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オマツリ奇譚  作者: 炬燵布団
第一章 九尾の少女
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第四話 とある巫女の愚痴

「つまりその土地神様が死ぬことによって、大地の霊脈もとい龍脈の一部が変動してここら辺一帯を循環する流れに変わったと……そういう事ですか?」


 自分の部屋で古びた書物を開き、書かれていたことをそのまま音読していた少女は、一拍置いた後、間違っていないか目の前の相手に確認をとるように問うた。


「うむ、細かい仕組みは追って説明するが、大まかにいえばそんな所だ」


 返ってきた壮年の男の声に対して、少女は欠伸一つして寝転がる。

 長めの黒髪を頭の下の方へ一括りにまとめ、服装は白い小袖に緋袴。いわゆる巫女装束という出で立ちだが、所々を着崩しており、胸元や太腿を大胆に露出させているが、本人の気質さゆえか色気よりもだらしないという印象を与える。さらに言うとこの少女、年頃の娘としての恥じらいなど持ち合わせてはいない。彼女の容姿自体は整っているため、より一層残念さを引き立てている。

 仮にも神職につく人間がだらしがない、罰当たりといわれそうな光景だが、当の彼女はそんな意見など知ったことかと言わんばかりに身体を伸ばす。今日も彼女は自由を満喫している。


「ふわぁ……」


 そのまま大きく欠伸を一つすると、彼女はさっき聞いた講義を彼女なりに解釈してみる。


「とりあえず循環による一種の永久機関という認識でいいんですよね?」

「うむ。ゆえにこの土地は根付いた霊力が一定の状態で保たれた力場と化し、妖怪や比較的力の弱い八百万の神々が顕現できておるのだ」


 再び答える男の声は、そのまま説明を始める。


「いや、霊力に限らぬな。魔力、妖力……果ては瘴気、まだ何にも定まってはおらぬエネルギー。偶然そうなったのか、その神が狙ってやったのかは知らぬが、そやつの死が引き金となり、この土地の地脈は狂い独特の流れが生まれたのは確かだ」

「……」

「どうした?」

「いえ、相変わらずそんな姿でシリアスな説明されてもなーと思っただけですよ」

「茶化すでないわ、愚か者!」


 巫女の目の前にいたのは、渋い壮年の男の声が発せられているのはイノシシをデフォルメしたような二頭身デザインのぬいぐるみであった。


「そもそも我も好き好んでこんな恰好をしている訳ではない! 力の消耗を最低限に抑えるためには何かの依り代が必要であり……ブツブツ」


 そんな喋るぬいぐるみが怒ったかのように短い手足を振り回し説明もとい愚痴り始めるが、巫女は相変わらず無視を決め込みながら、マイペースに隣に置いてあった茶請けの菓子袋を開ける。


 そんなつれない行動をとり続ける彼女にぬいぐるみは咳払い一つして、強引に話を戻す。


「とにかくこの街の成り立ちと構造は理解できたな?」

「おかげさまで。そんでこの土地は国からも睨まれる第一級の霊的パワースポットになっちゃったわけですよね。まったく余計な事をしてくれちゃいましたねぇ……」

「滅多な事を言うでない。おそらく彼女は争いをやめさせ、皆に仲良くして欲しかったのだろう」


 まるでその土地神を知っているかのようなぬいぐるみの口ぶりに、巫女は少しだけ引っかかったが、どうせ自分には関係のない事だと興味を手元のファッション誌に向ける。


「あ、このスカート可愛い。いいなー、欲しいなー。でも今月ピンチなんだよなー」

「少しは真面目に話を聞かんか!」


 どこまでも不遜な態度をとる巫女に、ぬいぐるみは声だけは威厳たっぷりの一喝をするが、巫女はうるさそうに僅かに反応するだけだ。


「ハイハイ聞いてますよっと。……というか、いまだに人と妖怪が仲良くしてるとは言い難いんじゃないですかねえ」

「……むぅ」


 その言葉にぬいぐるみは押し黙ってしまった。神という存在が、勝手気ままだというのは間違っていないし、彼自身もこの街の治安を預かる者の一人としてこの街の全体的な実情を理解しているのだ。

 この街では気の良い妖怪と大らかな人間たちが比較的にうまくやっている。だがそれは大部分の話であり、当然うまくやれていない者らも存在している。


「本当にここが理想郷なら、私や退魔師の人たちはいらないっつうの……」


 思わず素の口調で愚痴る巫女の少女。


 そのまま彼女は無造作に伸びをするように足を上げるが、その際に、裾がずり落ちて年相応の瑞々しい肌の太腿がさらけ出されるが、本人は特に気にした様子もなく、相変わらず菓子袋のおかきを口に運んだりしてる。


「一緒に暮らせば仲良くなるなんて、夢見がちなのもいいトコじゃないですか。おかげさまで私たちは今日もブラック企業のごとくお仕事に忙殺されてますよーだ」

「そこまでにしておけというに……」


 ぬいぐるみは何度も窘めるも当の巫女は全く意に介さない。半ば強引に己と契約されて日も浅いゆえ仕方ないかもしれないが、何事にも限度はある。


「まったくだらしがないわ、不貞腐れるわ……。それでもお主はこの朝真神社の巫女か!」

「だーかーらー、好きでなった訳じゃねーですよ。深夜に見回りされたり、暗い部屋で祝詞を読まされたり、今日中にこんな古い本を丸暗記しろとか、花の女子高生になにやらせてんですか」

「古文や歴史の勉強みたいなものだろうが」

「テストに魔力とか妖怪とか出ないわよ!」


 そのまま完全に不貞腐れてしまった己の契約者の姿にぬいぐるみは首を横に振る。だが彼も言われっぱなしではない。契約者の態度にむかっ腹が立っていたので、せめて一矢報いようと思わず彼女にとって決定的な禁句をボソリと口にする。


「そんなだから乳が育たぬのだ。貧乳め」


 そう呟いた次の瞬間、巫女少女の反応は素早かった。


「シィッ!」


 バネのように飛び起きたかと思えば、枕代わりに使っていた座布団をぬいぐるみに向けて手裏剣のように投げつける。ところが相手も彼女の反応を予測していたらしい。余裕の態度でかわされてしまった。


 巫女少女は再び舌打ちする。今度は露骨に敵意が全開だ。


 まったく忌々しい。


 彼女に言わせれば、こんな俗っぽいマスコット人形が我が家に伝わる守護獣とか、タチの悪い冗談にも程がある。姉もいまだ健在であるのになぜこんな時期に自分がコレの契約者もとい世話役を任じられなければいけないのか。

 

 いわく母は元々体が弱く無理をさせることができなくて、姉は元々コレを使役する才に恵まれなかったため、『あなたも高校生だしそろそろいいでしょ』ということで押し付けられてしまった。


 高校デビューに合わせて親から連絡用に買ってもらうスマホじゃあるまいしそんな軽いノリでこんな重要なお役目を女子高生に押し付けるなと言いたかった。いや、もちろんスマホも貰ったんだけど。というかぶっちゃけスマホを買って貰うのを条件に引き受けたんだけど、と彼女は今更ながら早まったかもしれないと自嘲する。


「自業自得ではないか」

「人の心を読まないでくださいませんかねえ!?」


 おかげさまで最近は朝間の巫女のお役目とやらで忙しく、クラスの友達や幼馴染とも疎遠になってしまった。もっとも幼馴染の方とでは巫女とか関係なしで色々あってギクシャクしてしまっているのだが。


「……ったく胸は関係ないでしょうが、このおっぱい神獣が!」

「おっぱい星人みたいに言うでないわ!」

「心配しなくてもあと数年すれば、私だって母様や姉様のように……!」

「……」

「なぜそこで黙る!? その憐みの目はやめろ!」


 その後も不毛な言い合いを続けるものも一向に口喧嘩の決着はつかず、ヒートアップし続ける二人(片方は一体?)はいよいよ狭い部屋の中をドタンバタンと追いかけっこに発展するも、額に青筋を浮かべた巫女少女の姉が木刀片手に武力介入してきたことで、事態は収束した。


拳骨と説教一時間という地獄のフルコースの後に、


『次に騒いだら両方とも池に叩き落とす』


 という捨て台詞とともに恐怖の化身の後ろ姿を少女とぬいぐるみは見送った後、二人はさっきまで姉が暴れ回っていた自分の部屋の片付けを始める。


「あの鬼姉が……いつか見てろ」

「たわけ! 聞こえていたらどうする! むしろ結局木刀を使わなかっただけ有難かろう」


 その言葉に、巫女は思わず身震いした。己の姉はこのぬいぐるみを使役するのには向いてなかったらしいが、祓魔関係、特に近接戦に置いては右に出る者はない。今でもたまに悪霊を払ってほしいと、ご近所や警察の人から依頼が来るほどだ。


 ……とりあえずなんの術や装備もなしに素手で鬼と殴り合っている姿は我が姉ながら完全に人間やめてるなと思った。


「……はぁ、もうやめません?」

「だからそう言っているであろうが!」


 ツッコミは入れても、争う元気はない。


 暴力と憎しみの連鎖を更なる圧倒的で理不尽な暴力で無理矢理断ち切った姉の所業を目の当たりにして、戦いの虚しさを痛感した二人はこうして停戦協定を結んだ。

 片付けが終わった後、ポツリとぬいぐるみが呟く。


「まあ、言い過ぎたのは認めよう。……乳は大きいのも小さいのもどちらも良いものであるしな」

「何に対して謝ってるんですか! 反省してんのか!? 第2ラウンド始めんぞ!?」

「だからやめよというに、我は寒中水泳はごめんであるぞ!」


 そうして巫女少女、朝間明日香あさまあすかはさすがに疲れたのか、大きく息を吐き、崇めるべき神でもあり己の式神でもあるぬいぐるみを軽く小突くだけにとどめる。


 全くなんてぬいぐるみを押し付けられてしまったのか。

 明日香は今日も己の境遇を呪い続けるのであった。

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