第六話 土転び
「どえええええええええええええええええ!」
「いやああああああああああああああああ!」
全力疾走で走り続けるシズクと拓郎、その後ろを追いかけるのは道を所狭しと転がり続ける巨大な毛むくじゃらの大玉である。
なあぜこうなったのか。発端はシズクが寝坊した所から始まった。
◆
昨晩、夜遅くまで映画を見ていたシズクは案の定寝坊して、食パン咥えながら学校へ向けてダッシュすることとなった。
曲がり角でイケメンとぶつかりラブロマンスが起こっても不思議ではないくらいのベタなシチュエーションだが、残念ながらそんな乙女の夢は実現しない。
「間に合うかはギリギリだなー。ほーれ、頑張れ頑張れー」
そんなシズクの真後ろから拓郎が呑気な様子で追いかけてくる。
シズクが妖怪は引き寄せてしまう体質である以上は、護衛として彼女の傍らに拓郎がいることになったのだ。
「夜帳君はなんでそんなに余裕ですか!?」
「えー、一日ぐらい遅刻してもどうってことなくね?」
「この不良! 時間にルーズな男は嫌われますよ!」
シズクの罵りなどどこ吹く風といった様子の拓郎に、シズクは歯噛みしながらも走ることに集中することにする。
どうして起こしてくれなかったのか、そう源治や弟妹らに詰め寄ったのだが、あんまり気持ちよさそうにしてるから起こすのが気が引けたそうだ。そんな微妙な気遣いをするくらいなら叩き起こしてくださいと思ったが、今更そんな事も言っても無常なるかな、過ぎた時は戻らず、時間は刻一行と迫っていた。
「転校して早々遅刻する訳には……!」
悲壮な表情で己の限界突破に挑戦する勢いであるシズクに、さすがの拓郎も可哀相に思ったのか、裏路地の近道を使えば大幅にショートカットできると教えてやった。
裏路地と聞いて、シズクは最初この街に来た時の事を思い出して一抹の不安を感じたが、拓郎と一緒なら多分襲われないであろうと思い直し、結局その道を通ることになった。
そして二人は……
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ
「どえええええええええええええええええ!」
「いやああああああああああああああああ!」
かくて冒頭の通り、巨大毛玉に追いかけまわされていた。
「なんですかアレ! なんなんですか!?」
後ろから追いかけてくる自分たちの倍の身の丈を持つ巨大な毛玉を見やりながら、並行して走る拓郎に涙目というか完全に涙を溢れさせた状態で問いかける。
「土転びッていう妖怪だな! 時たまああやって転がってきて人間を驚かせてくるんだよ」
「驚かすっていうか普通に潰されそうなんですけど!?」
狭い裏通りの面積を所狭しと敷き積めるように丸い巨体を縦回転させて迫るその姿はさながらダンジョンのトラップ。ちょっとした冒険小説や映画の登場人物になった気分になってしまう。
無論、シズクとしてはこんな気分味わいたくなかったが。
「ま、まあ、そのうち飽きてくれるさ!」
「けっこう余裕がありますね!?」
「前にも4・5回追いかけられたことがあるしな。まあ、あんな大きいのは初めてだけど」
そう言いながらシズクと並列に走る拓郎、決して彼女の上下に弾む胸をもう少し眺めていたいとか思ったわけではない、決してだ。
それからも彼らの追いかけっこは続いた。
一度、隙間をくぐってうまくまいたと思ったら、行く道先々で先回りしていたり、それなりの高さのある段差を登っても、向こうも前運動なしにまるでスーパーボールのように跳ねて飛び越えてくる。
土転びは明確な意思で自分たちを追いかけてきてるとしか思えなかった。
「こいつの目的か……」
そこまで考えた後、突然拓郎は前方を見る。シズクは何事かと、視線を追うとそこには見覚えのある人物が立っていた。
「フハハハハハ! そこな小童どもよ! 命が惜しければ身に着けているものを全て置……ゲッ!?」
その人物もとい鬼は、自分たちの姿…そして後ろに迫る大玉を確認すると顔色を変えてUターンする。それなりに距離があったはずだが、鬼は意外と足が遅く、ぜえぜえと呼吸を荒れさせながら、あっという間にシズクや拓郎に追いついてしまった。
「ひぃひぃ……もう限界だぁ! アンタらなんてもん呼び込んでくれてんだあ!」
息も絶え絶えの鬼はドロンと白い煙を上げて姿を消して、そこから羽織を羽織った狸が頭に葉っぱを乗せて飛び出して、そのまま拓郎の肩に飛びつく。
「おい、何勝手に人の肩に捕まってんだ!? 降りろ!」
「後生ですぜ、ダンナ! アンタとオイラの仲じゃないですか!」
「てめぇみたいな不良狸と親密な仲になった覚えはねえよ!」
肩から引きはがそうとする拓郎と媚びへつらいながらも離れまいとしがみつく狸、そんな一人と一匹による取っ組み合いをよそにシズクは無言かつ無表情でその横から通り過ぎて、そのまま彼らから距離を離そうとする。
「お二人の犠牲は無駄にしません」
「「待てや、コラア!!」」
わざとらしい笑顔を浮かべながらトンズラしようとするシズクに狸と共にツッコミを入れる拓郎。普段はぽわぽわとしたお嬢様オーラを放つ天然ちゃんみたいな癖に、この少女はしたたかというべきか、ぶっちゃけ相当に腹黒い。
「くく、まさか一人だけ逃げようだなんてムシのいいことを考えていないよな?」
だが、だからこそこちらも遠慮なく付き合えるというものだ。拓郎は暗い笑みを浮かべながら、走るペースを上げてシズクに追いつく。
「袖振り合うも多生の縁っていうだろう地獄の底まで付き合ってもらうぜ」
「嫌です。大人しく犠牲になってください!」
「即答かよ! ……ってうわ、来たぁ!」
その後も、右往左往とひたすら必死で走り続けるも、やがて三人は袋小路に追い詰められてしまった。
「もうダメだぁ!」
狸が思わず絶叫するも、しかし土転びは突然急停止する。
「は?」
「へ?」
「ほ?」
三者三様の反応をする二人と一匹は何事かと疑問符を浮かべる。
◆
数分後二人と一匹は巨大毛玉を囲い、両手でまさぐり始めていた。どういうわけか先程まで縦横無尽に転げまわっていた土転びは今ではとても大人しく彼らに接触を許している。
土転びの必死のジェスチャーで何らかの意思を汲み取ったシズクと拓郎は彼(?)の身体をくまなく調べてみることにした。
「あったか?」
「ないですねえ」
最初は遠慮気味だった拓郎たちだったものの、触っている内に大型の犬の毛繕いをしている気分になってきたのか、尋常じゃないくらいのモフモフに思わずボフッと身体をうずめてその身を委ねたい衝動に駆られたていた。
「というかお二方、何をウズウズしてるんすか? 真面目にやってます?」
「「やってるよ!?」」
内なるモフモフへの欲求と葛藤し続けるシズクと拓郎、そして結果的に巻き込まれる形となった狸の二人と一匹は注意深く毛玉の一本一本をチェックしていくという気の遠くなる作業をこなしていく。
やがて土転びはsの大きな毛むくじゃらの巨体を一瞬だけ小さく跳ねさせた。
「あ。……こ、これじゃないですか?」
そういってシズクがお目当ての物を見つけた。そして、彼女は勢いよくソレを土転びの身体から引き抜く。
「この棘を抜いてほしくて追いかけまわしてたとか……迷惑すぎんだろ」
呆れる拓郎をよそに、シズクはこれでいいのかと、手に持った植物の棘のような物を差し出す。対する土転びはズゴゴとうねる様に体を小さく震わせた。おそらく肯定の意だろう。
「ったくなんて人騒がせな……」
「まあ喋れないみたいでしたし……」
脱力してその場でへたり込む拓郎とシズク。
「オイラなんでこんなのに巻き込まれたんすか!?」
「お前の場合は天罰だろ」
憤慨する狸をゴツンと拓郎が小突く。
やがて彼らの耳にHRを知らせる学校のチャイムが聞こえてきた。わかってはいたし、諦めてもいたが遅刻確定であった。




