第六十三話 幻想に挑む愚者
妖怪という存在について考えたことはあるだろうか?
彼らはどこから来るのか?
いや、どうやって発生するのか?
長く生きた鳥獣が化生に変じたモノ、自然の精気が集まり生まれたモノ、人の恐怖や恨みが媒介となって具現化したモノ。
諸説様々だし、それぞれ当たらずとも遠からずだと思う。
でもね、自分はその中でも注目しているのはもっと根本的なものなんだ。それは『認識』なんだよ。
あるいは願望と言ってもいいかもしれないね。
「我々、人類が『妖怪が存在して欲しい』そう思ったから彼らは産まれた、貴方が言いたいのはそういう事ですか?」
そうそう、さすが紫煙さん、話が早くて助かるよ。
例えばさ、人間っていうのは昔から目に見えないものに夜の闇に対する畏敬と大自然への崇拝……そしてお伽噺への憧れを抱いていた。それは現代でも変わらない。人は常に未知との遭遇・交流に飢えている。
「いささか突飛過ぎやしませんかね?」
いやいや、人間の思い込みっていうのは馬鹿に出来ないもんだよ。
人は強く思い込むことで本来不可能であることを成し遂げることができる生き物なんだよ。
ううん、じゃあこう言い換えようかな。
つまり彼ら、妖怪は人と幻想の絆によって生まれた存在なのさ。
今度は少し言い回しがロマンチック過ぎたかな?
……とりあえずね。単純な話だよ。ここにいる人間……いや土地そのものから妖怪っていう存在の記憶を丸ごと消せば、この街にいる妖怪は全ていなくなるんじゃないのかな?
「それでこの街の人間への人魚の歌による広範囲の精神干渉と地下の龍脈への大規模な汚染ですか」
そゆこと。
もちろん、そのまま跡形もなく彼らが綺麗にドロンと消えるわけがない。今までの記録、人間たちの記憶、どんな形にせよ。妖怪はそこにいたという存在の痕跡は色濃く残るだろうね。
世界があるべき形に強引に戻される。それは一種の歪みさ。
そして、それらは一般的に妖力と呼ばれる寄り何処の失くしたエネルギーに変換できるだろう。
「妖力……いや、私たちの場合は魔力と呼ぶべきでしょうか。この実験が立証されれば、莫大なエネルギーの運用法が確立されますね」
そう、そのエネルギーを手に入れる事が自分の最終目標さ。自分はその魔力を使って“門”を開ける。
「この仮説を立証するための実験自体も面白いですが、そのあなたのいう門の向こうの世界というのも興味深いですなあ。もっとも我ら側の妖怪たちも体の良い生贄となる訳ですが……、一応聞いておきますが、あなたの目的を知っているのは――」
話したのは立場的に妖怪と対立しているアリスちゃんと野澤さんぐらいかな、妖怪側である邪魅ちゃんやキド君には教えてないけど、彼らもバカじゃないからね。勘づいたうえで協力してるんだろうね。
まあ、彼らも彼らで目的があるみたいだし、こっちの邪魔してくるんじゃなければ別に放っておいていいよ。
「わかりました。……それでは向こうの壁に隠れている子供らはどうしますか?」
ああ、確か夜帳の家の姉弟ね。勇気があると讃えるべきか、子供の無謀さに呆れるべきか。
……ふむ、とりあえずはあの怯えようからすると本当に二人だけで来ちゃったみたいだね。
正直、今更聞かれた所で何の脅威にもならないけど……
とりあえず、自分はいらないから紫煙君の好きにしちゃっていいよ。
◆
「それって本当なの?」
「にわかには信じられません……」
京子の話を聞き終えた者らは一様にざわつきく彼らを代表して鈴城友佳と冷奈は力なく呟く。
話があまりにも突飛過ぎるゆえ無理もない。まるで、できの悪い三文小説を読んでいる気分だった。
「本当だよ。……と言いたい所だが、この話自体アタシの婆ちゃんがアイツと戦いながら聞き出した話だから、正直な所確証はない」
「京子さんの祖母殿やアナタが戦ったと言う……その男は妖怪なのですか?」
「わからん。アタシも以前、何度か奴と戦ったけど、そいつの正体だけは皆目見当がつかなかったよ」
その時の事を思いだしたのか。京子の瞳にわずかに陰りが宿る。彼女にも彼女なりの陰惨なモノを見てきたのだろう。一同はそれ以上踏み込まず話を戻すことにする。
そこで京子は気を取り直したように彼らに向けて向き直る。
「それでお前らはどうする?」
彼女が問うのは、今後の行動の指針。
ここから先は戻ることは許されない。
あえて、京子は妖怪・人間を問わず、この場にいる全員に意思の表示を改めて求めていた。
「幸いお前らは意識も奪われずに済んでいる。このまま街の外まで逃げるっていうのも手の一つだ」
逃げても責めはしない。いや、奴らの目的を考えれば、エネルギーに変換されず逃げて生き延びるのも一種の勝利とも言えるだろう。
「無論戦います」
しかし、妖怪たちを代表して冷奈が答えた。
「この街は私たちの故郷であり、そこに住む人間の皆さまも我らの隣人です。この場所をあっさり見捨てられるほど我らは薄情ではありません」
「……オイラは普通に逃げたいんですけどネ」
冷奈の隣で小さく本音を漏らして、頭を引っぱたかれる狸を余所に他の妖怪らも呼応する意志を見せた。
「ここのキュウリ美味いし……」
「元々俺、退魔師に追い立てられてここまで流れてきたし、他に居場所もねえしなあ」
「我らのナワバリを荒らす不届き者に天誅を下してやろうぞ!」
妖怪というのは基本的に単純だ。一種の想念やわからぬものへの畏れから生まれた者らも多いというのもあるが、とにかく己のサガというものに正直に生きる。
だからこそ彼らはある意味、純真で真っ直ぐともいえる。
そんな彼らの意志を笑うでもなく、静かに見届けた京子は今度は友佳たち退魔師に目を向ける。お前たちはどうするんだ、と対して友佳は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「舐めないでしょうだい」
彼女らの答えも決まっていた。
「私たちは退魔師よ。退魔師の仕事は人を異形から守る事、そいつらのやってる事は明らかに外法で一般市民に危害を与えている。だったらこれは私の領分でもある」
「やられっぱなしとかむかつくし」
「人間の撒いた種は人間が処理せんとな!」
「それにお役所連中にも借りが作れそうだしねー」
彼女の言葉に呼応するように他の退魔師たちも強く頷く。
退魔師を始めとした祓魔業に携わる人間らは生まれ持った霊能力、妖怪に大切な者を奪われた者、彼らは大なり小なりはみ出し者であり、なればこそと相応の大義や意地を持つ者も多い。特にここに集まった退魔師たちはそんな連中だった。
久しぶりに人間の良い部分を見れた、そう京子は小さく笑った。
……しかし、友佳は言葉を続ける。
「なにより、アイツは翔吾を……私の可愛い弟を傷付けた。絶対に許さない。拷問という拷問をかけたうえで、グチャグチャのミンチにして、最終的には八つ裂きにして魚の餌にしてやるわ。いえ、牛の糞と混ぜて肥料にするのも悪くないわね。フフ……フフフフフフフ」
ブラコンここに極まれり。
とりあえず、ヤンデレの領域に達してしまっている彼女の言葉は一同揃って聞かなかった事にした。
「よおし! お前らの想いは受け取った!」
京子は胡坐をかいていた足を勢いよく叩く。
「それじゃあ、みんなで反撃に向けての作戦会議と行くか! 夜帳の爺さん!」
「とうに準備は出来とるよ。やれやれ引退後は静かに余生を送りたかったんじゃがのう……」
ずっと静観していた夜帳源治、彼の手元にはいつの間にか黒い大太刀が収められていた。長い月日を思わせる無骨ながらも刀身からは得体のしれない気迫のようなものが滲み出ていた。
「可愛い孫ズのピンチだっつうの。気合を入れろよ……ん?」
ふと、耳を澄ますと襖の奥からドタバタとこちらに向かって歩く音が聞こえてきた。
「――メです。安静に――ないと――また傷が開――」
加えて暴れるような音と何かを引きずるような音は、段々とこちらに向けて近づいていき、何人かは敵襲かと思わず身構える。そして襖は大きく開かれた。
「あぁ、そういやお嬢ちゃんもいたな。……状況はなんとなくわかるだろう? ……まだ心が折れてないなら一緒に作戦会議でもどうだい?」
入ってきた相手に京子は特に動じることなく不敵に笑いながら、闖入者を迎え入れる。
「ええ。喜んで参加させていただきます」
対する緋暮シズク……痛々しい傷を覆い隠すかのごとく体中に巻きつかせた包帯には血が滲んでいる。おそらく動くだけでも相当の激痛に苛まれているだろうが、それでも戦意を絶やさぬ目で不敵な笑みを浮かべていた。
一方でそんなシズクを寝所に戻そうとしがみついていた物部影李は一体何の話をしているのかとまるで理解できずにキョトンとしている。
「よ、よくわかりませんが、私にできる事ならお手伝いいたします」
そのうえで、影李はこの異常事態に飛び込むことをほぼ反射的に答えてしまった。
といっても事情を聞いても、彼女は同じ答えを返していただろう。
彼女もシズクと同様にこの街に居場所を見い出せたなのだから。
「決まりだな」
彼女らに意志を受けて、ニッと笑う京子。
かくて二人の少女は再び戦場に舞い戻ることになった。




