第五十話 開幕
青く澄み渡る冬空の下、祭囃子が鳴り響く。
人妖が入り混じるこの奇妙な街、今日はこの街が産まれる発端となった一柱の神様の鎮魂祭、冬現祭が開かれた。行き交う人だかりには人間たちに紛れて鬼や人の言葉を話す猫や犬、天狗にヒトダマ、手足の付いた目玉に一つ目の巨人。目を凝らしてみただけでも数えきれないほどの異形たちがひしめいている。
そんな彼らに対して人々の反応は様々だ。特に見慣れた光景だと言わんばかりに悠々と歩き続ける者、気分を悪くして自治会の役員に保護してもらう者、夢中になってシャッターを切っている者。彼らを含めたその光景に圧倒され立ち尽くす者ら。そんな人間と妖怪のうねりの中で拓郎はシズクの手を握りながら、人波を必死に掻き分けて進んでいた。しばらくは荒波を直進するサメのごとき勢いで真っ直ぐ進んでいたが、やがて力尽きたのか、拓郎たちは道端に並ぶ出店の間に一旦非難した。
「あー、くそっ! 来る時間帯間違えた!」
午後から綾瀬たちと共に祭りの見物に向かう予定のシズクのために彼女を連れだって祭事が行われる神社へ向けて一緒に出発した拓郎。
だが今年は例年よりも外から来る人や妖怪が多く、時間など関係なしに一日中大混雑の状態だった。
「そういや冷奈さんがテレビ中継も来るって言ってたな。まいったな。綾瀬たちはもちろん、湯那たちも大丈夫か?」
妖怪がテレビに映るのかはさておき、拓郎は妹である湯那、正確にはテレビに映ると意気込んで街中を駆けずり回る湯那とそれに振り回されているだろう涼太を拓郎は気にかける。だが、わんぱく盛りの湯那を制御できるのはもう涼太しかいないのだ。頑張ってくれマイブラザーと無責任なエールを拓郎は心の内で送る。
「あ、あのう拓郎君……」
ふとシズクが話をかけてきた。
小声でありながらも自分の意志ははっきり伝える彼女にしては珍しく、その口調はたどたどしく、心なしかその頬にはほんのりと赤みが帯びている。
「そ、そのですね……手、手が……痛いかな? なんて……」
そこでようやく拓郎は自分がシズクの手を握りっぱなしであることに気付く。
「わ、悪い」
強く握り過ぎたかと、そう思って拓郎は握っていた手を放すも、シズクはどこか残念そうな顔をしていた。
「? どうした?」
「いえ。自分でもよくわからないです……」
言葉が続かず会話が途切れてしまい、微妙な静寂が二人の間を支配する。
(え、何この空気)
自分の気持ちが自分でもよく理解できないのか、シズクは首を傾げるばかりだ。一方で拓郎は彼女の様子を見て、今更ながら自分が異性と手を繋いでいた事に自覚してようやく照れが出てきた。
(いまさら何キョドッてんだ。相手はあのシズクだぞ?)
そう思い、一回冷静になろうとシズクの姿を見直す。
顔立ちはそれなりに良い。スタイルは背丈はやや小柄ながらもその胸部は平均の女子のそれを大きく上回っており、性格は純真と見せかけ割と腹黒い所があり、そこがまた小悪魔のようでたまらない。さらには眼鏡をとり三つ編みを解くといつもとは違う艶やかさを……
「拓郎君!? どうして木に頭を打ちつけているんですか!?」
「いやこの前のクラスの馬鹿共との会話を思い出しちまってさ……」
「??」
「……とりあえずわたあめでも食うか?」
拓郎はシズクのさらに隣の出店を指さすが、シズクの反応は微妙だ。
「その餌付けしてごまかそうとするのやめてくれませんか? あ、いえ食べますけど! いただきますけど!」
「お前のそういう所嫌いじゃないぞ……」
なんであれ場の空気がリセットされたことに安堵した拓郎はシズクにわたあめを渡して、己も同じくそれを食べようとする。
「ところで明日香さんとはどういう関係なんですか?」
思いきり咳き込んだ。
なんというタイミングでどんな思考でもってこんな発言をするのか、新たにぶちこまれた変化球にどう対応したものかと拓郎は頭を捻らせるも、シズクの次の言葉でそれは間違いであると気付く。
「これから向かう所は明日香さんがいる神社なんですよね?」
どうやら街の守護を司る朝間の巫女と一介の男子高校生もとい呪い憑きの半妖怪状態の少年が見知った者同士である事に疑問を抱いていたようである。
「幼馴染と聞きましたが、それにしてはよそよそしいですし、どころか学校でもロクに話もしてませんよね? 廊下でバッタリ行き会っても普通にすれ違ってますし」
「見てたんかい」
「だからこれから行くとなると丁度いいかなって思いまして」
毎年恒例の朝間神社で行われる祭事。巫女が祝詞を神前に奏上する儀式、去年までは彼女の姉がこなしていたが、今年は明日香が謳いあげる。
「以前助けてもらったお礼も言えてなかったですからね」
数か月前に騒動でシズクは自身や拓郎を助けてくれたお礼を言おうとしていたのだが、学校内ではのらりくらりと避けられて、下校時に待ち伏せするもはいつの間にか雲隠れ。結局あの時のお礼どころか、会話すらできない状態であった。
「私嫌われてるんでしょうか?」
「いんや、アイツが超の付くひねくれ者だってだけ」
そう言って拓郎は明日香の行動を考察する。
「昔からそうなんだよ。自分に非があるときはふてぶてしく開き直る癖に、いざ感謝されてお礼を言われるとどう反応したらいいかわからずに逃げ出しちまうんだ」
困ったもんだ、そう言いながらやれやれと首を振る拓郎の顔をシズクはじっと見つめている。
「どした?」
「なるほど、お二人は不器用な所とか、似てるんですねぇ」
「は?」
「女友達、恋人というより姉弟のようなものでしょうか?」
「待て待て待て」
「もしかしてお二人が疎遠だというのもお互い巫女と呪い憑きで一緒にいると相手の立場が悪くなると遠慮した結果のすれ違いだったりしません? 仕方ない人たちですねぇ」
「ごふっ!?」
会話が変な方向に向かって行ってる。しかも拓郎的にはかなりデリケートな話題を抉ってきた。
拓郎は精神ダメージに膝を落とすが、がくがく震わせながらもなんとか気を持ち直して、シズクの表情を仰ぎ見ると、彼女はとても素敵な笑顔でこちらを見下ろしていた。
「あ、あのシズクさん? 様?」
「仕方ないから、私が一肌脱いであげましょう」
「さて用事を思い出したからボク帰るネ……ってあぁ!?」
逃走を図ろうとする拓郎をシズクは素早く肘を掴んで人ごみに入るシズク。最早、立場はさっきと完全に逆転した。
「私が二人を引き合わせてあげます。思う存分仲直りすると良いです」
「ちょっ……おせっかいにも程があんだろ! って強い! 力強い!」
見ればシズクは耳に尻尾と既に一部妖怪化しており、さらにはその尻尾を途中から鎖に変化させて拓郎の体中に巻きつかせていた。
「いつの間にこんな技を身に着けやがった……!」
「ふふっ、日に日に修練を重ね続ける私は進化していくのです。もはやあの時の無力な私じゃない!」
「こんな所で少年漫画の主人公ばりのスペックとセリフを披露すんなぁ!」
実際すごいスピードで成長しているのだから始末に負えない。伊達に九尾の血を引いてはいないということか。
「誰かー! 助けてー!」
恥も外聞も捨てて救いを求める拓郎の絶叫は人ごみの中に虚しく飲み込まれていった。




