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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第五話 転校生

切り所を間違えたので加筆しました。すいません。

 週明けの月曜。


 夜帳拓郎の通う公立高等学校、この二学期もあとわずかという微妙な時期に転校生が来るという事態にクラスの皆は首を傾げていたが、教室に入ってきた女子生徒を見てそんな疑問は吹っ飛んでしまった。


「ほら、自己紹介」

「は、はい!」


 くたびれたシャツを着た中年の担任教師に促されて、一歩前へ出て自己紹介を始める女子生徒。

 眼鏡の奥に隠れた整った顔立ちに加えて、服越しでもわかる小柄な体躯に不釣り合いな、胸部を押し上げる二つの膨らみ、さらには尻尾のように揺らす二房の赤みがかった茶髪の三つ編みとあいまって小動物を連想させる。

 あざとさのようなものも感じさせる一方で嫌味を感じさせないのは、本人が持つ生来の気質ゆえだろうか。素朴さとどこか妖しい美しさを絶妙なバランスで同居させた不思議な少女であった。


「両親の仕事の事情で引っ越してきました。緋暮シズクです。今後ともお願いしまひゅ……」


 いきなり盛大に噛んでしまったシズクはフルフル震えながら真っ赤になった顔を両手で塞いで俯いてしまった。

 ここまでいけばあっぱれともいうべきあざとさに男子たちはノックアウトであった。

 もっとも、彼女のもう一つの一面を知ってる拓郎としては『みんな騙されるな!』と声を大にして叫びたい気分であったが、彼女がクラスに溶け込めず孤立して陰湿なイジメにあうという事態になるよりは何倍もマシなので目をつむる事にした。


(なんにせよ、ウチのクラスの連中が単純かつ空気が読める奴らが揃ってて良かった……)


 もっとも拓郎としては、それ以前に、ついこの前会ったばかりの少女が自分の教室に転校してくるというこの出来過ぎたラブコメのような状況に突っ込みを入れたい所であった。源治がシズクの転入手続きをもう済ませていると聞いていたが、まさか同じクラスにまでなると思わなかった、いったい我らが祖父はこの学校の一体どんな手を使ったのか。


(あのジジイ理事長と友達だって聞いてたが、まさか後暗いことに染めてねえだろうな……)


 いまさらながら拓郎は身内に対して底知れぬ薄気味悪さを覚えるも、やがて頭を悩ませているのも馬鹿馬鹿しくなってしまい、途端に不意にドッと疲労が押し寄せてきて、そのまま眠気が襲い来る。

 そもそもどうして自分がここまで悩ませねばならないのかと、拓郎はそのまま机に頭を打ちつける。


 いっそ今日はこのまま眠気に身を委ねて丸一日不貞寝してしまおうかと思ったその矢先。


「夜帳、せめてホ―ムル―ムぐらいは起きていてくれないか?」


 まあ、当然そんなものを担任様がお許しになるわけもなく、お叱りの言葉を受けた拓郎はだるそうに頭を上げる。


 ふと、その際に一番後ろの窓際に座っていたシズクへと目を向けてみると、彼女は二つ席を挟んだ向こうにいる拓郎へ向けて少しだけ恥ずかしそうに笑いながら小さく手を振っていた。


 拓郎はそのまま無視しようかとも思ったが、それはそれで変な罪悪感がこみ上げてきたので、とりあえずぎこちなく手を振り返してみる。


 だが、その行動こそが拓郎にとっての命取りであった。


「にゃ? 転校生ちゃん、拓郎君と知り合いかにゃ?」

「なにい!? 夜帳の奴いつの間に唾つけてやがったんだ!」

「普段トボけたふりして抜け目がねえな」

「なんちゃって不良の癖に……」


 この通り我がクラスのバカ共はバカの癖に目端が効いて勘が鋭いのだ。

 というか最後の『なんちゃって不良』というのは彼らの中での自分の評価なのか。家族からの芸人扱いといい、少し己を見つめなおしたほうがいいだろうかと現実逃避していると、中年の担任教師がパンパンと手を叩き騒ぐバカ共を宥める。


「お前ら、そういうのを下衆な勘繰りだというんだ。この二人は遠い親戚で緋暮さんは夜帳の家に住んでいるが、お前らが思っている関係じゃあないぞ」


 一気にどよめくクラス。


 大真面目な顔で最大級の爆弾を投下してくる中年教師に拓郎は睨みつけるものの、本人はフォローをしたと思っているらしい。良い笑顔でサムズアップしてきた。殴りたい。


 そして、一方のクラスメイトたちの反応はわかりやすいもので、女子たちは拓郎やシズクを交互に見てはキャアキャア言って、男子たちは目から光線を出しかねない勢いで拓郎を睨みつける。


「誤解だよ! お前らが思ってるような関係じゃない!」


「じゃあ同棲してるってのは本当か!?」

「どこのラブコメ主人公だ!」

「まさか……親公認?」


 完全にヒートアップした教室の空気に拓郎はいますぐここから逃げ出したい衝動に駆られる。


「そちらさんも少しは弁明してくれよ!」


 思わず拓郎は担任の隣に立つシズクに助けを乞うたが、当の彼女は首を傾げながら。


「なんでですか? 先生の言う通り、私たちは特に隠し事にするようなやましい関係ではありませんよね?」


 と極めて不思議そうにシズクは言い放った。

 その思っていた以上に冷静な当人の反応に、騒いでいたクラスメイトたちも当てられたのか、落ち着きを取り戻していく。


「ほらほら、そろそろ一限が始まるんだから、お前ら準備しろよ!」


「まあ転校生の前でハシャぎ過ぎたよな……」

「うへ、いきなり数学かよ」


 最後の担任のその一声で、彼らの中から完全に毒気が抜けて事態は収束していった。


(拓郎のバカはどうする?)

(裏切り者を許す気はない。昼休みまで待て)

(せやな)

(せやな)


 まあ当然、そんなのは表面だけの問題で、しっかり火種はくすぶっていたのだが、主に拓郎に集中砲火される形で。





 そして昼休み、ご丁寧に彼らは宣告通り、彼ら(主に男子)は拓郎に対して、追撃戦を開始した。


「待ちやがれえ、裏切り者おおおおおお!」

「洗いざらい吐いてもらうぜえ!」

「贖いの時は来た!」


 ちなみにもう片方のシズクの方は至って平和なもので、いつの間にか仲良くなったのか、クラスの速攻で仲良くなった女子数人と楽しく教室でお弁当タイムを満喫していた。


 学校に不慣れな美少女転校生には親愛を。抜け駆け(疑惑)のクラスメイトには鉄槌を。


 本当に我がクラスは空気を読むのがうまくて涙が出そうな拓郎であった。


「根は悪い奴等じゃないんだよなあ……」


 そう呟いて後ろを振り向くと、怒号と共に後ろからボ―ルやら中身が入ったカバンが飛んできて、拓郎は慌ててソレらをかわす。

 かわした先の壁にドゴッと鈍い音を出して衝突するカバン。


「悪い奴等じゃないんだ……よな?」


 拓郎は冷や汗を流しながら疑問形にして再び呟く。ぶっちゃけそう思わないとやってられなかった。





「よお、タクロー君。お疲れさん」


 なんとか屋上まで逃げ延びた先にいたのは髪の色を金髪に染めた軽薄そうな少年であった。

 八代良夫。拓郎のクラスメイトであり中学からの付き合いがある友人だ。

 中身のないアンパンの袋を見る辺り、昼食はもう済んだのだろう。けっこう前からここにいたらしいが、拓郎の記憶が正しければこの目の前の男は見た目通りの軽佻浮薄でノリのよい性格をしていた。そんな彼がさっきの男子たちの追撃に混ざらなかったのは少し意外であった。


「バッカ。俺ほど義侠心溢れる男は他にいないぜ。ダチが本気で嫌がることはしねえよ」

「本音は?」

「早弁し損ねたから食欲優先。お前のことだから、だいたい都合が悪いと屋上に逃げ込むだろうから先回りした」

「OK。一発殴らせろ」


 ポキポキと指を鳴らす拓郎に、ニヘラっと笑いながら降参と言わんばかりに両手を上げる八代。


「冗談だよ、冗談。割とガチで殺されんじゃないかって心配してたって」

「そんなのもう関係ねえ。今日起こったムシャクシャをお前で発散してやる」

「八つ当たり!?」


 そこでようやく顔色を変えた良夫は慌てて拓郎と距離をとる。(彼らなりに)張りつめた空気が屋上を支配するも、突如屋上の出入り口の扉が開く。


「にゃはははははははははは! 見つけたにゃ、夜帳君!」


 そう言ってずかずかと近づいてくるショートヘアの赤髪の少女。スカートから覗く白い足は黒いストッキングに包みながらも細身ながらしなやかな筋肉がついているのがわかる。すっきりとした顔立ちに強気な目と八重歯がのぞく口元とあいまって快活な少女の印象を受ける。


「槙島……、何の用だよ」


 だが、真に目に引くのは頭の上の獣耳とスカートの下から生やした細長い尻尾だ。


 槙島三華。八代同様クラスメイトであり、いわゆる化け猫もとい猫娘である。本人曰く正確には祖先の中に化け猫の血が混ざっており、自分はその先祖帰りとのことだ。

 この学校は基本的に学費と戸籍、それに学ぶ意志がある者は何であろうと受け入れる校風で、三華のような妖怪の血を引く者たちはもちろん人としての戸籍を得た妖怪も多数生徒として通っている。

 ちなみに彼女と拓郎の関係は友人とは言い難い。新聞部に所属しており拓郎の事を『いつかなんか事件起こしそう』と失礼極まりないセリフをのたまい、以降拓郎を付け回している。


「さあ、謎の美少女転校生との関係を洗いざらい話してもらうにゃ!」


 ボイスレコーダーを回しながら、単刀直入に聞いてくる猫娘に、拓郎は無表情でそれをひったくってスイッチをオフにする。

 壊しはしない、請求されるから。


「にゃあ! 何するにゃ!」

「お前みたいなマスゴミ猫と喋ることなど一切ない。三味線にされたくなかったら早々に立ち去れ!」

「『夜帳拓郎、取材をかけた新聞部員に服を脱げと強制する』っと」

「……何メモッてやがる! よこせ」


 今度はメモ帳をひったくるも、そこに書かれたのは彼女が音読していたデマカセ文ではなく、なぜかスタイリッシュなロゴで書かれた三華の名前だった。何でサインの練習なんぞしているのか、アイドルにでもなるつもりかと、ツッコミたい衝動に駆られるが、当の三華は期待するような笑みでこちらを見てくるのでグッと堪える。


 その様子を見て三華はニタニタと笑みを絶やさず本題に入る。


「心配しなくてもそんなタチの悪い記事は書かないにゃ。そもそも今回は私の個人の興味……プライベートで来ただけだし」

「プライベート?」


 拓郎は疑わしげに三華を見るが、当の本人はどこ吹く風といった面持ちだ。


「そ、単なる興味で知りたいだけにゃ。転校生との淫らな関係……痛い痛い! 冗談だから! 耳引っ張らにゃいで!」

「ああ、それ俺も気になってたわ」


 好奇心、猫を殺すという言葉を知らないマスゴミ娘を折檻していると、横から良夫も口を挟んできた。拓郎は話すことなどないと言わんばかりに無言のしかめっ面で対応するも、二人はとくに臆した様子もない。

 だいたいの人間は拓郎の目つきの悪さに萎縮するのだが、彼らはとうに拓郎がどういう人間か知っているので、全く効かない。気心の知れた連中は時として救いでもあり厄介なのだ。


「はあ……。関係も何も先生が言ってたろうが、それ以上の関係何てねえよ」

「「本当にぃ?」」


 すごくイラッとする笑顔と神経を逆なでするような挑発口調でハモらせてくる良夫と三華。今すぐシバき回したい衝動を抑えながら、拓郎は平静に対応する。


「何が言いたいんだよ」

「タクローのジイさんって昔は有名な退魔師だろ?」

「にゃんだかキナ臭いんだよねー。転校生ちゃんのことを悪くいうつもりはにゃいけどさー。この時期にこの街に来るってことはそれなりの事情持ちなんじゃないかにゃ?」

 

 見ると二人の目には僅かに真剣味が帯びている。

 彼らも彼らで長くこの街に住んでいるだけあってそういった面倒事に匂いが敏感らしい。

 拓郎はとりあえずなんでもない、と手を振って誤魔化しておく。


「ふーん。ま、お前がそう言うならそれでいいさ」

「ま、今回はここまでにしておいてやるにゃ!」


 割とあっさり引き下がる二人に拓郎は心の中で少しだけ感謝の意を伝えておく。なんだかんだで空気の読める二人ではあるのだ。


「どうした? そんな意味ありげな視線送って。気持ち悪っ! 美少女になってから出直してこい!」

「ハッ! もしかして三華に惚れちゃったかにゃ!? にゃあ! 拓郎君ったらシズクちゃんがいるのにプレイボーイ!」


 小憎たらしい態度で、小憎たらしい台詞を吐く二人を余所に、どうして自分の周りにはこうぶん殴りたくなる人種が多いのかと、拓郎は遠い目になるばかりであった。

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