏の動きが鈍る。

 邪魅はまるでケラケラと悪戯が成功した子供のように自慢げに懐からある物を取り出す。


「コレはさっき私の体内に混ぜてたモノだけど、のユメ喰らいの神獣サマもコレだけは消化しきれなかったかなぁ?」

「人の技術か。……イヤ、コレはこの世界の法則では……クッ猪口才な」


 邪魅の手にあるのは毒々しい呪符の帯で巻かれた球体を見て、獏は毒づく。


「虚空の旦那と紫煙さんが共同で開発したお手製でさ。詳しい仕組みはわからないけど、神サマの加護とか、そういう神秘的なのを全部否定しちゃうんだってサ。怖いよねぇ」


 そのまま獏は縛り上げられてしまう。


「まぁ、食べきれないにしても消化しきるのにも時間はかかるだろうねー。……さぁて、予定も詰まってるし、今日の所はお仕事優先といこうかな?」


 言うや否や、邪魅は一瞬で、忍び足でとんずらしようとしていた明日香の所へ回り込む。


「わ、私はおいしくないと思うけどナー?」

「大丈夫だよ。私はゲテモノもいけるクチだし」

「誰がゲテモノだコラァ!」


 軽口に対して、逆切れをする明日香。

 もっともそれは虚勢で、邪魅の足元から伸びる影は、既に明日香の足に絡みついており、明日香自身それを察して、口元を引きつらせている。


「ま、式神使いが式神を封じられるとこんなもんだよねー。それじゃあ、いただき……」

「……もしかして、私が神獣を使うしか能がないって思ってない?」


 怯えた表情から一転。

 白装束をはだけさせると、スレンダーな彼女の上半身にはサラシ以外、何十枚もの水流と爆熱の術符が、白い肌の上に貼られていた。


「うげぇ!?」

「死なばもろともぉおおおおおお!」


 街の一区画を巻き込んだ大規模な水飛沫と爆発が巻き起こる。


 明日香は自身が引き起こした爆風に吹き飛ばされるが、緊急脱出用の無重力と風の防壁の式符を展開させ、衝撃を緩和させるが、それでも勢いを殺し切れなかったのか、ガードレールに背中をぶつけた。


「痛っあ!」


 しばらくして、明日香は痛む体を押して引きずるように体を起こす。

 お願いだからこれで終わっていて欲しかった。

 だが……


「……チッ」


「今のはちょっと面白かったよぉ?」


 降りしきる水飛沫のスコールの中から引きちぎれたような体を引き摺らせながら、その怪物は器用に体中から牙だらけの口が裂け目のように現れゲラゲラと飛鳥を嘲笑する。

 明日香としてはせめてもう少しダメージを与えておきたかったが、どうやらこの怪物は再生能力も段違いらしい。


「お礼に君だけは特別にペーストして食べてあげるよぉ」


 言いながら、邪魅は右腕を寸胴のように膨れ上げさせて、金棒の角のように一面に牙を生やす。


「いや、それならいっそ見逃してくれない?」

「それは命令だからダーメ♪」


 そのまま、牙だらけの凶腕が振り下ろされようとする。

 明日香はわずかに目の端の神使である幻獣を見るが、まだ毒が抜けきれてないのか、必死でこちらを助けに向かおうと、体をジタバタと動かしている。


(終わった……)


 母親、姉、幼馴染、クラスメイト、脳裏に思い出す色んな人たちに対してか小さな声でゴメン、と呟き、覚悟を決めた次の瞬間。それは起こった。


「あ……ぇ?」


 周囲の者らは何が起こったのかわからなかった。

 邪魅当人さえもただ、キョトンとした表情でゴホリゴホリと血や咳の代わりに口から黒い炎が吐き散らしている。


「あは……はは、さすがにコレは予想できなかったなぁ……」


 だが、脈動はそこで止まらない。


 次の瞬間、その場にいた誰もが目を疑った。


「あはは、アハ、ぎゃはハあああぁぁあああぁぁあああ! 痛い痛い痛い痛いイタァァァイ!!」

 

 邪魅はそのまま黒い炎に包まれ、満面の笑顔で慟哭する。

 そのまま黒き炎が彼女の口を、眼窩を、体中のありとあらゆる穴から吹き出し、ソレは彼女の腹を突き破り、這い出てきた。

 怨念の噴流が溢れる。憤怒の炎が焼き焦がす。

  

 その中央に立つのは、明日香もよく見知った一人の少年だった。


「よっしゃああああああ、外だあああぁぁぁぁあ!!」


 少年……夜帳拓郎はまるでようやっと迷っていた所を見知った路地を見つけて岐路にたどり着いたかの如く(実際そうなのだろうが)歓声を上げる。

 ズルリと後を追うように鵺が……彼を追いかけるまで損耗したのか子犬ほどのサイズとなって出てきた。


「以前カラ出鱈目ダト思ッテイタガ、ココマデトハ……。呆レタゾ」

「うっせ。俺のおかげで助かったんだろうが! ……あん?」


 その眼光が捉えるのは新しい獲物。


「誰だかわからねえけど、嫌な視線がすんな」


 拓郎の眼光は真っ直ぐに遠くへ向けられる。





 この世界では怪火というのは珍しくもなんともない。

 だが今、この目に映る黒い炎はそんな生易しいモノではないだろう。

 そういえばたくろう火なんて鬼火もあったはずだ。

 因果な名前だな、と虚空は遠目で覗く少年の身に起きた現象を見ながら、とりとめのないことを考えていた。


 彼はあの少年の身に起きた現象を考察してみる。


 あの黒炎は決して進化ではない。

 むしろ悪化だ。

 どういう経緯でそうなったかは知らないが、おそらくは邪魅の一部の怨嗟が夜帳拓郎に移り込み、彼に取り憑いた百鬼の怨念が暴走して、さらに炎という苛烈かつわかりやすい形へと発現しだけだ。

 邪魅の百鬼の群れによる黒が量ならば、あれは質。

 とことんに煮詰めて煮詰めた劇薬にして爆薬が起爆した状態だ。


 そんなモノが、あんなちっぽけな人間の器に収まりきれるわけがない。以前起こったという偶発的な暴走とは別で、おそらくはただでさえ短命の夜帳家である、あの少年はさらに余命幾ばくもなくなっただろう。


「大丈夫だよ」


 虚空その表情は心から慈愛の笑みを浮かべていた。

 自分が為そうとしていることは欲望であり夢である。自分が犯そうとしていることは大逆であり大儀だ。

 ゆえにそれにふさわしい障害が必要だった。それに準ずる敵が欲しいと思っていた。

 贄として、試練として。


 彼は両手を広げて夜帳拓郎という害獣を迎え入れる。


「君も自分が救ってあげよう。夜帳の忌子よ」

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