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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第三章 夢と現
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第五十五話 本当の開幕

 朝間神社境内、神事である祝詞の奏上と巫女舞が行われる。

 参拝客が賑わう中、神社より少し離れた一般家屋の窓から人だかりを明日香は鬱屈そうに眺めていた。


「逃げたい」

「直球よな」


 隣の獏の突っ込みも無視して、明日香は顔色を悪くして、嫌な汗をダラダラ流している。これは彼女の体調が決して悪いわけではない。ただひたすらに緊張しているだけだ。

 そんな明日香の様子を見かねた獏は気遣いの言葉をかけてみる。


「お主でもそうやって固くなることもあるのか……。とりあえず、もう少し肩の力を抜いたらどうだ?」

「あそこにいるのは有象無象の価値の無い石ころ共……ブツブツ」

「お主なりにリラックスしようとしてるのはわかったが、そこは野菜だろう!」


 以降もどっかの悪役のような危ない言動を繰り返す明日香を獏はの励ましが功を奏したのか、持ち直した明日香はとりあえず気晴らしに友人の実里と会話でもしようかと、連絡を取ってみる。


 幸い、話すネタは事欠かない。彼女の連れである人魚の少女に魔女である彼女自身の身体に施された秘密、この前、今後の事についてという理由で本人から話を聞いた時はさすがに面食らったが、かといって明日香に言わせれば常人よりも魔力の量が大きいというだけ、拒絶するほどでもない。


 これまでの関係が変わるというものでもない。いい機会だし改めてその旨を伝えてやるとしようか。


 そこまで自分への言い訳を終えた明日香は実里の所へ電波を飛ばす。


「ってあれ? 出ない?」

「あの人魚の娘と遊んでいるのに夢中で気付かないのではないか?」


 一向に繋がる様子の無い携帯に怪訝に思うも、獏の言葉に納得する。

 そういえばこの前、ウチに来た時に祭りの日はこの子と一緒に思いきりハメを外すと言っていた。だとするなら、今は水を差すのはやめた方がいいだろう。

 仮に繋がっても『今遊ぶのに忙しい』と邪険されること請け合いである。


 というか自分が彼女の立場ならそうする。


 いやな所でシンクロする我が友人に内心苦笑しながら、明日香は他に話し相手はいないものかと友人のアドレスを探そうとするも、実里以外ないことに気付き、(正確には現実逃避していた事実を突き付けられ)さらに鬱になる。


「……友達は一生の宝ぞ?」

「うるせーですよ!」


 憐みを込めた目で見つめてくる獏を蹴り飛ばそうとするも、獏は一足早く、ぬいぐるみの足を器用に動かして明日香の足の射程外まで退避していた。


「明日香ちゃーん、お友達が遊びに来てくれたわよー」


 獏へさらなる追撃をかけようと身を乗り出していた所に、玄関口から母ののんびりとした声が聞こえてくる。


「チッ命拾いしましたね……!」

「ぬかせ、未熟者が」


 互いに捨て台詞を吐いてメンチをきり合う獏と明日香であるが、やがて明日香は諦めたように玄関に向かうことにする。

 すれ違いざまの母の意味深な笑顔が気にはなったものの、おそらく来客とは実里のことだろう。仕方ないし、あの人魚の子と合わせて二人分の茶請けの菓子でも出してやろう。そこまで考えて明日香はいつも通りのマイペースな体裁を装って客人を出迎える。


「なーにー実里ー、この前もそうだけど、来るなら来るってちゃんと連絡を……」


 そこまで言いかけて明日香はそのまま固まってしまった。


「どうもこんにちは」

「よ、よう……」


 夜帳拓郎と緋暮シズク、なぜこの二人が来てるのか。完全に想定外の来客に明日香は頭を抱える。





 場所は居間に移り、シズクと拓郎、明日香は机を間にして、二人と一人は向かい合う形で座っていた。


「……もっと早くこうやってお礼を言いに伺えていればよかったんですけどね」


 明日香の母に出されたお茶を飲みながらにこやかに話すシズク。

 そんな彼女をよそに、明日香と拓郎は居心地が悪そうにしている。

 というかそれ以前に、拓郎は緊張しきって上の空であらぬ方向を見ており、明日香は机に頭を突っ伏したまま動かない。双方とも目を合わせないようにするのに必死なようだ。


「そういえばお二人は幼馴染だそうですね」


 そんな二人の様子など全く意に介さない感じで、にこやかに笑いながら話を進めてくるシズク。この子こんなキャラだったのかと戦慄する明日香と拓郎、感情が読めないこの笑顔が怖い。


「最近は疎遠だったと聞きましたし、良い機会ですから久しぶりに話をしてみてはどうでしょう? 明日香さん、聞いてます?」


 どこか威圧感すらも滲ませるその言葉に明日香はビクンと反射的に顔を上げる。


「あ、あの……その……」

「はい」


 しどろもどろになっている明日香にシズクは静かにその先を促す。

 見かねた拓郎は肘でシズクを小突きながら、小声で話しかける。


(お前ホントどういうつもりだよ。こんな所まで人を連行してきやがって……!)

(だから言ってるじゃないですか。遠ざかってしまったお二人の距離をとりもってあげようとしてるだけです)

(だからそれがおせっかいだって……)

(本当にそうですか?)


 笑顔を消したシズクの神妙な視線を受けて、思わず拓郎は息を詰まらせて目を逸らす。前の淡海の一件の時もそうだが、まるで自分の真意を見透かそうとしているようなシズクのこの目を拓郎はとても苦手だった。


(余計なお世話で自分のわがままだと言うのは自覚しています。でも、それでも私はお二人に先に進んでほしんですよ)


 例えその先が和解でも破綻だとしても、先に進めず停滞して自然消滅するよりはマシだ。それがシズクの考えだった。


(それに今のままだと私がこれ以上そっちに踏み込めないんですよ……)


 最後のさらに小さくしたその言葉だけは拓郎も聞き取ることができなかった。

 やがて意を決して拓郎も向き直り、明日香がビクッと震える。


「あー……、なんだ。その、この前は世話になったな。ありがとうな?」

「礼とかいらないから。別にお役目でやっただけだし……」

「あ、そう……」

「うん……」

「「……」」


 そのまま二人して固まってしまうが、しばらく間をおいて今度は明日香の方から話しかけてくる。


「その……さ。……大丈夫?」

「何が?」

「体とか……。またアレが暴れてるんでしょ?」


 明日香が言っているのは拓郎の体に憑りついている妖怪のことだろう。実際は妖怪と呼べるものなのかも疑わしい呪詛の塊のような存在、夜帳家の負の遺産。


「本当はさ……」


 そうして明日香はたどたどしく話を続ける。


「もっと気にかけてあげるべきだったのよね、アンタのその体について」


 心なしか彼女の手は震えていた。


「でも、じゃあ、どうやって、って考えてる間に、姉さんからお役目とか継ぐ羽目になっちゃって……、ほら一応はウチって中立だけど役職的に退魔の立ち位置に属してるし、もしかしたらさ……アンタの事もいつか退治しなきゃいけないことになるのかなって思うと、その……ね……」


 怖くなったのだ。


 心優しい母に型破りながらも情深い姉、契約したどこか人間臭い神獣、彼女らが自分にそんな役目を強いるはずがないという甘えにも似た考え。


 でも万が一、億が一、この街と目の前の彼を秤にかけることが起こった時、自分は選べるのか、それを為せるのか。

 

 恐怖は肥大化し、それは彼との距離感となって現れた。


 必死に弁明するような、懺悔するような心の吐露と普段の彼女を知る者からすれば、想像もつかないほどに弱々しい様子をそこにいた面々(透明化して見守っていた獏含む)は静かに見守る。


「……ごめん」


 最後はとってつけたようで、それでいて彼女なりのありったけの謝意を込めた一言で締めくくられた。

 それに対して、シズクは何も答えず、隣の拓郎にチラリと横目で拓郎の方を心配げに見やる。

 

「……」


 黙ってそれを聞いていた拓郎はゆっくりと口を開く。


 その瞬間、外から歌が聞こえてきた。


「……は?」

「……え?」

「……ん?」


 それは街中に取り付けられた放送用のスピーカから流れてきていた。


 ここだけではない。街中でその歌声は響き渡る。とても美しく歪で残酷な、聞く者の心を震わせる歌声が燈現市を包み込む。

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